artscapeレビュー

トム・ハール「Karuizawa Dreamscape」

2012年10月15日号

会期:2012/08/31~2012/09/28

PAST RAYS PHOTO GALLERY[神奈川県]

トム・ハールと会ったのは1980年代半ばで、彼は父親のフランシス・ハールが撮影した写真を何とか日本で展示しようとしていた。僕の記憶では、1985年に開館した「つくば写真美術館」の会場でその展覧会が開催されたはずだ。ハンガリー出身のフランシス・ハールは、国際文化振興会の招待で1940年に来日し、翌年東京でトムが生まれた。ところが太平洋戦争が激しくなった1943~46年に、ハール一家は軽井沢に強制疎開させられる。その「厳しい冬と食糧難に明け暮れた三年間」のことを、トムはほとんど覚えていないという。だが、そこで体験したことは自分の原風景として彼のなかに残り続けていたようだ。2008年になって失われた記憶を再構築するために、軽井沢で新たなシリーズを制作しはじめる。それが今回横浜のPAST RAYS PHOTO GALLERYで展示された「Karuizawa Dreamscape」である。
トムは軽井沢で撮影した風景写真の白黒を反転し、バラバラに切り離したりつなげたりしながら、淡い影の連なりのような綴れ織りのイメージを編み上げていく。その手つきは繊細だが、意表をついた画像の組み合わせや大胆な画面構成は、父譲りの1930年代アヴァンギャルド写真の手法を受け継いでいるようにも思える。もっと大きなプリントに引き伸ばして展示する場合もあるようだが、今回はキャビネ判くらいの小さな作品でまとめていた。それが夢の小宇宙にふさわしい雰囲気を醸し出していた。こうなると、フランシスとトムのハール父子の作品を一緒に見ることができる機会もほしくなってくる。

2012/09/13(木)(飯沢耕太郎)

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