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美術に関するレビュー/プレビュー

大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2012

会期:2012/07/29~2012/09/17

十日町市、津南町一帯[新潟県]

5回目を迎えた妻有のトリエンナーレ。海外の著名なアーティストを招聘することより、地域に入り込んで持続的な表現活動に取り組むアーティストを重視しつつあることや、芸術祭のなかで特定のテーマに絞った展覧会を開催するなど、ここ数年で成熟期に入ったように見受けられる。ボルタンスキーの《最後の教室》やタレルの《光の家》、日大芸術学部彫刻コース有志による《脱皮する家》など、定番の作品が充実してきたことも大きい。
今回の見どころとしては、まずボルタンスキーの《No Man’s Land》が挙げられるが、古着の物量は確かにすさまじいものの、それらが集積した山を枠組みで底上げしているのが見え見えで、いくぶん感動が薄れてしまったことは否めない。とはいえ、夕闇のなかで乗降を繰り返すクレーンの姿は、ラウル・セルヴェのアニメーションのようで、非常に印象的だった。
新鮮な感動を覚えたのは、リクリット・ティーラヴァニットの《カレーノーカレー》。カレーで国際的なアートシーンに登り詰めたアーティストとして知られているが、正直その味にはさほど期待していなかった。ところがタイカレーをベースに、妻有の食材をふんだんに取り入れたカレーは、ほっぺたが落ちるほどのうまさ。地の野菜を使ったピクルスを開発するなど、スタッフの献身的な働きも手伝って、みごとな料理に仕上がっていて驚いた。これはもはや作家本人というより、むしろ実働するスタッフの作品として評価したい。
さらに、土をテーマとした《もぐらの館》も、大変クオリティの高い展覧会だった。閉校した小学校を会場に、美術家と左官職人、陶芸家、写真家、土壌研究者による作品が展示されたが、全体のテーマが非常に明快なうえ、それぞれの空間が巧みにメリハリをつけられており、土の質感や色、成分、働きなどについて楽しみながら体感することができた。これは、本展を企画した坂井基樹の手腕によるところが大きいのだろう。
「カレー」と「土」に共通しているのは、いずれもそのおもしろさがアーティストの手から遠く離れたところで生まれているということだ。これをアーティストの役割の退化と考えるのか、それともアートそのものの進化ととらえるのか。世界でも類例が見られない地域型の国際展は、なかなかおもしろい展開をしている。

2012/09/17(月)(福住廉)

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鋤田正義「SOUND & VISION」

会期:2012/08/11~2012/09/30

東京都写真美術館 地下1階展示室[東京都]

鋤田正義もまた、1970年代以降の日本文化、特に音楽、映画などのジャンルと深く関わりあいながら仕事を続けてきた写真家である。フリーランスの写真家として独立したのが、まさに1970年。それから寺山修司率いる天井桟敷の「毛皮のマリー」ニューヨーク公演撮影を皮切りに、70年代を疾走していく。T REX、デヴィット・ボウイ、サディスティック・ミカ・バンド、沢田研二、そしてYMOに至る写真群は、そのまま日本の文化シーンの最尖端部分の断面図といってよいだろう。
今回の東京都写真美術館の展示は、レコードジャケットやポスター、映画のスチル写真などに使用されたイメージを柱にして、鋤田自身のプライヴェートな写真の仕事をちりばめる形で構成されていた。それぞれ「Early Days/母、九州、大阪」「70’s/ New York and Rock’n Roll」「Vision1 残像 Spectral」「Vision2 東京画+」などと名づけられた小部屋に分けて展示されたそれらの作品は、鋤田の写真家としての原点と撮影のあり方をよくさし示しており、回顧展にふさわしい内容になっていたと思う。
だが圧巻は、大きなスペースを天井から床までフルに使って展示した「Box作品」と「バナー作品」の部屋だった。写真をフレームに入れて壁にかけるような、当たり前のやり方をとらなかったのが、鋤田の写真のスタイルにぴったり合っていたと思う。ロールペーパーを天井から吊るしたり、大きな箱を床に転がしたりするインスタレーションが、時代の勢いを受けとめて投げ返した力業にうまく呼応しており、展示全体をプロデュースした立川直樹と、会場をデザインした岸健太の力量が充分に発揮されていた。

2012/09/16(日)(飯沢耕太郎)

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シュテーデル美術館

シュテーデル美術館[フランクフルト(ドイツ)]

再びフランクフルトへ。1週間前はジェフ・クーンズしか見られなかったので、今日は拡張したばかりのシュテーデル美術館を訪れる。まずは3階のオールドマスターズ、2階の近代絵画を鑑賞。ここにもファン・エイクの小品をはじめ、デューラー、ラファエロ、レンブラント、フェルメールなどもあって、あらためて「この作品もここにあったのか!」と納得のいくコレクションだ。そして地下に新設された現代美術セクションへ。約3,000平方メートルというだだっ広い真っ白な空間に四角い箱を10個ほど建て、その内外に数百点を展示している。第2次大戦後のドイツ絵画が中心だが、写真も多い。なつかしいのは、最初に見に行った1982年のドクメンタ7に出ていた新表現主義のインメンドルフやミッテンドルフらの作品があったこと。彼らは80年代初頭に華々しく登場したものの、あまり長続きせず消えていったからだ。同じころ出てきたゲルハルト・リヒターやキーファーとは正反対の軌跡をたどったけど、ちゃんとコレクションされているんだね。今回は行かなかったが、フランクフルトにはMMK(近代美術館)もあるのでこれから競合しそう。うらやましい限りだ。

2012/09/16(日)(村田真)

日本の70年代 1968-1982

会期:2012/09/15~2012/11/11

埼玉県立近代美術館[埼玉県]

1970年代はたしかに面白い時代だった。むろん僕自身が個人的に10代~20代の感受性のアンテナが最も張りつめていた時代だったということもある。だが、高度経済成長が爛熟し、消費社会、情報社会が成立してくる過渡期におけるエネルギーの噴出は、やはりただ事ではなかったというべきだろう。埼玉県立近代美術館で開催された「日本の70年代 1968-1982」は、まさにその70年代前後の15年間の「時代の精神を、美術、デザイン、建築、写真、演劇、音楽、漫画などによって回顧」しようという、画期的かつ野心的な総合展覧会である。会場全体を埋め尽くす出品物は、よく集めたとしかいいようのない量で、それぞれが見所満載だ。展覧会の全体像については、おそらく他の方からの評価があると思うので、ここでは写真のジャンルに限って報告しておきたい。
1970年代は写真にとっても重要な時期である。中平卓馬、多木浩二、高梨豊、森山大道らの同人誌『プロヴォーク』(1968~69)に代表される写真表現の根本的な見直しを経て、荒木経惟、深瀬昌久らによる日本独特の「私写真」の成立、篠山紀信、立木義浩、沢渡朔、十文字美信ら、広告写真家たちの表現の活性化など、現代写真につながるさまざまな動きがいっせいにあらわれてきた。残念なことに、今回の展示では佐々木美智子の「日大全共闘」(1968)、山崎博の寺山修司、土方巽。山下洋輔らのポートレート(1970~72)、高松次郎、榎倉康二、北辻良央ら現代美術家の「コンセプチュアル・フォト」など、ごく限られた作品しか出品されていなかった。しかし、たとえば中平卓馬の写真が使われた「第10回日本国際美術展 人間と物質」(1970)のポスターのように、写真は印刷物として雑誌、ポスターの形で社会に浸透していた。今回の展示は単独のジャンルを深く掘り下げるのではなく、むしろその相互的な関連性を強調しており、その意図は充分に伝わってきた。
ただ、これだけの量の展示物を見終えても、まだ物足りなく感じるのは、僕自身が1970年代をリアルにくぐり抜けてきたひとりだからだろうか。会場の規模がもう少し大きければ、総花的な展示に加えて、もう少し各ジャンルの掘り下げも可能だったのではないかと思う。

2012/09/15(土)(飯沢耕太郎)

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ヤン・ファン・エイク《ファン・デル・パーレの聖母子》

グルーニング美術館[ブルージュ(ベルギー)]

午後から電車で30分ほどのブルージュへ。以前訪れたときより駅周辺は整備され、旧市街もチョコレートやレースなどの土産物屋ばかりが目につくようになったが、そんなの関係ねえ。ここへ来た目的はただひとつ、ファン・エイクの《ファン・デル・パーレの聖母子》を見ること。前回はグルーニング美術館が改修工事中で《ファン・デル・パーレ》はメムリンク美術館に仮展示されていたが、今回は新しい美術館のなかでのご対面となる。この絵は聖母子を中心に、左右にこの絵の依頼者ファン・デル・パーレや聖人たちを描いた幅170センチを超す油彩画の大作。これも細部の描写が見事で、右側の聖ゲオルギウスの甲冑や、左側の聖ドナトゥスの衣装の金の刺繍、床に敷かれた幾何学模様の絨毯、背景の円形のパターンのガラス窓など、あらゆる材質の質感が完璧に描き分けられている。これが油彩画の最初にして最高の到達点であることは間違いない。この美術館は小規模ながらもファン・エイクのほか、ファン・デル・ウェイデン、ハンス・メムリンク、ヒエロニムス・ボスらオールドマスターズを中心に、世紀末芸術や現代美術までひととおりそろっていた。

2012/09/15(土)(村田真)