artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

今和次郎 採集講義

会期:2012/01/14~2012/03/25

パナソニック汐留ミュージアム[東京都]

考現学の今和次郎の展覧会。全国各地の農村の暮らしや文化を詳細に書きとめたフィールドノートや写真、民家を再現した模型、都市の風俗の細部を記録したメモや地図、さらには住宅の設計図など、270点あまりを一挙に展示した。合板パネルを組み合わせてつくった会場をじっくり丁寧に見ていくと、画家であり、建築家であり、デザイナーであり、そして何より足を使ったフィールドワーカーだった今の全貌に迫ることができる。フリーハンドの線で緻密に描かれた絵や図や像は、いくら見ていても飽きることがないほど、じつに美しい。線だけではない。1枚の四角い紙面に必要なイメージとテキストを満遍なく盛り込むバランス感覚も抜群で、その的確な構成力には何度も唸らされた。こうした今の手わざを支えていたのが、「生活改善」という言葉に示されているように、前近代的で封建的な農村文化を克服する思想としての近代だったが、現代社会がむしろ近代の隘路に陥り、新たな方向性を見失っていることを思えば、私たちはいま、今が改善する必要を見出した前近代を、改めて検証するべきではないだろうか。考現学というパースペクティヴは、都市文化を仔細に見るためだけではなく、いままさに疲弊している農村文化を再興するためにこそ、有効に使えるはずだ。そこに、考現学のアクチュアリティーがある。

2012/01/29(日)(福住廉)

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渋谷ユートピア 1900-1945

会期:2011/12/06~2012/01/29

渋谷区立松濤美術館[東京都]

「渋谷」に集った近代美術の画家たちによる作品を見せる展覧会。菱田春草や岡田三郎助、岸田劉生など、主に前世紀の前半に現在の「渋谷」近辺に住んで制作していた画家たちによる作品を展示した。近代美術を新鮮に見せるための文脈として「渋谷」を担ぎ出したのはよい。当時の地図と現在の写真をあわせて見せるなど、展示に一工夫加えている点も好印象だ。ただし、同展が射程に収めている「渋谷」は、現在の青山や麻布、恵比寿なども含んでおり、地政学的なカテゴリーからの逸脱が大きすぎるといわざるをえない。なんといっても、渋谷は文字どおり「谷」なのだから、青山を「渋谷」と呼ぶにはどう考えても無理がある。そうした地理的な条件を超越するほどの共同体が結ばれていれば話は別だが、展示を見るかぎり、池袋モンパルナスのような濃密な人間関係が結ばれていたようにも思えない。さらなる今後の調査研究を待ちたい。

2012/01/29(日)(福住廉)

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菱田雄介「border/McD」

会期:2012/01/18~2012/02/05

Bloom Gallery[大阪府]

写真集『ある日』(プレイスM/月曜社、2006年)、『BESLAN』(新風舍、同)、そして東日本大震災直後に被災地を撮影した「hope/TOHOKU」(『アフターマス 震災後の写真』(NTT出版、2011年所収)。菱田雄介の仕事を見ていると、周到な準備の積み重ねと、コンセプトをかたちにしていくときの果敢な行動力にいつも驚かされる。今回大阪・十三のBloom Galleryで初めてて発表された「「border/McD」シリーズも、撮影を開始したのは1993年というから、かなり時間をかけたプロジェクトだ。
たしかに世界のいろいろな国を旅していると、赤に黄色のMのマークがくっきり浮かび上がる看板のロゴがいやおうなしに眼に入ってくる。現代社会におけるグローバリズムの象徴とも言うべきマクドナルドのハンバーガーショップは、たしかに面白い被写体だ。同じシステム、同じメニューとはいえ、国ごとの経済や文化の差異によって、そのたたずまいも微妙に違ってくる。北朝鮮やイランのように、「アメリカ文化の権化」とみなされて、マクドナルド自体が存在を許されない国もある。菱田のもくろみは、中東、東欧諸国から震災直後に宮城県で撮影したハンバーガーショップまでを比較対照させることで、世界を区切っている、見えない「border」を浮かび上がらせることにある。現在はまだ30カ国余りということだが、もう少し数が増えてくると、さまざまな様相がせめぎあう場所としてのマクドナルド空間のもつ意味が、よりくっきりと浮かび上がってくるのではないだろうか。ただ今のスナップショット的な撮り方だと、自ずと限界もあるようにも感じた。抽出する要素を絞り込み、画面を大きくして、より強度のある写真として提示した方がいいのではないかと思う。

2012/01/29(日)(飯沢耕太郎)

おとなが学び合うこどもの声&フォーラム「研修バスツアー──メリーゴーランド(三重県四日市)へ行こう」

会期:2012/01/29

子どもの本専門店メリーゴーランド[三重県]

RACOA企画の研修バスツアー。この1週間前に事前勉強会で紹介されたエッセイ集『子どもの本屋はメリー・メリーゴーランド』(晶文社、2001)の著者、増田喜昭さんの遊び心に溢れた幅広い活動とその人物像にますます興味が湧き、さっそく本も取り寄せて読了。「あそびじゅつ(遊美術)」というワークショップ教室をはじめ、2009年にオープンした「四日市こどものまち図書館」の活動など、町の子どもたち(や大人達)との交流やその在り方に新鮮な感動を覚えてさらに胸が躍った。昼食の後、ミュージシャンであり美術家でもある「あそびじゅつ」の講師、重盛ペンギンさんのトーク。「あそびじゅつ」のこれまでの活動や方針、エピソードなどが語られた後、ペンギンさんとともに全員で増田喜昭さんの本にも登場する近所の神社、その先にある「四日市こどものまち図書館」の見学に出かけた。「四日市こどものまち図書館」は増田さんが理事を務めるNPO法人「四日市こどものまち」が運営する図書館。といっても建物は古い民家がそのまま利用されていて、書架が並ぶ空間は畳。掘りごたつもある。土曜にオープンしているこの図書館、来る子どもたちは本やマンガを読んだり、弁当を食べたりごろごろしたり、好き勝手に過ごして行くのだという。その後、別のイベントで増田さんの講演が行なわれるというので一行は再び「メリーゴーランド」へ。正確にはこの建物は1階が書店「メリーゴーランド」、2階が「あそびじゅつ」の教室、3階はさまざまなイベントや習い事の教室に使われる「ときわ文化センター」というホールになっている。ホールで行なわれた講演は、おもに増田さんが欧米のチルドレンズミュージアムを廻ったときのリポートだった。「四日市こどものまち図書館」の活動もそのときの衝撃と感動から始めたのだという。そしてその後、今回のRACOAバスツアーのためのトークが行なわれる。電車を使って「メリーゴーランド」を訪ねてくる人が道を聞くだろうと思われる駅前のタバコ屋のおばあさんに「あっちだ」と指差してもらいたいがゆえに看板を設置しなかったというエピソードをはじめ、増田さん独特の人々とのコミュニケーションの取り方や、地域の人々との交流にまつわる話が特に魅力的で、アートの活動においても参考にしたいものだった。それにしても素晴らしい話術。ふと目を移すと、他の参加者たちが、まさに目を輝かせて食い入るような表情で話に聞き入っていたのが忘れられない。収穫の多い有意義なバスツアーだった。再びRACOAのスタッフに感謝。


左=四日市こどものまち図書館
右=同、1階


「あそびじゅつ」のワークショップルームでのトーク

2012/01/29(日)(酒井千穂)

瀧口修造とマルセル・デュシャン

会期:2011/11/22~2012/01/29

千葉市美術館[千葉県]

ひとりの美術評論家にとって、ひとりの偉大なアーティストの存在が、かくも大きいということがあるのだろうか。本展でまざまざと感じたのは、なかば呆れた思いも入り混じった驚きの感情だった。本展のタイトルでは、瀧口修造とマルセル・デュシャンが並列の関係に置かれているが、実際の展示を見てみると、両者の関係はむしろ一方に傾いていることに気がつく。デュシャンの《泉》をはじめとする数々の謎めいた作品や往復書簡から浮き彫りになるのは、瀧口によるデュシャンへのあまりにも熱い想いだからだ。それが評論家と美術家の親交というには、度が過ぎていると言わざるをえないのは、デュシャンの別名である「ローズ・セラヴィ」と記銘された瀧口の墓石の写真を見れば一目瞭然だ。瀧口修造といえば、これまで戦後美術を代表する美術評論家ないしは詩人として過剰に神話化されてきたが、瀧口の(こういってよければ)「ミーハー的センス」をありありと浮き彫りにすることによって、瀧口を脱神話化するための糸口を提供したところに、本展の大きな意義があるように思う。もうひとつの発見は、晩年の瀧口が限界芸術を手がけていたという事実。60年代に美術批評の第一線から退いた後、瀧口は数々のオブジェを蒐集するのみならず、自分でもオブジェを制作し、デカルコマニーなどの手法を駆使した平面作品を制作しているが、それらは、誰がどう見ても、限界芸術以外の何物でもない。純粋芸術としての戦後美術を歴史化してきた当事者が、晩年になって限界芸術の境地にみずからたどり着いたという事実は、人は誰もが限界芸術からはじめ、途中で大衆芸術や純粋芸術を経由することはあったとしても、やがて再び限界芸術に立ち返ってくるという人間の性をはっきり裏書きしていると言えるだろう。

2012/01/28(土)(福住廉)

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