artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

バリー・コロンブル「Barry Kornbluh」

会期:2012/02/10~2012/03/04

リムアート[東京都]

これも恵比寿映像祭の連携展示だが、動画ではなく純粋な静止画像の写真展である。昨年個展が開催されたサンネ・サンネスもそうだったのだが、リムアートでは時々思いがけない(まったく名前もきいたこともない)写真家が紹介されることがある。今回のバリー・コロンブルもサンネスと同じくオランダ在住の写真家。ざらついた、印画紙の粒子を強調した、黒白のコントラストの強いプリントに共通性がある。だが、コロンブルはオランダ人ではなく、1952年生まれのアメリカ人で、90年代にオランダの女性と結婚したのをきっかけにアムステルダムに移住したのだという。
被写体になっているのは身の回りの人物たち(ヌードが多い)や日常の光景であり、その大胆な切り取り方に、ジャズのインプロヴィゼーションのようなセンスのよさを感じる。ただ、サンネ・サンネスのようなエロティシズムの深みへの偏執狂的な固執はなく、ずっと穏やかな作風だ。経歴的にはエド・ファン・デル・エルスケンのようなオランダ、あるいはフランスの写真家たちではなく、「キアロスクーロ」を意識したモノクロームの美学を追求するアメリカのラルフ・ギブソンの系譜と言えるかもしれない。おそらくオランダには、日本ではまだあまり知られていないサンネスやコロンブルのような魅力的な写真家たちが、もっとたくさんいるのではないだろうか。さらなる発掘、紹介を期待したい。

2012/02/17(金)(飯沢耕太郎)

本田このみ 木版画展「スポットライト」

会期:2012/02/10~2012/02/19

gallery morning kyoto[京都府]

京都精華大学の版画コースで木版画を学んだ本田このみ。これまでも同ギャラリーで木版画作品を発表しているのだが、今回が初個展となった。ギャラリーに入って真っ先に目に飛び込むのは《南極点のおべんとう》という700mm×1,200mmの、今展のなかでもっとも大きな作品。ほかには小さなサイズの作品が多く展示されていた。札幌テレビ塔、東尋坊タワー、東京タワー、ゴールドタワー、ポートタワー、京都タワー、スカイツリー、横浜マリンタワー、別府タワー、通天閣などをモチーフにした《現代タワー十景》はカタログを眺めるような楽しさ。《一人暮らしの冷蔵庫》《実家から缶詰》《キャベツ1/2》なども素敵だ。自らの生活空間にある生々しいモチーフがちっともつまらないものにならず、見ていると、むしろ胸が躍るような心地になってくる。豊穣な色彩とパターンが魅力的な本田の作品世界。今回もいくつも欲しい!と思うものがあり悩ましかった。

2012/02/16(木)(酒井千穂)

鈴木孝平 FEEDBACK 2010-2012 無意識と暗黙──日常性の開拓に向けて

会期:2012/02/10~2012/02/19

LABORATORY[京都府]

立命館大学映像学部の4回生で、この春に京都市立芸術大学大学院修士課程に進学する鈴木孝平。日常的なものごとを観察し、社会通念や常識などを含めた人々の無意識にアプローチする作品を、映像のみならず写真、立体、パフォーマンスなどさまざまな表現で意欲的に制作してきた。初個展となる今展では、新作とともに、これまでに発表した映像作品、立体作品などをまとめて展示。会場には、撮影した風景の映像を表面にロウを塗ったスクリーンで上映しながら、そのスクリーン自体を燃やしてしまうというプロジェクトの記録映像、立ち入り禁止のサインとしてよく使われる赤いコーンを屋外に設置し、実際に目にしている景色、見るという意識の関係の変化に注目したプロジェクト(の再現)などが展示されていた。鈴木の作品は、コンセプチュアルであったりサイトスペシフィックという特徴をもつものが多いため、このような空間では特に、説明がなければ脈絡や意味も掴めず、面白さを理解しにくい。今展では全体的に、話を詳しく聞かなければほとんど解らないものが多かったのが残念だったが、平安神宮の巨大な赤い鳥居や、三条京阪前の「土下座像」として知られる高山彦九郎象など、京都の有名なランドマークを取り除いた風景写真は今後のシリーズもあればぜひ見てみたいと思った写真だ。これからの活躍を楽しみにしている。

2012/02/16(木)(酒井千穂)

松原健「眠る水」

会期:2012/02/03~2012/03/04

MA2 Gallery[東京都]

恵比寿映像祭の連携企画として開催された松原健の新作展。こういう作品を見てもデジタル映像機器の進化が、写真家やアーティストにのびやかな発想の広がりをもたらしていることがわかる。彼がこのところこだわり続けているベトナムの少年、少女たちをモデルにした「眠る水─メコンデルタ」の連作がメインの展示で、メコンデルタの河を静かに流れていく彼らの様子を上から撮影したモノクロームの映像が、筒状のガラス容器の中に入れられた小型の液晶モニターに映し出されている。容器の内側がハーフミラー加工されているので、映像は揺らめき、分裂しているように見える。ゆっくりと河の流れに乗って上昇していく5人の子どもたちの姿は、ジョン・エヴァレット・ミレーの「オフィーリア」を思わせるが、悲劇性や耽美性はあまり感じられず、むしろ清々しい開放的な雰囲気に仕上がっているのがいかにも松原らしい。
ほかにも、グラスの縁からあふれ出る水(「眠る水─コップの中の嵐」)、焔を上げる鹿の角(「眠る水─エゾ鹿」)、4つの都市の女の子たちが次々に蝋燭の火を吹き消していく場面(「ブラスチバ、ホーチミン、タイペイ、トウキョウ」)など、さまざまな容器に小型液晶モニターを仕込んで映像を流す作品が展示されていた。アイディアを形にしていく手際の鮮やかさはもちろんだが、全体に記憶の一場面を小さな器に封じ込めるという松原の志向が一貫して感じられて、静謐に美しく結晶した映像世界が構築されつつあると思う。

2012/02/16(木)(飯沢耕太郎)

第4回恵比寿映像祭「映像のフィジカル」

会期:2012/02/10~2012/02/26

東京都写真美術館ほか[東京都]

毎年2月ごろに開催されている恵比寿映像祭も4回目を迎えた。年々規模を拡大し、関連企画や恵比寿周辺のギャラリー、文化施設などでの連携展示の数も増えているので、とても全部は見切れない。特に僕のように写真(静止画像)を中心にフォローしている者にとって、映像作品の展示やインスタレーションを見ることは、正直しんどい。タイムリミットは3分くらいで、それ以上長い作品だと腰が落ちつかなくなってしまうのだ。
だが、東京都写真美術館を全館(3階、2階、地下)使った展示をざっと回ってみて、ここ数年の間に映像作品をめぐる環境がずいぶん違っていることに気づかされた。今年の出品作家はマライケ・ファン・ヴァルメルダム、ヨハン・ルーフ、スッティラット・スパパリンヤ、ウィリアム・ケントリッジ、サラ・モリス、前沢知子、伊藤隆介、東京シネマ(岡田桑三、小林米作、吉見泰ほか)、ヂョン・ヨンドゥ、大木裕之、ユリウス・フォン・ビスマルク、カロリン・ツニッス&ブラム・スナイダースSitd、ユェン・グァンミン、鈴木了二。多種多様としか言いようのない取り合わせだが、近年のデジタル・メディアと画像モニターの進化によって、視覚経験の拡張を簡単に、しかも驚くほど効果的におこなうことができるようになっていることがよくわかった。トリッキーな視点の移動、切り替えを映像の中にダイナミックに取り入れていくマライケ・ファン・ヴァルメルダムやユェン・グァンミンの作品はその典型と言える。
だが一方で、画像処理の高度化は逆に視覚的な印象の均質化につながることも多い。そこで今回の映像祭のテーマである「フィジカル」=物質性へのこだわりが注目されるようになるのだろう。伊藤隆介やウィリアム・ケントリッジの素朴で手触り感のある映像が、むしろ記憶に食い込んでいく力を発揮することになるのだ。とても興味深く見たのは東京シネマが製作した1960年代の科学映画。その近未来を志向する映像は当時としては最先端だったはずだが、今見るとかなりレトロっぽく、それが逆に新鮮な印象を与える。ちなみに東京シネマのプロデューサーの岡田桑三は戦前に名取洋之助、木村伊兵衛らと日本工房を設立したり、東方社から海外向け軍事宣伝雑誌『FRONT』を発行したりしていた人物である。彼の卓越したヴィジュアル化の能力が、戦後になって科学映画というジャンルで花開いていたのが面白く、意外でもあった。

2012/02/16(木)(飯沢耕太郎)

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