artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
松田啓佑 個展 WORDS LIE III

会期:2012/02/03~2012/02/26
eN arts[京都府]
松田の作品の特徴は、得体の知れない強烈な存在感だ。それはマッス、ボリューム、物質性といった美術業界御用達用語では形容し難いもので、私が初めて彼の作品を見たときはウンコの塊としか思えなかった(注:悪口ではない)。彼の作品を見るのはこれで4度目だと思うが、新作にはいままでにはなかった流麗なストロークが導入されており、それでいながら異形の存在感も失われていないのが頼もしい。彼の作品世界がどこまで更新されて行くのか、今後の展開が大いに気になる。
2012/02/12(日)(小吹隆文)
上田義彦「Materia」

会期:2012/02/10~2012/04/10
Gallery 916[東京都]
上田義彦が東京都港区海岸の倉庫の一角に、600m2という大きなギャラリーをオープンした。ニューヨークならいざ知らず、これだけの広さと天井の高さの美術館並みのスペースは、日本ではほとんど考えられない。維持するのは大変だろうが、新たな写真表現の発信源としての役割を果たすことが期待される。
そのこけら落しとして、新作20点が展示された。上田は1990年代にアメリカ西海岸の原生林を撮影した『QUINAULT』(京都書院、1993)を発表したことがある。震災直後に屋久島に入って撮影したという今回の「Materia」は、その延長線上の仕事と言えるだろう。だが、ICP(ニューヨーク)のキュレーター、クリストファー・フィリップスが展覧会のリーフレットによせた「森の生命」で指摘するように、前作とはかなり異なった印象を与える。「Materia」では「多くの写真家が技術的ミスと呼びたくなるようなものを、意図的に表現手段に転化」しており、これによって「絶えず変化し続け、予測不可能な、この森の生命のありようを視覚的に提示」しているのだ。たしかに、ブレやボケ、偶発的に画面に飛び込んでくる枝や葉、光と影の極端なコントラストなどによって、写真にダイナミズムが生じてきている。ただ、それが「絶えず変化し続け、予測不可能な」森の全体像を提示しきっているかというと、まだ不充分なのではないかという思いがぬぐい切れない。
先日、ホンマタカシの「その森の子供」展(blind gallery)の関連企画として開催された千葉県立中央博物館の菌学者、吹春俊光とのトークで、吹春が教えてくれた「赤の女王の仮説」というのが頭に残っている。ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』で赤の女王が言う「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない(It takes all the running you can do, to keep in the same place.)」という言葉から来ているもので、原生林のような場所ではあらゆる生命体が全速力で走り続け、生命の維持と更新の活動を展開しているというのだ。上田の作品には、このひしめき、うごめいている生命の速度感があまり感じられない。意欲作だが、さらに次の展開が見たい気がする。
2012/02/10(金)(飯沢耕太郎)
バミューダトライアングル

会期:2012/02/04~2012/02/12
シャトー小金井[東京都]
有賀慎吾、泉太郎、小林史子による3人展。新進気鋭のアーティストたちが、古いマンションの中の空間を、それぞれ思う存分に活用した展示で、たいへん見応えがあった。黄色と黒によってアブノーマルな世界を創り出す有賀は、例によって不気味で不穏なインスタレーションを発表したが、あえて小さな入り口から来場者を招き入れることによって、あたかも直腸に進入するかのような変態性を体感させた。家具や電化製品を再構成する小林は、そのようにして部屋の中にもうひとつの部屋をつくり出したが、部分の集積であるにもかわらず、もうひとつの部屋の外壁が垂直の壁であるかのように感じられる反面、内部は乱雑に仕立てられた不思議な構造体だった。そして、噴水のある大空間を使った泉もまた、これまでと同様、既存の空間に介入し、映像の撮影と投影の場所を同一にしながら、独自の遊戯を展開した。鯉が泳ぐ池の中に飛び込み、ともに回遊しようとする映像を、その池の底に投影する作品は、映像の中では当然鯉に逃げられるものの、実際の池の中で泳ぐ鯉は、投影された映像の中の泉とともに見事に泳いでいるように見える。映像をとおして鯉との叶わぬ接触を図っているようだ。さらに全身黒タイツ姿でビリヤード台の上に仰向けに横たわった泉のまわりに数人の女性が立ち並び、手足の切れ目からひたすらボールを出し入れする映像も、終始カメラ目線の泉がコミカルなユーモアを醸し出しつつ、ボールの出し入れの反復が、奇妙なエロティシズムを感じさせた。最近の泉太郎は、どういうわけかエロチックな印象の強い映像を数多く制作しているが、今回の作品はそのなかでもとりわけ突出しているような気がする。映像というフィルターをとおして不可触の対象と接触するというフィクション。だがそれは、泉の作品に限られた特質ではないようだ。粘着的ともいえる有賀の作品も、鋭角的な小林の作品も、ともになにかしらの触覚性ないしは皮膚感覚を大いに刺激するからだ。
2012/02/10(金)(福住廉)
ノモトヒロヒト写真展 LIFE

会期:2012/02/03~2012/02/25
TEZUKAYAMA GALLERY[大阪府]
東日本大震災の発生から数週間後に津波の被災地を訪れて制作した2つのシリーズを発表。《Facade》は、津波により破壊された建物を真正面から捉えたもので、いわゆるベッヒャースタイルの作品である。ノモトは本作の制作にあたって仮設住宅等に住む建物の持ち主を訪ね、制作意図の理解と許諾を得たうえで撮影している。また、完成作1点をそれぞれの建物の持ち主に贈呈したそうだ。《Debris》は瓦礫置き場の鉄骨や漁具などをアップで撮影し、コンピュータで合成してシュールな情景をつくり出したものだ。過酷な現実と真正面から向き合い、あくまで客観的眼差しをを保ちつつも決して冷血ではない2つのシリーズ。ノモトは困難な仕事をしっかりと成し遂げた。
2012/02/10(金)(小吹隆文)
フェルメール──光の王国展

会期:2012/01/20~2012/07/22
フェルメール・センター銀座[東京都]
銀座松坂屋の裏にフェルメール・センターができたというので行ってみる。あれ? ここは以前TEPCO(東電のショールーム)が入ってたビルじゃなかったっけ。2階にプラスマイナスギャラリーがあったから何度か訪れたことがあるけど、いつのまになくなったんだろ。それにしても東電のあとに「光の王国展」が入るなんて、偶然とは思えん。などと思いつつ、エレベーターでいったん5階まで行き、なぜかフロアをぐるっと回って4階に下りると、そこがメイン会場。なんと、フェルメール作とされる全37点の絵画が制作年代順(推定)に展示されているではないか! もちろん複製だけど、単なる複製ではなく、描かれた当時のオリジナルに近い色彩を再現しようとした「リ・クリエイト」なのだという。しかもサイズは原寸大で、色だけでなくテクスチュアや艶も再現されているので(ボケたものもあるが)、各作品を見比べたり全作品を概観するには役に立つ。なにより額縁が各所有館と近いものを選んでいる点を高く評価したい。監修者の福岡伸一ハカセのこだわりか。もう1階下がると、福岡ハカセが著書『光の王国』で提出した仮説の是非を問うかのように、フェルメールと同時代の科学者レーウェンフックの書簡につけられた虫のスケッチが展示されている。レーウェンフックも画家と同じデルフトに住み、両者は交流もあったらしく、ハカセはこの細密なスケッチをフェルメールに描いてもらったものではないかとにらんでいるのだ。もうしそうだとしたら、フェルメール唯一の素描作品ということになるのだが……。最後はショップでフェルメールグッズを買って、入場料1,000円は安いか、高いか。
2012/02/09(木)(村田真)


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