artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

城戸孝充・天方信吾

会期:2011/09/08~2011/10/02

gallery 21 yo-j[東京都]

城戸孝充と天方信吾の二人展。城戸が制作した立体作品に、天方による音をあわせた《まだ、雨は降り続いている》を発表した。彫刻を出自とするアーティストは数多いが、城戸ほど毎回趣の異なる作品を見せて鑑賞者を圧倒する美術家はいない。今回の立体作品は、鉄板を貼りあわせた重厚な土台の上に細長い真鍮を無数に突き立てたもの。鈍い金色の線が垂直方向に幾重にも重なり合った光景は、密集した竹林や降り注ぐ雨を連想させるが、雨音をモチーフにした音響が徐々に大きくドラマティックに展開すると、その光景がモアレ状に見え始め、一点を見通すことができないほど、視線が撹乱される。その斑紋の先に、見えるはずのない世界が見えたような気がしたから不思議だ。森のなかで不意に雨に打たれ、風雨が山肌を削る音を耳にしながら、岩陰で身を潜めて堪え忍ぶ時間。おのずと動物的な感性が研ぎ澄まされる。やがて大音響が去っていくと、雨上がりの森の静けさが身にしみてくる。画廊の天窓から差し込む穏やかな光も、雨雲と樹木を突き抜けて下りてきた陽射しのように見える。むろん、音の力を借りてはいる。そうだとしても、これほどまでに物体の造形から見えない世界を想像的に体験させる作品は、他に類例を見ないのではないだろうか。城戸孝充が切り開いている彫刻のフロントは、いまもっとも注目すべきトピックである。

2011/09/30(金)(福住廉)

ニューアート展 NEXT 2011「Sparkling Days」

会期:2011/09/30~2011/10/19

横浜市民ギャラリー3階展示室[神奈川県]

「今日の作家展」がいつのまにか「ニューアート展」に変わったと思ったら、今年から「ニューアート展NEXT」に更新された。どうせなら「アートネクスト」に縮めたらどうだ。出品作家は荒神明香、曽谷朝絵、ミヤケマイの女性3人。荒神は広い部屋にスパゲティ(もちろんゆでる前の)で家や山の輪郭をつくり、それらを組み合わせて空中楼閣のように天井から吊るしたインスタレーション1点。その宙吊りにされた風景は危うく、はかない。実際、何日もかけてこの場でつくり、終わったら撤去して影もかたちも残らないのだ。でもなんでスパゲティなの? 素材と内容にギャップが感じられる。曽谷はここ10年ほど描きためた虹色の絵画のほか、天井の高い一室でカラフルなシートを波紋状に切り抜いて壁や床に貼りつけたインスタレーションも発表している。シートに反射した光が壁や天井に映り、とても美しい。網膜で勝負。ミヤケはレリーフ状のフィギュアをボックス型の額に収めたり、通路にインスタレーションしたりといろいろ工夫しているが、基本的に工芸的。でも出品点数がハンパでなく、あとのふたりを圧倒している。その意欲は見習いたい。

2011/09/30(金)(村田真)

企画展「インド ポピュラー・アートの世界──近代西欧との出会いと展開」

会期:2011/09/22~2011/11/29

国立民族学博物館本館企画展示場A[大阪府]

先日、あるインドの方からお土産をいただいた。刺繍が施された布バックだった。面白かったのはそのバックが入っていたビニル袋の絵だった。鮮やかな色を背景に、典型的なインド人女性の顔がプリントされていた。ある種の「キッチュさ」まで漂わせる。インドでプリントされたポスターやカレンダー、絵葉書、マッチレベルなどの印刷物には独特な存在感がある。本展は、インドに印刷技術が到来した19世紀末から20世紀後半にかけて、庶民のあいだで親しまれてきた宗教画や風景画、広告品などのコレクション140点を紹介し、その変遷をたどるものである。企画趣旨などが書かれた説明文を読むと、いかにもデザインがアートに昇華したかのような言い方をしているが、そもそも「ポピュラー・アート」の定義自体があいまいで、展覧会の方向性には少々疑問を感じた。ただ展示作品の奇抜な表現をみていると、「アート」と呼びたくなる気持ちがわからなくもない。とにかく面白い。[金相美]

2011/09/29(木)(SYNK)

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指田菜穂子

会期:2011/09/27~2011/10/22

西村画廊[東京都]

指田菜穂子が取り組んでいるのは、百科事典の絵画化である。共通しているのは中国の年画のような華やかな色彩だが、一つひとつの絵には、「酒」「箱」「糸」「子ども」といったようにテーマが設けられ、その項目に沿った図像や記号がそれぞれ画面に密集している。例えば《こんな夢を見た》(2010)を見てみると、富士山と鷹、茄子をはじめ、獏、夜の街並み、梟と蝙蝠、ユング、涅槃像、眼を閉じたオランピア、黒澤明の映画『夢』、落語の「芝浜」など、「夢」にまつわる古今東西のイメージがふんだんに盛り込まれており、絵の中に分け入りながらそれらを読み解いていく経験がじつに楽しい。子どもたちが放り投げた枕がいつのまにか羊に成り代わっていく様子をストップモーションで描く工夫もおもしろいし、「はかない夢」を花言葉とするアネモネなのかどうか、可憐な花々が描いているのは無限大のかたち(∞)だ。つまり、睡眠中の「夢」だけでなく、将来的な願望を意味する「夢」も隠されているわけだ。百科事典が幾度も読み返すための書物であるように、指田が描き出しているのは、見れば見るほど新たな発見を期待させ、そこからさらに見ることを誘うような、文字どおり何度も見返すことのできる絵画である。そして何よりすばらしいのは、そうして画面の隅々に視線を運んでいると、さまざまなイメージを嬉々として配置する指田の心の躍動感がたしかに伝わってくるところだ。このような絵を描く原初的な喜びは、禁欲的で理論的、あるいは心神耗弱的な日本の現代絵画の伝統において長らく不当に抑圧されてきた、絵を描く者にとっての心の「よすが」である。指田菜穂子はそれを健やかに取り戻してみせた。百科事典の絵画化というプロジェクトは、絵を見る者の心にも、やがてそれを復活させるだろう。

2011/09/29(木)(福住廉)

岸幸太「The books with smells」

会期:2011/08/23~2011/09/30

KULA PHOTO GALLERY[東京都]

岸幸太はこれまでphotographers’ galleryやKULA PHOTO GALLERYで、「傷、見た目」(2006年~2009年)や「もの、しみる」(2011年)といった個展を開催してきた。東京の山谷、大阪の西成、横浜の寿町など、いわゆるドヤ街に集まる人々や、独特の存在感を発する建物やモノを撮影した写真群は、これまでオーソドックスなモノクロームプリントで発表されてきたのだが、今回の個展ではかなり思い切った転換を図っている。写真を新聞紙にプリンターで印刷し、それを「本」のような体裁にして積み上げたり、壁に貼り巡らしたりしているのだ。しかもその制作のプロセスそのものを、ギャラリーで公開するという試みである。訪ねることができたのが会期の終了間際だったので、小さな部屋の中には写真がプリントされた新聞紙の束があふれかえり、町工場のような雰囲気になっていた。
新聞紙に画像を印刷したりドローイングしたりする試みは、岸が最初ではないかもしれない。だが、こういう展示の仕方は「コロンブスの卵」のようなところがありそうだ。新聞紙の粗いざらざらとした質感と、出合い頭に路上の人々をスナップした写真の内容とが、あまりにもぴったりしていて、最初からこの展示をもくろんで撮影したように思えるほどだ。新聞紙は全国から集めたそうで、沖縄から北海道の新聞までそろっている。しかも大震災関係の記事がかなりのスペースを占めているので、強烈な視覚的インパクトがある。アイディアとそれを実現する手際のよさとが、これほど鮮やかに決まった展示も珍しいのではないだろうか。思いつきだが、同じコンセプトで海外の新聞、労働者の写真で展開してみてはどうだろうか。かなりの反響が期待できそうな気がする。

2011/09/27(火)(飯沢耕太郎)