artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

山本竜基 展

会期:2011/01/26~2011/02/26

MIZUMA ART GALLERY[東京都]

細密な自画像を描く山本竜基の新作展。《熊野歓心十界図》をモチーフとした新作《地獄図》などを発表した。前回の個展と比べると、全体的に仏教的世界観が導入されているせいか、いつにも増して「救済」のニュアンスが強く感じられた。それは自画像であるがゆえに、基本的には山本自身の「自己救済」なのだが、山本の作品がおもしろいのは、それが山本個人を超えた厚みと幅を持っている点だ。人間の誕生から死にいたるまでの道のりを図案化した絵に描かれているのは、地獄に落とされる山本や鬼に拷問を受ける山本。彼らがいちように苦しみながらも、どこか楽しげにも見えるのは、みずからのキャラクターをいくらか戯画化して描いていることに加えて、山本自身がみずからの情けなさや非力さを肯定的にとらえていることに由来しているように思われる。だからこそ、私たちはそこに自分の情けなさや非力さを見出し、ある種の救いを得ることができるのだろう。世俗を超越した神々しい神聖性ではなく、生活の俗塵がみなぎる神聖性。山本竜基が描き出しているのは、もしかしたらかつての神が死んだ後、久しく待望されていた新しい神なのかもしれない。

2011/02/23(水)(福住廉)

三瀬夏之介 個展 だから僕はこの一瞬を永遠のものにしてみせる

会期:2011/02/04~2011/02/26

京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA[京都府]

1階の@KCUA1では、全幅20メートルにも及ぶ《だから僕はこの一瞬を永遠のものにしてみせる》や、サイズ可変の超大作《奇景》をはじめとする作品6点と資料が、2階の@KCUA2では、水墨画21点が展示された。関西での彼の個展としては、過去最大の規模であろう。展示を見終えて感じたのは、受容体としてのアーティストの姿。自身の記憶や経験、環境、社会など、感知するあらゆるものを呑み込み、作品へと昇華させていく。果てしない混沌の先にどんな世界が現われるのか、あるいはゴールなど存在せず、もがき続ける過程そのものに意味があるのか。いずれにせよ、三瀬への関心がますます高まったことだけは確かだ。

2011/02/23(水)(小吹隆文)

佐竹龍蔵 展

会期:2011/02/22~2011/02/27

アートスペース虹[京都府]

薄く溶いた岩の絵具を点描で積層させた、独自の画風で知られる佐竹龍蔵。以前は自画像を描いていたが、新作ではクローズアップの女性像へと画題が変わった。光を閉じ込めたかのような画肌の魅力は以前と同じだが、なぜ女性像を選んだのか、その理由はよくわからなかった。主題の必然性について、納得できるまで聞いておくべきだった。反省。

2011/02/23(水)(小吹隆文)

シュルレアリスム展──パリ、ポンピドゥセンター所蔵作品による

会期:2011/02/09~2011/05/09

国立新美術館[東京都]

大規模な「シュルレアリスム展」といえば以前、東京国立近代美術館で開かれたものを思い出すが、あれはもう36年も前、ぼくがまだ学生のときだった。ヒエー。なんでまた忘れたころにシュルレアリスムなのかといえば、今年はアンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』刊行から87年という記念すべき年ではないので、きっとパリのポンピドゥー・センターが改修工事にでも入って、大量のコレクションが借りられることになったのかも。日本でシュルレアリスムというとダリとかマグリットみたいな通俗的な画家に人気が集まるが、今回はアンドレ・マッソン、ヴィクトル・ブローネル、フランシス・ピカビアといった日本ではあまり紹介されてない画家の作品が大量に出品され、ツー好みの展示になっている。とりわけマッソンは全出品作品173点中27点を占め、じつに1割5分6厘の高打率。同展にはゴーキーやポロックの初期作品も出ているので、マッソンが開拓し、抽象表現主義に受け継がれた「オートマティスム」にスポットが当てられているのがわかる。なかなか大人のシュルレアリスム展。

2011/02/23(水)(村田真)

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平成22年度第34回東京五美術大学連合卒業・修了制作展

会期:2011/02/17~2011/02/27

国立新美術館[東京都]

東京の主だった五つの美術大学による卒業・修了制作展。今回、もっとも注目したのは、日大芸術学部の眞間悠。横断歩道を渡るパンク少年と彼に続く鶏の行列を、淡い色彩の水彩画で巧みに描いた。双方が「鶏冠」でつなげられているのは一目瞭然だが、おもしろいのは脱力感あふれるモチーフだけではなく、それらを水彩だけの直球勝負で描いたところ。おそらく本展の広大な会場を見渡してみても、これほどストレートな水彩画はほかに展示されていなかったのではないだろうか。一見するとモチーフと手法が噛み合っていないようにも思えるが、ある意味愚直ともいえる方法論を徹底して突き詰める心意気が、パンクの魂と共振しているように見えた。

2011/02/21(月)(福住廉)