artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
尾仲浩二「馬とサボテン」

会期:2010/08/17~2010/09/10
EMON PHOTO GALLERY[東京都]
尾仲浩二のような旅の達人になると、日本全国どこに出かけても、安定した水準で写真を撮影し作品化することができる。それどころか、その揺るぎないポジション取りと巧みな画面構成力は、外国でもまったく変わりがない。写真集『フランスの犬』(蒼穹舎, 2008)は、1992年のフランスへの旅の写真で構成されているし、EMON PHOTO GALLERYでは2007年に続く2回目の作品発表になる今回の「馬とサボテン」は、同年のメキシコへの旅がテーマだ。それでも、それぞれのシリーズに新しい試みを取り入れることで、彼なりに旅の新鮮さを保とうとしているようだ。それが今回は、パノラマカメラを使った写真群ということになるだろう。時には普通は横位置で使うカメラを縦位置にして、前景から後景までをダイナミックにつかみ取るような効果を生み出そうとしている。
その試みはなかなかうまくいっているのだが、基本的には日本でも外国でも被写体との距離の取り方がほぼ同一なので、安心して見ることができる反面、驚きや衝撃には乏しい。もっとも、尾仲のようなキャリアを積んだ写真家に、それを求めても仕方がないだろう。むしろそのカメラワークの名人芸を愉しめば、それでいいのではないだろうか。展示では、これまた名人芸といえるカラープリントのコントロールの巧さも目についた。メキシコには「尾仲カラー」とでもいうべき渋い煉瓦の色味の被写体がたくさんある。まるで闘牛場の牛のように、彼がその赤っぽい色にエキサイトしてシャッターを切っている様子が、微笑ましくも伝わってきた。
2010/08/19(木)(飯沢耕太郎)
桑久保徹「海の話し 画家の話し」

会期:2010/08/07~2010/09/26
トーキョーワンダーサイト渋谷[東京都]
そうか、砂浜に巨大な穴を掘るモノクロームに近い絵を数年前よく見かけたが、作者は桑久保だったんだと今回初めて気がついた。たしかに海岸はいまも描き続けているが、色彩がぜんぜん違う。ていうか、この色彩の発見こそ現在の桑久保を桑久保たらしめているもの。聞くところによると、彼は自分のなかに「クウォード・ボネ(クワクボ+クロード・モネ)」という架空の画家を設定し、彼に描かせているのだそうだ。なるほど、これなら他人事のように描けそうな気がする。
2010/08/18(水)(村田真)
遠藤利克「Trieb⇔Void」

会期:2010/08/17~2010/09/05
ヒルサイドフォーラム[東京都]
回廊式のギャラリーに数点の大作が並んでいる。とくに凹型の《Trieb-水路》と臼型の《空洞説・2010 AKIYAMA》は、ともに表面を焼いて黒こげにしたもので、その物量感は展示空間を狭く感じさせるほど圧倒的。Trieb(欲動)とかVoid(空洞)とか謎めいた言葉がちりばめられているが、理屈はともかくとして、表面が黒こげの巨大な木のかたまりがズンと置かれているというだけで心がざわめかないか。
2010/08/18(水)(村田真)
桑久保徹 海の話し 画家の話し

会期:2010/08/07~2010/09/26
トーキョーワンダーサイト渋谷[東京都]
画家・桑久保徹の個展。初期の作品から近作の肖像画まで、30点あまりの絵画と数点の写真などが展示された。架空の画家であるクウォード・ボネに扮して浜辺の風景画を描くことで知られているが、今回の個展ではボネのポートレイト写真が展示されたほか、隣接するカフェではボネの絵と同じように浜辺で男たちが穴を掘り続ける映像も発表された。桑久保の代名詞ともいえる浜辺の絵は、おおむね大空・海・浜辺という三層によって構成されており、画面の配分もほとんど変わらないし、絵筆のタッチをそれぞれの層によって描き分けるという点も一致しているから、浜辺で繰り広げられる光景に違いはあっても、絵の形式としてはすでに完成されていると言える。砂浜に巨大な穴を掘るという光景は安部公房の世界を連想させがちだが、想像上の画家を設定したうえでモチーフとしてアトリエや彫刻室を描くあたりには、画家というアイデンティティへの強いこだわりの意識が感じられる。それが素直な描写が否定されがちな現在の美術制度の中で辛うじて描写を成立させるための方法的な戦略であることは理解できるにしても、これだけ多種多様な絵画作品が盛んになっている現在、その戦略はすでに役目を終えたようにも思える。むしろ、そうした自己言及性とは無関係に想像力を駆使したほうが、より自由でおもしろい絵画空間が生まれるのではないかとすら期待できる。その意味で、今回新たに発表された肖像画のシリーズは、メディウムを厚く塗る手法は変わらないものの、モチーフが浜辺からより直接的な他者へと移り変わったという点で興味深い。題名の言葉のセンスも鋭い。
2010/08/18(水)(福住廉)
江本創「幻ノ進化論──Saltationism」

会期:2010/07/20~2010/08/26
京都芸術センター[京都府]
想像上の物語をつうじて“幻獣”たちを創り出す、美術作家・江本創の個展。江本の作品である“幻獣”たちが標本としてずらりと展示された空間は、子どもでなくてもその想像的な世界に誘い込まれてどっぷりと浸ってしまう魅力に満ちていた。甲羅をもつ獣や虹色の魚、小さなドラゴンなど、展示された一体一体の“幻獣”のユーモラスで不気味な形相、ユニークなネーミングもさることながら、なにしろそれぞれの骨格や皮膚の生々しい質感は、本当に作り物なのかと思うほどリアルで目を釘付けにするのだ。世界中に密かに棲息する未確認の奇妙な生き物を追い求めるアレクサンドル・ヒロポンスキー博士の助手として世界中を巡る江本が、各地で発見して持ち帰ったという物語の設定から制作される“幻獣”(の“死骸”)は、それぞれが棲息していた環境などにも見る者の想像を巡らせて、次々と好奇心を掻き立てる。会場から離れ難い気分にもなってしまうのが危険でもあるが夏休み企画にふさわしい展覧会だった。
2010/08/17(火)(酒井千穂)


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