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美術に関するレビュー/プレビュー

日本の美を追い求めた写真家・岩宮武二 京のいろとかたち

会期:2020/01/04~2020/03/31(02/28〜03/31休館)

フジフイルム スクエア写真歴史博物館[東京都]

日本の写真表現の歴史において、岩宮武二(1920〜1989)の評価は十分なものとはいえない。ひとつには、彼が関西を中心に活動していたため、東京を中心とする写真ジャーナリズムではどうしても扱いが小さくなりがちだったということがある。もうひとつは、彼の仕事がコマーシャル・フォトからドキュメンタリーまでかなり幅広く、多面的だったので、焦点が絞りにくいということもあるだろう。だが、森山大道を写真の世界に導いたのが岩宮だったということも含めて、彼の写真の世界をもう一度見直し、きちんと評価していく時期が来ているのではないかと思う。

今回展示されたのは、岩宮が1950〜70年代にかけて、京都の風物を「いろとかたち」をテーマに撮影したシリーズである。全2巻の『かたち 日本の伝承』(美術出版社、1962)、『京 Kyoto in KYOTO』(淡交新社、1965)などの写真集にまとまる京都のシリーズは、日本人の伝統的な美意識を、仏閣や茶室などの造形美を通じて探り出そうとしたものであり、同時期の石元泰博の仕事との共通性を感じる。だが、石元のニュー・バウハウス仕込みの厳格な造形的アプローチと比較すると、岩宮の写真には、ほのかな色気のようなものが漂っており、日本の湿り気のある風土に根ざした空気感が伝わってくる。とはいえ、ほかの岩宮の作品にも共通する、背筋をぴんと伸ばした姿勢のよさが、どの写真からも感じられ、見応えのある作品が多い。

岩宮はドイツのオットー・シュタイネルトが企画した「Subjektive Fotografie2」展(1954年)にも出品しているし、1970年代以降に集中して撮影した「アジアの仏像」シリーズも、クオリティの高いいい仕事だ。ちょうど、今年は岩宮の生誕100年の記念すべき年でもある。本展をひとつの契機として、その全体像を概観できる大規模な回顧展を開催するべきではないだろうか。

2020/02/24(月)(飯沢耕太郎)

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生誕120年・没後100年 関根正二展

会期:2020/02/01~2020/03/03

神奈川県立近代美術館 鎌倉別館[神奈川県]

生誕120年・没後100年って、20年しか生きていないじゃん! ふつう画家の回顧展で10代の作品が出ることはほとんどないが、関根は逆にほぼすべてが10代の作品だ。亡くなった1919年には、関根とともに「夭逝の天才画家」として語られることの多い村山槐多も22歳で世を去ったし、その前年にはエゴン・シーレも28歳で亡くなっている(師のクリムトも同年没)。死因は関根以外、約1世紀前のこの時期に世界的に猛威を振るったスペイン風邪だった。いまの新型コロナウイルスと違ってスペイン風邪は、高齢者より若者の死亡率が高かったらしい。

さて、展覧会だが、なぜ広い葉山ではなく鎌倉別館でやることになったのか知らないけれど、おかげで約100点の作品と資料、関連作家の作品はいっぺんに公開できず、前後2期に分けての展示となった。お目当ての《信仰の悲しみ》は後期なので、初日に続いて2度も足を運んじまったよ。ちなみにもうひとつの代表作《少年》はブリヂストン、じゃなかったアーティゾン美術館の開館記念展に、ピカソとマティスに挟まれて展示されているので必見だ。

作品はほぼ時代順に並んでいる。初期のころは河野通勢の影響下で風景画を描いていたが、徐々に関根ならではの人物画に絞られてくる。といっても油彩の人物画は10点少々しかないが。これらの人物画で目を引くのは、なんといってもヴァーミリオンの鮮やかさだ。横顔を描いた《少年》の頬や花、《信仰の悲しみ》の真ん中の人物、不出品ながら《子供》の服などに顕著だが、それだけでなく、背景や輪郭線にも隠し味のようにチョロっと使って絶妙な効果を生み出している。窮乏生活を強いられた関根が、なぜ高価なヴァーミリオンをこんなに使えたのか。ていうか、本当にこれ、ヴァーミリオンだろうか。カタログには、《信仰の悲しみ》の地面に金色が使われているとの説を検証するため調査したら、代用品の真鍮だと判明したとあるが、このヴァーミリオンも代用品? それにしては鮮やかなので、おそらく関根は一食抜いてでもヴァーミリオンを塗ることに自虐的な快楽を覚えていた、と思いたい。

関根の人物画で以前から気になっていたのは、人物の目に光(白い点)がないこと。ふつう人物を描くとき、最後に画竜点睛のごとく瞳に反射光を入れて生命を吹き込むものだが、関根の人物には油彩、素描を問わず白い点が入っていない。だから関根の人物画はどれも不気味な印象がある。《井上郁像》《村岡みんの肖像》《真田吉之助夫妻像》といった肖像画の薄気味悪さはそれが一因だろうし、3人の人物がこちらを向く《三星》にいたっては、もはやホラーだ。

今回もうひとつ気づいたのは、横顔がヘタなこと(笑)。油彩で横顔を描いたのは《少年》をはじめ、《姉弟》の姉、《神の祈り》の右側、《婦人像》などいくつかあるが、《少年》は目、鼻、口のバランスの悪さを微妙な色彩と筆触でカバーしているのでよしとして、ほかの横顔はことごとく失敗している。横顔では瞳に白い光を入れる余地がないことと、なにか関係しているのだろうか。ナゾだ。

2020/02/22(土)(村田真)

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西野達「やめられない習慣の本当の理由とその対処法」

会期:2020/01/25~2020/02/22

ANOMALY[東京都]

街角に建ってる銅像の頭の上に家具やピアノを積み重ねたり、食卓の上でサラダボールに頭を突っ込んで逆立ちした男が股のあいだにトマト、両足にキャベツとスイカを載せていたり、畳の上のヘルメットに乗った女性が両手と頭上でソファや椅子、自転車を支えていたり……。言葉で説明してもなんのことだか伝わりにくいが、これらは写真の作品。驚くことに合成でもトリックでもなく、実際にそうやって撮ったストレート写真なのだ。そのフレームの外ではとんでもないドタバタ劇が演じられていたはずだが、写真にはいっさい写っていない。

石膏像を縦にツギハギして蛍光灯をつけたり、木の幹の先っぽに仏像を彫って金色に塗ったり、自動車、冷蔵庫、ベッド、ソファなどが1本の街灯によって串刺しにされたり……。これらは写真ではなく、現物を展示している。一言で言えば、シュルレアリスムの「デペイズマン」ですね。ありふれたもの同士の意外な出会いってやつで、有名な手術台の上のミシンとこうもり傘の出会いみたいに、なんの意味も脈絡もないところがいい。特に西野は生活臭漂うチープな日用品を使い、そこに重力や時間を加えて日常の壁を超え、宇宙の法則さえ突破しようとする。

ANOMALYの近くでは「大阪万博50周年記念展覧会」をやっていて、その一環として西野が屋外インスタレーションを制作したので、そちらも見てきた。プレハブやら自動車やらをつなげた怪しげな仮設小屋で、ドアを開けると、薄暗い倉庫のような部屋があり、次のドアを開けると、洗濯機や洗面台のある明るいバスルームに出る。「なんだこれは」と思って次のドアを開けると小型バスの最後尾に出る仕掛け。バスの前方に移動してフロントガラスのカーテンを引くともう一部屋、快適なリビングルームが現われて、さらにその奥の窓は小型車につながっている。予期せぬ展開の連続が展開の予期せぬ連続なのだ。



西野達《日常のトンネル》展示風景

2020/02/16(日)(村田真)

ハマスホイとデンマーク絵画

会期:2020/01/21/~2020/03/26

東京都美術館[東京都]

10年ほど前に日本に初紹介されたハンマースホイが、名前を短縮して再登場。書き手としては2字も省略できて経済的だが、なんとなく北欧的な重厚さが薄まって間が抜けた感じがしないでもない。ハマスホイ。そういえば前回はまったく無名だったため「北欧のフェルメール」などと宣伝されたが、今回は多少知られてきたせいか、オランダ絵画の黄金時代の巨匠の名を借りることもなく(と思って探したら、チラシの裏に小さく「北欧のフェルメール」と書いてあった)、デンマークの先輩画家たちとの抱き合わせで展覧会は成り立ったようだ。

でもこの時代を「デンマーク絵画の黄金期」と呼んだりするのは、やっぱりフェルメールの生きた17世紀オランダになぞらえたいからだろう。実際、19世紀後半のデンマーク絵画は、同時代の印象派などより17世紀オランダの風景画や風俗画に近いところがある。どちらもヨーロッパの北に位置し、海に面しているせいか殺風景だし、気候的にも家にこもりがちで、おのずと室内画が多くなったようだ。

展示は「日常礼賛─デンマーク絵画の黄金期」「スケーイン派と北欧の光」「19世紀末のデンマーク絵画─国際化と室内画の隆盛」、そして「ヴィルヘルム・ハマスホイ─首都の静寂の中で」の4部構成。まず、ハマスホイ以外で気になった作品を挙げると、ミケール・アンガの《ボートを漕ぎ出す漁師たち》と、オスカル・ビュルクの《スケーインの海に漕ぎ出すボート》がある。この2点は制作年こそ3年違うが、ほぼ同じ主題を描いており、とりわけ驚くのは、両作品とも左側で正面を見つめる漁師が、顔も体格もポーズも服装もほとんど同じであることだ。これは偶然だろうか、それともプロのモデルを雇ったのだろうか。

クレスチャン・モアイェ=ピーダスンの《花咲く桃の木、アルル》にも驚いた。どこか見覚えのある絵だなと思ったら、ゴッホの《桃の木(マウフェの思い出に)》とよく似ているのだ。解説によると、ピーダスンは南仏アルルでゴッホと親交を結び、ゴッホが制作した位置から数メートル離れた場所でこれを描いたらしい。ちなみに、ピーダスンはゴッホについて「私は最初、彼は頭がいかれているのだと思いましたが、しだいに彼の考えにも体系があることがわかってきました」と述べ、ゴッホはピーダスンのことを「もともと彼には厄介な事情があって、そのせいで仕事も変え、神経症にもなったのでそれを治療するために南仏に来ていた」と記している。お互い「いかれたヤツ」と思っていたらしい。

もう1点、ユーリウス・ポウルスンの《夕暮れ》も瞠目に値する。夕暮れを背景にした2本の木を描いた絵だが、完全にアウトフォーカスで捉えているのだ。こうしたアウトフォーカス気味の描写はある程度ハマスホイにも受け継がれており、この時代のデンマーク絵画の特徴ともいえるが、これほど焦点の合わないピンボケ絵画は見たことがない。ついでにもうひとつ、ハマスホイも含めてなぜか後ろ姿を描いた絵が多いのも気にかかる。ざっと数えると、斜め後ろも含めて13点あった。そういえばノルウェーの画家ムンクにも後ろ姿の絵が多かったような気がする。これは北欧絵画の特徴か。

ようやくハマスホイに行きついたぞ。ハマスホイの作品で注目したいのは、レリーフの模写が2点あり、どちらも正面から描いていること。絵画を模写するとき斜めから描くバカはいないが、レリーフを模写するなら、立体感を出すために斜めの角度から描写してもおかしくない。でもハマスホイは正面から捉えることで平面性を意識させる。室内風景を描くときも同じく、壁に対して斜めではなく直角に視線を投げかける。だから壁と天井、壁と床の境界線は水平に引かれ、柱または壁の垂直線と直角をなす。この水平線と垂直線の織りなす幾何学的構成により画面の矩形性が強調されるが、これこそハマスホイとフェルメールの画面に共通する絵画の特性にほかならない。

2020/02/15(土)(村田真)

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奇蹟の芸術都市バルセロナ

会期:2020/02/08~2020/04/05

東京ステーションギャラリー[東京都]

数年前、学生時代に訪れたバルセロナを再訪したら、完成間近のサグラダ・ファミリアなど、アントニ・ガウディの作品に関して、オーバーツーリズムというべき現象が発生しており、驚かされた。今回、バルセロナ展というタイトルなので、やはりガウディが中心の内容なのかと思いきや、そうではなかった。もちろん、代表作のひとつ、カザ・バッリョーの図面や家具はある。だが、それくらいしかガウディの作品はない。これまでに奇抜な創造者、展示にコンピュータの解析を活用した合理的な構造デザイン、漫画家の井上雄彦とのコラボレーションなど、さまざまな切り口によって、彼は紹介されてきたが、むしろ、この展覧会は彼を生みだした都市の状況を伝えるものだ。19世紀後半の都市改造(グリッド・プランの整備や拡張)、あるいはドメネク・イ・モンタネールやジュゼップ・ジュジョルなど、同時代に活躍し、ガウディと同様、装飾を多用した建築家にも触れている。が、とりわけ、アート界の動向が興味深い。

展覧会の第3章「パリへの憧憬とムダルニズマ」は、パリの影響を受けた前衛芸術家たちをとりあげる。彼らは、カタルーニャ語で近代主義を意味する「ムダルニズマ」を推進し、横断的な総合芸術を展開した。第4章「四匹の猫」は、アーティストのたまり場となり、展覧会、音楽会、人形劇などが催されたカフェの名称である。ここがカタルーニャ文化の発信地となり、若き日のピカソも初の個展を行なう。第5章「ノウサンティズマ──地中海へのまなざし」は、民族性や地中海の文明への回帰に向かう、保守的なアートである。その動向は、1900年代主義を意味する「ノウサンティズマ」と呼ばれた。当時、1929年のバルセロナ国際博覧会が開催されたが、このときミース・ファン・デル・ローエの傑作、モダニズムの極北を提示したバルセロナ・パヴィリオンが登場している。そして最終章「前衛美術の勃興、そして内戦へ」は、ル・コルビュジエやバルセロナのモダニズムの建築家を紹介しつつ、1936年に勃発したスペイン内戦によって、芸術表現が政治化していく。



アントニ・ガウディ《カザ・バッリョー》



ドメネク・イ・モンタネール《カタルーニャ音楽堂》



左:カタルーニャ美術館(万博の政府館) 右:ミース・ファン・デル・ローエ《バルセロナ・パヴィリオン》



2020/02/13(木)(五十嵐太郎)

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