artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
Uma Kinoshita / 矢作隆一「Pairing FUKUSHIMA 写真家と造形作家による二人展
会期:2019/03/01~2019/03/30
EMON PHOTO GALLERY[東京都]
今年も「3・11」が巡ってきた。東日本大震災から8年目ということで、生々しい記憶が薄れつつあることは間違いないが、アーティストたちにとっての「3・11」はむろんまだ継続している。東京・広尾のエモン・フォトギャラリーでは、震災と原発事故に触発された「写真家と造形作家による二人展」が開催された。
Uma Kinoshitaは震災の3年後に福島を訪れて撮影した写真を、福島県でつくられた手漉き和紙に焼き付けている。被災地の光景は注意ぶかく選ばれており、特に「Homeland」と題された、樹木と墓の写真を何種類かの和紙にプリントしたシリーズには、その繊細な明暗とテクスチュアへのこだわりがしっかりと表現されていた。それぞれの写真には作家自身が執筆したというテキストが添えられている。「誰もいないの?」/「いないね」/「どうして?」/「住めなくなったんだな 故郷なのに」/「故郷?」/「帰りたいと思える 帰る場所のことだよ」という具合に、会話体を活かしたテキストも、よく練り上げられたものだ。ただ、作者の立ち位置がやや曖昧なので、なぜ、いま福島の写真なのかという問いかけに完全に答えきっているようには見えなかった。
メキシコ在住の矢作隆一は、石のフォルムを、石彫の技術を駆使して別な石でそっくりそのまま再現する「模石」という手法で作品を発表してきた、いわば、石の立体写真という趣の作品だが、今回は福島県の浪江町と富岡町で拾ってきた石を、メキシコ唯一の原子力発電所がある場所で採取した石を使って「模石」している。その表現意図は明確だが、むしろそれよりも、一方は何万年という時間を経て形成され、一方はせいぜい数週間という単位でつくられた2つのそっくりな石が並んでいる、そのたたずまいに惹きつけられる。なんの変哲もない小石に秘められた、時間のドラマを感じないわけにはいかないからだ。
二人のアーティストの作風はかなり違っているが、「二人展」の面白さは、そこに思いがけない共時性が生まれてくることだろう。その点では、今回の展示はうまくいっていたのではないかと思う。なお、本展は4月30日~5月12日に、KYOTOGRAPHIEのサテライト展示、KG+の一環として、京都・四条のギャラリー・マロニエ スペース5に巡回する。
2019/03/11(月)(飯沢耕太郎)
ラファエル前派の軌跡展
会期:2019/03/14~2019/06/09
三菱一号館美術館[東京都]
ラファエル前派の展覧会だが、冒頭はターナーとジョン・ラスキンの素描が何十点も続く。同展はラスキンの生誕100年を記念する展覧会だから仕方がない。いささか退屈だが、この理論家の素描がこれだけたくさん見られるのは貴重だ。続いて、ラスキンの思想に共鳴し、ラファエル以前の自然に忠実な時代に戻ろうという画家たちの集まり、ラファエル前派の登場となる。
でも自然に忠実にといいながら、同時代のフランスのレアリスムと違って、中世の伝説などをモチーフに甘美で不自然な絵を描いていたように見える。出品作品には水彩画も多いが、水彩と油彩の違いもあまり感じられず(つまり油絵らしさに乏しい)、どっちかというと絵画芸術というより「イラスト」に近い。ロセッティの女性肖像画など夢見る少女イラストだ。それだけに大衆受けはするだろうが、モダンアートの流れに逆行するため美術史の傍流に位置づけられていたのだ。まあ主流よりも傍流のほうがおもしろいという見方もあって、ラファエル前派が受ける理由は案外そんなところにあるのかもしれない。たとえばアーサー・ヒューズの《ブラッケン・ディーンのクリスマス・キャロル―ジェイムズ・サリート家》や、ウィリアム・ダイスの《初めて彩色を試みる少年ティツィアーノ》などは、一種のキッチュとして楽しむことができる。
2019/03/11(月)(村田真)
福沢一郎展 このどうしようもない世界を笑いとばせ
会期:2019/03/01~2019/05/26
東京国立近代美術館[東京都]
福沢一郎というと、戦前シュルレアリスムを採り入れた奇妙な絵を描き、開戦直前に瀧口修造とともに検挙され、釈放後一転して戦争画に手を染め、敗戦後は大作の群像を描いた画家、くらいの知識しかなかった。この回顧展は、まさにそんなありきたりのイメージを払拭するために企画されたもの。
個人的な体験をいうと、ぼくは子供のころ家にあった画集に載っていた福沢の《よき料理人》がさっぱり理解できず、しゃくに障ったことを覚えている。実はそのとき、意味がわからないだけでなく、生意気にも見た目に色が地味で、絵もあまりうまくないなと感じたものだ。今回《よき料理人》を含むパリ滞在時の初期作品を見て、やっぱりあまりうまくないという印象は変わらなかった。特に人物が無表情で、苦手としていたんだろうな。これは彫刻をやっていたせいかもしれないし、シュルレアリスムの手法ゆえかもしれない。
しかし帰国後の作品を見るとそんなことは気にならなくなる。長いこと日本を離れていたせいか、浮世絵風の女性を描いた2点は奇天烈だし、《牛》や《人》は絵として力強いだけでなく批評精神が秘められているし、《風景》や2点の《花》は靉光を彷彿させる独特の空気感がある。そして軍に委嘱された作戦記録画の《船舶兵基地出発》。これは本気で描いたのか? この絵は戦争映画の宣伝用写真に基づいて描かれていることが判明したが、それは誰でもやっていたこと。それより戦争画だけに、誰にも気づかれないように巧妙に批判的な細工を施したかもしれないし、逆に大真面目に描いたのかもしれない。いずれにせよこの戦争画が彼の長い生涯のちょうど半分、つまり人生の折り返し点で描かれていることは示唆的だ。
敗戦後は《世相群像》をはじめ、代表作ともいえる《敗戦群像》など群像の大作を何点か手がける。50年代には中南米旅行で得たプリミティブな色彩と形態、60年代のアメリカ旅行では抽象表現主義に感化されたが、いずれも完全に染まることなく、再び社会的な風刺を利かせた群像の大作に戻っていく。《トイレット・ペーパー地獄》《ノアの方舟》《倭国大いに乱れる》《倭国内乱》、そして最晩年の《悪のボルテージが上昇するか21世紀》などだ。まるで美術界のリーダーとしての義務であるかのように、社会に警鐘を鳴らす大作を描き続けたようにも見える。その意味ではこれらも、戦後の戦争画といえるのではないか。
2019/03/11(月)(村田真)
戦後の浪華写真倶楽部──津田洋甫 関岡昭介 酒井平八郎をめぐって
会期:2019/03/02~2019/03/24
MEM[東京都]
浪華写真倶楽部は1904(明治37)年、日本で最初に設立されたアマチュア写真家団体のひとつで、戦前は安井仲治、小石清、福森白洋らを擁して関西「新興写真」の拠点として輝かしい足跡を残した。戦中には一時低迷するが、戦後すぐに活動を再開する。今回のMEMでの展覧会には1948年に同倶楽部に入会した津田洋甫(1923~2014)、関岡昭介(1928~2016)、58年入会の酒井平八郎(1930~)の1950~60年代の作品から、全22点が出品されていた。
このところ、1950年代の写真に着目した展示が続いているが、それはこの時代の写真家たちの営みが、一枚岩ではない多様性を備えていることが少しずつ見えてきたためだろう。「リアリズム写真」と「主観主義写真」の並立というのが、この時代に対する基本的な見方だったのだが、本展などをみると、両者に単純に帰することのできない写真表現が、さまざまな場所で芽生えつつあったことがわかる。津田、関岡、酒井の写真がまさにそうで、社会的な事象、事物にストレートに目を向けた写真と、造形的、技法的な実験を試みた写真とが混じり合っている。関岡の《黒い山》、酒井の《ハトバの印象》、津田の《雨煙の中》などに写り込んでいるのは、まぎれもなく、まだあちこちに戦争の傷口が顔を覗かせているようなこの時代のざらついた空気感だ。
そう考えると、いま必要なのは「リアリズム写真」と「主観主義写真」、あるいはプロフェッショナルとアマチュア写真といった枠組をいったん解体して、そこから浮かび上がってくる「50年代写真」の総体を見極めることではないだろうか。それはまた、新たな角度から写真の「戦後」を問い直す試みの端緒になるのではないかと思う。
2019/03/10(日)(飯沢耕太郎)
ART in PARK HOTEL TOKYO 2019
会期:2019/03/09~2019/03/10
パークホテル東京[東京都]
この時期は「アートフェア東京」に合わせて、秋葉原の3331 Arts Chiyodaと汐留のパークホテル東京でもアートフェアが開かれている。パークホテルのほうは見たっつーか、今年のテーマ「1980年代」に合わせて「バック・トゥー・ザ・80年代美術」というレクチャーをやらせてもらったんで、ついでにのぞいたって感じ。その分3331のほうを見る時間がなくなってしまった。ホテルでのアートフェアというと、10年くらい前に東京でもやっていたけどいつのまにかなくなってしまったが、関西では続いていて、このアートフェアも事務局はART
OSAKA(一般社団法人日本現代美術振興協会)がやっている。
ホテルのアートフェアのおもしろいところは、ギャラリーがそれぞれ客室を借りて、壁だけでなくベッドの上やテーブル、窓、床、シャワールームにまで作品を展示すること。ホテル側としてはたくさんの人に客室を見てもらえるし、客側はブースでの展示より生活空間に近い空間での展示なので身近に感じられ、ギャラリー側としては期間中その部屋に泊まればいいわけだから一石三鳥、とはいかないまでもメリットは少なくない。今回は42軒のギャラリーが参加したが、東京からは15軒だけで、あとは関西、中京、台湾、韓国などとなっている。
2019/03/10(日)(村田真)