artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
熊谷聖司「EACH LITTLE THING」
会期:2017/06/28~2017/07/30
POETIC SCAPE[東京都]
Bunkamuraザ・ミュージアムで開催された「写真家ソール・ライター展」(4月29日~6月25日)が、総入場者数8万3000人を超えるという大成功をおさめたということを聞き、熊谷聖司のことを思い出した。熊谷はかつてソール・ライターのカラー・スナップ写真を絶賛していたのだが、それは彼の写真が日本で広く知られるようになるよりもずっと前のことだったのだ。
そういわれると、特に今回POETIC SCAPEで展示された「EACH LITTLE THING」のシリーズの雰囲気は、ソール・ライターの写真とよく似ている。縦位置、画面を色面で分割するやり方、ガラスの写り込み、ピントのぼかし方などがそうだ。何よりも共通性があるのは、被写体に対する向き合い方だろう。肩の力を抜いて街を歩き、目についたものを手早く、的確に切りとり、回収していく。以前から熊谷の写真のたたずまいは俳句のようだと思っていたのだが、ソール・ライターの写真も同じように感じる。「写真家ソール・ライター展」では、日本の浮世絵の影響が話題になったのだが、もしかするとソール・ライターは俳句にも深い関心を寄せていたのではないだろうか。とはいえ、熊谷のスナップ写真にはソール・ライターとはまた違った独特の間の取り方があらわており、このシリーズも回を重ねるごとにその飄々とした持ち味が充分に発揮されるようになってきた。
展覧会に合わせてまとめてきた、22枚の写真入りの小冊子『EACH LITTLE THING』は、今回#07と#08が刊行された。すでに来年、POETIC SCAPEで、締めくくりの展覧会が開催されることが決まっており、そこで#09、#10が刊行されて完結の予定だという。それぞれ色違いのカラフルな表紙の写真集(デザイン=高橋健介)が、10冊並んだときにどんなふうに見えるのかが楽しみだ。
2017/06/30(金)(飯沢耕太郎)
没後50年記念 川端龍子 ─超ド級の日本画─
会期:2017/06/24~2017/08/20
山種美術館[東京都]
川端龍子といえば戦争画しか知らなかったが、戦争画といってもそれこそ超ド級画で、大画面いっぱいにシースルーの戦闘機を描いた《香炉峰》とか、青い姿の水神が水雷を担いで発射させる《水雷神》など、トンデモ戦争画なのだ。ほかにも東京国立近代美術館所蔵の《輸送船団海南島出発》《洛陽攻略》など興味深い戦争画を描いているが、《香炉峰》と《水雷神》は敗戦後なぜか接収されず(あまりに表現が非現実的だったからか)、現在は龍子記念館の所蔵だ。今回は《香炉峰》のみの出品だが、高さ2.4メートル、幅7メートルを超す大画面はやはり圧巻。戦闘機の両端が画面からわずかにはみ出していることから、ほぼ原寸大で描かれたらしい。背景の香炉峰の緑と、機体の一部に塗られた朱色の対比が鮮やか。画面のド真ん中に日の丸が来るよう計算されている。
もう1点、敗戦直前に自宅が空襲で破壊された体験に基づく《爆弾散華》も、広い意味で戦争画だ。ただし、家も炎も描かれておらず、飛び散る植物の図に金箔を散らしたもので、作者の解題がなければわからない。ほかに、サメ、エイ、イカ、クラゲなどが宙を舞う《龍巻》は、国際連盟を脱退する1933年の制作で、これも日本の生命線である太平洋をモチーフにしている点で戦争の匂いがする。日本画というのは多かれ少なかれナショナリズムに根ざした表現なので、戦争が近づけば「がんばれニッポン」に傾かざるをえないのかもしれない。
2017/06/29(木)(村田真)
KIYOME MO/NU/MENT
会期:2017/06/30~2017/07/02
スパイラルガーデン[東京都]
そういえば審査したのは何年前だっけ……と、忘れたころに(3年前でした)コンペで選んだ作品の発表会が開かれた。タイトルからはなんのコンペか想像がつかないだろうが、じつは木曽に本社を置く檜風呂の制作販売会社、檜創建が主催する木曽檜を使った浴槽のコンペなのだ。タイトルの「KIYOME」とは「清め」「浄め」であり、入浴の婉曲な表現だ。発表まで3年もかかったのは、コンペで選ばれた彫刻家の木戸龍介によるプランが卵型のシェルターを持ち、おまけに表面の一部に網状の透かし彫りを入れるという手の込んだデザインだったため、制作に予想以上の時間がかかったから。主催者あいさつ、審査員の講評、乾杯に続き、希望者は卵の内部に入って(湯は張ってないが)入浴気分を堪能できる。入ってみると檜の香りが漂うなか、透かし彫りから外の光が星明かりのように差し込んできて、これはぜひ湯を張って入りたいと思わせるデキだった。
2017/06/29(木)(村田真)
田中大輔「火焔の脈」
会期:2017/06/20~2017/07/07
ガーディアン・ガーデン[東京都]
田中大輔は2016年の第15回写真「1_WALL」展のグランプリ受賞者。その時は、老いた象の皮膚を撫でるように撮影した映像作品が中心だったのだが、今回の受賞者個展では、写真作品23点と映像作品のモニター2台を、壁面にすっきりと並べて展示していた。
審査員の一人であるグラフィック・デザイナーの菊地敦己が、展覧会カタログのテキストに記しているように、田中の「深くゆっくり動く視線は切実で優しく、そして執拗だ」。それは視覚のみならず、「全身で追体験する」ように観客を巻き込んでいく。被写体は森や草むら、人の身体の一部、燃え残った炎など、日常的な事物の断片であり、とりたてて特別なものが写っているわけではない。にもかかわらず、画像に魅入られて、息を詰めて見続けてしまうような奇妙な引力が備わっている。菊地が言うように、「これは確かな才能」だろう。
むろん、田中のその「才能」は、まだ充分に開花しきっているわけではない。断片的なイメージをつないでいく見えない糸は、もっとしっかりと結び合わされていかなければならないだろう。言葉を的確に使う能力もあることは、「火焔の脈」というポエティックな膨らみのあるタイトルがよく示しているが、写真と言葉との関係のあり方もまだ曖昧なままだ。もうひと回りスケールの大きな、「純文学」としての作品世界を確立させていくには、むしろ次のステップが大事になる。展覧会でも写真集でもいいが、この「火焔の脈」のシリーズを、最後まできちんとまとめきってもらいたい。
2017/06/29(木)(飯沢耕太郎)
莫毅「研究ー紅1982-2017」
会期:2017/06/23~2017/07/19
Zen Foto Gallery[東京都]
中国を代表する現代写真家、莫毅(モウ・イ)の作品を、Zen Foto Galleryで展示する連続企画展も4回目になる。今回は「紅(赤)」という色をテーマにした彼の作品を集成した。莫毅は中国ではごく普通に見ることができる「紅」という色にずっとこだわり続けてきた。いわゆる「チャイニーズ・レッド」は中国共産党のシンボルカラーであるだけでなく、お祝い事などに使われるおめでたい色でもある。今回の展示では、「赤い風景」(1997)、「赤い電柱」(同)、「赤いフラッシュ-私は一匹の犬」(2003)、「崇子の赤いスカート──北京を歩く」(2004)、「赤い閃光のロリアン──ドイツ軍基地とスペイン要塞」(2007)の5シリーズのほかに、彼が日常的に撮り続けてきた赤い事物(布団、プラスチック製品、看板、ポスターなど)や、インターネットから取り込んだ歴史的事件の画像などが、壁一面に貼り巡らされていた。
今回の「紅」シリーズのアプローチは、批評的、政治的でありながら、とても軽やかであり、莫毅のほかの作品の、身体性にこだわった重々しい雰囲気とはかなり印象が違う。同時に「紅衛兵が皆つけていた赤い袖章、入団宣誓の時に面と向かった党の旗、リーダーが亡くなった時に死体にかぶせた赤い布、今日まで街から消えることのない赤い宣伝横断幕」といった彼の記憶のなかの「紅」のイメージが、写真によって呼び起こされている。苦難の時代を真摯に生き抜いてきた中国人のアーティストの生涯を、「紅」のイメージをつなぎ合わせて辿り直すことができる、とても興味深い作品群だった。いつも同じことを感じるのだが、もっと大きな空間で、彼の多彩な作品群を一堂に会して見てみたい。そろそろ、どこかの美術館が中国現代写真家たちの個展、あるいはグループ展を本気で企画すべきではないだろうか。
2017/06/29(木)(飯沢耕太郎)