artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱記念 禅─心をかたちに─

会期:2016/10/18~2016/11/27

東京国立博物館[東京都]

達磨大師によってインドから中国へ約1500年前に伝えられたといわれる禅は、日本へは鎌倉時代の始めに栄西(1141-1215)が臨済宗を、江戸時代には隠元(1592-1673)が黄檗宗を伝えた。本年は唐において禅を広めた臨済宗・黄檗宗の宗祖、臨済義玄(?~867)が没後1150年、および日本臨済宗中興の祖、白隠慧鶴(1685-1768)が没後250年であり、本展はそれを記念して開催される展覧会。全5章で構成された展覧会では、第1章と第2章では禅の歴史と禅僧の足跡、第3章から第5章で禅宗の教えが日本文化に果たした役割を紹介している。歴史と美術という点で注目したいのは展示の後半だ。第3章では、武田信玄や織田信長、豊臣秀吉らの戦国武将と、そのブレーンとして活躍した禅僧たちの活躍が取り上げられているほか、禅画を描き民衆への布教を行った白隠、仙 らの作品が並ぶ。東京展でのシンボルとなっているのは、白隠の《達磨像》(大分・萬壽寺)。縦2メートルほどもある迫力かつユーモアのある達磨像だ(この作品は会場入り口正面に展示されている)。第4章「禅の仏たち」で強烈な印象を与えるのは中国人仏師・范道生(1635-70)の作による「羅怙羅尊者(らごらそんじゃ)像」(京都・萬福寺)だ。顔が醜かったとも伝えられる羅怙羅が、心には仏が宿っていることを自分の胸を開いて見せている。禅僧たちは日本と中国を行き来することで、禅の思想ばかりでなく、さまざまな文物や風習を日本にもたらした。その代表例が水墨画や詩画軸、そして喫茶の習慣である。第5章ではこうした文化の「架け橋」「触媒」「揺籃」としての禅に焦点が当てられている。中国の習慣、文化がやがて日本独自の文化へと変容していく様はとても興味深い。
作品のキャプションには作品タイトルと解説文のほかに、鑑賞のポイントを語る短いキャッチコピーが付されていて、よく見るとこれがなかなか面白い。たとえば一休宗純像には「ハンサムで、ちょいワル?」。白隠の達磨像には「ほとんどが顔。迫力満点の造形」。白隠自画像には「なぜか達磨像と似た自画像」という具合。これらのキャッチコピーはそれぞれの作品解説を担当する研究員が書いており、文体には担当者によるテンションの違いも垣間見える。なお、これらのキャッチコピーは図録入稿後に書かれているそうで、展覧会会場でしか見ることができない。文字のサイズがやや小さくてあまり目立たないのがもったいない。[新川徳彦]

2016/11/08(火)(SYNK)

artscapeレビュー /relation/e_00037039.json s 10129766

シャルロット・デュマ「Stay」

会期:2016/10/07~2016/12/25

916[東京都]

シャルロット・デュマはオランダ出身の女性写真家。アムステルダムとニューヨークを拠点に「生存し繁栄するために寄り添う人間と動物、その間に存在する共存関係」をテーマに撮影を続けてきた。2014年にも同じくギャラリー916で、アメリカ・ワシントンのアーリントン墓地の軍用馬を撮影した作品を発表している。その時から彼女の作品には注目してきたのだが、今回の展覧会はより興味深い内容になっていた。
デュマは2012年から、日本国内の8カ所、8種の在来馬を撮影するプロジェクトを開始した。沖縄県与那国島(与那国馬)、同宮古島(宮古馬)、鹿児島県中之島(トカラ馬)、長野県木曽福島(木曽馬)、長崎県対馬(対州馬)、宮崎県都井岬(御崎馬)、愛媛県今治(野間馬)、北海道七重(道産子馬)である。これらの8種は、道産子馬を除いては数十頭から数百頭しか現存しておらず、絶滅の危機にあるという。デュマは6×7判のカメラを手に馬たちにそっと近づき、自分の存在を意識させつつ「ポートレート」として撮影している。親密だが、あくまでも客観的な観察の姿勢を崩さない適切な距離感こそ、彼女の写真の最も重要なポイントのひとつだろう。結果として、馬たちは神秘的かつ神話的な存在として讃えられるのでも、「可愛らしさ」を強調して擬人化されるのでもなく、まさに彼らのオリジナルの「存在」の形を、生々しく露呈した姿で捉えられている。真似できそうでできない、新鮮なアプローチといえる。
写真作品の展示だけでなく、別室では新作のヴィデオ映像作品「NANAE」も上映されていた。道産子馬のゆったりとした生のリズムに寄り添うように、彼らの姿を静かに捉えたこの作品の出来栄えも素晴らしい。なお、展覧会にあわせて、上田義彦の編集で916Pressから同名の写真集が刊行されている。

2016/11/08(飯沢耕太郎)

開館80周年記念展 壺中之展

会期:2016/11/08~2016/12/04

大阪市立美術館[大阪府]

大阪市立美術館の開館80周年を記念し、約8400件の館蔵品から名品約300件を選んで展示した。構成は、館の歴史を振り返る第1章、作品の形態を重視した鑑賞入門としての第2章から始まり、日本美術、中国美術、仏教美術、近代美術と続く。同館の主軸は日本・東洋美術であり、阿部コレクション、カザール・コレクション、住友コレクション、山口コレクション、田万コレクションなど、個人コレクターの寄贈や寺社の寄託が中心となっている点に特徴がある。それらの名品を約300点も一気に見るのは大変で、約半分を見終えた時点ですっかり疲れてしまった。しかし、日本の美術館でこれだけ充実した館蔵品展が行なわれる機会は滅多にない。この疲労感はむしろ心地良いものだと思い直して歩を進めた。欧米の美術館に比して日本の美術館は常設展示が貧弱だ。普段からこれぐらいのボリュームで館蔵品を見られれば良いのにと、心から思う。ちなみに本展の展覧会名は、中国の故事「壺中之天」によるもの。壺の中に素晴らしい別世界が広がっていたというお話で、壺を美術館に置き換えるとその意味がよく分かる。

2016/11/07(月)(小吹隆文)

artscapeレビュー /relation/e_00037438.json s 10129736

大西みつぐ「ニューコースト」

会期:2016/11/02~2016/12/22

PGI[東京都]

大西みつぐは1985年に「河口の町」で第22回太陽賞を受賞したあとに、荒川と江戸川が注ぐ東京湾岸(江戸川区臨海町)を、中判のネガカラーで集中的に撮影し始めた。ちょうどバブル経済がピークに達しつつあり、「ウォーターフロント」の再開発が急ピッチで進んでいた時期である。
今回、約30年という時を経て、PGIであらためて展示されたその「NEWCOAST」のシリーズ(32点、ほかに2015年に再撮影された4点も展示)を見ると、大西が明らかに同時代のアメリカの写真家たちの「ニュー・カラー」の仕事に強い共感を持ち、撮影を進めていたことがわかる。ウィリアム・エグルストン、スティーブン・ショア、ジョエル・スターンフェルドといった「ニュー・カラー」の写真家たちと同様に、大西もまた時代とともに大きく姿を変えていく「社会的風景」の細部の様相を、カラー写真の鮮やかな発色と細やかな描写力を活かして捉えようとしていた。
だが、むろん両者には違いもある。アメリカの乾いた風土やクリアーな空気感はそこにはなく、写真に写っているのは、「アメリカ西海岸あたりの土産物屋で売っていそうな安っぽいポスターイラストの絵柄」のぺらぺらの光景なのだ。人工干潟で束の間の休日を楽しむ家族や、サンオイルで体を焼く若者たちの姿には、確かに「切なげでちょっともの哀しい」気分が色濃く漂っている。30年後にそれらを見直すと、単にノスタルジアを誘うだけでなく、あの時代の深層の構造をあぶり出すさまざまな指標がしっかりと写り込んでいることが見えてくる。大西の写真を、東京の下町を定点観測的に撮影し続けてきた、質の高いドキュメンタリー作品として捉え直す視点が必要になってくるのではないだろうか。
なお、展覧会にあわせるように、大西の新作写真集『川の流れる町で』(ふげん社)が刊行された。荒川放水路の周辺を撮影した「放水路」、荒川の両岸の町の佇まいにカメラを向けた「眠る町」の2章から成る力作である。ドキュメンタリー写真家としての彼の視線は、明らかに東日本大震災以後の「社会的風景」の変貌に向かいつつあるようだ。

2016/11/07(飯沢耕太郎)

倉敷フォトミュラルf

会期:2016/10/21~2016/11/16

倉敷駅前アーケード、倉敷アイビースクエア内アイビー学館[岡山県]

2004年からスタートした「倉敷フォトミュラル」。商店街のアーケードのバナーに、大きく引き伸ばした布プリントの写真を飾る公募企画だが、2014年から「倉敷フォトミュラルf」と名前を変えて、美観地区の倉敷アイビースクエア内アイビー学館で開催される「個展部門展示」を併催するようになった。ほかに高校生が対象の写真ワークショップ「PHOTO STADIUM」や、親子で参加する「親子バトルだ!ワクワク写真展」の参加者の作品なども展示されており、倉敷の秋の観光シーズンの真っ只中ということもあって、多くの観客が訪れていた。実質的な運営を担当している岡山県立大学デザイン学部のSAKURA Projectの学生さんたちの献身的な努力もあり、参加型の写真イベントとしてすっかり定着したといえるだろう。
「旬」をテーマに公募された57点の商店街の展示もなかなか充実した内容だが、アイビー学館での個展部門のレベルが相当に上がってきている。今年の出品者は、伊藤雅浩、高木直之、坂本しの、新宅巧治郎、葛西亜理沙、関谷のびこ、菅泉亜沙子、早苗久美子、平井和穂(WAPO)、近藤優斗の10名。キャリアも作風もバラバラだが、若い写真家たちが次のステップに進んでいくきっかけになるといいと思う。モノクロームのスナップショットの新たな方向性を模索している坂本しの「speculum/反射鏡」や菅泉亜沙子「かつて、まなざしの先に」、日常の場面のズレや揺らぎを「モヤチッチ」という絶妙なネーミングで捉えた早苗久美子の作品など、今後の展開が大いに期待できそうだ。「PHOTO STADIUM」の参加作品からグランプリに選出された大原理奈「はばたけ!」も新鮮な切り口の力作だった。
今後の課題は、やはりほかの地域イベントとの連携を図ることではないだろうか。瀬戸内国際芸術祭などとのかかわりも深めていけるといいと思う。

2016/11/06(飯沢耕太郎)