artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
没後20年 星野道夫の旅
会期:2016/08/24~2016/09/05
松屋銀座8階イベントスクエア[東京都]
星野道夫がシベリア・カムチャッカ半島でヒグマに襲われて亡くなってから、早いもので20年が過ぎた。そのあいだに何度か大きな回顧展が開催され、写真集やエッセイ集も次々に編集・発行されている。彼がアラスカを拠点とする動物写真家という枠組みにはおさまりきれない、スケールの大きな思考力を備えた書き手であったことも、広く知られるようになってきた。今回の「没後20年 特別展」では、これまでの展示とは一線を画する、新たな星野道夫像を探求しようとしている。編集者の井出幸亮と写真家の石塚元太良が、星野の残した写真をネガから見返して、5部からなる会場を構成した。より若い世代による意欲的な展示である。
第1部の「マスターピース」には評価の高い名作が20点、大判のフレームに入れられて並んでいる。それらの出品作に向き合っていると、アラスカの大自然の大きな広がりを遠景として、動物たちの姿を捉えようという星野の意図がしっかりと伝わってくる。第2部の「生命のつながり」と第3部の「躍動する自然」も動物写真が中心だが、特に「躍動する自然」の章に展示された、カリブーの移動、ザトウクジラのジャンプ、天空のオーロラのうごめきなどを、シークエンス(連続場面)で見せるパートが目を引く。被写体を凝視する、星野の息づかいを感じることができるいい展示だった。
第4部の「神話の世界」は、図らずも遺作になってしまった『森と氷河と鯨 ワタリガラスの伝説を求めて』(世界文化社、1996)におさめられた写真群が中心に構成である。人類学や神話学の知見を取り入れつつ、ワタリガラスの創世神話を追ってアラスカからシベリアに渡った星野が、その先に何を見ようとしたのかを、トーテムポールや先住民族の長老たちの写真を含めて再構築している。そして第5章「星野道夫の部屋」では、残された映像やセルフポートレート、カヤック、ブーツ、アノラックなどの遺品によって、星野の魅力的な人間像を浮かび上がらせていた。
なお本展は松屋銀座の展示を皮切りに、大阪髙島屋(9月15日~9月26日)、京都髙島屋(9月28日~10月10日)、横浜髙島屋(10月19日~10月30日)に巡回する。その後も1~2年かけて全国を回る予定だという。星野道夫を直接知らない若い世代に、この不世出の写真家、エッセイストの記憶を受け継いでいきたいものだ。
2016/08/24(飯沢耕太郎)
タイルとホコラとツーリズム season3 《白川道中膝栗毛》
会期:2016/08/19~2016/09/04
Gallery PARC[京都府]
京都の街角には、地蔵菩薩や大日如来などを奉ったホコラ(路傍祠)が今も多く残る。それらは地域信仰の証であるとともに、しばしば目にするタイル貼りの土台を持つホコラは、明治期以降に日本に導入された「タイル」という建築資材の歴史や、補修を加えながら受け継いできた地域住民の工夫を物語るものでもある。
観光ペナントの収集・研究や、マンガやデザインも手がける谷本研と、〈民俗と建築にまつわる工芸〉という視点からタイルや陶磁器の理論と制作を行なう中村裕太。2人の美術家が、「ホコラ」と「タイル」をそれぞれのポイントとして捉え、地域における「ツーリズム(観光)」の視点から考察したのが、2014年の「タイルとホコラとツーリズム」展。「ホコラ三十三所巡礼案内所」をイメージした会場構成がなされた。翌2015年には、「地蔵本」の出版を目標に掲げた「タイルとホコラとツーリズム season2《こちら地蔵本準備室》」展を開催し、資料や文献を集めた「ホコラテーク」が会場内に開設された。
プロジェクトの3回目となる本展「season3 《白川道中膝栗毛》」では、資料収集の中で2人が出会った書籍『北白川こども風土記』(1959)が出発点となっている。この本は、北白川小学校の児童たちが3年間かけて調べた郷土の文化、風俗、歴史をまとめたもの。なかでも、京都~滋賀県の大津を繋ぐ要路であった白川街道を実際に歩き、「蛇石」「重ね石」などと呼ばれるスポットを巡った取材記事に惹かれた2人は、約13kmの街道を実際に歩く旅を敢行。男2人組の旅と言えば「弥次喜多の東海道中」、そして「膝栗毛」(膝を栗毛の馬の代わりにする旅。徒歩旅行)ということで、茶色いポニーを連れて、道中で出会うホコラや石仏に花を手向けながらの旅となった。会場には、記録映像とともに、旅の工程表や弁当箱、馬の鞍といった「旅の記録」が展示された。
路上観察、民俗学、タイルという西洋の建築資材の定着、地域信仰など、アートの周辺領域を横断的に考察してきた「タイルとホコラとツーリズム」だが、本展では、「ツーリズム」により焦点が当てられている。大津に到着後、鞍に付着した大量の馬の毛を目にした2人は、抜け毛で筆をつくり、「大津絵」(江戸時代から、東海道を旅する旅人の土産物・護符として描かれた民俗絵画。神仏、人物、動物がユーモラスなタッチで描かれ、道歌が添えられる)を模した馬の絵を制作した。
「街道を歩く」という、労働の対価としての貨幣価値に交換されない身体的行為(旅)において、それ自体は無価値な「馬の抜けた毛」が「筆」へと、さらに「大津絵」(=土産物)へと変貌を遂げたということ。ツーリズムとしての旅路を身体的になぞりながら、土産物を「思い出」として購入・消費するのではなく、消費対象を「生産する」という転倒。そうしたひねりの提示に、おおらかさの中にある彼らの機知が感じられる。
2016/08/23(高嶋慈)
プレビュー:UNKOWN ASIA ART EXCHANGE OSAKA
会期:2016/10/01~2016/10/02
ハービスホール[大阪府]
昨年に第1回展が開かれ、大きな成果を上げた「UNKOWNASIA」。その特徴は、日本、中国、台湾、タイ、インドネシア、フィリピンなど東南アジア各国から参加者を募ること、各国の第一線で活躍するアートディレクター、ギャラリスト、プロデューサーらを審査員として招いていること、賞の授与だけでなく、国内外での発表の機会や仕事のマッチングを行なうことだ。2回目となる今回は、会場を中之島の大阪市中央公会堂から梅田のハービスホールへと変更。会場が広くなったことにより、参加枠が180ブースへと拡大した(昨年は115ブース)。受賞後の活動やビジネスの機会までフォローするイベントは珍しく、昨年の会場は参加アーティストたちの熱気が渦巻いていた。そんな祝祭的な盛り上がりを今年もぜひ体験したい。
2016/08/20(土)(小吹隆文)
プレビュー:六甲ミーツ・アート 芸術散歩2016
会期:2016/09/14~2016/11/23
六甲ガーデンテラス、自然体感展望台 六甲枝垂れ、六甲山カンツリーハウス、六甲高山植物園、六甲オルゴールミュージアム、六甲ケーブル、天覧台、六甲有馬ロープウェー(六甲山頂駅)、グランドホテル 六甲スカイヴィラ、他[兵庫県]
「瀬戸内国際芸術祭」や「あいちトリエンナーレ」ほど大規模ではないが、関西を代表する同種のアートイベントとして知られているのが「六甲ミーツ・アート芸術散歩」だ。そのテーマは、六甲山上のさまざまな施設を散歩感覚で巡って現代アート作品を楽しみ、同時に六甲山の豊かな自然環境を再発見すること。普段は滅多に美術館に行かない人でも、家族で、友人同士で和気あいあいと現代アートに触れられるのが魅力である。今年は、岡本光博、開発好明、さわひらき、トーチカ、三沢厚彦など、招待と公募合わせて39組のアーティストが出品。会場は前回とほぼ同様だが、初期の安藤忠雄建築を代表する旧六甲山オリエンタルホテル・風の教会は今年の会場から外れている(残念)。山の天気は変化しやすく、夕方以降は気温が一気に下がる。雨と防寒の準備を忘れずにイベントを楽しんでほしい。
2016/08/20(土)(小吹隆文)
プレビュー:古都祝奈良(ことほぐなら) 時空を超えたアートの祭典
会期:2016/09/03~2016/10/23
東大寺、春日大社、興福寺、元興寺、大安寺、薬師寺、唐招提寺、西大寺、ならまち、他[奈良県]
日中韓の3カ国で、文化による発展を目指す都市を各国1都市選定し、さまざまな文化プログラムを通して交流を深める国家プロジェクト「東アジア文化都市」。今年は日本の奈良市、中国の寧波市、韓国の済州島特別自治道が選ばれた。奈良市の「美術部門」では、奈良を代表する8つの社寺で、蔡國強、川俣正、サハンド・ヘサミヤン(イラン)、アイシャ・エルクメン(トルコ)など国際的に活躍する8組のアーティストがインスタレーションを展開。江戸時代後期からの街並が残るならまちでは、宮永愛子、西尾美也、紫舟など6組のアーティストがサイトスペシフィックな展示を行なう。また、「舞台芸術部門」として、平城宮跡で維新派とSPAC(静岡県舞台芸術センター)、なら100年会館でオペラ「遣唐使物語」の公演が行なわれるほか、「食部門」として、奈良の食のルーツやシルクロードを通じた東アジアの食の変遷、歴史をテーマにした催しも実施される。奈良でこのような大規模プロジェクトが行なわれるのは珍しく、特に8つの社寺が共同歩調をとるのはきわめて稀だ。幸い、電車とバスで会場間を移動できるので、初秋の一日をこのイベントに費やしてみようと思う。
2016/08/20(土)(小吹隆文)