artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

本橋成一「在り処(ありか)」

会期:2016/02/07~2016/07/05

IZU PHOTO MUSEUM[静岡県]

本橋成一は1940年東京生まれだから、荒木経惟、篠山紀信、沢渡朔、土田ヒロミ、須田一政らと同世代である。2歳上の森山大道や中平卓馬を含めて、まさに「日本写真」の黄金世代というべき充実した多彩な顔ぶれだが、本橋はそのなかでもやや地味な存在であり続けてきたといえるだろう。だが、その彼の50年以上に及ぶ写真家としての営みを集大成した、今回のIZU PHOTO MUSEUMでの展示を見ると、彼のしぶとく、したたかな仕事ぶりにあらためて目を見張ってしまう。ドキュメンタリー写真という枠組みにきちんと寄り添いながらも、ときにはそこからはみ出し、テーマ的にも、手法的にも、地域的にも、大きな広がりを持つ写真を撮り続けてきたことが、くっきりと見えてくるのだ。
約200点の展示作品は、1968年に第5回太陽賞を受賞した初期の代表作「炭鉱〈ヤマ〉」(1964~)をはじめとして、「上野駅」(1980~)、「屠場〈とば〉」(1986~)、「藝能東西」(1972~)、「サーカス」(1976~)、「アラヤシキ」(2011~)、「チェルノブイリ」(1991~)、「雄冬」(1963~)、「与論島」(1964~)といったテーマ別に並んでいた。そこから浮かび上がってくるのは、本橋がある特定の被写体に集中して撮影するよりは、その周囲の環境のディテールを丁寧に写し込んでいることだ。むしろ、聴覚や嗅覚や触覚を含めた全身感覚的なその場の空気感こそを、写真を通じて捉えようとしているように思える。本展のタイトルにもなっている「在り処」、すなわち「生が息づく場所」をどう定着するのかという持続的な関心こそが、本橋の真骨頂といえるのではないだろうか。
興味深かったのは、東京綜合写真専門学校在学中に撮影された、彼の最初期の作品「雄冬」と「与論島」に、すでに後年の本橋の、被写体の周辺を画面に広く取り入れていくスタイルがあらわれてきていることだ。北海道増毛町雄冬と鹿児島県与論島で撮影されたこれらの写真群を、展示の最後に置いたところに、本展を「原点回帰」として位置づけようという本橋の意思が、明確にあらわれているように感じた。

2016/05/01(日)(飯沢耕太郎)

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「マグナム・ファースト日本展」

会期:2016/04/23~2016/05/15

ヒルサイドフォーラム[東京都]

マグナム・フォトはロバート・キャパ(ハンガリー)、アンリ・カルティエ=ブレッソン(フランス)、デイヴィッド・シーモア(ポーランド)を中心に1947年に設立され、「写真家による写真家のための写真エージェンシー」として、現在に至るまで強い影響を及ぼしてきた。本展は、初期マグナムの活動を支えた8人の写真家たちの作品83点によって、オーストリアの5都市で1955年に開催された「時の顔(Face of Time)」展を再構成したものである。この展覧会の出品作は、その後行方がわからなくなっていたのだが、2006年になってオーストリア・インスブルックのフランス文化会館の地下室から、全作品が発見され、「マグナム・ファースト」展として世界中を巡回することになった。マグナムの草創期のヴィンテージ・プリントを、まとめてみる機会はめったにないので、それだけでも貴重な展示といえる。
本展の出品作家は、創設メンバーのキャパ、カルティエ=ブレッソンに加えて、ワーナー・ビショフ(スイス)、エルンスト・ハース(オーストリア)、エリック・レッシング(同)、ジャン・マルキ(フランス)、インゲ・モラス(オーストリア)、マルク・リブー(フランス)の8名。展示された作品を見ると、第二次世界大戦終結から10年というこの時期に、「報道写真」の理念が写真家たちのバックボーンとなっていたことがよくわかる。例えば、のちに「決定的瞬間」の美学を確立していくカルティエ=ブレッソンにしても、まぎれもなくフォト・ジャーナリストの視点で、インドのガンジー暗殺の前後を記録した一連の写真を出品している。それぞれの写真家の代表作として知られている作品だけでなく、若々しいエネルギーを発する初期写真が多数展示されているのが興味深かった。そのなかでも特に印象に残ったのは、会場の最後に並ぶワーナー・ビショフの、堂々とした風格を備えた写真群である。1954年、ペルー取材中に自動車事故で悲劇的な死を遂げた彼の写真を、あらためて再評価する時期に来ているのではないだろうか。

2016/04/30(土)(飯沢耕太郎)

没後100年 宮川香山

会期:2016/04/29~2016/07/31

大阪市立東洋陶磁美術館[大阪府]


明治の陶芸家・宮川香山(1842~1916)といえば、「蟹」(重要文化財《褐釉高浮彫蟹花瓶》)を初めて見た時を思い出す。その異形ぶり、えげつないまでのテクニック。とても人間技とは思えない超絶技巧の仕事を前に、唖然としたまま固まってしまったのだ。本展では、彼の代名詞である高浮彫の作品はもちろん、作風を一転した後期の作品(釉下彩)まで、代表作が網羅されている。高浮彫のスペクタクルな過剰装飾は凄いの一言だが、釉下彩のエレガントなたたずまいも捨てがたい。欧米人が熱狂的に支持したのもわかるし、後のアール・ヌーヴォーに影響を与えたのも頷ける。それにしても、香山を含む明治の工芸家の超絶テクは一体どういうことだろう。彼らは明治時代に活躍したが、そのベースに江戸時代があることを忘れてはいけない。いまさらながら江戸時代の日本文化がどれだけハイレベルだったのかと思い知らされる。本展を鑑賞する際、香山一人ではなく文化的背景にまで思いを巡らせるのが正解だと思う。

2016/04/28(木)(小吹隆文)

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近代大阪職人図鑑 ものづくりのものがたり

会期:2016/04/29~2016/06/20

大阪歴史博物館[大阪府]

さまざまな色を発する金属の組み合わせと彫金技術で、花や虫を生き生きと表現した村上盛之、一般的に金属でつくられる自在置物(関節が自在に動く動物や昆虫などの置物)を木でつくった穐山竹林斎、刀工の月山貞一、漆芸の三好木屑(弥次兵衛)、木彫の山本杏園など、明治維新後の大阪で活躍した職人(アルチザン)たちを、約170件の作品で紹介した展覧会。彼らは優れた技量を持つ職人だったが、活動拠点が東京や京都ではなかったために資料が少なく、埋もれた存在になっていた。そんな“栄光なき天才たち”に再評価の機会を与えたのが本展である。大阪歴史博物館が開館して15年、前身の大阪市立博物館から数えると55年、学芸員たちが地道に積み上げてきた研究成果が花開いた瞬間であり、10年後、20年後も伝説の展覧会として語り継がれるのではなかろうか。素晴らしいものを見せてもらった。

2016/04/28(木)(小吹隆文)

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大岩オスカール「世界は光に満ちている」

会期:2016/04/28~2016/05/22

アートフロントギャラリー[東京都]

相変わらずだなあ。都市や環境への批判的まなざしを、だまし絵みたいな細工を施してユーモラスに描き出す。この基本姿勢はいまも、20年以上前に東京で発表し始めたころとほとんど変わってない。大してうまくもなってないが、ヘタにもなってない。変わりばえしないともいえるが、一貫した強い意志を保ち続けていることに驚く。わずかに変わったとすれば、筆跡が強調されて意味だけでなく絵画性が強められたことだろうか。本人も相変わらずだ。顔も体型も見た目には20年間ほとんど変わっていない。

2016/04/28(木)(村田真)