artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

降り落ちるものを 今村遼佑

会期:2016/03/08~2016/03/20

アートスペース虹[京都府]

大通りに面してガラス張りの扉から展示室が見えるギャラリー。そこには、青いプラスチックのバケツと沈丁花の植木、白いカーテンとiPhone、そして7点の絵画作品が展示されていた。青いバケツとiPhoneの作品は日常の些細な情景を記録した映像と作品自体が相似形あるいはリフレインを奏でており、絵画は雪が雨に変わる情景とハクモクレンを描いたものだ。そして沈丁花の濃厚な香りが室内に立ち込め、空間全体を統合してゆく。筆者は過去にも嗅覚を利用した作品を何度も体験しているが、今回ほど香りの存在感が際立ち、効果的に使用された例を知らない。今後、五感を駆使する作品に出会ったら、きっと本展の経験が評価基準になるだろう。

2016/03/08(火)(小吹隆文)

「屋須弘平 グアテマラ140年のロマン」

会期:2016/01/23~2016/03/27

あーすぷらざ3階企画展示室[神奈川県]

屋須弘平(1846~1917)は現在の岩手県一関市藤沢町の蘭方医の家に生まれ、17歳で江戸に出て医学、フランス語、スペイン語などを学ぶ。1874年に金星の太陽面通過を観測するために来日したメキシコ調査隊の通訳となり、75年にメキシコに渡った。76年にグアテマラに移り、80年にグアテマラ市で写真館を開業、以後一時帰国を挟んで、1917年に亡くなるまでグアテマラ市と古都 アンティグアで「日本人写真師」として活動した。
1985年、グアテマラに長期滞在していた写真家、羽幹昌弘が「ある古都の一世紀 アンティグア グァテマラ 1895-1984」(東京デザイナーズスペースフォトギャラリー)と題する写真展を開催した。数年前に再発見された屋須のネガからプリントしたアンティグアの風景・建築写真と、羽幹が1980年代に同じ場所を同じアングルから撮影した写真群を並置した写真展だった。僕はたまたまその展覧会を見て、屋須の写真家としての能力の高さに感嘆するとともに、アンティグアの街並が一世紀前とほとんど変わっていないことに驚いた。それをきっかけにして、屋須について調べ始め、当時『芸術新潮』誌に連載していた「フットライト 日本の写真」の原稿を執筆するため、アンティグアを訪ねることができた。その「グアテマラに生きた写真家 屋須弘平」という記事は、のちに『日本写真史を歩く』(新潮社、1992)におさめられることになる。
そういうわけで、屋須弘平の仕事はずっと気になっていたのだが、今回、横浜市栄区のあーすぷらざで、藤沢町に寄贈された屋須の遺品と遺作の回顧展が開催されることになり、久しぶりにその全貌に触れることができた。あらためて、屋須とその養子のホセ・ドミンゴ・ノリエガの写真群はとても面白いと思う。技術力の高さだけでなく、当地のキリスト教文化との密接な関係が、聖職者の肖像写真や教会の建築写真によくあらわれているからだ。また、アンティグアとその周辺の村を撮影したスナップ的な写真群も残っており、少しずつ写真家としての意識が変わりつつあったことが伺える。
今回は、羽幹昌弘の「ある古都の一世紀 アンティグア グァテマラ 1895-1984」に展示されていた写真も出品されており、懐かしさとともに、時を越えて異空間に連れ去られるような彼の写真の力を再確認することができた。来年は、屋須の没後100年にあたり、グアテマラの日本大使館でも記念イベントが予定されているという。さらなる研究の進展が期待できそうだ。

2016/03/06(日)(飯沢耕太郎)

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GABOMI.「/in/visible」

会期:2016/03/02~2016/03/25

資生堂ギャラリー[東京都]

資生堂ギャラリーが主催する新進アーティストの公募展、「shiseido art egg」には、時々面白い「写真家」が登場する。今回の第10回公募には370名の応募があり、そのなかから選ばれたGABOMI.の写真作品が展示された(前後の会期で川久保ジョイ、七搦綾乃展を開催)。
GABOMI.は1978年、高知生まれで、香川在住のアーティスト。「肉眼で見えない光」の様態を捉えるために、「TELENS」、「NOLENS」などのユニークな手法で制作している。「TELENS」=手レンズは「手をカメラのボディと組み合わせ、手で光を調節」して撮影し、「NOLENS」=ノーレンズは「カメラレンズを外してカメラ内部を開け放った状態で、屋外にて被写体をマクロ撮影し、色を抽出する試み」である。結果として、抽象化され、パターン化された、微妙なグラデーションの色面が出現してくる。それらをグリッド状に並べるのが、今回の展示の基本形だ。
試みとしては悪くないが、ここから先がむずかしいだろう。被写体として選ばれているのは、例えば「NOLENS」のシリーズなら、「コーラ(自販機) あじさい 椿 いちょう あじさいの葉」などであり、なぜこの手法で撮影して提示しなければならなかったかという根拠がやや乏しい。インクジェックプリントのクオリティ、壁面への展示の仕方も、これでいいのかという疑問が残る。紙焼きのプリントでは、「光」本来の物質性や輝きが抜け落ちてしまうように思えるからだ。そのあたりをクリアーしたうえで、さらに大胆な探究と実践が必要になってきそうだ。

2016/03/05(土)(飯沢耕太郎)

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大平和正/楽空間 祇をん小西の造化(インスタレーション)

会期:2016/02/27~2016/03/06

祇をん小西[京都府]

陶、金属、石などを駆使した独自の造形活動で知られる大平和正。彼は昨年に直径4.1mの土の球体を各地で展示し、京丹後市葛野浜では華道とのコラボレーションを行なった。その際、花を担当したのが祇をん小西の小西いく子であり、その縁と記録写真集の出版を記念して行なわれたのが本展である。大平は金属製の巨大な三角形のオブジェを用意し、「うなぎの寝床」と呼ばれる細長い京町家の3室を貫通させた。また、玄関と坪庭にも三角形の金属オブジェを配し、離れではボウル状の金属オブジェと掛軸、花の共演を行なった。ミニマルな金属彫刻と木造の古民家。その組み合わせはいかにも相性が悪そうだが、大平のプランはシンプルかつ大胆で、心地良い緊張感と共に作品と空間を見事に一体化させていた。作家の高度な空間解読力をまざまざと見せつけた展覧会であった。

2016/03/05(土)(小吹隆文)

田中真吾個展「meltrans」

会期:2016/03/04~2016/03/27

eN arts[京都府]

紙や木などを支持体に用い、それらを炎であぶった燃え後、焦げ跡を表現として操る田中真吾。今回の新作では、前回の個展でも部分的に用いられていた色とりどりのビニール袋(スーパーなどのレジ袋)を絵具のように使用。金属板の上にビニール袋を置き、バーナーであぶって溶着させながら、抽象表現主義絵画のような画面をつくり上げた。ビニール袋の溶け具合は作品により異なり、半立体のような盛り上がりがある場合、商店名が判読できるほど原形をとどめている。それを良しとするか、複数の文脈が混入して解釈を妨げていると取るかは見る者次第だが、筆者自身は作家の意欲的な挑戦として肯定的に受け止めた。田中は個展を行なうたびに成果を残す取れ高の多い作家だが、その一方でまとまり過ぎというか、年齢(30代)の割に老練な印象もある。そこをどう突き抜けていくかが今後の課題だろう。

2016/03/05(土)(小吹隆文)