artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

石井陽子「境界線を越えて」

会期:2016/01/05~2016/01/19

銀座ニコンサロン[東京都]

石井陽子は1962年山口県生まれ。2005年に「マダガスカルのキツネザルを撮りたくて一眼レフを衝動買い」したことから、国内外を旅して動物写真を撮影するようになる。それだけなら、どこにでもいるアマチュア写真家の趣味の世界だが、2011年に「鹿を撮る」というテーマに巡りあったことで、取り組みの姿勢が大きく変わった。それが今回の銀座ニコンサロンでの初個展にまで結びついた。
日本全国に約250万頭棲息しているという鹿は、日本人にとって特別な意味を持つ動物である。奈良の春日大社や宮島の厳島神社の周辺では「神の使い」として手厚く保護され、観光資源としても活用されている。だが、ほかの地域では農作物を食い荒らす「害獣」として扱われ、年間20万頭近くが狩猟で捕えられ、27万頭以上が「駆除」されているという。石井は同じ種の生きものが、その二つの社会的領域のあいだの「境界線を越えて」存在していることに強い興味を抱いて撮影を続けてきた。今回の展示では、奈良と宮島の鹿たちが、都市空間と共存している状況に絞って会場を構成している。その狙いは、とてもうまくいったのではないだろうか。ビル街を自由に闊歩したり、港の近くに佇んだりする鹿の姿は、見る者にかなりシュールな驚きを与える。あえて人間の姿をすべてカットしたことで、「人の消えた街を鹿たちが占拠する日を夢想する」という彼女の思いが的確に伝わってきた。今後は「境界線」の向こう側、「害獣」として「駆除」されている鹿たちの姿をどのように捉えていくかが課題となってくるだろう。
なお、展覧会にあわせて写真集『しかしか』(リトルモア)が刊行された。祖父江慎のデザイン・構成は、やや生真面目な雰囲気の写真展と違って遊び心にあふれている。これはこれで、なかなかいいのではないだろうか。

2016/01/06(水)(飯沢耕太郎)

サンティアゴ・カラトラヴァ《ミルウォーキー美術館》

[アメリカ、シカゴ]

映画『アンタッチャブル』の階段で有名なシカゴのユニオン駅から列車にのって、初のミルウォーキーへ。カラトラヴァによる《ミルウォーキー美術館》の増築部分は、定時に屋根が動く。構造合理主義とは言えない、過剰な表現・スペックと飛び道具的なデザインだが、彼の本領を発揮している。日本だと怒られそうだが、都市の新しいランドマークとなり、訪れている人たちの楽しそうな表情を見ていると、これぞアイコン建築だ。美術館の本館と水辺を眺めるカラトラヴァ・カフェの食事がとても美味しい。シカゴ美術館のテルツォ・ピアノ(三階の意味をかける)のレストランよりも全然。いずれも建築家の名前が入っている。ミルウォーキー美術館は、やはりアメリカの現代美術が強い。ラリー・サルタンの写真・企画展がよかった。建築・デザイン部門の展示もある。元旦で無料開放となり、普段来ない人も大量に訪れ、子どもは作品を触りまくっている。

写真:上=ユニオン駅、中・下=《ミルウォーキー美術館》

2016/01/01(金)(五十嵐太郎)

ヨーゼフ・パウル・クライフス《シカゴ現代美術館》ほか

[アメリカ、シカゴ]

竣工:1996年

立方体を反復するパウル・クライフスの《シカゴ現代美術館》へ。開催中のPOP ART DESIGN展は、美術だけではなく、ヴェンチューリ、スミッソン、イームズ、ソットサス、ホラインほかなどの建築デザインも紹介していた。またマーク・リー、ジャワルスカなどの展示は、シカゴ・ビエンナーレ国際建築展との連携企画である。近くのウォーター・タワー・ギャラリーでも、エヴロンを紹介する連携展示だった。

写真:上から=クライフス《シカゴ現代美術館》、《ウォータータワー・ギャラリー》、エヴロン

2015/12/29(火)(五十嵐太郎)

桜井里香「岸辺のアルバム」

会期:2015/12/22~2016/12/29

新宿ニコンサロン[東京都]

とても面白い写真展だった。桜井里香は1964年、東京生まれ。88年に東京綜合写真専門学校研究科を卒業し、89年に個展「遊歩都市」(ミノルタフォトスペース新宿)を開催した。都市光景の中に自分自身を写し込んだこのシリーズは、女性写真家の新たな自己主張のあらわれとして注目され、「第2回期待される若手写真家20人展」(パルコギャラリー、1990年)や「私という未知へ向かって──現代女性セルフポートレート展」(東京都写真美術館)でも展示された。だが、その後長く、写真作品を発表できない時期が続く。ようやく制作を再開したのは2013年頃で、それが今回の個展開催にまでつながった。
今回の「岸辺のアルバム」もセルフポートレートのシリーズである。山田太一の脚本によるテレビドラマ「岸辺のアルバム」(1977年)の舞台になった多摩川流域を撮影場所に選び、そこに彼女自身を登場させている。かつての軽やかな若い女性像と比較すると、50代を迎えつつあるサングラス姿の彼女は、やや異様で、場違いな雰囲気を醸し出している。だが逆に、そのズレが効果的なスパイスとして働いていて、日々の出来事を新たな角度から見直すことができた。そこにはカヌー体験教室、いかだレース、マラソン大会などのイベント、コーラスの練習、青空フラダンス教室のような地域コミュニティーの活動だけでなく、ゲリラ豪雨や川火事、川崎中学生殺害事件の現場など非日常的な状況も写り込んでいる。デジタルカラープリント特有のフラットで、細やかな描写によって、絶妙な距離感で捉えられたそれらの眺めは、セルフポートレートという仕掛けを組み込むことで、「社会的風景」として批評的に再構築されているのだ。
まずは、かつての「期待される若手写真家」が、鮮やかに復活を遂げたことを祝福したい。このシリーズは、もう少し続けてみてもよさそうだ。

2015/12/28(月)(飯沢耕太郎)

「Making Place: The Architecture of David Adjaye」ほか

会期:2015/09/19~2016/01/03

シカゴ美術館[アメリカ、シカゴ]

建築の展示エリアでは、1/1インスタレーション込みで、2フロアを使う気合いの入ったデイヴィッド・アジャイ展を開催していた。生活空間=住居系/公共施設に分けながら、世界各地で進行中のプロジェクトも含めて紹介している。鋭角を使う造形、入れ子的構造、装飾的なスキンを組み合わせる彼は、間違いなく、次世代のトップアーキテクトになるだろう。デザインのエリアでは、ニューヨーク世界博、大阪万博、マン・トランスフォーム展、メンフィス、マッシヴ・チェンジ展など、デザイン史に残る展覧会を紹介していた。また美術館内にアドラー+サリヴァンの株式取引所のインテリアを再現するほか、1909年のバーナムらによるシカゴ計画のドローイング、シカゴの近代建築から採集された断片のコレクションなどもある。日本美術のエリアでは、安藤忠雄がインテリアを設計した展示室を楽しめる。16本の柱を立てた暗い空間だ。これがアメリカにおける最初の安藤作品らしい。アフリカのエリアでは、個展を開催中のデイヴィッド・アジャイがセレクションしたマークを付けて、彼の解説を付す。巨大美術館ならではのコラボレーション企画である。

画像:左=上から、「Making Place: The Architecture of David Adjaye」、同上、デザインのエリア、安藤忠雄によるインテリア 右=上から「Making Place: The Architecture of David Adjaye」、同上、アドラー/サリヴァン「株式取引所」、シカゴの近代建築から採集された断片のコレクション

2015/12/27(日)(五十嵐太郎)