artscapeレビュー
桜井里香「岸辺のアルバム」
2016年01月15日号
会期:2015/12/22~2016/12/29
新宿ニコンサロン[東京都]
とても面白い写真展だった。桜井里香は1964年、東京生まれ。88年に東京綜合写真専門学校研究科を卒業し、89年に個展「遊歩都市」(ミノルタフォトスペース新宿)を開催した。都市光景の中に自分自身を写し込んだこのシリーズは、女性写真家の新たな自己主張のあらわれとして注目され、「第2回期待される若手写真家20人展」(パルコギャラリー、1990年)や「私という未知へ向かって──現代女性セルフポートレート展」(東京都写真美術館)でも展示された。だが、その後長く、写真作品を発表できない時期が続く。ようやく制作を再開したのは2013年頃で、それが今回の個展開催にまでつながった。
今回の「岸辺のアルバム」もセルフポートレートのシリーズである。山田太一の脚本によるテレビドラマ「岸辺のアルバム」(1977年)の舞台になった多摩川流域を撮影場所に選び、そこに彼女自身を登場させている。かつての軽やかな若い女性像と比較すると、50代を迎えつつあるサングラス姿の彼女は、やや異様で、場違いな雰囲気を醸し出している。だが逆に、そのズレが効果的なスパイスとして働いていて、日々の出来事を新たな角度から見直すことができた。そこにはカヌー体験教室、いかだレース、マラソン大会などのイベント、コーラスの練習、青空フラダンス教室のような地域コミュニティーの活動だけでなく、ゲリラ豪雨や川火事、川崎中学生殺害事件の現場など非日常的な状況も写り込んでいる。デジタルカラープリント特有のフラットで、細やかな描写によって、絶妙な距離感で捉えられたそれらの眺めは、セルフポートレートという仕掛けを組み込むことで、「社会的風景」として批評的に再構築されているのだ。
まずは、かつての「期待される若手写真家」が、鮮やかに復活を遂げたことを祝福したい。このシリーズは、もう少し続けてみてもよさそうだ。
2015/12/28(月)(飯沢耕太郎)