artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

唐画(からえ)もん─武禅に 苑、若冲も─

会期:2015/10/31~2015/12/13

大阪歴史博物館[大阪府]

江戸中期の上方は、伊藤若冲、曽我蕭白、円山応挙など個性的な絵師を多数輩出した。しかし、彼らはいずれも京の絵師であり、大坂の絵師をクローズアップする機会はほとんど無かったのではあるまいか。本展では当時の大坂で活躍した墨江武禅(1734~1806)と林 苑(生没年不詳、1770~80年代に活躍)を取り上げ、中国絵画から大きな影響を受けた彼らに「唐画(からえ)もん」なるニックネームをつけて、売り出そうと試みている。とはいえ、2人の作風はそれぞれ異なる。武禅は光を意識した山水図や西洋絵画の写し、占景盤(石、や苔などを用いた盆景の一種)にも才を発揮し、 苑は卓越した筆さばきと大胆な構図(現代のグラフィックデザインに類似)が特徴である。本展では、2人の作品約100点を中心に、彼らの師の作品、同時代の若冲、蕭白、応挙、与謝蕪村、松本奉時らの作品もあわせて紹介された。想像以上に見応えのある展覧会であり、これを機に18世紀大坂の絵師への注目が高まれば面白い。

2015/10/30(金)(小吹隆文)

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「小川原脩 自伝風な展覧会 ベスト・セレクション」「竹岡羊子 展──カーニバルに魅せられて」

会期:2015/10/24~2015/12/13

小川原脩記念美術館[北海道]

明日、札幌に用があり、ついでだから前日に入って倶知安まで足を延ばす。倶知安には学生時代に世話になった友人が長く住んでるし、いちど行ってみたかった小川原脩記念美術館もあるからだ。38年ぶりに再会した友人の案内で、さっそく美術館へ。美術館は郊外の少し小高い場所にあり、正面に羊蹄山を望むが、この日は残念ながら上半身が雲に隠れて雄姿を見せず。展示室は大小ふたつあり、大では「竹岡羊子展」を開催中で、小川原コレクションは小のほう。小川原に興味を持ったのは、戦前シュルレアリスム系の画家であったにもかかわらず戦争画に手を染め、戦後それが理由で美術団体から離脱を余儀なくされたからだ。彼も戦争画に翻弄されたひとりなのだ。同館には戦争画はないが、その前後の作品は出ていて、それらを見るとシュルレアリスムからキュビスム、抽象、童話風とスタイルがどんどん変わり、かなり器用な画家だったことがわかる。その器用さがアダになったとしたら哀れというほかない。学芸員の好意により収蔵庫で戦時中の従軍スケッチを見せてもらう。画家は従軍しても最前線に送られることはなく、戦闘後しばらくたってから現地を訪れるか、後方で風景や住人をスケッチするしかない。小川原のスケッチも例外なく、のどかな風景や人物ばかりだった。

2015/10/30(金)(村田真)

浮世絵から写真へ ─ 視覚の文明開化─

会期:2015/10/10~2015/12/06

江戸東京博物館[東京都]

浮世絵の専門家である我妻直美と、幕末~明治期の写真師・画家、横山松三郎の研究で知られる岡塚章子、この二人の東京都江戸東京博物館の学芸員が共同でキュレーションした「浮世絵から写真へ」は、とても面白い展覧会だった。
写真術が幕末に日本に渡来した時、それがリアルな遠近法や陰影法を備えた西洋画の一種と見なされたことはよく知られている。油絵、銅版画、石版画、そして写真などの写実的な表現は、伝統的な浮世絵(錦絵)の描法にも大きな影響を及ぼすとともに、主題的にも「黒船」や「文明開化」のようなより時事的な要素が取り入れられていく。一方、写真の側も「名所絵」、「役者絵」、「美人画」などの浮世絵のテーマを巧みに取り込んでいくようになる。本展は、その二つの媒体の交流の様相を、近年発見された新資料を駆使して、ダイナミックに浮かび上がらせていた。
たとえば、明治中期の写真師、小川一真が1890(明治23)年に竣工した浅草・凌雲閣(通称、浅草十二階)のために企画した「凌雲閣百美人」の写真帖、それは歌川国貞らが安政4~5(1857~58)年に売り出した「江戸名所百人美女」のシリーズに通じるものがある。また横山松三郎と鈴木真一が考案し、小豆沢亮一が1885(明治18)年に特許を得た「写真油絵」(鶏卵紙印画の感光面だけを剥離し、裏から油絵具で彩色する技法)は、まさに写真と絵画の合体というべきものだった。江戸東京博物館だけでなく、日本カメラ博物館、横浜開港資料館などから出展された多数の作品・資料から浮かび上がってくるのは、少なくとも明治中期までは写真も浮世絵も西洋画も渾然一体となった、奇妙に活気あふれるイメージ空間が成立していたということである。それらがどのように結びつきつつ発展し、やがて解体していったのか、さらにさまざまな角度から検証していってほしい。

2015/10/30(金)(飯沢耕太郎)

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小野耕石展「版表現を切り開く者」

会期:2015/10/17~2015/11/15

ギャラリーあしやシューレ[兵庫県]

一見すると、モアレに覆われたような抽象的な色面が広がっているが、その前を横切ると、見えなかった色彩が次々と現われ、視点の移動とともに刻一刻と表情が変化する。オパールや玉虫色のように、光の反射や屈折によって複雑に千変万化する表面は、きらめく海面や暮れてゆく夕暮れ空、蝶の翅へと変貌していく。小野耕石の《Hundred Layers of Colors》は、その名の通り、100層以上もシルクスクリーンを刷り重ねることでつくられている。近寄って見ると、1cmほどの極小の突起が画面に規則正しく並んでいることがわかる。一つひとつの突起を横から見ると、インクの層を無数に刷り重ねた色の柱になっている。したがって、視点を移動させながら見ることで、真正面からは見えなかったさまざまな色が、角度によって現われては消え、幻惑的に色彩が移り変わる表面を生み出しているのだ。
「版画は、インクの物質的な層の堆積である」ことに自覚的に取り組みつつ、2次元と3次元の往還、視点の移動による表面の複数性に言及する小野の試みが、今後どう発展していくのか期待したい。

2015/10/30(金)(高嶋慈)

松谷武判の流れ MATSUTANI CURRENTS

会期:2015/10/10~2015/12/06

西宮市大谷記念美術館[兵庫県]

具体美術協会のメンバーであった松谷武判の、新作を加えた回顧展。初期の日本画、ボンドをレリーフ状に盛り上げた具体時代の絵画作品、版画、巨大なロール紙に鉛筆の線を描き重ねた黒一色の平面作品、ボンドの膨らみを鉛筆で黒く塗りつぶした作品、新作のインスタレーションに至るまで、約60年の軌跡を辿ることができる。
初期の幾何学的な造形構成の日本画においてすでに、「生命」というタイトルで染色体のような形が描かれていたが、松谷の関心は一貫して、細胞の分裂や増殖、生命の有機的エネルギーの表出にあることが窺える。具体時代のボンド絵画は、盛り上げたボンドの塊にできた裂け目が目や口、細胞分裂の過程、卵からの孵化、胎盤といった有機的なイメージを連想させる。さらに、一枚の紙を鉛筆の線で黒く塗りつぶした作品群を経て、近作では、ボンドの膨らみが鉛筆で黒く塗りつぶされている。そこでは、内部からの強い圧力で膨張し、表面張力ギリギリに膨らんだ緊張感や破裂の凄まじいエネルギーが、黒という色彩によって相乗効果を生んでいる。被膜を突き破って、どろりとした物質があふれ出す。あるいは、さざ波のように波打つ表面の起伏。光の当たる角度によって、光沢感と暗く沈む部分が交替する、豊穣な黒。それは、画家の身体的運動の痕跡でもある。ボンドと黒鉛という、無機的な素材、メタリックな質感、モノクロームの色彩にもかかわらず、硬質なエロスとでも言うべきものを開示していた。

2015/10/30(金)(高嶋慈)

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