artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
須田一政「筋膜」
会期:2015/05/01~2015/05/31
「筋膜」というタイトルは、東京・四谷のGallery Photo/synthesisのメンバーの後藤元洋によるもののようだ。「頭から指先まで全身を包み込んでいる膜」に託して「須田一政の内部」を見てみたいという願望を込めた企画であり、展示は「須田一政氏がその自宅と家族のみを撮った写真で構成」されていた。
たしかに並んでいるのは、カメラを構える鏡に映ったセルフポートレートをはじめとして、雑然としたモノがあふれる自宅の内部、どこか曖昧な姿で写り込んでいる奥さんや娘さんなどのスナップ写真群だ。にもかかわらず、それらに「私写真」的な閉塞感がまったく感じられず、どこか醒めた距離感を感じさせる写真が多いのが面白い。後藤が指摘するように、これらの写真群はむしろ「須田の外部、『他者』『街』の写真」とストレートに結びついているように思えた。要するに、須田にとっては「内部」も「外部」もコインの裏表であり、「内部」は素っ気なく突き放して、「外部」は逆に生々しく身体化して撮影しているのではないだろうか。両者を自在に行き来する通路が、写真にはっきりとあらわれてきているようにも思える。
展示の仕方にも工夫が凝らされていた。いつもはフレームに入れられた写真が、淡々と壁に並んでいることが多いのだが、今回は印画紙を直接ピン留めしたり、大伸ばしにしたり、額に入れたりして、むしろノイズを積極的に活かそうとしている。このところ、須田の写真家としての活動には弾みがついてきているように感じる。新作をどんどん発表してほしいものだ。
2015/05/09(土)(飯沢耕太郎)
市橋織江「WAIKIKI」
会期:2015/04/24~2015/05/16
EMON PHOTO GALLERY[東京都]
地域:東京都
市橋織江の写真を見ていると、彼女が「フェイスブック世代」の写真愛好家たちにとても人気がある理由がわかるような気がする。フェイスブックやインスタグラムなどにアップされている写真の多くは、折りに触れて撮影された「気持ちのよい」スナップショットであり、市橋の写真とやや希薄な色合いや、柔らかに包み込まれるような感触が共通しているからだ。
たしかに、今回東京・広尾のEMON PHOTO GALLERYで展示された「2006年から毎年訪れるハワイで撮りためた未発表作品から選りすぐり」の27点の作品を見ても、親しみやすい、「私でも撮れそうな」写真が並んでいるように感じられるだろう。だが、見かけに騙されないようにしたい。市橋の写真の質は、実はきわめて筋肉質であり、光や大気の微妙な変化をキャッチする皮膚感覚は研ぎ澄まされている。中判カメラとネガフィルム、銀塩プリントへのこだわりは、自ら「心中したい」と語っているほどであり、スマートフォンのカメラで撮影した写真とは相当にかけ離れたものだ。その、プリントのクオリティへのこだわりは、やはりギャラリーでの展示で確認するしかない。EMON PHOTO GALLERYでの個展(今回で3回目)を定期的に開催しているのは、とてもいいことだと思う。
とはいえ、市橋の写真のあり方も、そろそろ変わってきてもいい頃ではないだろうか。スナップショット一辺倒ではなく、何かに(誰かに)視線を強く集中したシリーズも見てみたいものだ。
2015/05/09(土)(飯沢耕太郎)
笹川治子 個展「ロボッツ」
会期:2015/05/08~2015/05/24
ヨシミアーツ[大阪府]
全長6メートルの透明なビニール製の《うつろ戦士》を中心とする展示。このバカでかい人形、内部は空気だから中身は空っぽで、所在なさげに横たわってる。ここから二つのことが読み取れる。ひとつは、戦士は命令に従うだけで自分で勝手に考えたり行動したりできない「殺人ロボット」だから、文字どおり「うつろ」な存在でなければならなかったこと。図体はでかいけど中身は軽いデクノボウなのだ。もうひとつ、戦時中は軍も政治家も国民もだれひとりまともな判断ができず、みんな「空気」ばかり読んでいた。その「空気」のかたまりが戦士の姿を借りてること。これは戦前戦中の空気に近づく現代日本への痛烈な批評でもある。ほかに目に止まったのが、画面全体にモザイクのかかった映像作品。かなり粗いモザイクなのでなにが映ってるのかわからないけど、なんとなく爆発シーンのようだ。モザイクはある大きさを超えると細部がわからなくなり、ゴミも死体もエロもキノコ雲も四角い色彩の羅列となって、美しいオプティカル・アートと化す。これは使えそう。
2015/05/08(金)(村田真)
建畠晢 退任記念展「ポエトリー/アート」
会期:2015/03/07~2015/05/10
京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA 2[京都府]
京都芸大学長を務めた建畠さんの退任記念展。ついでだから見てやるか。画家の小島千雪との詩画のコラボレーション、建畠自身による映像と彫刻、手を載せてみると温かさが伝わってくる詩集『温度詩』など、詩人でもあり美術評論家でもある建畠さんらしい作品が並ぶ。彫刻は白い台座に白い棒を1本、2本、3本と立てたものが計6点あって、なにか近代彫刻の原点を見るような思いがする。そういえば彼は父も兄も彫刻家だったっけ。「こうした試みがすべて“詩”という言葉で語られるような視野があってほしい」と建畠は記している。ならばタイトルは「ポエトリー>アート」か?
2015/05/08(金)(村田真)
日本博覧会の黎明
会期:2015/03/14~2015/05/10
尼崎市立文化財収蔵庫[兵庫県]
ちょっと興味があったので足を伸ばしてみた。尼崎市立文化財収蔵庫は女学校として建てられた建物を転用したもので、会場は少し大きめの教室だったスペースを使っている(でも展示空間としては小さめ)。黎明期の博覧会といえば明治5(1872)年の湯島聖堂での博覧会を思い出すが、これは初の政府主催による博覧会であって、その前年に京都博覧会が開かれていた。同展では湯島の博覧会とともに、京都博覧会と第1回内国勧業博覧会にもスペースを割いているが、これは京都博の資料や勧業博の写真帖をこの収蔵庫が有しているからだ。ウィーン万博に出展するため高橋由一が富士山を描くという告示書(富士山を描くにも告示が必要だった?)とか、河鍋暁斎による湯島の博覧会内部や勧業博の外観とか、白黒でボケてるけど記録としては浮世絵より正確な勧業博の写真とか、興味深い資料がたくさん。
2015/05/08(金)(村田真)