artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
サイ トゥオンブリー──紙の作品、50年の軌跡
会期:2015/05/23~2015/08/30
原美術館[東京都]
初期の1953年から晩年の2002年まで、半世紀に及ぶ作品から約70点を出品。すべてサイ トゥオンブリー財団所蔵で、2003年にエルミタージュ美術館で開催され、欧米を巡回した展覧会を再構成したものだという。ザッと見て「なんだ紙ばっかりじゃん」と思ったけど、サイ・トゥオンブリの場合は紙に油絵具を塗ることもあるし、キャンバスに鉛筆で描くこともあるから大した違いはないかも。いやむしろ紙のほうがいいかも、と自分を納得させる。作風はもちろん50年のあいだに変化しているが、でもフリーハンドの線描を基本にしている点ではほとんど変わってない。子どもの落書き、というよりサルの絵を思い出したりもするが、こんなのを半世紀も続けるというのがすごい。それをちゃんと評価する人がいるというのもすごい。
2015/05/22(金)(村田真)
試写「未来をなぞる──写真家・畠山直哉」
ぼくが最初に見た畠山の作品は、たしかビルが建ち並ぶ都市の遠景だった。それ以来彼は、コンクリートに囲まれた川、石灰工場、石灰石の鉱山、発破の瞬間と徐々に源流に遡っていく旅を続けてきた気がする。3.11の大震災後、被災した故郷を撮り始めたとき、旅を中断したのかと思ったけど、この映画を見たら、流された実家の基礎のコンクリート部分だけがしっかり残っていて、中断どころか同じ旅の延長線上にあることがわかった。想像以上に大きな川だったのだ。あと印象に残ったのは、ときどき掃除する姿が映ったこと、いまだフィルムしか使わないこと。写真家の鑑ですね。監督の畠山容平は親族かと思ったが、たまたま名字が同じの先生と生徒の関係だそうだ。
2015/05/22(金)(村田真)
アラヤー・ラートチャムルーンスック展 「NIRANAM 無名のものたち」
会期:2015/05/18~2015/06/14
京都芸術センター[京都府]
タイ出身の映像・写真作家、アラヤー・ラートチャムルーンスックによる日本初個展。昨年の約1ヶ月間、アーティスト・イン・レジデンスで京都に滞在した際に撮影した映像や写真を中心に構成されている。彼女の作品に触れる度に感じるのは、「生と死」「彼岸と此岸」「声と沈黙」といった通常は交わらない2つの領域の間をつなぎ、語りえないことについて語り、声を聴き取ろうとする強い意志である。
片方の展示室では、「誰も招かれない 亡霊だけが集まるオープニング・セレモニー」の記録映像が映される。誰もいない夜のテラスで自作を朗読する詩人・建畠晢の声が、無人の空間に響く。対面には、暗闇の中、元小学校の古びた木造の廊下や階段を亡霊のようにさ迷うラートチャムルーンスックの姿が、気配のように映し出される。重なった薄い布に投影されているため、儚さや幻影感がいっそう強調される。
もう片方の展示室では、京都の特別養護老人ホームで撮影された映像作品が展示。ベッドに横たわり、眠っているのか死んでいるのか定かではないような老人たちの顔の映像が重なり合い、個々の輪郭が曖昧に溶けていく。老人たちは何も語らないが、わずかな息遣いが聞こえるようだ。また、動物愛護センターで保護された捨て犬の毛をガラス瓶に詰め、写真や名前、年齢をラベルに記した標本のようなインスタレーションも展示されている。幾ばくもない命、捨てられた命、この世にはもういない存在たち。並んだガラス瓶の間に、ラートチャムルーンスック自身の髪の毛を詰めた瓶がそっと紛れ込んでいるのを見たとき、冷水を浴びせられたように感じた。死者と生者、動物と人間、過去と未来といった区別が一瞬消え去ったかのような感覚がよぎったからだ。かつて身体の一部だった、残された物質。音のない世界。死者の声は聞こえないが、確かにそこに存在する。みずからの身をあちら側に置き、死した者たちの沈黙の声を聞き取ろうとするラートチャムルーンスック自身の態度表明のように思えた作品だった。
2015/05/22(金)(高嶋慈)
昔も今も、こんぴらさん。─金刀比羅宮のたからもの─
会期:2015/05/22~2015/07/12
あべのハルカス美術館[大阪府]
讃岐(香川県)のこんぴらさん(金刀比羅宮)といえば全国的に有名な社だが、美術ファンにとっては日本美術の宝庫でもある。筆者も、円山応挙、伊藤若冲、高橋由一を目当てに過去に何度も訪れたことがある。その名宝の数々が大阪まで出張し、万全な環境で見られるのだからたまらない。出品物は近世・近代絵画を中心とした43件。なかでも円山応挙の障壁画《稚松丹頂図》《芦丹頂図》《遊虎図》《竹林七賢図》を現地と同じ配置で見られたのは嬉しい限り。伊藤若冲の《花丸図》は襖4面が来阪し、高橋由一も《豆腐》《なまり(なまり節)》など8作品が並んだ。他にも、狩野永徳・探幽をはじめとする狩野派、岸岱、長澤芦雪、司馬江漢、伝ではあるが巨勢金岡と土佐光元、浮世絵の歌川国芳など巨匠のオンパレード。珍しい船絵馬や船模型、海難図絵馬も見られ、眼福の極みであった。
2015/05/21(木)(小吹隆文)
菱沼勇夫「LET ME OUT」
会期:2015/05/20~2015/05/30
ZEN FOTO GALLERY[東京都]
2015年3月から4月にかけて、TOTEMPOLE PHOTO GALLERYで「彼者誰」、「Kage」の連続展を開催したばかりの菱沼勇夫が、今度はZEN FOTO GALLERYで「LET ME OUT」展を開催した。こちらは2010~13年に撮影・制作された6×6判、カラーのシリーズで、今回はその中から16点をセレクトして展示している。
セルフポートレート及び身近な人物たちと思われるポートレート(ヌードが多い)が中心だが、そこに奇妙なオブジェの写真が混在している。バナナと土器と包丁の組み合わせ、狼、アヒル、鴉などの剥製、吊り下げられた馬の首(本物だそうだ)、赤い布に梱包されたマネキン人形などだ。それらの写真が、互いに衝突し合って不協和音を生み出すことで、シリーズ全体に不穏な空気感が漂っている。実家の福島県郡山近辺で撮影された写真が多いようだが、東北地方の冷え冷えとした風土が、作品の背景としてうまく効いていると思う。
とはいえ、まだ彼が何を求め、どんな方向に作品全体を進めようとしているのか、やや断片的過ぎてうまく見えてこないのも確かだ。仮面のようなものを身につけている写真も多いのだが、その意味づけもまだ曖昧な気がする。撮り進めていく中で、衝動や思いつきだけに頼るのではなく、もっと論理的な構築力を発揮できるようになるといいと思う。いいシリーズに成長していく可能性を充分に感じるだけに、あとひと頑張りを期待したい。なお、展覧会にあわせて、ZEN FOTO GALLERYから同名の写真集が刊行されている。
2015/05/20(水)(飯沢耕太郎)