artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
サンドラム 台北滞在報告会
会期:2015/05/31
BankARTスタジオNYK カフェ[神奈川県]
台北国際芸術村(TAV)とBankARTが相互に選んだアーティストを3カ月間ずつ交換するレジデンス・プログラムで、10回目の今回、日本からノリのいい音楽集団サンドラムが派遣された。報告会は、9人のメンバーがTAVにとどまらず台湾中をヒッチハイクで回ったりしたのでにぎやかだが、カエル食ったとかサル食ったとか、どこそこのオッサンは首狩り族だったとか内輪話が多く、なかなか先へ進まない。でもときおり披露してくれる現地で覚えた歌は、さすがに見事。楽譜もなく口承なのになんで何曲も覚えられるのか、音楽脳が欠如したぼくには不思議でならない。ちなみに歌詞はカタカナで書き取っていたようだが、メンバーによって表記が異なっているのがおもしろい。
2015/05/31(日)(村田真)
プレビュー:声が聴かれる場をつくる──クリストフ・シュリンゲンジーフ作品/記録映画鑑賞会+パブリック・カンバセーション
会期:2015/07/20、2015/08/08、2015/9/27
アートエリアB1[大阪府]
映画、舞台演出、美術、テレビ、選挙運動など、多様なメディアと社会領域を横断する活動を行ない、2011年のヴェネチア・ビエンナーレでは、ドイツ館の構想半ばで逝去するも金獅子賞を受賞したクリストフ・シュリンゲンジーフ。多様な社会層の参加と議論の喚起によって成立する彼のアクション/パフォーマンス作品の記録映画を上映する試みが、〈声なき声、いたるところにかかわりの声、そして私の声〉芸術祭III PROJECT(8)「ドキュメンテーション/アーカイヴ」として企画されている。
今回上映されるのは、『友よ!友よ!友よ!』『失敗をチャンスに』『外国人よ、出ていけ!』『フリークスター3000』の4作品であり、鑑賞後にはファシリテーターの企画によって対話の場が設けられる。『失敗をチャンスに』は、シュリンゲンジーフが1998年のドイツ総選挙に向けて設立した政党「チャンス2000」の選挙運動のドキュメンタリーで、俳優、失業者、障害者らが国会議員候補となって、ドイツ全国で街頭演説を行なった。また、外国人排斥を掲げる極右党の政権入りを背景にした『外国人よ、出ていけ!』は、12人の「亡命希望者」をコンテナハウスに居住させ、内部の様子をネット中継し、「観客」の投票によって国外追放する外国人が1人ずつ選ばれていくという過激な仕立てのパフォーマンスの記録である。
「演劇」という虚構のフレームを用いて、社会に潜在する矛盾や差別意識をあぶり出すとともに変革の可能性を提示するシュリンゲンジーフ作品の記録上映を通して、パフォーマンスとドキュメンテーションのあり方のみならず、参加型芸術と現実社会の関係、社会の多声性をいかに拾い上げるか、民主主義、同質性と排除の力学などについて再考する機会になればと思う。
2015/05/31(日)(高嶋慈)
Dance Fanfare Kyoto 03 『Don't look back in anger. Don't be long 時化た顔で振り向くな、早くおうちに帰っておいで』
会期:2015/05/30~2015/05/31
元・立誠小学校[京都府]
関西の若手ダンサーと制作者による実験的な企画を通して、関西ダンスシーンの活性化をはかるDance Fanfare Kyotoが、今年で3年目を迎えた。特徴のひとつとして、演劇、音楽、美術などダンス以外の領域の表現者とのコラボレーションに積極的なことが挙げられ、本作はPROGRAM 02「美術×ダンス」として上演された。
それぞれ卓球台とバスケットゴール板に見立てられた、水平と垂直の2枚のキャンバス。2人のペインター(鬣恒太郎、神馬啓佑)がライブペインティングを行なうなか、男女のダンサー(倉田翠、渡邉尚)が水平に置かれたキャンバス上でデュオを展開していく。ペインターとダンサーは水平の台=キャンバスという空間を共有しつつも、描画とデュオの振付はそれぞれ独立した行為として行なわれる。ペインターが青い絵具を塗る。無関係に動くダンサーの手足、胴体、頭が塗られた面を多方向に展開していく。白い絵具が置かれる。ダンサーの滑った手足の軌跡が新たな線を生成させていく。
絵画におけるストロークは画家の身体の痕跡であり、とりわけ抽象絵画と身体性の関係はひとつのトピックを成してきた。本作において、水平に置かれたキャンバス上で描画行為が行なわれることも、ポロックや白髪一雄のペインティングへの参照を示している。ただしそこに、ダンサーという他者の身体を招き入れることで、身体の痕跡は二重化される。ペインターの描いた線は、ダンサーの身体とキャンバスの接触によってその都度引き直され、一方でダンサーの身体は絵具=物質によって滑ってしまい、振付けられた動きを完全に制御できなくなる。
このように本作では、ペインターとダンサーがお互いに干渉し合うことで、予測不可能な生成のダイナミズムがより増幅される。さらに第三項として、「スポーツ」の要素が投入されていた。キャンバス=卓球台/バスケットゴール板への見立てのみならず、体操着を着た出演者たちによって実際のプレイも行なわれるのだ。バスケットボールやピンポン球の動きがダンサー/ペインターの動きを誘発・撹拌するという作用は面白いが、「スポーツ」である演出の必然性がどこまであるのかがやや不透明だった。むしろ、スリリングで目を惹かれたのは、倉田と渡邉のデュオである。相手の体を手足で支え、物体のように動かそうとする。動く/動かされるベクトルや主導権が絶えず入れ替わる緊張感。限られたスペースで横たえた体を密着させてはいるが、アクロバティックな硬質さを感じさせるなかに、次第に絵具でまみれていく様子がふとエロティックに見えてしまう。そうした相反する要素を醸し出しながら、強い意志に満ちた身体があった。
ホームページ:URL:http://dancefanfarekyoto.info/
2015/05/30(土)(高嶋慈)
夜の画家たち──蝋燭の光とテネブリスム
会期:2015/04/18~2015/06/14
山梨県立美術館[山梨県]
ふくやま美術館と同館のみで開かれ、大都市には巡回しない展覧会。遠いので迷っていたが、八王子に行くついでに(というには遠すぎるが)思い切って行ってみた。明治以降の洋画、日本画、浮世絵を中心に、夜景や明暗を強調した表現を集めたもの。サブタイトルにある「テネブリズム」とは、闇のなかから光を当て人物を劇的に浮かび上がらせる17世紀バロック絵画に特徴的なスタイルのこと。イントロは、東京富士美術館から借りたラ・トゥール《煙草を吸う男》から。西洋絵画はこれとレンブラントらの版画が数点あるくらいで、あとは日本の近代絵画が占めている。なかでも注目すべきは高橋由一、山本芳翠、中丸精十郎、本多錦吉郎ら、明治初期の油彩画。黒田清輝が印象派(もどき)を輸入する以前だし、もともと暗褐色なうえに夜景を描くもんだからよけい暗い。近代日本は光の発見以前に闇の発見をしたんじゃないかとさえ思えてくる。とくに、人物を完全なシルエットとして闇に沈めてしまった由一の《中州月夜の図》、夜桜よりかがり火と観客のシルエットが印象的な印藤真楯の《夜桜》、童話のイラストみたいな前田吉彦の《勧学夜景図》、ワーグマンに学んだ小林清親のちょっと不気味な油彩画《燈火に新聞を読む女》《婦人像》など、レアものがそろう。ほかにも高島野十郎の《蝋燭》《満月》《太陽》をはじめ、ただならぬ妖気を漂わせる甲斐庄楠音の《幻覚》、自分の頭部の影だけを描いた原撫松の《影の自画像》など見どころたっぷり。ひとつ難点をいえば、夜景が多いので画面が暗いため、額縁の保護ガラスが反射して絵が見えづらいこと。でもさすがに高橋由一作品は高価な無反射ガラスを使ってるようで見やすかった。
2015/05/29(金)(村田真)
レオナルド・ダ・ヴィンチと「アンギアーリの戦い」展
会期:2015/05/26~2015/08/09
東京富士美術館[東京都]
16世紀初め、レオナルド・ダ・ヴィンチがフィレンツェのパラッツォ・ヴェッキオの壁に描いたとされる《アンギアーリの戦い》。その壁画の主要部分を描いた板絵《タヴォラ・ドーリア》が、関連作品や資料とともに公開されているというので見に行く。京王八王子からバスに乗ったら幸福の科学のリッパな建物が目に入る。どうして新興宗教の建物は擬古典主義が多いんだろう、と考えてたらその100倍くらいリッパな牧口記念会館が見えてきた。その先の創価大入口の向かいに東京富士美術館は建っている。ここにはティントレット、ブリューゲル、ルーベンス、ラ・トゥール、シャルダン、ターナー、ユベール・ロベール、ドラクロワなどそうそうたる巨匠たちの作品がある。でも大半は画集にも載らないような二流品だったり小品だったり、作品で選んだというより名前をそろえたという感じ。レオナルド作ともいわれる《タヴォラ・ドーリア》も、いったんは同館が購入したものだが、その後なぜかイタリア政府に寄贈。レオナルドの真作じゃなかったからなのか、いずれにせよイタリアにとっては貴重な資料に変わりなく、今回イタリア政府の協力により展示が実現したってわけ。でも展覧会はそんな裏話には関係なく興味深いものだった。1章では、フィレンツェ対ミラノ戦である「アンギアーリの戦い」を描いたレオナルド以前の絵とか、メディチ家を追放してフィレンツェを牛耳ったサボナローラの処刑シーンを描いたテンペラ画とか、15世紀のフィレンツェが紹介され、2章では《アンギアーリの戦い》を巡るメモや資料、模写、そして《タヴォラ・ドーリア》が展示され、3章では、この戦闘図の対面の壁にミケランジェロが描こうとしていた《カッシナの戦い》を巡る模写やスケッチなど、4章では《アンギアーリの戦い》に触発された17世紀の戦闘図が集められている。《アンギアーリの戦い》は未完に終わり、その後ヴァザーリのフレスコ画で覆われてしまったが、にもかかわらず同図はそれ以前ののどかな戦闘図を一変させ、ルーベンスやドラクロワに連なる密度の濃い迫真的な戦争画の手本になったようだ。その延長線上に藤田嗣治の《アッツ島玉砕》もあるんじゃないかと見てるんだけどね。最後に東京藝大がつくった《タヴォラ・ドーリア》の立体復元彫刻が展示されてて、その“フィギュア力”の高さに感心しました。
2015/05/29(金)(村田真)