artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
ホイッスラー展
会期:2014/12/06~2015/03/01
横浜美術館[神奈川県]
ホイッスラーというと、日本ではジャポニスムの画家として知られるが、パリで美術を学び、ロンドンに移住してからも英仏海峡を頻繁に往復しているため、当時の英仏美術の最先端だったレアリスム、唯美主義、印象派などの影響も見られる。これだけ広範に活躍し、技量も確かなうえ、スキャンダルにもこと欠かないというのに、同世代のマネやドガより知名度が低いのは、パリではなくロンドンに住んでいたからか? でもこれ以上ポピュラーになってほしくないというのもファンの心理だ。まあここまで大きな回顧展が開かれたら無理だろうね。
2014/12/05(金)(村田真)
KIYOMEプロジェクト 報告会・トークイベント
会期:2014/12/05
木材会館[東京都]
この秋、なぜかお風呂の審査員をやった。といっても別に裸の女性が出てくるわけではなく(当たり前だ)、檜を使った浴槽を製造・販売する檜創建という会社が主催する浴槽のデザインコンペ。風呂はただ身体の汚れを落とす場というだけでなく、心を清(浄)める時空間でもあるとの考えから「KIYOMEプロジェクト」と名づけられた。今日はその審査の報告とトークイベント。コンペは彫刻家、建築家、インスタレーション作家が提案した三者三様のプランを、哲学者の鎌田東二、彫刻家の三宅一樹、ギャラリーエークワッド館長の川北英、檜創建代表取締役社長の小栗幹大が審査、彫刻家の木戸龍介による卵形の浴槽プランが選ばれた。扉がついたカプセル型の浴槽で、表面に神経細胞のような網の目状の透かし彫りを入れる予定。難易度は高いが、檜創建と共同制作していくという。実現したらぜひ入りたいものだ。この日は木戸氏と審査員全員が登壇し、審査の感想や日本の風呂の独自性などについて話し合った。お風呂も文化だということがつくづくわかった。
2014/12/05(金)(村田真)
辻田美穂子「カーチャへの旅」/藤倉翼「ネオンサイン」
会期:2014/12/05~2015/12/10
AMS写真館[京都府]
2014年8月に第30回東川町国際写真フェスティバルの一環として開催された赤レンガ公開ポートフォリオオーディションの準グランプリ受賞者、辻田美穂子と藤倉翼の展覧会が、京都・二条のAMS写真館で開催された(グランプリ受賞者のエレナ・トゥタッチコワ「林檎が木から落ちるとき、音が生まれる」は既に2014年10月~11月に東京・東銀座のArt Gallery M84で開催)。多彩な傾向の作品が応募されるポートフォリオオーディションの受賞者にふさわしく、まったく対照的な展示になったが、それぞれ受賞時よりもレベルアップした、質の高い作品を見ることができた。
1988年、大阪生まれの辻田は、祖母が第二次世界大戦前から戦後にかけて暮らしていた南樺太の恵須取(エストル)を2010年から6回にわたって訪れ、その記憶をたどり直そうとした。「カーチャ」というのは病院に勤めていた祖母が、ロシア人たちから呼ばれていた名前だという。最初は祖母と一緒に、墓参団の一員として樺太に渡ったのだが、その後は現地に知り合いもでき、一人で行くようになった。そのことで「カーチャへの旅」から「自分にとっての旅」へと、旅のあり方が変わってきた。そのことは作品にも反映されていて、物語的な要素の強かった写真の選択・構成が、1枚1枚のイメージの強さを強調する方向に傾きつつある。まだ着地点がどうなるかは見えていないが、従来のドキュメンタリーの枠にはおさまりきれない作品として成長しつつあるように思える。
一方、1977年、北海道北広島市出身(札幌在住)の藤倉の作品は、札幌、東京、大阪、神戸などの「昭和の匂いがする」ネオンサインを、正面から写しとり、背景をカットして浮かび上がらせたシリーズである。ネオン職人の工芸品を思わせる技巧の冴えとともに、ネオンサインそのものの光のオブジェとしての魅力に、強く魅せられているのだという。今回はあえて和紙にプリントすることで、記号として見過ごされがちなネオンサインの繊細な美しさを強調している。撮影したものの中に、既に撤去されてしまったものも数多くあるということなので、他の都市にも足を運び「日本のネオンサイン」の様式美を、ぜひ集大成して完成させてほしいものだ。
2014/12/05(金)(飯沢耕太郎)
丸山純子 展 漂泊界
会期:2014/09/20~2014/12/21
発電所美術館[富山県]
丸山純子は、スーパーのビニール袋で花畑をつくったり廃油からつくった粉石鹸で床に絵を描いたり、日用品をアートに転用することを得意とするアーティストである。今回の展覧会は、大正15年に建設された水力発電所を改装した美術館で、主に粉石鹸による絵画作品を発表した。
会場の広い床一面に、白い粉石鹸で植物の有機的なイメージが描かれている。会場に残された巨大なタービンや大きく口を開けた導水管の力強い存在感とは対照的に、描かれたイメージはきわめて儚い。粉石鹸というメディウムも、とくに定着を施しているわけではないので、ふとした瞬間に雲散霧消してしまいかねないほどだ。高い天井に恵まれた空間の容量が、イメージの儚さをよりいっそう際立てている。
この脆さや儚さは、ややもすると造形上の弱点のように見えかねない。空間と正面から対峙し、それに打ち勝つ志向性を心がけるアーティストであれば、あるいはそうなのかもしれない。だが丸山が目指しているのは、空間に垂直的に屹立する造形ではなく、おそらく空間に水平的に浸潤する造形である。もちろん、それは絵画的な平面に拘泥するという意味では、まったくない。
床一面に描かれた作品とは別に、粉石鹸を正立方体に固めた作品があった。天井から滴り落ちる水滴によって塊にいくつもの亀裂が走り、部分的に崩落していたから、来場者の視線は必然的に重力を意識することになる。かたちは、水と重力によって、かたちを失い、やがて水平にならされていく。丸山が見ようとしているのは、その水平面にかたちが浸透していく、まさにその造形のありようではなかったか。床一面に描かれた植物のイメージは、だから三次元の主題を二次元に置き換えて表現したというより、むしろ植物が土に還ってゆく、その過程の痕跡なのだ。
かたちを立ち上げる美術だけではなく、かたちが失われていく道程を見せる美術もある。丸山純子の作品に見られる儚さには、生物を成仏させる敬いが隠されているのかもしれない。
2014/12/05(金)(福住廉)
闇の光 吉村朗の軌跡
会期:2014/12/02~2015/12/07
Gallery LE D CO 3F[東京都]
2012年に亡くなった吉村朗の遺作集『Akira Yoshimura Works─吉村朗写真集』(大隅書店)の刊行にあわせて、東京・渋谷のGallery LE D COで作品展が開催された。吉村の部屋に残されたダンボール箱には500~600枚のプリントが残されていたという、それらは「分水嶺」、「闇の呼ぶ声」といったシリーズごとに袋に入れて分類され、他に「Akira YOSHIMURA」と記されたCDがあり、そのプリントは川崎市市民ミュージアムの深川雅文が保管していた。今回の写真展はその中から写真家の湊雅博、山崎弘義、大隅書店の大隅直人らによる「吉村朗写真展実行委員会」が78点を選んで構成したものである。
吉村のプリントは、特に後期になるに従って、白黒のコントラストや独特の手触り感を強調したものになっていく。カラープリントはスキャニングしてプリンターで出力しているが、そこにもかなり手を加えている。彼にとって、自分自身の感情や記憶でバイアスをかけたフィルターを通過させることで、現実世界を変容していくことは、作品作りの上で不可欠のプロセスだったのだろう。そこに解釈や意味付けにおさまりきれない、微妙なノイズが生じてくるわけで、それを味わうのはやはり展示されたプリントに直接向き合うしかない。吉村の写真家としての軌跡を丁寧にフォローする写真集とあわせて、今回の展覧会で、彼の作品をあらためて検証していくための道筋が定められたのではないだろうか。個の記憶と日本の近代史を交錯させようとする吉村の果敢な「実験」が、さらに大きな波紋を呼び起こしていくことを期待したい。
2014/12/04(木)(飯沢耕太郎)