artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

Yusuke Asai × ISETAN

会期:2014/12/03~2014/12/25

新宿伊勢丹 2階[東京都]

百貨店の店舗内で催された淺井裕介の個展。レディースのショップが立ち並ぶ店内の一角に淺井のマスキングテープの作品が展示され、あわせてアメリカで発表した作品の制作過程を記録した映像も上映された。きらびやかな照明が、淺井の絵画をいつも以上に輝かせていたように見えた。
淺井の絵画の特徴は、支持体とイメージを一体化させながらイメージを拡張させていく点にある。通常はあらかじめ固定化された支持体の中にイメージを収めるが、淺井はマスキングテープを貼り重ねながら支持体を構成するので、原理的にはどこまでも拡大することができる。例えば、ほぼ同時期にアラタニウラノでの個展で発表された作品は、マスキングテープで構成した支持体が四方八方に伸び、床や天井、壁に接着していた。それはまるで支持体の中のイメージが空間の中で手足を突っ張って自立しているかのようだった。
それだけではない。支持体を一定の大きさに限ったとしても、淺井の描き出すイメージは往々にしてその枠外にはみ出していく。今回も、店内の白い壁や柱にイメージが溢れだし、百貨店内の光景としてはある種異様と言っていいほどの爆発的な増殖力が見せられていた。
地と図の反転。いや、地を地として残しつつ図が地を追い越していく。淺井の絵画の真骨頂は、イメージの疾走感である。自力で道を切り開きながら邁進する速度は、時としてイメージが道の先へと突出してしまうほど、速い。凡庸な絵画に飽き足らない私たちは、絵画というフレームを置き去りにするほどの圧倒的な速度にこそ、惹きつけられてやまないのだ。
だが、淺井の躍動するイメージを支える空間として、百貨店があまりにも小さすぎたことは否定できない。現代絵画の隘路を軽々と突き抜けていく淺井裕介に、その仕事にふさわしい空間を提供することが、専門家の務めではないか。

2014/12/20(土)(福住廉)

フィオナ・タン──まなざしの詩学

会期:2014/12/20~2015/03/22

国立国際美術館[大阪府]

中国系インドネシア人の父とオーストラリア人の母のもと、インドネシアで生まれ、オーストラリアで育ち、その後ヨーロッパに移住して現在はオランダのアムステルダムを拠点に制作活動を行なうフィオナ・タン。本展は、彼女の初期から近年の映像作品14点を紹介する大規模展だ。彼女の作品は、初期作品では、坂道を転げ落ちる様子を捉えた《ロールI&II》(1997)や大量の風船で身体を浮かせる《リフト》(2000)など、運動や身体感覚にまつわるものと、《興味深い時代を生きますように》(1997)など、自らの複雑な出自をテーマにしたドキュメント調のものがあり、それが近年になると《ライズ・アンド・フォール》や《ディスオリエント》(ともに2009)など記憶をテーマにした作品へと移り、《プロヴナンス》(2008)、《インヴェントリー》(2012)では美術史への言及もテーマになっている。筆者自身は彼女の作品に不慣れなためか、テーマが見えやすい初期作品に共感を覚えた。ただ、彼女の作品は鑑賞に多大な時間を要するため、取材時は各作品を部分的に見るしかなかった。もう一度会場に赴き、たっぷりと時間を取って作品と向き合うつもりだ。そのとき、自分にとってのフィオナ・タン像が初めて明確になるだろう。そうした作品論とは別に、会場構成の巧みさも本展の見どころだ。映像作品では光漏れや音漏れをいかに回避するかが問題となる。本展では暗幕を使わず、展示室へのアプローチを長く取る、入口の壁を斜めにするなどして、洗練度の高い空間と作品の独立性を両立していた。この点は高く評価されるべきである。

2014/12/20(土)(小吹隆文)

artscapeレビュー /relation/e_00028835.json s 10106069

山部泰司 展「溢れる風景画 2014」

会期:2014/12/16~2014/12/28

LADS GALLERY[大阪府]

山部泰司が近年手掛けている絵画作品が実に興味深い。それは、洪水に襲われた森林を描いたものだ。なぜ興味深いのか。洪水が東日本大震災の津波を連想させるからではない。作品に用いられている空間表現が非常にユニークだからだ。このシリーズでは一点透視などの西洋絵画的な遠近法ではなく、下から上に行くほど遠景となる積み上げ遠近法が採用されている(ように見える)。しかし、描かれた樹木の大きさはまちまちで、絵画空間の中にいくつもの遠近がランダムに存在している。まるで遠景と近景を無秩序にパッチワークして、全体としてなんとなく積み上げ遠近法らしくまとめたかのようだ。また、本作は最初の段階では複数の色彩による抽象的な線描から始まり、白地で塗りつぶしては描く行為を幾度も繰り返しながら徐々に構図が固まっていく。その過程がハーフトーンの白地を透かして垣間見えることにより、図柄の変遷や時間の堆積というもうひとつの奥行きも表現されているのだ。イメージはすべて赤茶か藍色系の線描で表現されており、西洋古典絵画の手稿を連想させる点も想像力を喚起させられる。本展では、200号×2の大作1点(画像)、200号の大作2点を含む36点が出品された。この精力的な作品点数も、いまの彼の充実ぶりを物語っている。

2014/12/20(土)(小吹隆文)

リー・ミンウェイとその関係展

会期:2014/09/20~2015/01/04

森美術館[東京都]

参加型、いわゆるリレーショナル・アートということで、作品はそれ自体のカッコよさや美しさで勝負するのではなく、想像を働かせて鑑賞するタイプのものが多い。今回は関連展示を設け、ジョン・ケージ、鈴木大拙など、過去の作家、音楽家、学者、同時代の日本人アーティストも、一緒に紹介しているが興味深い。こうして見ると、とくにイヴ・クラインの先見性が浮かびあがる。


展示風景


2014/12/19(金)(五十嵐太郎)

佐治嘉隆「時層の断片─Fragments from the Layers of Time─」

会期:2014/12/15~2014/12/20

ESPACE BIBLIO[東京都]

佐治嘉隆は1946年、愛知県生まれ。1968年に桑沢デザイン研究所写真専攻科を卒業している。同じクラスに牛腸茂雄、関口正夫、三浦和人がいた。牛腸とは後に、ギャラクシーというデザイン会社を共同運営したこともある。
この経歴を見てもわかる通り、日々スナップショットを撮影するという「構え」は若い頃にしっかりとでき上がっており、揺るぎないものがある。だが、今回東京・御茶の水のブックカフェ、ESPACE BIBLIOで開催された個展「時層の断片」を見ると、2005年からデジタルカメラでの撮影を開始し、06年からブログで作品を発表しはじめてから、その写真のスタイルが微妙に変わってきたようだ。単純に撮る量が増えただけではなく、被写体にぱっと反応する速度が早くなり、より軽やかな雰囲気が出てきている。彼のようなベテランの写真家が新たな領域にチャレンジしているのは、とても素晴らしいと思う。「時層」というタイトルは、あまり馴染みのある言葉ではないが、佐治の写真のあり方をとてもうまく捉えているのではないだろうか。シャッターを切る瞬間の、時空の広がり、偶然の形、光や影の移ろい、色の滲みなどが、地層のように積み重なり、柔らかに伸び縮みしながら連なっていく。気持ちよく目に飛び込んでくるイメージの流れを、A3サイズのプリント37点による展示で、心地よく楽しむことができた。
なお展覧会にあわせて、島尾伸三らとともに企画・刊行しているeyesight seriesの9冊目として、同名の写真集が出版されている。デザイン・レイアウトは佐治本人によるもので、2005~2013年撮影の写真が時系列に沿って144点並ぶ。より幅の広い写真群がおさめられて、奥行きを増した写真集の、展覧会のシンプルなたたずまいとの違いが興味深い。

2014/12/18(木)(飯沢耕太郎)