artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

入江早耶 個展「見出されたかたち」

会期:2013/09/07~2013/09/28

東京画廊[東京都]

消しゴムのカスを使って造形する作家。今回はドガの踊り子、ピカソの裸婦像、岸田劉生の麗子像など名画の絵葉書を消しゴムでこすって消し、出たカスでこすりとった人物像を小さなフィギュアのように再現している。つまり平面の人物像が立体に転換されているわけだ。よく見るとモデルのポーズや持ち物が原画と違うが、これは立体化されることで戸惑うモデルの心情を表わしたものだそうだ。芸が細かいし、よくできている。それだけに見事な「職人技」としか見られない恐れもある。

2013/09/14(土)(村田真)

第98回二科展

会期:2013/09/04~2013/09/16

国立新美術館[東京都]

文展から二科が独立して早98年。絵画だけで千人以上の作品が並ぶ。2点出してる人もいるので、点数でいうと1,200点はあったか。それを約1時間で制覇。1点に3秒もかけてしまった。さすが「二科」だけあって日展より新しもの好きが多いせいか、彫刻も含めて抽象が多い。でも完全抽象は数点しかなく、たいてい具象形態の名残があったり奥行きや立体感があったり、ハンパ感は否めない。このハンパ加減はサービス精神の表われなのかも。何点か目に止まった作品もあった。高藤博行は縦長の画面の枠を強調するように窓枠を描き、その内側に庭の植栽と自分の姿も含めてガラスに映った室内風景をダブらせて描いている。絵画意識の高い絵画である。奥田明宏の作品は、ルーベンスの《レウキッポスの娘たちの略奪》をピカソ風に再解釈したもの。名画の引用はたまに見かけるが、これはしっかり再構築している。田辺美穂子は、塗り重ねた画面の上に黒い線描でクマのぬいぐるみや卓上の小物をザックリ描いていて、もっとも「現代」的。珍しく額縁もつけず、今回見たなかではいちばんモダンな絵画といえる。さて、二科展も再来年に創設1世紀を迎えるため、今回は同会と関係の深かった岡本太郎のコーナーを設けていた。のだが、展示は油絵の複製や「太陽の塔」の写真パネルのみ。ショボイぞ。

2013/09/14(土)(村田真)

筧有子「compendium of seasonal words」

会期:2013/09/06~2013/09/16

GALLERY 301[兵庫県]

日本画の技法を用いた作品を発表している筧有子の個展。今展では、雲肌麻紙などの和紙に水干絵の具、顔彩で風景や草花などを描いた作品が十数点発表された。壁面のみならず、床面にも紙の作品が絵巻物を広げるように展示されていたのだが、それがユニーク。よく見ると、作品は2枚重ねられていて、上の作品と下の作品で物語のように風景が繋がっている。少しだけ下の絵の色やモチーフが透けて見えるのも密やかだがきっと作家の意図だったのだろう。リズミックなモチーフの配置とその軽やかなイメージ、絵の具の淡い滲みやその重なりの透明感も美しかった。

2013/09/14(土)(酒井千穂)

児玉靖枝「深韻──水の系譜」

会期:2013/09/02~2013/09/14

Oギャラリーeyes[大阪府]

これまでにも発表されてきたシリーズ「深韻」の新作が展示された児玉靖枝の個展。油彩と木炭によるドローイングをあわせた10点が並んだ。霧が立ちこめる雑木林の光景を描いた《深韻──水の系譜(霧雨)》のシリーズの湿度感や空気の重量感、水面に映る木々のそこはかとない存在の描写にも魅了された。画面全体には、まさに靄や霧のように、グレーやブルーの色味を帯びた淡く鈍い色彩が広がっているのだが、幾重にも塗られた色の層が醸し出す空間的な奥行きが深く、神秘的でもあり、見ていると画面のなかへと誘い込まれていく。日常で目にする光景に目には見えない気配をふと感じたときの感覚、その感動を丁寧に表現しようとする作家の真摯な制作時間にも思いが巡る、味わい深い個展だった。

2013/09/14(土)(酒井千穂)

平野正樹 写真展 After the Fact

会期:2013/09/14~2013/11/09

原爆の図丸木美術館[埼玉県]

写真家の平野正樹は、近年、「Money」シリーズに取り組んでいる。これは、交換価値を失った紙幣や株券、証券、債権証書などの画像を取り込み、克明に拡大したもの。裏表の両面を上下に配し、背景にはそれらを部分的に引用した図像を反復させている。
今年の4月に東京・表参道のギャラリー、PROMO-ARTEで催された個展では、リーマン・ブラザーズをはじめとする諸外国の紙幣・証券類を展示していたが、本展の展示物は満鉄の株券や徴兵保険の証券など、帝国主義時代の日本に限定されていた。なお、「Money」のほかに、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの家屋に撃ち込まれた銃弾の痕跡をとらえた「Holes」、アルバニアの国内に現存する戦時中のトーチカを収めた「Bunkars」、東ティモールの内戦で打ち破られた窓を主題にした「Windows」も併せて発表された。
政治的・社会的な主題と正面から向き合った写真が一堂に会した会場は、壮観である。展覧会のタイトルに示されているように、それらの写真には過去への志向性が強く立ち現われていたが、同時に現在との接点がないわけではなかった。たとえば壁面に立ち並んだ「Money」は交換価値を失った点で墓標のように見えたが、その一方で生と死の狭間を漂うゾンビのようにも見えた。というのも、「Money」を眼差す私たちの視線には、たんなる追慕や郷愁を上回るほどの交換価値への欲望が明らかに含まれているからだ。「Money」は死んだ。しかし、それらを成仏させないのは、私たち自身にほかならない。会場の天井付近に設置された「Money」は、まさしく生と死の境界を彷徨っているかのようだった。
平野正樹は1952年生まれ。思えば、この世代の優れたアーティストはあまりにも正当に評価されていないのではないか。トーチカを撮影した写真家といえば下道基行が知られているが、平野の「Bunkars」は彼よりはるかに先行している。「Money」にしても、スキャナーによって画像を取り込むという手法は、カメラを暗黙の前提とする従来の写真から大きく逸脱している点で画期的である。

2013/09/14(土)(福住廉)

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