artscapeレビュー
平野正樹 写真展 After the Fact
2013年10月01日号
会期:2013/09/14~2013/11/09
原爆の図丸木美術館[埼玉県]
写真家の平野正樹は、近年、「Money」シリーズに取り組んでいる。これは、交換価値を失った紙幣や株券、証券、債権証書などの画像を取り込み、克明に拡大したもの。裏表の両面を上下に配し、背景にはそれらを部分的に引用した図像を反復させている。
今年の4月に東京・表参道のギャラリー、PROMO-ARTEで催された個展では、リーマン・ブラザーズをはじめとする諸外国の紙幣・証券類を展示していたが、本展の展示物は満鉄の株券や徴兵保険の証券など、帝国主義時代の日本に限定されていた。なお、「Money」のほかに、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの家屋に撃ち込まれた銃弾の痕跡をとらえた「Holes」、アルバニアの国内に現存する戦時中のトーチカを収めた「Bunkars」、東ティモールの内戦で打ち破られた窓を主題にした「Windows」も併せて発表された。
政治的・社会的な主題と正面から向き合った写真が一堂に会した会場は、壮観である。展覧会のタイトルに示されているように、それらの写真には過去への志向性が強く立ち現われていたが、同時に現在との接点がないわけではなかった。たとえば壁面に立ち並んだ「Money」は交換価値を失った点で墓標のように見えたが、その一方で生と死の狭間を漂うゾンビのようにも見えた。というのも、「Money」を眼差す私たちの視線には、たんなる追慕や郷愁を上回るほどの交換価値への欲望が明らかに含まれているからだ。「Money」は死んだ。しかし、それらを成仏させないのは、私たち自身にほかならない。会場の天井付近に設置された「Money」は、まさしく生と死の境界を彷徨っているかのようだった。
平野正樹は1952年生まれ。思えば、この世代の優れたアーティストはあまりにも正当に評価されていないのではないか。トーチカを撮影した写真家といえば下道基行が知られているが、平野の「Bunkars」は彼よりはるかに先行している。「Money」にしても、スキャナーによって画像を取り込むという手法は、カメラを暗黙の前提とする従来の写真から大きく逸脱している点で画期的である。
2013/09/14(土)(福住廉)