artscapeレビュー

書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー

『DECADE』

発行所:宮城大学

発行日:2007年3月31日

宮城大学事業構想学部空間デザインコースの有志らがつくる機関誌。大学創立10周年の2006年に±0号をつくり、以後、毎年一冊を出している。取材、編集、執筆は、主に有志学生によるもの。学生の作品や大学での活動を中心に紹介するほか、巻頭ではこれまで吉岡徳仁、中山英之、重松象平らにインタビューもしている。そのクオリティの高さにも驚かされ、ほぼ学生だけでつくっているようには思えない。その背景の一つには、DTPの進化もあるだろう。地方大学からの発信という点にも、『DECADE』の意義がある。編集チームは、東京からの300kmの距離を意識しているという。地方大学から発信したメディアが、東京の書店や大学などにおかれる、あるいは別の地方に置かれるという動きは、地方のアイデンティティ確立に寄与するだろう。その動きの一つとして『DECADE』のこれからに注目したい。宮城は、せんだいデザインリーグ卒業設計日本一決定戦も行なわれており、確実に建築における新しい情報発信の拠点の一つとなりつつある。

2010/01/12(火)(松田達)

『la ville franchisée』

発行所:Edition de la Villette

発行日:2004年

ダヴィッド・マンジャンによる現代都市論。マンジャンは、SEURAの代表であり、レ・アールの再開発コンペで、OMA、アトリエ・ジャン・ヌーヴェル、MVRDVらに勝った、フランスで注目の都市計画家、建築家である。スプロール化しつつ郊外に広がるフランスのメトロポリスは、都市でも田舎でもない新しいハイブリッドな領域をつくり出している。本書は、都市の形態に注目しながら、そのようなフランスの都市的状況の背後にあるメカニズムを明らかにしている。マンジャンは、都市周辺部のいたるところで、道路網インフラ、戸建住宅地、郊外型ショッピングセンターという三つの組み合わせがあることに注目する。そして、ヨーロッパの都市だけではなく、アジア、アメリカ、アフリカの都市とも比較しつつ、それらが組み合わされた効果を検証する。特に都市形態に注目している点では、フィリップ・パヌレらによる名著”Formes urbaines de l' lot la barre”(邦訳『住環境の都市形態』)を意識しているといえるであろう。本書はフランスにおける都市論の新しい必携本になるかもしれない。

2010/01/04(月)(松田達)

フィリップ・フォレスト、澤田直・小黒昌文訳『荒木経惟 つひのはてに』

発行所:白水社

発行日:2009年12月10日

フィリップ・フォレストは1962年生まれのフランスの批評家、作家。シュルレアリスムや「テル・ケル派」についての研究で知られていたが、娘の病死をきっかけに書いた『永遠の子ども』(1997年)で小説にも手を染め、高い評価を受けるようになる。とはいえ、静謐で端正な文体の彼の小説は、散文詩と哲学的エッセイのアマルガムとでもいうべきもので、一般的な「ロマン」とはほど遠い。フォレストは日本の近代文学にも造詣が深く、特に「私小説」の伝統に関心を寄せてきた。荒木経惟の31枚の写真を31章の断章で読み解く本書も、その文脈から構想されたものである。なお、2008年に白水社から刊行された彼の前著『さりながら』にも、小林一茶、夏目漱石とともに原爆投下直後の長崎を撮影した写真家、山端庸介が取りあげられており、彼が写真という表現媒体にも強く惹かれていることがわかる。
本書を通読して感じたのは、荒木のような日本の社会・文化の状況と深くかかわりながら仕事をしている写真家の作品を読み解く時に、むしろ日本人には盲点になる所があるのではないかということである。最も大きな衝撃を受けたのは、あの『センチメンタルな旅』(1971年)におさめられた、小舟の中に横たわる陽子の写真についての彼の解釈だ。陽子は資生堂化粧品の包み紙に頭を載せて眠っている。ロゴの一部が隠れていて、「SHI」という文字だけが目に入ってくる。つまり彼女は「SHI=死」の上に横たわっているのだ。僕たちはつい特徴的なロゴを見て、それが資生堂化粧品の包み紙だということだけで納得してしまう。「SHI」が死であることに気がついたのは、フォレストがフランス人だからともいえる。逆にこのユニークな荒木論には、誤解や曲解もかなり多くある。そのあたりをうまくクロスさせていけば、このような異文化の眼差しの交流は、実りの多い成果をもたらすのではないだろうか。

2010/01/03(日)(飯沢耕太郎)

松田行正『1000億分の1の太陽系 400万分の1の光速』

発行所:牛若丸

発行日:2009年12月

『線の事件簿』に惚れ込んで以来、いつかは仕事をお願いしたいと思っていた松田行正には、筆者が編集委員長となったことを契機に、二年間『建築雑誌』2008年1月号~2009年12月号のデザインを担当していただいた。印象的な色彩の表紙で覚えている人も多いだろう(なお、1月22日から28日まで、建築会館の1階ギャラリーにて、表紙の展覧会を開催予定)。彼の事務所は、こうした依頼とは別に、好きな本を自主的に制作しており、いつも年末になると、目を楽しませてくれる、実験的な本を発表している。今年は、なんと1p=1250km×600ページというヴォリュームによって、太陽系の大きさを表現した。すなわち、三次元の模型ではなく、厚さ5cmの書物に変換された天球儀である。その結果、ひたすら線だけのページが続き、カッコいい。

2009/12/31(木)(五十嵐太郎)

栗生明+渡辺真理 編『現代建築ガイドブック 千葉市』

発行所:建築資料研究所

発行日:2009年12月

千葉市優秀建築賞の1988年から2008年までの受賞作134件を紹介したガイド。地域ごとの建築賞はいろいろあるが、なかなか一般に周知されない。そうした意味で、本という形式で賞の制度を外部に向けて提示していくのは良い試みだと思う。栗生明のテキストは、千葉市における建築の歴史のほか、この賞の経緯や狙いも説明している。巻頭は、写真家の小山泰介さんの撮りおろしである。ケンチクのいわゆる竣工写真とは違う、都市の表面をスキャンし、異世界を出現させていくような作風が、ここでも展開している。ただし、MAPはもうちょっと使いやすいと、実際に見学に行くときに助かるのだが。

2009/12/31(木)(五十嵐太郎)