artscapeレビュー
書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー
原広司『YET』
発行所:TOTO出版
発行日:2009年12月25日
原広司による未完の作品40点の作品集。フルカラーで日英スペイン語の三カ国語併記。スペイン語が加わっているのは珍しい。近年の南米でのさまざまな活動があるからであろう。巻末にはBUILTとYETの対比年表が並んでおり、「YET」という言葉から、実現への凄まじい気迫を感じる。有孔体の建築から、 シリーズ、地球外建築、離散型都市と、壮大なプロジェクトが続く。ところで、作品と同じく濃密なのが、本書全体に散りばめられた、端的な言い切りの形のいくつもの格言である。「はじめに、閉じた空間があった」「住居に都市を埋蔵する」など、よく知られたものを含め、原の40年以上の建築的思考が凝縮された文言の数々である。原の文章は難解で知られるが、数学的な記述の難しさを除けば、論旨はわかりやすい。逆に、格言は端的な一言であるが、説明がないからこそ難解で、考えさせる重みを持つ。原の建築にはそのような難しさと分かりやすさが同居しているかのようだ。原の難解なテキストに躊躇した人も、本書の格言の束によって原の思考をたどることができるだろう。
2010/03/12(金)(松田達)
三浦基『おもしろければOKか?』
発行所:五柳書院
発行日:2010年1月
京都を拠点に活動する三浦基(劇団「地点」主宰)の演劇論。表題の問いは、物語の奴隷状態から演劇を解放し、空間芸術・時間芸術としてとらえようとする三浦の思いが反映されている。議論は必然的に戯曲に演出がどう対峙するかに集中する。けっしてわかりやすい本ではない。しかし、演出家というものはここまで演劇を考えているものなのかと、読んでいて〈演劇なるもの〉の深淵を不意に覗き込ませられた気持ちになる。この体験はなかなか得難い。三浦本人も難渋するさまを隠さない。「どうだろうか。私だって意味がわからない。このでたらめさには、自分でも嫌気がさすが、しかし、これだけのことを思ってしまったことは本当であり……」。この正直さはチャーミングだ。演出家は演劇がわかって演出しているわけではない。手探りで自分の実感を頼りに闇を進む。その振る舞いがトレースされている。「私は今、きっと無理を言い出している。本当に自由な『時間』を求めているのだから」。三浦の望みは演劇がどんな主体性も関与しない「時間」そのものとなること。それを語る寄り道にムンクが不意に現われる。唐突さに笑い、引き込まれる。現代演劇論としてのみならず読み物としても魅力的な本である。
2010/02/28(日)(木村覚)
『エクス・ポ テン/ゼロ』
発行所:HEADZ
発行日:2009年12月
第二期の『エクス・ポ』第0号は、第一特集が「演劇」(455頁分)。平田オリザ以後であり、さらに岡田利規以後とも言うべき今日の演劇の怒濤の展開を、編集発行人である佐々木敦が独自の嗅覚でまとめあげている。取りあげられている作家(脚本家、演出家)は以下のとおり。前田司郎、松井周、岩井秀人、平田オリザ、中野成樹、多田淳之介、タニノクロウ、飴屋法水、下西啓正、岡田利規、宮沢章夫。また、昨年の春に話題となったイベント「キレなかった14才♥リターンズ」に参加した作家たちも、彼らの座談会が掲載されフォローされている。もしあなたがまだ彼ら若い演劇作家の作品に触れていないならば、ここに名前のあがった作家たちの上演をチェックしてゆくことで、日本の演劇の現在と未来を知ることにきっとなるだろう。筆者も前田愛実、九龍ジョー、佐々木敦との座談会に参加しており、そこでは岡田利規的演劇とは別の可能性を示す存在として快快が話題になっている。ぜひご一読いただきたい。
2010/02/28(日)(木村覚)
ル・コルビュジエ『マルセイユのユニテ・ダビタシオン』
発行所:筑摩書房
発行日:2010年2月9日
本書の原書は、マルセイユのユニテ・ダビタシオンが竣工された1950年に出版された。1955年に坂倉準三による邦訳が丸善より出版されたが、現在は入手困難であり、今回、山名善之氏と戸田穣氏による再訳に至ったという。正直、ル・コルビュジエのフランス語は非常にクセがあり、邦訳の訳文はつねに難しくならざるを得ないと思っていたが、本書ほど読みやすく頭にすっと入ってくるル・コルビュジエの訳文はなかなかないだろう。またその本文もさることながら、山名善之氏による長文の訳者解説が圧巻であり、フランスの集合住宅の系譜を、19世紀の空想社会主義やシテ・ナポレオンなどからたどりつつ、丁寧かつ正確にル・コルビュジエによるユニテ・ダビタシオンを20世紀の大衆社会に位置づけていた。あわせて読むことで、フランス近現代社会におけるル・コルビュジエの活動の意義を知ることができるだろう、良本である。
2010/02/25(木)(松田達)
中村拓志『恋する建築』
発行所:学芸出版社
発行日:2007年12月4日
中村拓志氏は、筆者にとって隈研吾建築都市設計事務所時代の先輩にあたる。本書は、そのタイトルがよく知られているであろう。あまりにキャッチーなタイトルだと話題にもなったが、筆者は今回はじめて内容を読んだ。まず驚いたのは、中村の文章のうまさであった。全二十編のエッセイになっており、もちろん文学的なうまさというわけではない。しかし、感じたことが論理的に明晰に展開されていく手続きは、いわば建築的な文章の上手さといえるようなものであると感じた。優れた建築家は文章もうまい。これは乾久美子氏の文章を読んだ時にも感じたものに近い。その上で、中村氏は論理的なものを感覚的なもので大らかに包み込んでいるような気がする。そう、本書は正確に中村拓志の建築そのものであるかのようにも思えたのだ。
2010/02/21(日)(松田達)