artscapeレビュー

書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー

社宅研究会『社宅街 企業が育んだ住宅地』

発行所:学芸出版社

発行日:2009年5月30日

社宅街が近代日本の住宅地において重要な役割を果たしてきたことを明らかにしている研究書である。社宅街は企業所有であるという性質上、これまで歴史的にも触れられることが多くなかったが、本書は実習報文という学生のレポートを新たな資料として、これまで触れられてこなかった社宅の存在を明るみに出している。初田香成氏は、大都市におけるホワイトカラー中心の郊外住宅地と、地方都市におけるブルーカラー中心の社宅街が、近代が生み出した双子のニュータウンではないかと指摘する。だとすると、本書は知られざるニュータウン研究でもある。実際、社宅街の計画的な配置は、シャルル・フーリエら空想社会主義者の思想や、トニー・ガルニエの工業都市思想などを思い起こさせ、住宅史という観点からも、都市計画的な観点からも、社宅街は注目に値するだろう。特に、意外にも福利施設が充実しており、集会場や劇場などの施設もあったという点は興味深い。合理性を目指す企業が、住環境を重視していたことは、共同体意識の強い日本企業の特質を浮き彫りにしている。そして、社宅街は一種の研究が進むことが望まれる都市でもあり今後さらなる成果が期待される。

2010/02/20(土)(松田達)

カタログ&ブックス│2010年02月

展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。

荷風と明治の都市景観

著者:南明日香
発行日:2009年12月30日
発行:三省堂
価格:2,800円(税別)
サイズ:B5判

赤レンガが嫌いだったという、永井荷風の都市景観に対する考えをたどった一冊。何がよい建築とするのか、そしてどのようにして美しく都市を形成していくのか。それを明治という東京の原点となる時代から考えることができる。


WINDSWEPT WOMEN:老少女劇団

著者:やなぎみわ
発行日:2009年11月01日
発行:青幻社
価格:2,940円(税込)
サイズ:A4判

2009年ヴェネチア・ビエンナーレ日本館出品作家に選出され、いま日本で最も注目されるアーティスト、やなぎみわ。本書ではヴェネチア・ビエンナーレでの内側を解説。撮影風景や、写真の額の作りや、搬入設営など細かな部分にも焦点を当てる。


乾隆帝の幻玉──老北京骨董異聞

著者:劉一達
翻訳:多田麻美
発行日:2010年01月25日
発行:中央公論新社
価格:3,360円
サイズ:B5判

北京の旧市街地を縦横に走る横町、「胡同」を歩いていると、その昔ながらの風景や人々の今の暮らしぶりが目に入ってくる。そこでかつて繰り広げられていた物語を生き生きと想像しようとすると、意外と手掛かりは少ない。本書では、かつての胡同の文化、北京っ子たちの暮らしぶり、そこで生まれた豊かなドラマにもう一度触れることができる。作者である劉一達氏が、膨大な数の人々を丁寧にインタビューし、実に豊かなディテールを表現している。


レベッカ・ホルン

著者:東京都現代美術館
発行日:2009年11月
発行:中央公論新社
価格:2,800円
サイズ:B5判

2009年10月31日(土)から2010年2月14日(日)まで東京都現代美術館で行なわれていたレベッカ・ホルン展のカタログ。日本での初の個展ということで、28歳で参加した「ドクメンタ5」の初期の作品から、最新作まで映像・絵画・彫刻・インスタレーションを含む主要作品約130点を紹介。

2010/02/15(月)(artscape編集部)

笹岡啓子『PARK CITY』

発行所:インスクリプト

発行日:2009年12月24日

笹岡啓子は新宿・photographers’galleryの立ち上げ時からのメンバーのひとり。同ギャラリーを中心に個展の開催、グループ展への参加などの活動を積極的に続けて力をつけてきた。本書は彼女の最初の本格的な写真集であり、生まれ育った広島市にカメラを向けている。
『PARK CITY』というタイトルは、広島を、原爆記念公園を中心とする「公園都市」と見立てるという発想に由来する。いうまでもなく、記念公園一帯は1945年8月6日の原爆投下時の爆心地を含んでおり、かつては「グラウンド・ゼロ」の廃墟が広がっていた。笹岡の試みは現在の広島の眺めに過去の「空白」の光景を重ね合わせようとするものであり、それが画面全体をじわじわと浸食する黒い闇の領域によって表わされていると言えるだろう。
写真集の後半で、読者は原爆被災者の遺品などを収蔵した資料館の建物の中に導かれる。そのあたりから、この写真集の意図がはっきりと浮かび上がってくる。つまりこの写真集は、土門拳、東松照明、土田ヒロミ、石内都ら、先行する写真家たちによって行なわれてきた写真による原爆の記憶の継承を、現在形で受け継ごうとする試みなのだ。1978年生まれという、より若い世代によるその試行錯誤が成功しているかどうかは別として、作品自体は緊張感を孕んだ、密度の濃い映像群としてきちんと成立している。

2010/02/01(月)(飯沢耕太郎)

磯崎新+浅田彰編『ビルディングの終わり、アーキテクチュアの始まり』

発行所:鹿島出版会

発行日:2010年1月30日

本書は、全10回のAnyコンファレンスにおける定番の出し物、磯崎新と浅田彰による掛けあいのプレゼンテーションを再収録し、巻頭と巻末にそれぞれのエッセイを加えたものである。それぞれの討議から切り離して、二人によるトークの部分だけを改めて通読すると、そのときどきに磯崎が関与していた著作、プロジェクト、展覧会などをトピックとしつつ、浅田が注釈を入れるかたちで進行していたことがよくわかる。キーワードに注目すると、「デミウルゴス」「島」「ネットワーク」「分子的」などが挙げられるだろう。やはり、90年代の急激な情報化を引き受けつつも、建築の概念を問うている。Any会議の終了後、言説のシーンは変貌し、ゼロ年代において、アイコン建築やアルゴリズムの問題系が浮上するわけだが、そこへの助走として読むこともできるだろう。

2010/01/31(日)(五十嵐太郎)

磯崎新+浅田彰編『建築と哲学をめぐるセッション 1991-2008』

発行所:鹿島出版会

発行日:2010年1月30日

1990年代に行なわれた建築の国際会議シリーズ、Anyコンファレンスの日本語版のために行なわれた討議を収録したもの。いずれも会議の後で行なわれたものなので、各開催地での裏話や参加者のエピソードなど、磯崎と浅田の尽きることがない、おしゃべりが楽しめる。と同時に、1990年代の建築界において何が起きていたのかを振り返るための定点観測としても読めるだろう。デリダの脱構築からドゥルーズの流体的生成へ。そして獰猛なグローバル資本主義の台頭によって、理論やデザインが無効化し、コールハースだけが残った。本書の最終章「Anyコンファレンスが切り開いた地平」において、浅田が「新しい理論的な枠組みを示すというより、旧来の理論的な枠組みが瓦解していくプロセスを体現している」と総括しているのが、印象的だ。20世紀を看取るイベントだったのかもしない。

2010/01/31(日)(五十嵐太郎)