artscapeレビュー

書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー

『今日の建築』(Vol.001)

発行所:NAP建築設計事務所

発行日:2008年1月7日

中村拓志主宰のNAP建築設計事務所が発行するフリーペーパーNAP Timesの第二号として発刊。この号よりタイトルを「今日の建築」として、中村が建築家に連続インタビューをするという。Vol.001では、アトリエ・ワンの塚本由晴氏に「建築と社会」をテーマにロングインタビュー。現在、都内複数の書店などで手に入るほか、NAPのホームページからPDF版をダウンロードできる。二人のトーク自体、相当に面白いし、この手のフリーペーパーのなかで、デザインが群を抜いてよい。ところで、個人的には塚本と中村が「ふるまい」というキーワードで意見の大部分を共有している点が非常に興味深かった。生物の生態が「ふるまい」であり、塚本はそこから建物の「ふるまい」を考える。塚本は、「ふるまい」が面白いのは、生物の個体差を超えていく点だと指摘し、「繰り返し」や「反復」を前提にして「ふるまい」が生まれると語る。さらに塚本は、日本の変化し続ける住宅地から、変化してもその加速度は一定かもしれないという「動的なコンテクスト」を読み取り、そのなかにおける建築の可能性が示唆される。メタボリズムは、変化するコンテクストの状況に合わせて建物を新陳代謝させるため、つねにコンテクストの変化に対して遅れをとってしまう。しかし塚本のいう「動的コンテクスト」をふまえた建築というものは、コンテクストの時間的変化を先取りしているがゆえに、これまでの建築とは違うものになる可能性が語られる。塚本の射程は、個別の住宅の設計が、個別でありながらも都市的な風景を形作るような枠組みをつくることにも至っている。このような話はインタビューの一部に過ぎず、2万字に及ぶインタビューのなかに、いくつもの興味深いテーマを読み取ることが出来るだろう。今後の中村によるロングインタビューの展開も楽しみである。

2009/01/07(水)(松田達)

フランスで、ル・モンド紙『デザイン 999のプロダクト』(20巻)を連続刊行

昨年秋10月半ば頃、パリの街並にある屋外広告としてル・モンド紙が「デザイン 999の名品」を出版するという告知が大々的に展開された。内容は、過去200年に渡って作られた重要なプロダクトの中から999点を選んでまとめたものである。この出版は、近年、日本を含めて各国で見られる「デザイン・ブーム」がフランスにも到来していることを示している。ちょうどパリにいた筆者は、創刊号(10月24日)を求めて書店とキオスクを歩き回りやっと見つけた。ほとんど完売状態であった。フランスでは、創刊号以降、毎週、最後の20巻(2月27日)まで連続して刊行される(下記URL参照)。現在、12巻まで刊行されている。この出版物は、刊行のたびに現地の書店で求めることもできるが、ネットでまとめて購入することもできる。実は、この出版には元となる本がある。イギリスのPhaidon社が2006年に出版した『Phaidon Design Classics』(全3巻)である。プロダクトの百科全書といった内容で、大判の図版とともに魅力的で適切な解説が付いている。この出版を日本語化しようという出版社が出てくることを祈らずにはいられない。

Le Monde du Design  999 objet cultes
Phaidon Design Classics

2008/12/31(水)

石川直樹『VERNACULAR』/『Mt. Fuji』

VERNACULAR
発行所:赤々舎
発行日:2008.12.24
Mt. Fuji
発行所:リトルモア
発行日:2008.12.24

石川直樹も期待の若手写真家。「五大陸最高峰最年少登頂」という「冒険家」としての実績に加えて、昨年来写真集を立て続けに上梓し、『最後の冒険家』(集英社)で第6回開高健ノンフィクション賞を受賞して話題を集めるなど、各方面での活躍が目立つ。
『VERNACULAR』はその彼の新作写真集。フランス、エチオピア、ベニン、カナダ、ペルー、ボリビア、さらに沖縄の波照間島、岐阜県の白川郷などを巡り、その土地に固有の住居の姿を、ほぼ正面から記念写真を撮影するように捉えている。たしかに人がどのように家を建てて住みつくかを比較することで、「VERNACULAR」すなわち風土性、地域性、土着性のあり方を探るという石川の狙いは的確であり、スケールの大きな構想力とプロジェクトをきちんと実行していく優れた能力を感じさせる。ただし肝心の写真そのものに、弱々しく、緊張感を欠いているものが多いように思えてならない。旅の途上で撮られたプライヴェートなスナップを、主題となる写真のあいだに散りばめていく構成は、前作の『NEW DIMENSION』(赤々舎、2007)以来のものだが、その腰の据わらなさが逆効果になっている気がするのだ。
その点では同時発売された『Mt. Fuji』の方が、写真集としての構成はすっきりしている。19歳での初登頂以来、20回以上登っているという経験の積み重ねが、地を這うような登山者の視点へのこだわりにうまく結びついている。だがこの写真集でも、後半部分に祭りや寝袋などの写真が出てくるとイメージが拡散してしまう。石川にいま必要なのは、言いたいことを全部詰め込むのではなく、むしろ抑制し、集中力を高めていくことなのではないだろうか。

2008/12/31(水)(飯沢耕太郎)

島尾伸三『中華幻紀』

発行所:usimaoda
発売:オシリス
発行日:2008.9.9

やや前に刊行された写真集だが、何度見直しても、不思議な微光を放っているような魅力的な作品群なのでここで紹介しておきたい。
島尾伸三は1981年から妻で写真家の潮田登久子とともに、中国各地を巡る旅に出かけるようになった。それから30年近く、年に数回のペースで続けられてきた旅の合間に撮影されたスナップショットを一冊にまとめたのが、この『中華幻紀』である。オールカラー、264ページ、ハードカバーの堂々たる造本だが、出版の資金は「つましい両親と優しい妹が残した土地を売って」作ったのだという。
旅といってもとりたてて目的があるわけではなく、島尾の視線はひたすらふらふらと路上をさまよい、裏通りや路地の奥へ奥へと入り込んでいく。そこで何気なく見出された、どこか既視感を誘う光景の集積、だがページをめくるうちに、なぜか魔物にでもひっさらわれてしまいそうな不穏な気配が漂いはじめる。たしかにどこにでもありそうな見慣れた眺めなのだが、そのあちこちに異界への裂け目が顔を覗かせているのだ。
その印象をより強めているのが、写真に付されたキャプションである。1980年代の「生活」シリーズ以来の島尾の得意技なのだが、その「朝が来るたびに死から蘇る神経は、覚醒に無頓着のままです」「時として、幻覚は現実に勝る実感を第三信号系にもたらし」といった謎めいた文言を読むと、宙吊りにされるような感覚がより昂進する。島尾の父である島尾敏雄は、夢の世界のリアリティを巧みに描き出す技術に優れた作家だった。その血脈がしっかりと受け継がれているということだろうか。

2008/12/31(水)(飯沢耕太郎)

橋本憲一郎+山中新太郎『「まちづくり」のアイデアボックス』

発行所:彰国社
発行日:2009年1月

「まちづくり」に関する24の事例紹介。大きく、「はじめる」「つなげる」「つづける」という三部に分かれる。まちづくりの本というと、手に取るべき人──例えば実際にまちづくりに関わっている人──は手に取るかもしれない。だが、そもそも興味のない人は、おそらくタイトルを見てスルーしてしまうだろう。しかし、そこで立ち止まってほしい。この本は二人の建築家が中心となって、設計者の視点でまちづくりの何に関わることが出来るのかということが書かれている。事例紹介とセットになった、より一般的な視点からのエッセイも分かりやすい。まちづくりに携わった建築家が何を考えて、またどのような意識で行動していったかということが分かり、素晴らしい。2000年以降における、日本の注目すべきまちづくり事例のうち、より建築と関連深いものが、かなり網羅的に紹介されている。

2008/12/25(木)(松田達)