artscapeレビュー
書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー
『Arup Japan 建築のトータル・ソリューションをめざして』
発行所:誠文堂新光社
発行日:2009年4月24日
会期が少なかったために、残念ながらアラップ・ジャパンの日本事務所設立20周年記念の展覧会は見逃したが、本書を読むと、その全容がうかがえる。構造だけではない。設備や環境までを含む、トータルな最先鋭のエンジニアリング集団が、建築家と対話をしながら、何にとりくんでいるかがよくわかる。内容も、座談会形式で語られているので、読みやすい。テクノロジーが牽引する近年の建築デザインの状況を鑑みると、アラップの存在感はさらに増しているだろう。個人的には、大学の同期だった小栗新が、どういう活躍をしているかもうかがえて興味深い。
2009/05/31(日)(五十嵐太郎)
奥佳弥『リートフェルトの建築』
発行所:TOTO出版
発行日:2009年2月28日
オランダの近代建築研究者である奥佳弥が企画した本であり、それに応えて写真家のキム・ズワルツが協力し、本国でも出ていないリートフェルトの総合的な作品集が刊行された。リートフェルトと言えば、どうしても珠玉の《シュレーダー邸》を思いだすが、これはそれ以外の作品と活動の全貌を網羅的に紹介していることが特徴だ。家具から住宅へ。そしてさまざまな生活の空間のデザイン。戦後になって、ようやく公共施設も手がけるようになった彼の生涯を数多くの写真とともにたどることができる。
2009/05/31(日)(五十嵐太郎)
青木茂『団地をリファインしよう。』
発行所:リファイン建築研究会
発行日:2009年5月
リファイン建築で一躍注目を浴び、ついには大学の先生にもなった青木茂の本である。建築系ラジオのインタビューでも語っているように、学生への教科書にも使えることを想定してつくられたものだ。本当はすごい構造に詳しいのだけど、ここではそれをセーブして、学生、いや一般のひとにも団地をリファインできる可能性を想像させるような本になっている。みかんぐみの団地再生本に続く重要なコンテンツだ。しかしこちらは大判の写真で、もっとストレートに視覚に訴えかける。
2009/05/31(日)(五十嵐太郎)
『凸と凹と 竹中工務店設計部のなかみ』
発行所:美術出版社
発行日:2009年3月20日
大手ゼネコンの竹中工務店の本である。だが、よくあるようなキレイな竣工写真を並べた立派な作品集ではない。美術出版社から刊行されているだけではなく、ぽむ企画らが企画協力に入っている。会社という仮面を外し、ああ、こんな人が設計しているんだという顔が見えるところが、この本の特徴だ。文章はまだ堅い部分が残っているけど、思い切った形式に拍手を送りたい。最後には、設計した学園の生徒代表の作文も収録している。
2009/05/31(日)(五十嵐太郎)
森口将之『パリ流 環境社会への挑戦──モビリティ・ライフスタイル・まちづくり』
発行所:鹿島出版会
発行日:2009年5月30日
現在、モビリティという側面から急変貌しているパリを、自動車ジャーナリストである森口将之氏が描いた。パリは2007年にヴェリブと呼ばれるレンタサイクルを導入し、これまで市内でほとんど見なかった自転車が一気に普及した。すでに2万台の自転車と1,000カ所近くのステーションが設置されているという。2007年にはもう一つ大きな変化が起こっており、本格的なカーシェアリング・システムが動き出した。カーシェアリングは、タクシー(短距離)とレンタカー(長距離)の間を埋めるもの(中距離)として位置づけられることによって、その登場に必然性も与えられた。さらにトラムの復活やセーヌ川ビーチなどの試みもあわせ、近年のパリの環境都市への変貌を追跡する。フランスはこれまで環境に対して必ずしも積極的な動きを見せる国ではなかった。1992年のリオデジャネイロにおけるアジェンダ21宣言に対しても反応は鈍かった。しかしパリでは、ベルトラン・ドラノエが2001年に市長に就任してからさまざまな変化が起こっている。本書はその成果をモビリティとエコを中心とした視点からまとめたものともいえるが、パリ以外の地方都市などフランス全体の動きにも触れられており、示唆が多い。
ヨーロッパの都市に住むと、なんと変化の遅いことだろうと、多くの日本人は感じるかもしれない。スクラップ・アンド・ビルドの激しい日本の都市は、表面的にはめまぐるしく変化しているように見えるけれども、一方で都市全体の構造的な変化は起こりにくい。しかし、ヨーロッパの都市では時にこういう大胆な変化が起こる。ストラスブールにトラムが導入されたときも、たった15年程度で都市全体が生まれ変わったという。もちろん、石造りの旧市街地を持つヨーロッパと、日本の都市を簡単に比較することはできない。しかし、ここで触れられた変化は交通機関に関するものであり、日本の都市が参考にできる点は多いのではないだろうか。
2009/05/30(土)(松田達)