artscapeレビュー

書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー

『アルゴリズミック・デザイン──建築・都市の新しい設計手法』

発行所:鹿島出版会

発行日:2009年3月30日

日本建築学会において、建築家、計画・構造分野の研究者が集まってできた、アルゴリズミック・デザインに関する本。『10+1』No.48のアルゴリズム特集が批評的にアルゴリズムを追っているのに対して、こちらはアルゴリズムの技術的な側面により焦点を当てている。そもそも「アルゴリズム」は、まだ建築界では生まれて間もない言葉。しかし、本書では過去にさかのぼって、さまざまな建築作品や研究成果をアルゴリズムというキーワードのもとに星座のように再配置する(五十嵐太郎)。
渡辺誠、磯崎新、伊東豊雄、また若手では石上純也、松川昌平らの作品がアルゴリズムという観点から説明される。しかし本書が特に興味深いのは、作品紹介をするだけではなく、今後、建築や都市に適用可能なアルゴリズム関連の技術を紹介している点だと思われる。セルオートマトン、カオス、フラクタル、自己組織化など複雑系科学から感性工学にいたるまで、新しい研究の可能性が紹介される。すなわち表面的なデザインのための道具ではなく、建築や都市を考える新しい思考の枠組みの新しい段階としてアルゴリズムを示しているという意味で、本書の射程は非常に長い。項目一つひとつは数ページで読みやすく、数々のヒントが隠されている。

2009/05/28(木)(松田達)

坂牛卓『建築の規則──現代建築を創り・読み解く可能性』

発行所:ナカニシヤ出版

発行日:2008年6月19日

坂牛卓さんに直接お会いするしばらく前に、南泰裕さんからいただいた。実は読み始めるまでは、タイトルの重さと目次の厳格さに、ちょっと恐れをなしてしまい、なかなか手がつけられなかった。構成が厳密であるほど、全体性を想像しながら読む必要があるので、なかなかその心構えができなかったのだ。しかし実際のところ、本書はふと読み始めてみると、意外なほど読みやすい本であることが分かってきた。それほど部分と全体との関係性を深く考えずとも読み進めていける。いってみれば、ビッグネスの論理のように、形式と内容が厳密には対応していない。しかし、そのことによって多くの解読口が、外部へと開かれているというオープンな本なのである。
本書は坂牛氏の博士論文をベースにしているが、その構造はワインのテイスティングに発想を得ているようだ。建築とワインというと、かなり距離があるようだけれども、ワインには「甘い・辛い」「重い・軽い」といったようなモノサシが多様にあり、そのどちらの価値が高いわけではない。その評価方法は建築とも共通性があるという。ワインの指標と同じように、建築から9つの設計指標を抽出し、それが坂牛氏のいう9つの「建築の規則」となっている。だから9つの規則のどこから読み始めてもよいし、各々は独立していて他の部分を読まなければ理解できないというわけではない。もちろん本書は簡単な本ではない。坂牛氏の長年の探求の蓄積が高密度に展開されており、初学者でなくとも読み進めるのが難しい部分も多くあるだろう。しかし、そんなことを気にせずどんどん飛ばしていっても読める本なのである。個別のどの章や節から読み始めても、そこから多くの知見を得られる。いってみれば線的に読むよりも平面的に読むことを要求しているような本であり、テキストの構造としても興味深い。

2009/05/24(日)(松田達)

吉永マサユキ『若き日本人の肖像』

発行所:リトルモア

発行日:2009年5月30日

吉永マサユキのこの写真集はとてもいい。何がいいかといえば、「集合写真」というシンプルきわまりない、だが実に大きな可能性を秘めた方法論をこれだと定め、まっすぐ、迷いなく、10年以上にわたって取り組んでいること。これだけの量の写真を、被写体となる人物たちとコミュニケーションをとりつつ撮り続けるのには、途方もないエネルギーが必要となるだろう。それだけでなく、それがどこをどう切り取っても、吉永マサユキという写真家以外には絶対に不可能なレベルにまで達していることが凄い。
さまざまな状況において、さまざまな日本人が集団として彼のカメラの前に並んでいる。それを衒いなく撮影しているだけだが、そこから湧き出してくる情報の質はただ事ではない。怪しさも、みすぼらしさも、能天気さも全部ひっくるめて、これはたしかに『若き日本人の肖像』以外の何ものでもないと納得させる説得力が、ページの隅々にまで満ちあふれている。まぎれもなく彼の代表作となる写真集だろう。
清水穣が写真集の解説で、吉永の写真について「過剰な男のアイデンティティから、日本男『性』という典型を形成すると、恐ろしくも可笑しいエロスが漲る」と喝破しているが、これはまったく同感。いうまでもなく、この「エロス」は性的な意味合いだけではなく、自己と他者の境界線すら破壊してしまう、噴出する生のエネルギーの波動のことだ。

2009/05/15(金)(飯沢耕太郎)

カタログ&ブックス│2009年5月

 

展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。

TSE SU-MEI

発行日:2009年3月31日
編集:浅井俊裕、高橋瑞木
翻訳:西沢三紀、高橋瑞木
発行:水戸芸術館現代センター
サイズ:B4判、87頁(カラー)

ルクセンブルグ出身の新進気鋭作家ツェ・スーメイ(Tse Su-Mei, 1973-)。彼女は2003年のベニスビエンナーレでルクセンブルグ館に金獅子賞をもたらして以来、世界各地の個展や企画展に招待されている、今もっとも注目すべきアーティストである。イギリス人ピアニストの母と中国人バイオリニストの父の間に生まれ、自身もチェロ奏者でもあるスーメイは、音楽や音、東西文化やアイデンティティをテーマとした作品を作っている。本カタログは、こうした真摯なテーマを知的なユーモアを交えてスマートに表現した、ビデオインスタレーション、彫刻、写真などにより構成され、日本初の個展である水戸芸術館現代美術館ギャラリーで行われた展示を記載したものである。


取出アートプロジェクト2008記録集

発行日:2009年4月10日
編集:岩崎美冴
監修:渡辺好明
翻訳:五十嵐ひろ美
デザイン:森垣賢
定価:1,500円(税別)

取手アートプロジェクト(TAP=TorideArtProject略)は、1999年より市民と取手市、東京芸術大学の三者が共同で行なっているアートプロジェクトです。若いアーティストたちの創作発表活動を支援し、市民のみなさんに広く芸術とふれあう機会を提供することで、取手が文化都市として発展していくことをめざします。本書は記念すべき10年目の取手井野団地を舞台に繰り広げられたTAP2008の記録集。おまけDVD付き。


六本木にオオカミを放て!『六森未来図』プロジェクト

発行日:2009年3月26日
編集:鴻池朋子、佐々木瞳、白濱恵里子、白木栄世、藤川悠
表紙、挿絵:鴻池朋子
寄稿:坂本里英子
デザイン:内川たくや
翻訳:有限会社フォンテーヌ
発行:森美術館

鴻池朋子氏と森美術館のパブリックプログラムの新しいプロジェクトである、『六森未来図』プロジェクト第1章から最終章までをまとめた一冊。


photographers'gallery press no.8

発行日:2009年4月30日
発行責任:北島敬三
編集責任:大友真志
デザイン:田中勲
発行:photographers'gallery
サイズ:B5判、400頁
定価:3,990円(税込)

戦後の日本写真史に強い影響を与えながらも、いまだその全貌を知られることのなかった北海道写真の先者、田本研造。函館港開港150周年にあたる今年、本誌では田本および田本写真館撮影とされる開拓当時の函館・札幌の様子を伝える写真、496点を一挙掲載。北海道写真や明治期の写真を読み解く精鋭な論考とあわせ、田本研造の全貌に迫ります。


現代美術のキーワード100

発行日:2009年4月10日
著者:暮沢剛巳
発行所:株式会社筑摩書房
サイズ:新書判、256頁(モノクロ)
定価:780円(税込)

時代の思潮や文化との関わりが深い現代美術の世界を、タテ軸(歴史)とヨコ軸(コンセプト)から縦横無尽に読み解く。アートを観る視点が100個増えるキーワード集。[筑摩書房サイトより]



福沢諭吉と近代美術

発行日:2009年3月31日
編集、発行:慶応義塾大学アート・センター
定価:700円(税込)

「芸術」という領域は従来の福澤諭吉研究史において決定的に欠落した領域である。本特集号はその意味で、「福澤諭吉と美術」をテーマとする福沢諭吉研究史上おそらくはじめての挑戦的な試みを記載した書である。







デジタル化以後の写真を考える

発行日:2009年4月1日
編者:小林のりお・佐藤淳一・大嶋浩・高橋明洋
発行所:株式会社瀬誠文堂新光社
サイズ:B5判、91頁(モノクロ)

本冊子は、武蔵野美術大学2008年度共同研究助成「デジタル化以後における写真─離散的イメージの研究」の一年間にわたる共同研究の成果及びその報告書である。 デジタル化以後の写真表現がどのようなものになっていくのか、あるいはデジタル化以後の写真教育はどのように変わる必要があるのか。21世紀の写真表現のあり方について、その問いかけの端緒になればと考えられ、作られた冊子である。


アルゴリズミック・デザイン

発行日:2009年3月30日
編者:日本建築学会
ブックデザイン:伊東滋章
発行:鹿島出版
サイズ:A5判、182頁(モノクロ/カラー)
定価:2,800円(税込)

「アルゴリズミック・デザイン」は設計の自動化ツールではない。想像力を拘束する枷を解いて、直観的総合力を発揮するための「協力者」なのである。 本書は、アルゴリズミック・デザイン」を、「要求される課題を解くためのアルゴリズムを用い、解答としての形態や構成を生成する、設計方法」と定義しており、建築家と計画・構造分野の研究者が一堂に会し、困難な議論を乗り越えて生まれた新しい書である。


Arup Japan

発行日:2009年4月24日
編者:鍋島憲司・田中陽輔
編者製作:有限会社メディア・デザイン研究所
発行所:株式会社瀬誠文堂新光社
サイズ:210x166mm、287頁(カラー)
定価:3,000円(税込)

Arupとは何か。20世紀を代表する英国の構造エンジニアであるオーウ゛・アラップの名を冠する企業として主に建築構造部門で活躍し、20世紀を代表する数々の名建築の実現に、技術面で貢献してきたエンジニア集団であることは広く知られているだろう。 本書はArupの多面的な活動と組織運営の姿を、Arupの日本における拠点でもあるArupJapanの仕事に焦点をあてることによって描き出すことを目指している。


アニミズム周辺紀行3

発行日:2009年4月10日
編集:渡邊大志、丹羽太一、太田厚子
発行所:石山修武研究室 絶版書房II
サイズ:A5判、104頁(モノクロ)
定価:2,500円(税込)

アニミズム周辺紀行1、2の続編。全104ページ。400部限定。2,500円。 400冊全てに石山修武のオリジナルドローイング一点が手描きで描き込まれます。[絶版書房IIサイトより]


SUMIKA Project 現代のプリミティブな住処

発行日:2009年3月25日
編集長:四方裕
発行所:株式会社新建築社
サイズ:A4変形判、128頁(カラー)
定価:2,000円(税込)

建築環境デザインコンペティションで審査委員長を務める伊東豊雄氏に総合プロデュースを依頼し、伊東氏が設計する見学パヴィリオンと、藤森照信氏、西沢大良氏、藤本壮介氏による「プリミティブ」な感覚を呼び覚ますような五感で感じる住宅3棟を建設する「SUMIKA Project」。 多くの写真や図版による作品紹介をはじめ、4名の建築家によって議論を重ねたワークショップや座談会など。SUMIKA Projectの全てを集約した一冊。

2009/05/15(金)(artscape編集部)

『凸と凹と 竹中工務店設計部のなかみ』

発行所:美術出版社

発行日:2009年3月20日

編者の長谷川直子さんからいただいた。本書は竹中工務店の作品集ではない。そして単なる読み物でもない。その中間的とでも言ったらよいだろうか。竹中工務店の本だと思って開いてみると意表をつかれる。しかし、建築の写真よりも文字が多い。図面は多くない。そして建築作品よりも、むしろ竹中工務店の担当設計者に焦点が当てられているともいえる。しかも上層部ではなく40代を中心とした若手にである。そして「がらがらぽん」「ひとつ屋根の下で」など、各節のタイトルがえらくキャッチーだ。いったんこの本は何の本なのだろう? と疑問がよぎる。そう思った瞬間には、すでにこの本の術中にあるのかもしれない。すでに引き込まれてしまっている。そもそもタイトルの「凸と凹と」とは何なのか……?
建築が凸だとしたら、社会(のリアクション)が凹なのだそうだ。凹が建築だとしたら、そこに凸という人がおさまっていくのだそうだ。だから本書は建築だけの本ではない。建築をめぐって、社会と人がどのように関わっているのか。「『仲介者』としての建物」という項目があったが、まさに社会と人の接点として建築が捉えられているといえる。各項では分かりやすく建築が紹介されつつ、担当設計者がどうプロジェクトを捉え、どう解決していったのか、建物の社会的意義をどう考えたのか、といったところまで、かなり詳細に記述される。
はたしてこの本の仕掛人は? 奥付の手前のページを見て納得がいく。企画協力でぽむ企画の二人(たかぎみ江さんと平塚桂さん)、取材・執筆で磯達雄さん(フリックスタジオ)、境洋人さんらが入っている。なるほど、はずし加減とまとめ方がうまい。ゼネコンの本らしからぬ構成をとることによって、スーパーゼネコンのなかにおける竹中工務店の独自性が表現されているだろう。そして、こういう本を公認で出してもいいんだという、竹中工務店の自由度も伝わってくる。
ところで終わりの方にデザイン・レビューの話が書いてあって、これは特に興味深かった。いかにして竹中の設計部で物事が決定されていくのか。二段階の厳しい社内審査のプロセスについて触れられている。プリンシパルアーキテクトの川北英氏によれば、竹中工務店の作品は、「竹中の○○」という組織と個人が合体した主体によって生み出されているという。単なる「商品」ではなく「作品」である。そして組織が全責任を持つが、結局は個人の頑張りと価値観であるという。だから本書には多くの竹中の設計者が個人名で現われている。こうした試みを長年続けている竹中工務店設計部の「なかみ」を知ることのできる、最良の本であるのではないだろうか。

2009/04/29(水)(松田達)