2019年11月15日号
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artscapeレビュー

島尾伸三『中華幻紀』

2009年01月15日号

発行所:usimaoda
発売:オシリス
発行日:2008.9.9

やや前に刊行された写真集だが、何度見直しても、不思議な微光を放っているような魅力的な作品群なのでここで紹介しておきたい。
島尾伸三は1981年から妻で写真家の潮田登久子とともに、中国各地を巡る旅に出かけるようになった。それから30年近く、年に数回のペースで続けられてきた旅の合間に撮影されたスナップショットを一冊にまとめたのが、この『中華幻紀』である。オールカラー、264ページ、ハードカバーの堂々たる造本だが、出版の資金は「つましい両親と優しい妹が残した土地を売って」作ったのだという。
旅といってもとりたてて目的があるわけではなく、島尾の視線はひたすらふらふらと路上をさまよい、裏通りや路地の奥へ奥へと入り込んでいく。そこで何気なく見出された、どこか既視感を誘う光景の集積、だがページをめくるうちに、なぜか魔物にでもひっさらわれてしまいそうな不穏な気配が漂いはじめる。たしかにどこにでもありそうな見慣れた眺めなのだが、そのあちこちに異界への裂け目が顔を覗かせているのだ。
その印象をより強めているのが、写真に付されたキャプションである。1980年代の「生活」シリーズ以来の島尾の得意技なのだが、その「朝が来るたびに死から蘇る神経は、覚醒に無頓着のままです」「時として、幻覚は現実に勝る実感を第三信号系にもたらし」といった謎めいた文言を読むと、宙吊りにされるような感覚がより昂進する。島尾の父である島尾敏雄は、夢の世界のリアリティを巧みに描き出す技術に優れた作家だった。その血脈がしっかりと受け継がれているということだろうか。

2008/12/31(水)(飯沢耕太郎)

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