artscapeレビュー

書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー

大道兄弟『My name is my name is…』

発行所:桜の花本舗

発行日:2021/09/16

毎月、たくさんの写真集が送られてくる。だが、ほとんどが自費出版のそれらの写真集のなかで、何か書いてみたいと思わせるものはそれほど多くない。大道兄弟という未知の二人組が、自分たちの写真をまとめた『My name is my name is…』も、最初はなんとなく見過ごしていたのだが、そのうちじわじわと視界に入ってきて、気になる一冊として浮上していた。

どうやら二人は1994年山梨県生まれ、大阪府堺市育ちの双子の兄弟(YukiとKoki)のようだ。赤々舎などでアルバイトをしながら、写真を撮り続け、Zineを既に40冊余り出している。『My name is my name is…』が最初の本格的な写真集である。モノクロ、カラーが入り混じり、被写体との距離感もバラバラだが、どこか共通の質感を感じさせる写真が並ぶ。特に、人の写真にその眼差しの質がよく表われていて、真っ直ぐに向き合いつつも、暴力的にねじ伏せようとはしていない。共感をベースにしながらも、なかなかそれを伝えることができないもどかしさと、コミュニケーションへの切実な渇望が写真に表われている。と思うと、そっけない、だが体温を感じさせるモノの写真もあり、被写体をあまり厳密に定めてはいないようだ。まだ海のものとも山のものともつかないが、写真を通じて世界と深くかかわっていこうとする、ポジティブな意欲が伝わってくる写真が多かった。

どれがYukiの写真でどれがKokiの写真かは、あえて明確にしていない。「兄弟」というユニットに徹することで、個人作業を超えた共同性が芽生えつつあるのが逆に興味深い。可能性を感じさせる一冊だった。

2021/12/07(火)(飯沢耕太郎)

藤岡亜弥『アヤ子江古田気分/my life as a dog』

発行所:私家版(発売=ふげん社ほか)

発行日:2021/09/16

藤岡亜弥は1990年から94年にかけて、日本大学芸術学部写真学科の学生として、東京・江古田に住んでいた。今回、彼女が刊行した2冊組の小写真集は、主にその時代に撮影した写真をまとめたものだ。『アヤ子江古田気分』には、「木造の古い一軒家の2階の八畳ひと間」に大学卒業後も含めて8年間住んでいた頃のスナップ写真が、大家の「82歳のおばあさん」との暮らしの記憶を綴った文章とともに収められている。『my life as a dog』は、「大学生のときに夢中になって撮った」という子供たちの写真を集めたものだ。

どちらも彼女の後年の作品、『私は眠らない』(赤々舎、2009)や第43回木村伊兵衛写真賞を受賞した『川はゆく』(赤々舎、2017)と比べれば、「若書き」といえるだろう。とはいえ、奇妙に間を外した写真が並ぶ『アヤ子江古田気分』や、牛腸茂雄の仕事を思わせるところがある『my life as a dog』のページを繰っていると、混沌とした視覚世界が少しずつくっきりと像を結び、まぎれもなく一人の写真家の世界として形をとっていくプロセスが、ありありと浮かび上がってくるように感じる。「若書き」とはいえ、そこにはまぎれもなく藤岡亜弥の写真としかいいようのない「気分」が漂っているのだ。

木村伊兵衛写真賞受賞後、広島県東広島市に移住した藤岡は、いま、次のステップに向けてのもがきの時期を過ごしているようだ。写真学科の学生時代をふりかえることも、その脱皮のプロセスの一環といえるのだろう。だがそれとは別に、2冊の写真集をそのままストレートに楽しむこともできる。笑いと悲哀とが同居し、どこか死の匂いが漂う写真たちが、じわじわと心に食い込んでくる。

2021/12/06(月)(飯沢耕太郎)

川野里子『新装版 幻想の重量──葛原妙子の戦後短歌』

発行所:書肆侃侃房

発行日:2021/08/01

葛原妙子(1907-1985)は、戦後日本の短歌界のなかでも突出した歌人のひとりである。本書はつい先ごろ刊行された『葛原妙子歌集』(書肆侃侃房、2021)の編者も務めた著者・川野里子による、この歌人についての充実した評論である。本書はもともと2009年に本阿弥書店から刊行されたものだが、このたび前掲の『葛原妙子歌集』と同じ版元から復刊の運びとなった。

本書『幻想の重量』はすでに10年以上前の書物になるが、全十章、補論、インタビューからなるその内容はいささかも古びておらず、葛原妙子の生涯と作品についてきわめて多くのことを教えてくれる。それは本書において、①葛原の短歌そのものの鑑賞・批評、②葛原の実人生をめぐる評伝、③葛原が身を置いていた戦後の短歌界の状況整理が、それぞれ絶妙なバランスで織り交ぜられているからだろう。全体として本書は、これまで葛原の形容として用いられてきた「幻視の女王」「魔女」「ミュータント」といったさまざまなクリシェに抗いつつ、ある新しい「葛原妙子」像を示すことに成功している。そのさい、必然的に葛原その人の実人生が問題にされることも多いのだが、かといってしばしば言挙げされるその個性的な言動が殊更に強調されるのでもなく、あくまで作品の鑑賞・批評に主眼がおかれていることも特筆すべきである。

そのなかで、個人的に注目したいのは葛原妙子と塚本邦雄の比較論である。しばしば戦後最大の歌人として並び称されるこの二人は、むろん類似する問題意識を抱えていたとはいえ、その作風にはすくなからぬ違いもあった。これまで葛原は、塚本とともに「難解派」と一括りにされ、前衛短歌運動の「伴走者」や「倍音的存在」(133頁)と見なされるなど、その類縁性ばかりが強調されるうらみがあった。だが、本書第五章「前衛短歌運動との距離」は、葛原・塚本のそれぞれに対する発言や、その周囲の状況を注意ぶかく拾っていくことで、「反写実」という点では一致しながら、韻律や喩法といった技術論をめぐって、葛原と塚本、さらには前衛短歌運動とのあいだにすくなからぬ距離があったという事実を鮮やかに示してみせる。

そしてもうひとつ、本書がもっとも力を注いだと思われるのが、戦後短歌における「女性」の問題である。それはかならずしも、葛原が昭和24(1949)年創刊の『女人短歌』に関わっていたという一事に起因するものではない。女人短歌会のメンバーであるなしにかかわらず、戦後の短歌界における女性たちの不遇が、本書では当時のさまざまな資料を通じて明らかにされる。とはいえその目的は、たんに当時の男性歌人による無理解や抑圧を指弾することにあるのではない。そこでは、倉地與年子、中城ふみ子、森岡貞香らとの関わりを通して、葛原妙子をはじめとする戦後の女性歌人による抵抗と連帯の諸相が立体的に示されていくのである。

さらに前述の問題は、戦後短歌において語り落とすことのできない「戦争体験」の問題にも大きな視点の転換を迫るだろう。とりわけ、戦前・戦中を豊かな家庭の主婦として過ごした葛原は、戦後の作品において同時代の悲惨な現実との乖離を指摘されることもあった。しかし本書は、この歌人に刻まれた戦争の刻印を、作品批評を通じてするどく浮き彫りにしている。とりわけそれは、従来もっぱら「男」の視点から記述されてきた戦争体験を「女」の側から語りなおそうとする、第二章「『橙黄』誕生」や第三章「身体表現と戦後」において、より普遍的な問題へと転じている。そのように考えてみると、本書の副題にみえる「戦後短歌」の言葉も、たんなる時代区分として選ばれたものではないと思わされる。本書は、葛原妙子を通じて「戦後短歌」そのものの風景を書き換えようとする、きわめて野心的な試みなのである。

2021/12/06(月)(星野太)

髙山花子『モーリス・ブランショ──レシの思想』

発行所:水声社

発行日:2021/09/30

モーリス・ブランショ(1907-2003)がこの世を去ってまもなく20年になるが、この間、本国フランスはもちろん日本でも、この謎めいた作家・批評家をめぐってさまざまな研究書や論文が公にされてきた。ここではさしあたり、郷原佳以『文学のミニマル・イメージ──モーリス・ブランショ論』(左右社、2011)、クリストフ・ビダン『モーリス・ブランショ──不可視のパートナー』(上田和彦ほか訳、水声社、2014)をその代表的なものとして挙げておこう。また、『謎の男トマ[一九四一年初版]』(門間広明訳、月曜社、2014)、『終わりなき対話』(湯浅博雄ほか訳、全3巻、筑摩書房、2016-2017)、『文学時評1941-1944』(郷原佳以ほか訳、水声社、2021)をはじめとするブランショ本人のテクストも、この期間を通じて陸続と訳出されている。

そうした一連の流れのなかにある本書は、ブランショの膨大なテクストを「レシ(récit)」というキーワードひとつによって論じきったものである。「レシ」とは、基本的に「物語」という日本語に対応するフランス語だが、ブランショはこの言葉をいくぶん特殊な意味で用いたことで知られる。では、その内実はいかなるものであり、なおかつブランショその人のなかでいかなる変遷をみたのか──それこそが、本書を牽引する最大の問いである。

前述のように、フランス語の「レシ」はふつう「物語」を意味する。しかしブランショのテクストにおいて、それは「出来事そのもの」という意味を与えられたり、場合によっては「歌」や「叙事詩」を含む広範な対象を指すために用いられたりもする。わけても、1960年代のブランショにおける「レシ」とは、論証的な言語とは異なる非論証的な言語──ないし「非連続の連続」──として特徴づけられるものであった。本書は、こうしたブランショの「レシ」の思想の核心と変遷を、おおむね時代順にたどることで明らかにするものである。その読解の対象は、『謎のトマ』をはじめとするブランショその人の作品と、カフカをはじめとするほかの作家を論じた文芸批評の双方にまたがっている。

一読者として興味をひかれたのは、ブランショにおけるこうした「レシ」の思想が、ひとりの作家のモノグラフであることを超えて、今後どのような視界を開いてくれるのかということだ。本書そのものは、学術的な作法に則って書かれた堅実な研究書であり、その目的はあくまでもブランショにおける「レシ」の思想を明らかにすることにある。他方、著者も序章で書いているように、この言葉はポール・リクール(『時間と物語』)やジャン=フランソワ・リオタール(『ポスト・モダンの条件』)らのテクストにしばしば登場するキーワードでもあり、ここから「物語=レシ」の概念を軸としたフランス現代思想史を夢想することも不可能ではない。そのためのさまざまなヒントが、本書の端々には散りばめられている。全体を通して、博士論文をもとにしているがゆえの生硬さは否みがたいが、これまで思想的なキーワードとして論じられることの少なかった「レシ」という言葉に光を当てたところに、本書の最大の美点があると言えるだろう。

2021/12/06(月)(星野太)

カタログ&ブックス | 2021年12月1日号[テーマ:妖怪]

テーマに沿って、アートやデザインにまつわる書籍の購買冊数ランキングをartscape編集部が紹介します。今回のテーマは、豊田市美術館で開催中の「ホー・ツーニェン 百鬼夜行」にちなんで「妖怪」。このキーワードに関連する、書籍の購買冊数ランキングをお楽しみください。
ハイブリッド型総合書店honto調べ。書籍の詳細情報はhontoサイトより転載。
※本ランキングで紹介した書籍は在庫切れの場合がございますのでご了承ください。

「妖怪」関連書籍 購買冊数トップ10

1位:シネマスクエア vol.128
平野紫耀『かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜ファイナル』 北山宏光/橋本良亮/重岡大毅/岸優太 (HINODE MOOK)

編集・発行:日之出出版
発売日:2021年7月1日
サイズ:30cm、114ページ

『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~ ファイナル』平野紫耀/河合勇人 監督
『妖怪大戦争 ガーディアンズ』赤楚衛二
『サマーフィルムにのって』金子大地
ほか掲載


2位:まんが訳 稲生物怪録(ちくま新書)

監修:大塚英志
編集:山本忠宏
発行:筑摩書房
発売日:2021年10月7日
サイズ:18cm、222ページ

絵巻物がまんがで読める! 大好評第二弾は、妖怪ファン垂涎の江戸怪談の名作。化物屋敷で夜な夜な妖怪と遭遇する、平太郎少年の運命は──。木場貴俊解説。
時は江戸、寛延二年。備後国三次の武家の子息で、一六歳の稲生平太郎は、肝試しのため比熊山に入った。その山にある「天狗杉」に触れると、物怪の祟りがあるという。果たして山を下りた平太郎の住む屋敷を、一カ月にわたって様々な怪異が襲う──。じわりと怖い、でもどこかユーモラス。江戸時代に実話として流布し、泉鏡花や水木しげるも愛した怪談「稲生物怪録(いのうもののけろく)」を、まんがで楽しむ。


3位:鳥山石燕 画図百鬼夜行 全画集(角川ソフィア文庫 Kwai books)

著者:鳥山石燕
発行:角川書店
発売日:2005年7月23日
サイズ:15cm、260ページ

かまいたち、火車、姑獲鳥(うぶめ)、ぬらりひょん──。あふれる想像力と類まれなる画力で、さまざまな妖怪の姿を伝えた江戸の絵師・鳥山石燕。その妖怪画集全点を、コンパクトに収録した必見の一冊!



4位:あやしの繪姿 九鬼匡規画集(TH ART SERIES)

著者:九鬼匡規
文:大和愛
発行:アトリエサード
発売日:2020年12月21日
サイズ:21cm、63ページ

妖艶なるファム・ファタールから、コケティッシュな愛らしい少女まで、怪異や妖怪を女性像で描いた初画集。「おさん狐」「飛頭蛮(ろくろくび)」「つらら女」などを収録。



5位:1日3分読むだけで一生語れるモンスター図鑑

著者:山北篤
発行:すばる舎
発売日:2020年10月23日
サイズ:21cm、255ページ

誰もが知っている定番キャラから、各地でひっそりと言い伝えられる妖怪まで、世界中から100体以上のモンスターを集めて図鑑にしました! 雑魚級からラスボス級までの6段階に分けて、十人十色のモンスターを誕生の経緯から生い立ち、その宿命などエピソードを交えて紹介! 全ての冒険を終えたころには、あなたも立派な英雄に!?






6位:武蔵野樹林 vol.7(2021)
大特集 妖怪大戦争ガーディアンズ〜映画の聖地所沢〜(ウォーカームック)

編集・発行:角川文化振興財団
発売日:2021年7月15日
サイズ:28cm、95ページ

旧石器・縄文時代から文化的生活が営まれていた武蔵野の、文化探検から始める生き方マガジン。vol.7は、武蔵野台地が舞台になる2021年8月公開映画「妖怪大戦争ガーディアンズ」を大特集し、その見所等を紹介する。



7位:妖怪草紙 くずし字入門(シリーズ日本人の手習い)

著者:アダム・カバット
発行:柏書房
発売日:2001年7月1日
サイズ:21cm、222ページ

江戸の草双紙に登場する愉快な妖怪たちがナヴィゲーターのユニークなくずし字入門書。著者秘伝の「ステップアップ」で基本文字150を確実に習得。練習問題、コラムも充実。



8位:妖怪萬画 vol.1 妖怪たちの競演

アートディレクション:祖父江慎
発行:青幻舎
発売日:2012年2月
サイズ:15cm、286ページ

「百鬼夜行絵巻」をはじめ、平安時代から明治初期にかけて描かれた妖怪画(絵巻物)を豊富に掲載。大衆性や戯画的表現から、妖怪画の祖型をたどり、その系譜を読み解く。辻惟雄と板倉聖哲の対談も収録。




9位:妖怪

著者:湯本豪一
発行:パイインターナショナル
発売日:2021年7月28日
サイズ:31cm、509ページ

史上初! 妖怪絵を圧巻の拡大図とボリュームでみせる豪華画集
日本ではじめての妖怪専門のミュージアム、湯本豪一記念日本妖怪博物館〈三次もののけミュージアム〉のコレクション60点超を、圧巻のボリュームとディテールで紹介! モノノケを描く絵師たちの技量の極みをご堪能ください。
収録作品例:お化け絵巻 百鬼夜行絵巻 狂歌百鬼夜興 後鳥羽法皇の夢中に現われたる妖怪図 鳴屋図 化物歌合せ絵巻 異形河童図 百鬼図 大石兵六 大津絵狐図 化け狐図絵馬 大津絵源頼光図 虁図 阿磨比古 怪奇伝承図誌 水虎図説 左甚五郎と河童図 病現之図絵巻 幻獣尽くし絵巻 亀女 豊年魚 土州奇獣之図并説 尾州の人面蛇 鵺退治図 和漢百物語 信濃国大鷹退治 土蜘蛛襲来図 相馬旧御所 昔噺舌切雀 新形三十六怪撰おもいつづら 道化百物かたり 神農鬼が島退治絵巻 百物語化絵絵巻 化物づくし絵巻 百物語絵巻 肉筆 怪談模模夢字彙 稲亭物怪録 大時代唐土化物 化物和本草 狐団扇絵 本所七ふしぎ納札 化物の嫁入 百鬼夜行納札 など



10位:和ファンタジーのかわいい女の子が描ける本

著者:キッカイキ
発行:宝島社
発売日:2020年7月14日
サイズ:26cm、143ページ

和ファンタジーというテーマでキャラクターデザインの方法を解説。和風デザインの基礎知識をはじめ、妖怪・行事・道具・地名をモチーフにしたデザインを紹介。表紙イラストのメイキングも掲載する。



10位:妖怪萬画 vol.2 絵師たちの競演

アートディレクション:祖父江慎
発行:青幻舎
発売日:2012年3月29日
サイズ:15cm、245ページ

戯画的表現に富み、諷刺がきいた妖怪画は、江戸時代の大衆に圧倒的な支持を得た。文化が熟爛した江戸中期から激動期の幕末、明治初期まで、葛飾北斎や歌川国芳、河鍋暁斎を筆頭に人気絵師が描いた妖怪画約150点を収録する。



10位:ギルガメシュ王の物語 新装版

画:司 修
翻訳:月本昭男
発行:ぷねうま舎
発売日:2019年8月6日
サイズ:17cm、278ページ

ギルガメシュ王と荒野のエンキドゥ、森の守り手・妖怪フンババ退治、女神イシュタルの誘惑、エンキドゥの死、大洪水と生命の草、地獄めぐり…。楔形文字で粘土板に刻まれた叙事詩の原文を生かした邦訳。





artscape編集部のランキング解説

あいちトリエンナーレ2019での《旅館アポリア》や、YCAM[山口情報芸術センター]とKYOTO EXPERIMENTで今年展示された《ヴォイス・オブ・ヴォイド─虚無の声》が記憶に新しい、シンガポール出身の作家ホー・ツーニェンによる個展「ホー・ツーニェン 百鬼夜行」が、2022年1月23日(日)まで豊田市美術館で開催中です。展示タイトルにもなっている「百鬼夜行」のとおり、今作中で登場するのは闇を練り歩く奇怪かつ滑稽な100の妖怪たち。「ゲゲゲの鬼太郎」に始まり、フィクションでもたびたび描かれる「妖怪」「物の怪」は、日本人にとってはすっかり身近でユーモラスに感じられる存在のようですが、「芸術・アート」ジャンルの書籍ではどのようなものが人気を集めているのでしょうか。
ランキングを見ると、今年の夏に公開された映画『妖怪大戦争 ガーディアンズ』を特集する雑誌・ムック(1位、6位)とともに、「妖怪が(絵として/物語のなかで)どのように描かれてきたか」を知る一端となる書籍が大半を占めていました。新書・文庫判といったコンパクトなサイズに妖怪の図版がぎゅっと詰まっている本が複数見受けられたのも(2、3、8、10位)、ランキングとしては特徴的です。
古来から《百鬼夜行絵巻》《付喪神絵巻》といった絵巻物に登場するイメージの強い妖怪ですが、2位の『まんが訳 稲生物怪録』はなんと、江戸時代中期に実在した武士の子息・稲生正令(幼名:平太郎)が16歳のときに体験したさまざまな妖怪との遭遇を描いた絵巻物《稲生物怪録(いのうもののけろく)》を、サンプリング/カットアップ/リミックスするかたちで、漫画として再構築。コミカライズではなく、高解像度で再撮影した絵巻物をそのまま使うアイデアと、一枚絵として描かれていたものとは思えないコマ割りの演出力に驚かされます。《稲生物怪録》そのものの面白さだけでなく、漫画文化が培ってきた凄みまで感じられるおすすめの一冊。
妖怪が登場する「草双紙(くさぞうし/江戸時代に出版された絵入りの版本)」を事例としながら、現代の日本人にとっても判読の難しい「くずし字」の読み方を学ぶことができる『妖怪草紙 くずし字入門』(7位)も、非常にユニークな一冊。アメリカ人の日本文学研究者である著者アダム・カバット氏が妖怪草紙に触れ、「絵の周りに書かれている文章には、もっと面白いストーリーが書かれているに違いない」とくずし字を習得する過程での発見や想いを綴ったコラムも面白く、時代とともに大きなうねりを持って変化する日本語についても改めて考えさせられます。
『鳥山石燕 画図百鬼夜行 全画集』(3位)や『妖怪萬画』(8、10位)などを眺めると、「妖怪草紙」とひと口に言っても、たくさんの絵師がそのモチーフに向かい、多種多様なスタイルやバリエーションがあることに気付かされますが、その再解釈の営みは現代まで連綿と続いており(4、10位)。この先の未来にも描かれるであろう妖怪像が楽しみになるランキングでした。




ハイブリッド型総合書店honto(hontoサイトの本の通販ストア・電子書籍ストアと、丸善、ジュンク堂書店、文教堂など)でジャンル「芸術・アート」キーワード「妖怪」の書籍の全性別・全年齢における購買冊数のランキングを抽出。〈集計期間:2020年11月24日~2021年11月23日〉

2021/12/01(水)(artscape編集部)

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