artscapeレビュー

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カタログ&ブックス | 2021年2月1日号[テーマ:装幀]

テーマに沿って、アートやデザインにまつわる書籍の購買冊数ランキングをartscape編集部が紹介します。今回のテーマは、日比谷図書(東京都)で開催中の「複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華~」にちなみ「装幀」。このキーワードに関連する、書籍の購買冊数ランキングトップ10をお楽しみください。
ハイブリッド型総合書店honto調べ。書籍の詳細情報はhontoサイトより転載。
※本ランキングで紹介した書籍は在庫切れの場合がございますのでご了承ください。

「装幀」関連書籍 購買冊数トップ10

1位:真鍋博の世界 Hiroshi Manabe Works 1932−2000

画:真鍋博
監修:愛媛県美術館
発行:パイインターナショナル
発売日:2020年9月18日
サイズ:26cm、255ページ

その人はイラストの力を信じ、未来を信じた。
イラストレーター・エッセイストとして活躍した真鍋博21世紀初の作品集。初期の油彩から広告・装幀まで……。世紀を越え、後世に残したい作品を多数収録します。谷川俊太郎の寄稿、林明子インタビューも掲載。
愛媛県美術館「没後20年 真鍋博2020」展 公式図録兼書籍


2位:真鍋博の植物園と昆虫記(ちくま文庫)

著者:真鍋博
発行:筑摩書房
発売日:2020年1月9日
サイズ:15cm、339ページ

人気作家作品の装画や装幀の仕事で知られる天才イラストレーターが、社会のあらゆるものを〈植物〉と〈昆虫〉に見立て、ユーモアと風刺を織り込んで描いた40年前の幻の作品集を文庫化。各イラストに簡単な文章も掲載。〔「真鍋博の植物園」(中央公論社 1976年刊)と「真鍋博の昆虫記」(中央公論社 1976年刊)の改題、合本再編集〕


3位:書物の幻影 北見隆装幀画集

著者:北見隆
発行:アトリエサード
発売日:2020年4月28日
サイズ:27cm、96ページ

赤川次郎、恩田陸、折原一、津原泰水…。多くのミステリー小説や海外文学などの装幀画を手がけ、その物語世界へ、数多の読者をいざなってきた北見隆。40年間に手がけた装幀画から約400点を収録した決定版画集。



4位:ユリイカ 詩と批評 第52巻第16号1月臨時増刊号 総特集◎戸田ツトム

発行:青土社
発売日:2020年12月21日
サイズ:23cm、445ページ

「D-ZONE」の過去・現在・未来
戸田ツトムの装幀を手にすることは歓びであり、「たのしい知識」に導く書物の薫香であった。戸田ツトムの仕事とはなんだったのか。工作舎に始まり、天井桟敷を経て、人文書の一時代を作りながら、週刊誌を手がけ、DTPの黎明期に帆走したそのデザインはどこに行き着いたのか、『D-ZONE』のあとに、追悼特集。



5位:青山二郎 物は一眼人は一口(ミネルヴァ日本評伝選)

著者:田野勲
発行:ミネルヴァ書房
発売日:2020年7月13日
サイズ:20cm、361+5ページ

青山二郎(1901年から1979年)古陶磁鑑賞家・装幀家・文筆家。
十代から毎月小遣い500円(時価125万円)を貰い、骨董を買い漁り、飲む打つ買うの放蕩に耽った。そして、柳宗悦との民芸運動、北大路魯山人との出会い。「青山学院」の校長として小林秀雄、白洲正子、河上徹太郎、中原中也などの面々との交流。この交流は、美を追い求めた求道者としての生涯にいかにかかわったのか、その全貌に迫る。



6位:意匠の天才小村雪岱(とんぼの本)

著者:原田治、平田雅樹、山下裕二ほか
発行:新潮社
発売日:2016年6月30日
サイズ:22cm、143ページ

江戸の情緒を描きつつ、驚くほどモダン。こんなデザイナーがいたなんて! 大正~昭和初期にかけて、多彩な分野で活躍した意匠家セッタイ。彼が手がけた華麗な装幀本ほか、挿絵、舞台美術、日本画など全151点を、一挙掲載! 繊細かつ大胆な独自のデザイン感覚で、泉鏡花などの文学者にも愛された天才の全貌に迫ります。 貴重資料や味わい深い名随筆も特別収録、ファン待望の1冊。



7位:2色デザイン デュオトーンのミニマムカラー・リファレンス

編集:グラフィック社
翻訳:小林豊子
発行:グラフィック社
発売日:2019年5月10日
サイズ:25cm、240ページ

グラフィックデザインにおける2色の可能性と、その活用を紹介。ロゴ、パンフレット、ポスター、パッケージ、書籍装幀、企業PR関連など、さまざまなカテゴリーの作例を多数収録し、ヒントとアイデアを提供する。



8位:吉田謙吉と12坪の家 劇的空間の秘密(LIXIL BOOKLET)

発行:LIXIL出版
発売日:2018年12月1日
サイズ:21cm、80ページ

舞台美術をはじめ、装幀、文筆業など多ジャンルで活躍した吉田謙吉。彼が52歳で建てた“12坪の家”を軸に、その家に至るまでの活動の数々を辿りつつ、吉田謙吉という人の、劇的な空間作りを紐解く。折り込みページあり。



9位:小村雪岱挿繪集

著者:小村雪岱
編集:真田幸治
発行:幻戯書房
発売日:2018年10月5日
サイズ:20cm、253ページ

数多くの物語に生命を吹き込んだ、その描線
大正から昭和初期にかけて活躍した装幀家、挿絵画家、舞台装置家の雑誌、新聞の挿絵を集成。
◎350点以上の挿絵を媒体(雑誌・新聞)別に収録。
◎初公開!〈雪岱調〉成熟期の挿絵原画「両国梶之助」(鈴木彦次郎「都新聞」昭和13~14年)も!



10位:ディック・ブルーナのデザイン(とんぼの本)

編集:芸術新潮編集部
発行:新潮社
発売日:2007年7月
サイズ:21cm、111ページ

世界一有名なうさぎ「ミッフィー」の生みの親であるブルーナ。絵本の仕事はもちろん、装幀デザイナーとしても活躍していたほか、ポスターや食品パッケージまでデザインしている彼の素顔を、作品やインタビューを交えて紹介。





artscape編集部のランキング解説

大正から昭和初期にかけ、泉鏡花の著作をはじめ書籍の装幀を数多く手掛けた小村雪岱(1887-1940)。日本画をルーツとした美麗な図版とその斬新な使い方、そして静謐で詩情溢れる佇まいを本に与えるその感性と技術から、日本の書籍の装幀史を語るうえでも避けて通れない人物です。
今回は紙の本とは切っても切り離せない「装幀」というキーワードでランキングを抽出してみました。やはりここにも小村雪岱に関する書籍が複数ランクイン(6位、9位)。日比谷図書文化館で現在開催中(2021年3月23日まで)の展示「複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華~」をはじめ雪岱にまつわる展覧会が開催されるたびに、彼の100年ほど前とは思えないモダンな仕事は多くの人々を魅了しています。9位の『小村雪岱挿繪集』は装幀家としてまず語られがちな雪岱の挿絵画家としての仕事にクローズアップした一冊で、そこでも情景や空気感を伝える一貫した美学が感じられるはず。
一方で1位、2位を独占していたのが真鍋博(1932-2000)に関する本。星新一や筒井康隆などのSF作品での仕事をはじめ、未来の都市風景を数多く描いたイラストレーターで、そのサイケデリックともいえる色彩を生かした装幀の仕事も多数残しています。昨年没後20周年を迎えたタイミングで大規模な回顧展が開催され、再びその仕事が注目されていることがわかります。
現代を代表する装幀家/グラフィックデザイナーのひとりで、昨年7月にその生涯を閉じた戸田ツトム(1951-2020)の追悼特集を組んだ『ユリイカ』も4位に。近年まで彼の仕事を書店の新刊の平台で見かけない日はないというほど膨大な数の書籍や雑誌を手掛けた戸田ですが、この特集は生前に親交のあった人々からの寄稿を中心に構成されており、戸田が若年期に所属していた工作舎や独立後のエピソードが多数語られています。戸田の人物像と並行して浮かび上がってくるのが、写真植字からDTP(デスクトップパブリッシング)へと移行する、本を形づくる技術の過渡期の空気感。いまとなってはPCを用いたデザイン作業は当たり前になっていますが、それらが普及する前の手技を使ったさまざまな仕事の描写に、デザイナーの職能についても改めて考えさせられます。
出版不況がここ10年以上叫ばれるなかで、紙の本のモノとしての佇まいを決定づける装幀デザインの仕事や、印刷・加工技術の発展に熱い視線が注がれている昨今。あなたの身の回りの本も「装幀」という切り口で見つめ直してみると、その本の新たな解釈が垣間見られるはずです。


ハイブリッド型総合書店honto(hontoサイトの本の通販ストア・電子書籍ストアと、丸善、ジュンク堂書店、文教堂など)でジャンル「芸術・アート」キーワード「装幀」の書籍の全性別・全年齢における購買冊数のランキングを抽出。〈集計期間:2020年1月24日~2021年1月23日〉

2021/02/01(月)(artscape編集部)

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公文健太郎『光の地形』

発行所:平凡社

発行日:2020/12/16

1981年生まれの公文健太郎は、このところ「農業がつくる日本の風景、土地がつくる人の営み、川がもたらすもの、季節が与えてくれるもの」を通して日本をもう一度見直そうとする、充実した仕事を続けている。平凡社から刊行された新刊の『光の地形』も意欲的な内容の写真集だった。

公文が今回撮影したのは、佐多岬半島、能登半島、島原半島、紀伊半島、薩摩半島、下北半島、男鹿半島、亀田半島という、日本各地の8つの半島の風景、地勢、そこに住む人たちの暮らしである。かつては、海と山をつなぐ海上交通の要として、文字通りの「先端」の地であった半島は、都市化の進行によって「行き止まりの場所」になってしまった。だが逆に半島を見直すことで、現在の日本の経済、文化、社会のあり方をあらためて問いかけることもできるわけで、公文の問題意識は極めて真っ当であり、多くの示唆をふくんでいると思う。

撮影の姿勢も、被写体ときちんと向き合った揺るぎのないものなのだが、写真集の、アンバー系の色味を強調した黒っぽい印刷はどうなのだろうか。公文は2016年のキヤノンギャラリーSでの個展「耕す人」(平凡社から同名の写真集も刊行)の頃から、意図的に暗めの調子のプリントで発表するようになった。観客や読者を写真の世界により集中させるためともいえるし、被写体によってはうまくマッチしている場合もある。だが、すべての写真を同一のトーンに塗り込めてしまうと、今回のように、それぞれの半島の個別性が薄れて均質な見え方になってしまう。視覚的情報を制限してしまうようなプリントの仕方が、うまくいっているとは思えない。個々の写真のあり方に即した、より細やかなトーン・コントロールが必要なのではないだろうか。

2021/01/17(日)(飯沢耕太郎)

カタログ&ブックス | 2021年1月15日号[近刊編]

展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をartscape編集部が紹介します。
※hontoサイトで販売中の書籍は、紹介文末尾の[hontoウェブサイト]からhontoへリンクされます




現代アートを殺さないために ソフトな恐怖政治と表現の自由

著者:小崎哲哉
発行:河出書房新社
発行日:2021年1月5日
サイズ:19cm、384+18ページ

『現代アートとは何か』の著者が政治や経済とアート業界とのあいだに起こっているさまざまな問題をえぐり出し、2020年代の“政治とアート”の動向を鮮やかに予言する。書き下ろし。



建築情報学へ

監修:建築情報学会
編集:池田靖史、豊田啓介、角田大輔、木内俊克、石澤宰、杉田宗、小見山陽介、富井雄太郎
デザイン:佐藤亜沙美
発行:millegraph
発行日:2020年12月25日
サイズ:21cm、234ページ

デジタルテクノロジーは、私たちの日常に欠くことのできないものとして、もはや意識されることもないほど社会に浸透した。本書は、建築という分野を、情報学的観点および情報技術による広がりの先に定義しようと試みる。建築は常に他領域や技術から影響を受けながら変化し続けてきた。情報によって建築は、より領域横断的、より動的、より拡張的なものになるだろう。



西洋美術とレイシズム(ちくまプリマー新書)

著者:岡田温司
発行:筑摩書房
発行日:2020年12月9日
サイズ:18cm、185+6ページ

聖書に登場する呪われた人、迫害された人を、美術はどのように描いてきたか。長い歴史のなか培われた人種差別のイメージを考える。



時代をひらく書体をつくる。 書体設計士・橋本和夫に聞く活字・写植・デジタルフォントデザインの舞台裏

著者:雪朱里
発行:グラフィック社
発行日:2020年11月10日
サイズ:22cm、295ページ

活字~写植~デジタルフォントと三世代にわたり続く日本の書体の歴史のなかには、その存在の重要さに関わらず、あまり知られていないデザイナーがいる。その筆頭が、金属活字・写植・デジタルフォントの三世代で書体デザイン・制作・監修を経験し、特に写研で大きな功績を残した橋本和夫さんだ。日本の書体史の主軸となる部分を築いてきた人である。本書では、橋本さんのロングインタビューを通して、これまであまり語られてこなかった、だが間違いなく現在のルーツとなる書体デザインの舞台裏を浮かび上がらせ、日本の書体の知られざる流れを紐解いていく。



「ヤン・ヴォー ーォヴ・ンヤ」記録集1・2

編集:[記録集1]ヤン・ヴォー、ニック・アッシュ、植松由佳/[記録集2]植松由佳、中井康之
撮影:[記録集1]ニック・アッシュ/[記録集2]福永一夫
執筆:植松由佳
翻訳(和文英訳):クリストファー・スティヴンズ
デザイン:森大志郎
発行:国立国際美術館
発行日:2020年
サイズ:[記録集1]23.7×30cm、63ページ/[記録集2]21.8×29.8cm、24+28ページ

2020年に国立国際美術館にて開催された「ヤン・ヴォー ーォヴ・ンヤ」展の記録集。2冊組。





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2021/01/15(金)(artscape編集部)

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カタログ&ブックス | 2020年12月15日号[近刊編]

展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をartscape編集部が紹介します。
※hontoサイトで販売中の書籍は、紹介文末尾の[hontoウェブサイト]からhontoへリンクされます




キュレーターズノート 二〇〇七ー二〇二〇

著者:鷲田めるろ
発行:美学出版
発行日:2020年12月10日
定価:1,800円(税抜)
サイズ:190×130mm、230ページ
※artscapeでの連載「キュレーターズノート」の鷲田めるろさんの原稿が一冊になった書籍です。

美術、美術館、展覧会、プロジェクト、ワークショップ、地域、美術教育、まちづくり、芸術祭、アイデンティティ、町家、NPO、都市とアート……さまざまな可能性を持つ人や場と共創し、新たなアートの生成に立ち会う、キュレーターの実践と思考のノート。著者初の単著。



TIMELESS 石岡瑛子とその時代

著者:河尻亨一
発行:朝日新聞出版
発行日:2020年11月20日
定価:2,800円(税抜)
サイズ:20cm、541+32ページ

伝説のデザイナーがいた。前田美波里をスターにした資生堂のポスター、大ブームになったパルコの広告。それらを手がけた後に渡米し、アカデミー賞に輝いた彼女は、変化の時代をいかにサバイブしたのか。スティーブ・ジョブズも崇拝したエイコの「私」に迫る評伝。



国際文化交流を実践する

編集:国際交流基金
発行:白水社
発行日:2020年11月27日
定価:2,100円(税抜)
サイズ:19cm、262ページ

コロナ禍や一国主義の台頭で揺らぐ国際協調をいかに守るか? 心と心の触れ合いに懸けたJF職員たちの渾身のルポルタージュ!



美術/中間子 小池一子の現場

著者:小池一子
発行:平凡社
発行日:2020年12月11日
定価:3,000円(税抜)
サイズ:21cm、255ページ

日本のクリエイティブを草創期からつくり続けてきた小池一子。その多彩な仕事と歩みを豊富なビジュアルとともに通覧する一冊。



「宮島達男 クロニクル 1995-2020」展覧会図録

編集:千葉市美術館
翻訳:パメラ・ミキ
デザイン:近藤一弥
発行:千葉市美術館
発行日:2020年12月4日
定価:2,500円(税抜)
サイズ:B5判、216ページ

2020年9月19日〜12月13日まで開催されている「宮島達男 クロニクル 1995-2020」展の公式図録。
宮島達男は、LED(発光ダイオード)のデジタル・カウンターを使用した作品で高く評価され、世界で活躍する現代美術作家です。1980年代より宮島は、「それは変化し続ける」「それはあらゆるものと関係を結ぶ」「それは永遠に続く」という3つのコンセプトに基づき、これまで30ヵ国250ヶ所以上で作品を発表してきました。作品のモチーフであるデジタル数字は命の輝きをあらわし、0が表示されず1から9の変化を永遠に繰り返すことで、人間にとって普遍的な問題である「生」と「死」の循環を、見る者に想像させます。
本展は千葉市美術館の開館25周年記念として、首都圏の美術館では12年ぶりに開催される大規模な個展です。





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2020/12/15(火)(artscape編集部)

小林康夫『《人間》への過激な問いかけ──煉獄のフランス現代哲学(上)』

発行所:水声社

発行日:2020/09/30

長年にわたり、フランスの思想や文化と密接な関わりを持ちつづけてきた著者が、20世紀後半のフランス哲学を「人間」へのラディカルな問いとして総括した書物。その上巻にあたる本書では、おもにバルト、フーコー、リオタールの三者について過去に発表された時評的な文章が集められている。

本書は三部からなるが、第I部「フランス現代哲学の星雲」が、本書全体の導入にあたる。そこには、著者が80年代以降に著した数本の概説的なテクストが配されているのだが、それら「《人間》の哲学」や「《ポスト・モダン》の選択」──ともに初出は1987年──こそが、本書のトーンを決定していると言っても過言ではない。本書の表題に含まれる「人間」という言葉が重要な意味を担うのも、まずはそこにおいてである。

著者によれば、20世紀後半のフランス哲学をあえてひとつの言葉によって特徴づけるなら、それは最終的に「人間」という言葉へと帰着する。これは、いささか驚くべきテーゼだろう。というのも、ひじょうに大まかに言って、実存主義のあとに台頭した構造主義──およびポスト構造主義──には、むしろ既成の意味での「人間」を後景に追いやることによって展開してきたというイメージがあるからだ。「構造」にせよ「記号」にせよ「テクスト」にせよ、そこで探求されていたのは個々の主体に回収されることのない非人称的な次元であり、その意味で「人間」は世界の中心からの退位を余儀なくされていたとも言える。

しかし著者は、グザヴィエ・ティリエット(1921-2018)がメルロ=ポンティに捧げた「人間の尺度(la mesure de l’homme)」という表現に合図を送りつつ、そこで問われていたのは、あくまで「人間」をめぐる問いにほかならなかったと指摘する。なるほど、かつて「構造」や「記号」や「テクスト」といった合言葉のもとでなされてきた探求は、「人間」からその明証性を剥奪する営みと地続きであったと言ってよい。しかし同時にそれは、「現に生き呼吸している具体的な人間の尺度」をけっして忘れることがなかったし、超越的なものの探求においてなお「具体的な人間に注がれる眼差し」を手放すことがなかった(29頁)。本書のひとつの読みどころは、いまだフランス現代哲学が導入・紹介される途上にあった1980年代に、すでにそうしたことを指摘している著者の慧眼にある。

第I部と同じく、第II部(バルト、フーコー)、第III部(リオタール)も、著者の旧稿を新たに構成しなおしたものが大部分を占める。そのため著者の世代の仕事を追ってきた者にとって、そこにさほどの新しさは感じられないかもしれない。だが、70、78年の二度のフーコー来日に立ち会った著者の回想、さらにフランスおよび日本で行なわれたリオタールとの濃密な対話をはじめとして、ここには彼らのいまだ知られざる表情がある。そして、これまで単行本に未収録であったこれら数々のテクストから見えてくるのは、半世紀にわたりフランス哲学の「隣人」でありつづけてきた著者の「冒険」の軌跡である。あるいは本書の表現に拠るなら(8頁)、ここに読まれるのは、フランス現代哲学という星雲の「客観的なマップ」などではなく、むしろひとつの「内部観測」にほかならない。その意味で本書は、著者が言うところの「パッションに貫かれた《人間》」(29頁)が示しうる、ひとつのモデルでもあろう。

2020/12/03(木)(星野太)