artscapeレビュー
書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー
橋本貴雄『風をこぐ』
発行所:モ*クシュラ
発行日:2021/09/28
福岡に住んでいた橋本貴雄は、2005年に白っぽい毛並みの犬が路上で倒れているのを見つけ、家に引き取ることにした。フウと名づけられたその犬は、事故の後遺症で後ろ脚が不自由になっていたが、既に二匹いた橋本家の飼い犬として暮らすようになった。橋本はその後、2006年に大阪に、2008年には東京に、2011年からはベルリンに移り住む。ベルリン在住の途中で、フウの後ろ脚の機能が低下し、車椅子が必要になるが、2017年に亡くなるまで12年間を共に過ごした。
『風をこぐ』には、そのフウの姿を福岡時代から折に触れて撮影した写真がおさめられている。特に「作品」として発表しようと考えていたわけではないようだが、結果的に犬と人との関係のあり方が細やかに、しかも奥深くとらえられた、あまり例を見ない「私写真」となった。後書きにあたる文章に「ただ、フウの歩いているほうに歩いていき、流されるように、そこに現れてくるものを撮った。12年間、私はフウのそばにいて、ただ見つめていたように写真が残った」と記しているが、その自然体の撮り方によって、橋本とフウとの一心同体の関係のあり方がじわじわと浮かび上がってくる。見終えた後に、心に沁みる余韻が残る写真集である。小さめの、ポストカード大の図版を配した岡本健+の装丁・レイアウト、大谷薫子の丁寧な編集も、写真のよさを最大限に活かしたものになっている。
2021/11/21(日)(飯沢耕太郎)
カタログ&ブックス | 2021年11月15日号[近刊編]
展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
※hontoサイトで販売中の書籍は、紹介文末尾の[hontoウェブサイト]からhontoへリンクされます
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ベンヤミン メディア・芸術論集
いまなお新しい思想家の芸術・メディア論の重要テクストを第一人者が新訳。映画論、写真論、シュルレアリスム論等を網羅。すべての批評の始まりはここにある。「ベンヤミン・アンソロジー」に続く決定版。(河出文庫)
KUSAMA
比類なき成功を収めた「女性芸術家」、その光と影──前衛の女王・草間彌生の「闘い」を鮮やかに描いたイタリア発のグラフィック・ノベル
千夜千冊エディション 全然アート(角川ソフィア文庫)
アルタミラの洞窟画、ルネサンスの遠近法、印象派の革命、そしてコンセプチュアルアートへ。絵画も日本画も現代アートも、松岡正剛が内外のアートを巡り惚れこんだ作品をすべて詰め込んだ特別編。図版多数。
映画論の冒険者たち
映画についての百花斉放百家争鳴.クラカウアー,バザン,蓮實,メッツ,マルヴィ,ボードウェル,ガニング、カヴェル,ドゥルーズ, ランシエール…….彼ら/彼女らが映画に関して紡いだ思考のエッセンスを浮かび上がらせる.第一線で活躍する映画研究者が執筆する映画論を知り学ぶための最強テキスト
生きていること 動く、知る、記述する
《人類が生きることを取り戻すために》ひとが生きるということ、それはこの世界の終わりなき流動のなかに身を置き、世界を変えながら自らも変わり続けてゆくことだ。芸術・哲学・建築などのジャンルと人類学の交わるところに、未知の学問領域を切り拓いてきたインゴルド。その探究を凝縮する主著、待望の邦訳!
音と耳から考える 歴史・身体・テクノロジー
音楽学者・細川周平が国際日本文化研究センターで主宰した研究プロジェクトの成果を刊行。「音楽」にとどまらず、自然や人、機械などが発するありとあらゆる音を対象に、音を受ける聴覚器官(耳)から発想しながら、音と耳の文化・歴史を問い直す意欲的な論集です。
彫刻の歴史
彫刻界の巨人アントニー・ゴームリーと気鋭の美術批評家マーティン・ゲイフォードが、ストーン・ヘンジから鎌倉大仏まで、ラオコーンからダミアン・ハーストまで、古今東西の「彫刻」の流れを、18のテーマ・論点で語り尽くす。
TOKAS-EMERGING 2021
2021年4月3日〜5月5日(第一期)、5月15日〜6月13日(第二期)まで、トーキョーアーツアンドスペース本郷で開催されていたTOKAS-Emerging 2021のカタログ。
林智子「虹の再織」展覧会カタログ
2021年5月1日〜5月30日まで、瑞雲庵(京都)で開催されていたアーティスト 林 智子氏「虹の再織」展のカタログ。
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※「honto」は書店と本の通販ストア、電子書籍ストアがひとつになって生まれたまったく新しい本のサービスです
https://honto.jp/
2021/11/12(金)(artscape編集部)
カタログ&ブックス | 2021年11月1日号[テーマ:リアリズム]
テーマに沿って、アートやデザインにまつわる書籍の購買冊数ランキングをartscape編集部が紹介します。今回のテーマは、茨城県近代美術館で開催中の「上田薫とリアルな絵画」にちなんで「リアリズム」。このキーワードに関連する、書籍の購買冊数ランキングをお楽しみください。
「リアリズム」関連書籍 購買冊数トップ10
1位:アンドリュー・ワイエス作品集
20世紀アメリカを代表するリアリズムの巨匠ワイエスの画集。生涯、生地ペンシルヴェニアと夏の避暑地メイン州2つの地を拠点に、風景や親しい人々を描き続けた孤高の画家の傑作を収録する。
2位:フランシス・ベイコン・インタヴュー(ちくま学芸文庫)
自然主義的リアリズムを否定し、神経組織に直接伝わるようなまったく新しいリアリティーを創造し、現代絵画に多大な影響を与えたベイコンのインタビュー集。ベイコンに関する論考では必ず引用されてきた重要な書を文庫化。〔「肉への慈悲」(1996年刊)の改題改訳〕
3位:さまよえる絵筆 東京・京都戦時下の前衛画家たち
戦時下の東京、そして京都に暮らした前衛画家たちは、それぞれのリアリズムを追求した。絵画作品と資料から、前衛絵画の一断面を明らかにする。板橋区立美術館・京都府京都文化博物館で開催される同名展覧会の公式図録。
4位:林亮太の超リアル色鉛筆入門 身近な静物から始める
「えっ、これ、写真じゃないの?」と思わず驚く金属やガラスのリアリズム。ものの質感は色鉛筆の「色数を重ねて塗り込む」という技法で表現できます。本書では、バナナやガラスのコップなどシンプルなモチーフでその技法を説明。文房具としては身近な色鉛筆を使って、本格的な静物画を描いてみませんか?
5位:平壌美術 朝鮮画の正体
絵画の中の朝鮮。2018年に開催された光州ビエンナーレでひときわ異彩を放った作品群が、朝鮮民主主義人民共和国のトップクラスの画家が集まって描く「朝鮮画」の展示であった。そのキュレーションをしたムン・ボンガンが、アーティストのアトリエ訪問やインタビュー、集められた資料を駆使し、平壌美術の最も核心的な部分であるこの絵画について6年をかけて執筆したものが本書である。社会主義リアリズムの芸術の典型的な形態でありつつも、独自の表現方法を追求してきた「朝鮮画」。朝鮮半島に平和が訪れることを願う著者が、芸術家としての視点と学術的な研究の両面を踏まえてプロパガンダとアートの境界線上に存在する平壌美術の現在を描く。
6位:もっと知りたいカラヴァッジョ 生涯と作品(アート・ビギナーズ・コレクション)
劇的な明暗表現と革新的リアリズムによって、バロック絵画の扉を開き、その後の巨匠たちに大きな影響を与えた美術界の革命児・カラヴァッジョ。その鮮烈な魅力を、ついには殺人を犯してしまう破滅的生涯とともにたどる。
7位:写実絵画のミューズたち(別冊太陽 日本のこころ)
身近な存在である女性たちをモチーフに繰り広げられる美の競演──。写実というリアリズムの手法で、世界を切り取ろうとする画家たちの作品を紹介する。諏訪敦×宮下規久朗の対談も収録。折り込みページあり。
8位:画家とモデル 宿命の出会い
密かに紡がれた愛情、過酷な運命の少女への温かな眼差し。名画に刻印された知られざる関係と画家の想いを読み解く! 生涯独身を貫いた画家サージェントによる黒人青年のヌード。身分違いの女公爵への愛のメッセージを絵のなかに潜ませたゴヤ。遺伝的疾患のために「半人半獣」と呼ばれ差別された少女を情愛をもって描いたフォンターナ。リアリズムの巨匠ワイエスが15年にわたり密会し描いた近隣の人妻。絵に画家が刻み込んだ、モデルとの深淵なる関係。
8位:アンドレ・バザン 映画を信じた男
映画批評の金字塔「映画とは何か」を著したアンドレ・バザン。没後半世紀を超えた今、彼の遺したテキストは、現代アジア映画、宮崎アニメにも通じるのか。リアリズム失効の現代に問う、来るべき映画のための論考集。
10位:土門拳 鬼が撮った日本(別冊太陽)
日本を代表する写真家、土門拳。戦前戦後にかけて社会の様相をリアリズム写真で追究し、また、恐るべき執念と不屈の闘志で芸術写真に第一級の仕事を成し遂げた、究極の写真の世界と巨匠の全貌に迫る。生誕100年記念。
10位:ヘッダ・ガブラー(近代古典劇翻訳〈注釈付〉シリーズ)
世紀末閉塞社会の女性心理を描いた近代リアリズム演劇の白眉。「人形の家」の登場人物と互いに対応し、パロディとも言われるイプセンの傑作「ヘッダ・ガブラー」を新たに訳し、詳細な註釈を付す。
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artscape編集部のランキング解説
茨城県近代美術館で今年の12月12日(日)まで開催されている「上田薫とリアルな絵画」展。1960〜70年代に台頭した「スーパーリアリズム」における主要な日本人作家として紹介されることの多い上田ですが、その写真と見紛うほど解像度の高い精密な描写は、日常のなかで私たちが何気なく行なっている「見る」行為の不完全さ、つまり現実だと捉えているものは実はデフォルメされたものだという“見えていなさ”を逆説的に提示してくれているような気もします。
美術における「リアリズム」については、現代美術用語辞典ver.2.0ではこう解説されています。「〈現実〉の現象を直感し、理想化を避けてそれを表出することに価値を置く表現のこと」。ただしその後には「そもそも対象とされる〈現実〉が、内感に基づくものなのか、それとも客体を志向するものなのか、あるいはその両者の超克を目指すものなのか、といったさまざまな問題設定によって大きな振り幅を持たざるをえない」とも続いており、その定義の難しさ/複雑さが窺えます。
今回のランキングで1位に輝いたのは、アメリカのリアリズム絵画の巨匠アンドリュー・ワイエス(1917-2009)の作品集。日本でも高い人気を誇る作家でありながら、国内では展覧会図録を除いてワイエスの画集はこの本までほとんど出版されてこなかったそう。作品の図版だけでなく、編者の高橋秀治氏によるサイドストーリーの解説やコラムも充実しており、作家の生きたアメリカ東部の土地や時代、家族や絵のモデルになった人物との人間関係まで、ワイエスという人物像が自然と浮かび上がってくるような丁寧な編集がなされた一冊です。
『怖い絵』シリーズなどで知られる中野京子氏による『画家とモデル 宿命の出会い』(8位)でも、その最終章でスポットが当てられているのはワイエス。同書の表紙でもある《編んだ髪》(1979)など240点以上の作品でモデルを務めたドイツ移民の女性ヘルガ・テストルフとワイエスが長年築いた、お互いの配偶者にも秘匿されていた関係性にはいまでも多くの謎が漂いますが、その複雑さを肯定しつつの著者の筆致は鮮やか。ワイエス以外にもレンブラントやシャガール、モディリアーニなど、さまざまな時代・地域のアーティストとモデルのストーリーから、いわゆる芸術家とファム・ファタルといった古典的なイメージに留まらず、人の数だけオリジナルの関係性があること、そしてそれらを知ったうえで鑑賞する作品の味わい深さを思い知らされます。
そのほか、「社会主義リアリズム」(社会主義国で公式とされた芸術様式)の影響関係から朝鮮の絵画を論じ直す『平壌美術 朝鮮画の正体』(5位)や、脈々と続く写実絵画の現代作家を取材したムック(7位)、あるいは演劇におけるリアリズムの潮流を語るうえで欠かせないイプセン作品の新訳本(10位)など、「リアリズム」を通した近年の人々の関心が見て取れるランキングになりました。
2021/11/01(月)(artscape編集部)
カタログ&ブックス | 2021年10月15日号[近刊編]
展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
※hontoサイトで販売中の書籍は、紹介文末尾の[hontoウェブサイト]からhontoへリンクされます
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みんなの現代アート 大衆に媚を売る方法、あるいはアートがアートであるために
大衆の人気、権威たちの評価、マーケット論理などが渦巻く現代のアートワールドを、ターナー賞作家グレイソン・ペリーがユーモアたっぷりに御案内。アーティストとしての個人的経験を交え、またキュレーターやコレクター、画商などが動かす業界の仕組みも踏まえながら、現代アートの分かりづらさを読み解いていきます。アートの世界においてもポピュリズムの勢いが増す時代に、批評的視点からやさしく理解を深めることができる世界的ベストセラー、待望の邦訳!
デューティーフリー・アート:課されるものなき芸術 星を覆う内戦時代のアート
スパム、ボット軍団、ウィキリークス・ファイル、電子メールのロマンス詐欺、通貨としてのアート、3Dプリンター技術、ビデオゲーム、政治的アクション、ファシズム、言語……無数の複雑で現代的なトピックを用い、驚くべき方法論で、グローバリゼーションによる富と権力の格差、高度にコンピュータ化された時代の視覚文化やアート制作における矛盾を明らかにする。 グローバル資本主義と結託したアート界を批判する姿勢を貫き、アート、政治、テクノロジーの交差点で思考するアーティストによる現代メディア批評/芸術論、待望の邦訳。
感覚のエデン 岡崎乾二郎批評選集 vol.1
世界に可能性はまだあるのか、「芸術」はその問いに答える方法である。時を超えて交錯する思考の運動が、星座のように明晰なる一つの図形となって、新たな知覚と認識を導く。稀代の批評家・造形作家による美術史の解体=再構築。デビュー以来紡いできた膨大な批評文を精選した、その思想の精髄。シリーズ第1弾。
性差の日本史 新書版
2020年秋、国立歴史民俗博物館で開催され、注目を集めた「性差(ジェンダー)の日本史」展の内容をダイジェスト。展示の見所を解説した、読みやすい新書にしました。古代から現代までのジェンダーを示す貴重な資料130点の図版を掲載。執筆は第一線で活躍する歴史研究者たちによるものです。
MOTアニュアル2021 海、リビングルーム、頭蓋骨
東京都現代美術館で2021年7月17日(土)〜10月17日(日)に開催されている展覧会「MOTアニュアル2021 海、リビングルーム、頭蓋骨 A sea, a living room and a skull」の公式図録です。
福田美蘭展 千葉市美コレクション遊覧
2021年10月2日〜12月19日まで千葉市美術館で開催されている「福田美蘭展 千葉市美コレクション遊覧」の公式図録です。
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2021/10/14(木)(artscape編集部)
カタログ&ブックス | 2021年10月1日号[テーマ:ノスタルジア]
テーマに沿って、アートやデザインにまつわる書籍の購買冊数ランキングをartscape編集部が紹介します。今回のテーマは、ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)で開催中の「葛西薫展 NOSTALGIA」にちなんで「ノスタルジア」。このキーワードに関連する、書籍の購買冊数ランキングトップ10をお楽しみください。
「ノスタルジア」関連書籍 購買冊数トップ10
1位:空飛ぶくじら スズキスズヒロ作品集(CUE COMICS)
【文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞(第24回)】
まっすぐで不器用な、 少年と、少女と、大人たちへ。新しさとノスタルジア。仙台発の若き気鋭、初の作品集。
Web Mediaマトグロッソにて掲載され反響を呼んだ5作品に加筆し、さらに完全描きおろしの表題作「空飛ぶくじら」を収録。
2位:『未』成熟 3(マーガレットコミックス)
大好きだった祖母を亡くし、気落ちする千暁。継母との確執は追いうちをかけるように悪化する。そんな時、絶望の中に一筋の光が──…。快くんは、キャバ嬢・アキが千暁だと気づいていたのだ。ようやくありのままで向き合うことができ、二人の仲は急加速! しかし快くんには抱え込んでいる秘密があるようで…!?
【収録作品】『未』成熟―ノスタルジア―
3位:緊縮ノスタルジア
「KEEP CALM AND CARRY ON」。
この言葉は第二次世界大戦中にイギリス情報省が作成した「空襲を受けてもそのまま日常を続けよ」という意味のスローガンである。このノスタルジックな言葉が現代イギリスであふれかえっている。これはいったいなぜなのか? イギリスでもっとも精力的な若手批評家の一人であるオーウェン・ハサリーが明らかにする。
本書では、緊縮財政下の現代イギリスが、いかに第二次大戦期(=以前の緊縮時代)へのノスタルジアで覆われているのかを、デザイン、建築、食品、映画、音楽など幅広い視点から論じる。
『ガーディアン』『ロンドン・レビュー・オブ・ブックス』『アーキテクチュラル・レビュー』などの雑誌に数多く寄稿。イギリスでの著書は10冊以上。期待の論客によるイギリス文化論が、満を持して日本上陸!
4位:「地方」と「努力」の現代史 アイドルホースと戦後日本
「昔は良かった…」という戦後日本のノスタルジアの謎に迫る。
地方出身者が中央に出て、中央出身のエリートたちをばったばったとなぎ倒す……そんな「努力」と「立身出世」のストーリーがかつての日本には存在した……と本当に言えるのだろうか? その実相に“からめ手”から迫る。戦後、アイドルに祭り上げられた3頭のユニークな競走馬、ハイセイコー、オグリキャップ、ハルウララをめぐる言説の変容を多角的に分析。私たちの社会に潜む「集合意識」を描破する。
5位:【アウトレットブック】大阪万博 (アスペクトライトボックスシリーズ)
EXPO’70あるいは史上最大のレイブ。大阪万博の映像は、単なるノスタルジアとはまったく次元を異にする、なにかとてつもなく古くて新しい感覚──信じるままに突っ走ってしまうチカラそのものである。疑い、ためらうことばかり増えてしまった、世紀末の子供である僕らにとって、だからこそ大阪万博はいま、なによりも新鮮なのだ。
6位:貝殻と頭蓋骨(平凡社ライブラリー)
ただ一度の中東旅行の記録、花田清輝、日夏耿之介など偏愛作家への讃辞、幻想美術、オカルト、魔術、毒薬、そしてのちに「あらゆる芸術の源泉」と述べたノスタルジア……。澁澤龍彦の魅力が凝縮された幻の名著を再刊。〔桃源社 1975年刊の再刊〕
7位:魔道書大戦RPG マギカロギア リプレイブック (Role & Roll Books)
TRPG「マギカロギア」のリプレイ集。「魔道書大戦RPGマギカロギアスタートブック」に収録されたリプレイの続編となる「幻惑のノスタルジア」「大夢消滅」の2本を収める。追加ルールも掲載。
7位:断頭台/疫病(竹書房文庫)
過去から甦る怪奇と幻想の淵
異常心理ミステリー傑作集ここに復刊
過去より甦る怪奇と幻想の淵。彼らはその境目を歩み、やがて呑みこまれていく──。死刑執行人サンソンの役を与えられた売れない役者が、役にとり憑かれ、やがて自分を失っていく「断頭台」。古代マヤの短剣に魅かれる男がその理由を知る「ノスタルジア」。さらに女神アフロディーテの求愛を無視し、娼婦の少女に恋をしたゆえに苛烈な神罰を下される天才彫刻家の物語「疫病」のほか、日本探偵作家クラブの犯人当て企画のために書かれた「獅子」や単行本未収録の「暴君ネロ」といった、古代ローマに材を取った作品も収録。
憎しみだけが惨劇を起こすのではない。ときには純愛や慈愛が引き金となるのだ。妖しい輝きを閉じ込めた、珠玉の異常心理ミステリー集。
9位:教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集
遠い過去から訪れる美しき異形の誘惑者──伝説的な幻の女性作家ヴァーノン・リー、本邦初の決定版作品集。いにしえへのノスタルジアを醸す甘美なる蠱惑的幻想小説集。女神、悪魔、聖人、神々、聖母、ギリシャ、ラテン、ローマ、狂女、亡霊、超自然、宿命の女、人形、蛇、カストラート……彼方へと誘う魅惑の14篇。
10位:コラージュ・シティ(SD選書)
理想都市は歴史のコラージュがつくる。それは「記憶の劇場」になると同時に、「未来を予言する場」へと導く。ファンタジーやノスタルジアでデザインされた20世紀都市からの脱却を追求する名論。〔1992年刊の新装版〕
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artscape編集部のランキング解説
現在ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)で個展を開催中(10月23日[土]まで)のアートディレクター葛西薫氏は、同展覧会のタイトルに冠した「ノスタルジア」という言葉について、「意味のないもの、分からないものへの興味。その深層にあるもの」「手作業から生まれるもの」だと語ったそうです(展覧会概要より)。制作におけるアナログな行為の一つひとつに付随する匂いや音によって呼び起こされる、身体に宿っていた原始的な感覚。彼のキャリアの最初期における数々のレタリングやスケッチ、あるいは手書きの映画・小説のタイトルロゴの仕事などを眺めると深く頷ける、葛西らしいユニークな「ノスタルジア」観です。
「過去や故郷を懐かしむ」といった文脈で使われることの多い「ノスタルジア」というキーワードで、すべてのジャンルの書籍のなかから抽出した今回のランキング。コミックや評論、小説、TRPGの関連書など多様な顔ぶれのタイトルが並びました。
「われわれが抱くノスタルジアとは、個人的なレベルの感傷のように思えても、やはりメディアの表象・言説を通して『想起』され『再構成』される過程で形作られる集合的記憶なのである」。4位にランクインした石岡学著『「地方」と「努力」の現代史 アイドルホースと戦後日本』の序盤では、二〇世紀後半以降における「ノスタルジア」についてこう書かれています(同書p.25)。ハイセイコーやオグリキャップ、ハルウララといった、地方競馬を出自に持ち、やがて社会現象を巻き起こした競走馬たちのメディア上での描かれ方を入り口に、「客観的事実かどうかは問われずに、収まりのいい物語が定型化していくというプロセス」を丁寧に分析していくなかで、戦後の日本人たちが自身を重ねる競走馬たちの「立身出世」のストーリーや、地方-中央/田舎-都会の関係、ノスタルジアが発生する場所に潜在する現状批判の精神など、登場するトピックがいずれも興味深い本書は、競馬には特に興味がないという方にもおすすめの一冊です。「過去を振り返るという行為は、実際はいま自分がここにいることの理由を探す行為である。(中略)人はそこに何か必然的な理由があるはずだ、あるいはあってほしいという『願望』をかかえている。だからこそ、理解しやすいストーリーが語られ、そして受け容れられ、いつしかそれはあたかも『個人の記憶』であるかの如く感受されるようになっていくのである」(同書p.18)。
10位の『コラージュ・シティ』も注目したい一冊。1992年に初版が刊行された、「記憶の劇場」としての側面を持つ都市のデザインについて書かれた名著です。過去のアメリカの西部開拓時代などの風景をモデルに「シンボリックなアメリカのユートピア」としてデザインされたディズニー・ワールドにおける景観や、SF的な想像力を掻き立てる都市の将来像のドローイングを残した前衛建築家集団アーキグラムなどへの言及も。
あなたにとって「ノスタルジア」とは、どのようなときに喚起される感覚でしょうか。このワードひとつ取っても、その裏にさまざまな社会的事象やメディアのあり方、あるいはフィクションにしか描き出せない甘美な感情、「ノスタルジア」そのものに対する懐疑など、関連付けられるトピックの幅広さを感じさせる今回のランキングでした。
2021/10/01(金)(artscape編集部)