artscapeレビュー
書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー
松江泰治『jp0205』
発行所:青幻舎
発行日:2013年03月15日
以前の松江泰治の写真集は、地表や都市を一定の距離を置いて撮影したモノクローム写真を素っ気なく並べただけだった。だが、2000年代以降、そのあり方が大きく変わってきている。一作ごとにスタイルを変え、遊び心、サービス精神が発揮されるものになっているのだ。この『jp0205』も、ページをめくっていくたびに、目の前にあらわれてくる眺めを追うだけで実に愉しい。
本作は2006年に刊行された『jp-22』(大和ラヂヱーター製作所)の続編にあたるもので、静岡県を舞台にした前作に続いて青森県(jp-02)と秋田県(jp-05)の各地を空撮している。写真集の解説の清水穣の文章(「無限遠と絶対ピント──松江泰治の空撮写真」)の言葉を借りれば、「晴天、順光、低空、真正面、絶対ピントという五つの条件を全て満たしうる」本作は、「jp」シリーズにおける松江のスタイルが、完全に確立したことを示している。その最大の見所は、彼が試行錯誤の末に見出した絶妙な視点の取り方によって、それぞれの土地の原像とでも言うべきものが鮮やかに立ち上がってくることだ。秋田県象潟の水田の風景は、雨期になると日本の農村の地表が水の膜によって覆い尽くされることを示す。あらゆる場所に点在する春の桜のピンク色の塊、小さな矩形の石がちらばっているような墓地も日本独特の眺めだろう。三内丸山の縄文遺跡と石油コンビナートが、共通の構造を持つように見えるのも面白い。一枚一枚の写真から発見の歓びが伝わってくる。こうなると最終的な目標は、47都道府県すべての「jp」シリーズがそろうということになるのだろうか。
2013/04/24(水)(飯沢耕太郎)
村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
発行日:2013/04/12
村上春樹の小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読む。文体、比喩、形式、寓意と相変わらずの物語力である(これを謎解きのミステリーとして追いかけると、はぐらかされるだろうが)。今回は特に舞台となる名古屋ネタと主人公の駅設計業も楽しめた。ともあれ、本書では死ぬような思いをして生き残った主人公が、唐突に失われた共同体=美しい色のハーモニーをめぐって封印された過去/記憶と向きあい、未来に歩きだそうとする。はっきりと3.11には言及しないが、震災後文学でもある。
2013/04/20(土)(五十嵐太郎)
カタログ&ブックス│2013年4月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
キャパの十字架
若き日、ロバート・キャパの半自伝作品『ちょっとピンぼけ』を読んだ沢木耕太郎さんは、〈見るだけにすぎない〉傍観者として彼に強いシンパシーを持ちました。以来、キャパに関心を持ち続け、その伝説に包まれた出世作「崩れ落ちる兵士」の謎を解き明かすことが積年のテーマとなったのです。スペインをはじめ、世界各地で数度にわたる取材を敢行、その結果、驚くべき地点に立っていることに沢木さんは気づきます。キャパとその恋人、ゲルダ・タローが遺した物語とはーー。渾身のノンフィクション。(IH)
[文藝春秋サイトより]
地域を変えるミュージアム
人がつながり、アイデアがひらめき、まちがもっと元気に、クリエイティブになる。そんな場となり、みんなに嬉しい変化をもたらしているミュージアムがある。藁工ミュージアム(高知市)、せんだいメディアテーク(仙台市)、星と森と絵本の家(三鷹市)、津金学校(北杜市)、理科ハウス(逗子市)……全国各地から厳選した30事例を豊富な写真とともに多角的に紹介。見て・読んで楽しいだけでなく、まちづくりや場づくりのヒントが一杯の一冊です。
[英治出版サイトより]
新宿学
江戸時代の新場と遊郭、玉川上水、大名屋敷が、新宿発展の原点だった。
一日350万人の乗降客を誇る世界最大のターミナル駅を中心に、新宿のこれからを展望する。図版90点・「淀橋・追分・御苑,散策大路・散策小路めぐり」まち歩きガイド付。江戸の宿場町「新宿」のまちの今昔そして「未来図」を、土地利用、都市計画の要素も視野に入れながら、様々な切り口で明らかにする。江戸時代の宿場町として誕生以来、時代を先取りして発展してきた「新宿」のまちの今昔そして未来を、地理地形、街道、遊郭、大名屋敷、上水道、鉄道とターミナル、老舗、歌舞伎町、西口高層街など、土地利用、都市計画の要素も視野に入れながら、様々な切り口で明らかにする。新宿再開発による、緑あふれる「淀橋・追分・御苑 散策大路・散策小路」の実現も提唱。
[紀伊國屋書店BookWebサイトより]
吉本隆明
戦後思想最大の巨人をもっとも長期にもっとも近くで撮り続けた写真家による肖像を没後一年に集成。生涯市井にあったその思考と生活の現場を刻印する記念碑的出版。序文=吉本多子。
[河出書房サイトより]
虚像の時代 東野芳明美術批評選
ネオ・ダダ、ポップアート、デザイン、建築、マクルーハンなどの最新動向を紹介し、戦後の日本美術を拡張した批評家、東野芳明が、1960年代に様々な媒体に寄せたスピード感溢れる批評を収録した。東野芳明というと、マルセル・デュシャンの研究者という印象もあるが、本書では、現代的な観点から、評論をセレクトしている。特に、同時代の芸術状況をメディア論として捉えようとしたテキストや、日記体による同時代の作家達とのやりとりなど、生中継のような批評のあり方に注目して欲しい。また、この時代を共に歩んだ建築家・磯崎新が解説を執筆している。
2013/04/15(月)(artscape編集部)
カタログ&ブックス│2013年3月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
平成24年度[第16回]文化庁メディア芸術祭受賞作品集
今年度の全ての受賞作品、審査委員会推薦作品、功労賞の詳細、各部門審査委員の講評および対談を収録した受賞作品集。16年間のメディア芸術祭のあゆみが分かる年表付き。
[文化庁メディア芸術祭サイトより一部抜粋]
路上と観察をめぐる表現史
考現学の「現在」
観察の名手たちと、「つくり手知らず」による、路上のマスターピース。今和次郎らが関東大震災を機に始めた「考現学」とは、東京の街と人々の風俗に注目し、生活の現状を調査考察するユニークな研究でした。その後、1986年に結成された路上観察学会をはじめ、「路上」の事物を「観察」することで市井の創造力に注目する活動が、現在にいたるまでさまざまな分野で展開されています。広島市現代美術館で開催される「路上と観察をめぐる表現史―考現学以後」展では、観察者が路上で発見した創作物をあらためて紹介するとともに、観察/発見という行為が「表現」に昇華する様子を検証します。本展の公式書籍である本書は、出品作家による作品図版・貴重資料はもとより、都市論、建築学、表象文化論、美術批評などさまざまなフィールドの論考やコラムを収録し、路上と観察をめぐる壮大なクロニクルを多角的に考察していきます。
[フィルムアート社サイトより]
イメージの進行形
ソーシャル時代の映画と映像
ゼロ年代批評の到達点にして、新たなる出発点 ネットを介して流れる無数の映像群と、ソーシャルネットワークによる絶え間ないコミュニケーションが変える「映画」と社会。「表層批評」(蓮實重彦)を越えて、9.11/3.11以後の映像=社会批評を更新する画期的成果、待望の書籍化。 ウェルズから「踊ってみた」まで、カントから「きっかけはYOU!」まで「今日のグローバル資本主義とソーシャル・ネットワーキングの巨大な社会的影響を踏まえた、これまでにはない新たな「映画(的なもの)」の輪郭を、映画史および視覚文化史、あるいは批評的言説を縦横に参照しながらいかに見出すかーーそれが、本書全体を貫く大きな試みだったといってよい。つまり、筆者が仮に「映像圏Imagosphere」と名づける、その新たな文化的な地平での映像に対する有力な「合理化」のあり方を、主に「コミュニケーション」(冗長性)と「情動」(観客身体)というふたつの要素に着目しつつ具体的な検討を試みてきたわけである。」 [人文書院サイトより]
梯子・階段の文化史
古今東西にみる梯子・階段は、グランド・デザインに組み込まれたデザイン性の高いものから、日常生活に密着したごく素朴なものまで、その形態や用途も含めてさまざまで、その多くが後者のような民衆の文化や現実の生活に密着した存在であることが見えてくる。本書は、建築の発生のはるか以前から、風土や生活の必要性の中から生まれた梯子や階段について、370余点に及ぶ図版・写真等の絵的資料を中心に簡潔にまとめたものである。その誕生の時期や由来、用途、木工技術と材料、階段にまつわる数々の疑問点、家具としての歴史、安全性の考察等、古代から現代までの梯子と階段をあらゆる角度から詳述した唯一の書。
[井上書院サイトより]
現代建築家コンセプト・シリーズ14
吉良森子 これまで と これから ― 建築をさがして
オランダを主な拠点に活躍する吉良森子は、長い時間のスパンのなかで建築を考えている。16世紀末から幾度も改修が繰り返されてきた「シーボルトハウス」や19世紀末に建てられた教会の改修を手がけた経験から、吉良は新築の設計を手がける際にも、その建築が将来の改修でいかに「変わる力」を持つことができるかを考えるようになったという。数十年、数百年の間、改修を重ねながら生き生きと使い続けられる建築とはどのようなものなのか。そこに至るまでの過去「これまで」と「これから」を生きていくクライアントや場所と近隣との出会いからひとつの建築が生まれる。土地や建築、歴史、かかわる人々との対話から始まる吉良森子の設計プロセスが丹念に描き出される一冊。バイリンガル
[LIXIL出版サイトより]
2013/03/15(金)(artscape編集部)
川床優『漱石のデザイン論──建築家を夢見た文豪からのメッセージ』
夏目漱石の講演録や手紙などをもとに著者自身のデザイン論を著した一冊。武蔵野美術大学で建築を学んだ著者はインテリア出版「ジャパン・インテリア・デザイン」編集部などを経て、現在は株式会社メディアフロント代表を務めている。漱石のデザイン論を期待する人なら、物足りなさを感じるかもしれない。ただ、もともと著者が学生向けの教科書を自費出版したものに加筆し出版したということなので、「文化・歴史的背景 漱石の発言 著者の持論」の構成や内容には十分納得がいく。漱石は文学の道に進む前に建築家を志していた。「自分は元来変人だから、このままでは世の中に容れられない(…中略…)こちらが変人でも是非やって貰わなければならない仕事さえ居れば、自然と人が頭を下げて頼みに来るに違いない。そうすれば飯のくいはぐれはないから安心だというのが、建築科を択んだ一つの理由。それと元来僕は美術的なことが好きであるから、実用と共に建築を美術的にしてみようと思ったのが、もう一つの理由であった」★1と漱石はいう。親友の忠告によって建築家への道は断念するが、本書の随所に見られる漱石の芸術・文明批判は興味深い。[金相美]
2013/03/01(金)(SYNK)