artscapeレビュー
書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー
大橋仁『そこにすわろうとおもう』
発行所:赤々舎
発行日:2012年11月20日
年も押し詰まってきた時期に、とんでもない重量級の写真集が届いた。大橋仁の『そこにすわろうとおもう』はA3判、400ページ、重さはなんと5キロもある。デビュー作の『目のまえのつづき』(青幻舎、1999)以来、彼の作品には「これを撮らなければならない」という思い込みの強さを、恐るべき集中力で実際に形にしていく気魄に満ちあふれている。時にその強引さに辟易することもないわけではないが、被写体との関係が穏やかで希薄になりがちな日本の現代写真において、アウトロー的な凄みを前面に押し出す彼の存在そのものが貴重であるといえそうだ。
今回も、最初から最後まで全力疾走で突っ走る「奇書」としかいいようがない写真集だ。「奇書」というのはむろん褒め言葉で、「奇妙」でありながら「奇蹟」でもあるということ。中心的なテーマは、男女数百人が入り乱れるオージー(集団乱交)の現場なのだが、その様子を、ここまで徹底して微に入り細を穿って撮影し続けたシリーズは、いままでほかになかったのではないだろうか。大橋の視線は、彼らのふるまいに対する純粋な驚きと好奇心と共感とに支えられており、腰が引けた覗き見趣味やネガティブな感情とは無縁のものだ。「奇妙」でありながら「奇蹟」でもあるというのは、実は彼の基本的な人間観でもあるのだろう。大橋が本書の刊行にあたって書いた文章の次の一節からも、そのことがよくわかる。
「今日この場に、自分が生きていること、この世というひとつの場所に人類がそろって生きていること、自分はそこにすわろうとおもった」。
今回一番問題になったのは「性器」の扱い方ではなかっただろうか。現在の日本の出版状況においては、男女の性器が露出した状態で写っている写真を掲載・出版するのはかなりむずかしい。結果的に、本書では局部にぼかしを入れた印刷を採用した。これはとても残念なことだ。おそらく、一番心残りなのは大橋本人だろう。いろいろ問題はあるだろうが、すべてをクリアーに印刷した「海外版」の刊行を考えてもいいと思う。
2012/12/30(日)(飯沢耕太郎)
野村次郎『峠』
発行所:Place M
発行日:2012年12月1日
2011年2月~3月に新宿御苑前のギャラリー、Place Mで開催された野村次郎の個展「峠」について、本欄に以下のように描いた。
「怖い写真だ。会場にいるうちに、背筋が寒くなって逃げ出したくなった。(中略)落石除けのコンクリートや枯れ草に覆われ、時には岩が剥き出しになった崖、その向こうに道がカーブしていく。時折ガードレールに切れ目があり、その先は何もない空間だ。それらを眺めているうちに、なぜかバイクごと崖に身を躍らせるような不吉な想像を巡らせてしまう。そこはやはり『立ち入り禁止の林道』であり、写真家はすでに結界を踏み越えてしまったのではないか」
こんなふうに感じたのには理由があって、野村が一時期精神的に不安定な状態に陥り、「引きこもり」の状態にあったことを知っていたからだ。自宅の近くにある林道を撮影したこの連作に、そのときの鬱屈した心情が写り込んでいるのではないかと想像したのだ。
ところが、今回写真集として刊行された『峠』を見て、やや違った思いを抱いた。たしかに「怖い写真」もある。だが「峠」には時折日が差しこみ、風も吹き渡っている。そこから伝わってくる感情は、閉塞感だけではないようだ。作者の野村自身は、「あとがき」にこう書いている。
「峠。そこは、ある意味閉ざされた場所で、お互い符号を持たない同士ゆえ、僕には開放感をあたえてくれる」
「符号を持たない同士」という言い方はややわかりにくいが、写真学校を中退して引きこもってしまった野村と、人もあまり通わずほとんど見捨てられてしまった林道のあり方が重ね合わされているということだろう。彼がそこにある種の「開放感」を見出していたということが、今回写真集のページを繰っていてよくわかった。撮影期間は2002~2011年。野村がPlace Mの存在を知り、再び写真に取り組み始めた時期だ。そこには恢復への希望が託されているようでもある。
2012/12/24(月)(飯沢耕太郎)
カタログ&ブックス│2012年12月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
文化からの復興──市民と震災といわきアリオスと
福島第一原発から約40キロに立地する「いわき芸術文化交流館アリオス」では市民と一体となって文化による復興にチャレンジしている。
本書は震災直後の緊迫した状況を現場の声から振り返り、アリオスと地域のユニークな取り組みや東北3県の主要文化施設のキーパーソンらとの座談会、そして文化からの復興の意味を考える。震災後の未来を「文化の力」「アートの力」から展望し、公共文化施設と芸術文化の持つ可能性と、その役割について多方面から考察した本書は、地方行政関係者、指定管理者、市民団体やアーティストを始めとして、震災復興まちづくりに携わる全ての人、必読の1冊である。
[水曜社サイトより]
photographers' gallery press no. 11
2011年3月の東日本大震災と福島第一原発事故以来、被災状況などを記録した数多くの写真が撮影されています。災害を記録するとはどういうことか、この度の震災は写真というメディアに多くの問いを投げかけています。
本誌では、関東大震災直後の鉄道、圧倒的な規模の土砂災害、近代最大級のトンネル工事を記録した、3つの写真帖を約200頁にわたって収録し、伊藤俊治氏・平倉圭氏の書き下ろし原稿とともに、災害表象をこれまでにないかたちで捉え直します。また気鋭の執筆陣を迎え、これからの写真や美術、批評のあり方を導くような濃密な論考・対談を掲載いたします。
[photographers' gallery サイトより]
超域文化科学紀要 第17号─2012
超域文化科学専攻所属教員と学生による研究論文集。比較文学比較文化、表象文化論、文化人類学という3つのコースが、それぞれのアプローチの特徴を生かし、様々な文化的・社会的現象を分析する場である。掲載される論文は、本専攻所属の教員による厳格な審査を経ている。
[東京大学大学院総合文化研究科サイトより]
前田敦子はキリストを超えた──〈宗教〉としてのAKB48
AKB48の魅力とは何か?なぜ前田敦子はセンターだったのか?
〈不動のセンター〉と呼ばれた前田敦子の分析から、AKB48が熱狂的に支持される理由を読み解いていく。なぜファンは彼女たちを推すのか、なぜアンチは彼女たちを憎むのか、いかにして彼女たちの利他性は育まれるのか……。握手会・総選挙・劇場公演・じゃんけん大会といったAKB48特有のシステムを読み解くことから、その魅力と社会的な意義を明らかにする。
圧倒的情熱で説かれる、AKB48の真実に震撼せよ!
[筑摩書房サイトより]
2012/12/17(月)(artscape編集部)
魅惑の日本の客船ポスター
会期:2012/10/06~2012/11/25
横浜みなと博物館[神奈川県]
明治時代後期から現代まで、海運会社が集客・集荷のための宣伝のためにつくってきたポスターの変遷をたどる展覧会。300点近いポスターを、時代、社会環境、船の役割の変遷を中心に6つのパートに分けて紹介している。第1は「引札・汽船号からポスターへ」。明治時代には商店・商品の宣伝に用いられた引札と同じ手法を海運業者が利用していたが、遠洋航路の発展とともにそれがポスターに代わる。デザインには美人画が多く用いられていたのは、同時期の百貨店やお酒のポスターに類似する広告の手法である。第2は「美人画ポスターから船のポスターへ」。第一次世界大戦による船舶需要の拡大は日本の海運会社に繁栄をもたらし、大阪商船などは勢力を誇示するような迫力のあるポスターをつくる。また、美人画に代わって船そのものがデザインの主題になっていった。第3は「客船就航告知と船の旅」。戦間期には船の画像にとどまらず、観光地や旅の楽しみをイメージしたポスターなどがつくられて、人々を船の旅に誘った。里見宗次によるポスター(日本郵船、1936)や、ゲオルギー・ヘミング(ピアニストのフジコ・ヘミングの父)のポスター(日本郵船、1932)などには、フランスのポスター画家カッサンドルの影響も見て取れる。第4は「華やかなポスターと戦争」。台湾や満州などへの航路が充実し、新造船の就航がアナウンスされる。デザインには画家やデザイナーも活躍。3つの新造船を三人姉妹に例えた小磯良平のポスター(日本郵船、1940年)もすばらしい。しかし、1942年以降客船は接収され、軍艦や輸送船となって戦闘に参加。大半が失われてしまった。第5は「減少する客船ポスター」。敗戦によって客船が失なわれたが、南米移民の増加は新たな天地での生活をイメージしたポスターをもたらした。しかし、移動の主役が航空機に代わるとともに、客船ポスターも減少する。第6は「ポスターはクルーズへ誘う」。移動のための手段から、レジャーを楽しむクルーズ船の時代になった現在、ポスターのデザインも青い海に浮かぶ白く豪華なホテルというイメージが多用されていることが示される。たんに懐古趣味のポスター展覧会ではない。日本の海運業発展の歴史ばかりではなく、印刷史、広告史、同時代の社会状況までをも視野に入れた、充実したポスター史の展覧会であった。[新川徳彦]
2012/11/21(水)(SYNK)
カタログ&ブックス│2012年11月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
「3.11とアーティスト|進行形の記録」記録集
水戸芸術館現代美術ギャラリーにて開催中の展覧会「3.11とアーティスト|進行形の記録」の記録集。展示風景の写真と震災以降の活動概要で同展を再現するほか、参加作家へのメール・インタビューとテキスト(竹久侑、鷲田清一、椹木野衣、畠山直哉)によって、震災以降の社会の変動を辿る。震災以降の社会事象(震災・原発/文化・芸術)をまとめた年表も収録。「あれから」を見つめ「これから」を考えるための、もうひとつの「現在形の記録」。
アーカスプロジェクト 2010-2011 いばらき 活動記録集
茨城県の守谷とその周辺地域を起点に、国際的に活動するアーティストが滞在制作を行うアーティスト・イン・レジデンスプログラム。レジデンスプログラムの紹介に加えて、過去に招聘したアーティストの現在の活動を追うアーティスト一覧や地域プログラムについての項目が設けられた、アーカスプロジェクト2010年から2011年の活動記録。[ARCUS サイトより]
アートスクールで学ぶ 101のアイデア
アートの“本質”を身につけるための発想とは何か。作り、観て、深く感じるための方法が満載!ドローイングの基本、表現形式や素材の選び方から、構図の作り方、観察力の養い方まで。制作のテクニックと世界と対話するためのすべて─。[本書表紙より]
IMA 2012 Autumn Vol.1
特集テーマは「家族」。写真が生まれてから今日に至るまで、洋の東西を問わず、数えきれない写真家がテーマとしてきた「家族」。この100年のバラエティに富んだ作品を振り返ることで、多様な世界観と手法の違いを楽しみ、また変革する世界の流れに思いを馳せる。[IMA サイトより]
陰影論 デザインの背後について
速度と効率最優先の資本主義とデザインが、自然と環境を廃墟へと導く。運動/静止、強さ/弱さ、表層/深層と、見失われた微妙な空間に潜む〈陰影〉の豊かなダイナミズムを、デザインは捕捉・蘇生し、新たな社会を構築できるか─。[本書帯より]
森山大道 カラー color
東京 2008-2012。白と黒のコントラスト、粒子のテクスチャー、フィルムと印画紙のマチエールを離れ、「色」に溺れることもなく、「そこにある東京」をコンパクトデジタルカメラ片手に4年にわたり撮りつづけた待望の最新作=カラー作品集![月曜社 サイトより]
2012/11/15(木)(artscape編集部)