artscapeレビュー
書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー
田口順一『音楽』
発行所:冬青社
発行日:2013年7月10日
高橋国博が主宰して、東京・中野でギャラリーと出版の活動を続ける冬青社からは、時折ユニークな写真集が刊行される。田口順一の『音楽』と題する写真集もそんな一冊だ。
田口は1931年、新潟県生まれだから、東松照明や奈良原一高など、VIVOの写真家たちと同世代にあたる。日本大学芸術学部音楽学科の作曲コースを卒業後、ずっと千葉県の高等学校で教鞭をとりながら現代音楽の作曲家として活動してきた。千葉県立幕張西高等学校の校長を退任後は、武蔵野音楽大学大学院の教授も務めている。その彼は、船橋写真連盟に属して写真家としても作品を発表してきた。「50年間音楽と関わり作曲活動を続けて来ましたが、その活動の足跡と共に、『今の私のあり様』をまとめて」みたのが、今回の写真集ということになる。
ページを開くと、五線譜、ト音記号、自作の曲の楽譜のコピーなどの間に、おそらく身近な場面で撮影したとおぼしき写真が並ぶ。壁、地面、コンクリートの塀などをクローズアップで撮影したそれらの写真群は、周囲の環境からは切り離されて、色彩と物質感のみの表層的なイメージとして抽象化されている。それらのたたずまいは、たしかに視覚的な「音楽」としか言いようのないものであり、田口がそこから確実に何かを聴きとっていることが伝わってくる。ありそうであまりない試みであり、実際に曲を流して、スライドショーのような形で見せても面白いかもしれないと思った。
2013/08/15(木)(飯沢耕太郎)
蔵真墨『氷見』
発行所:蒼穹舍
発行日:2013年7月8日
写真学校の卒業制作の審査などをしていると、自分の生まれ育った家やその周辺を撮影した作品がけっこうたくさん出てくる。たいていは女子学生が撮影しているのだが、密かに僕が「里帰り写真」とか「実家写真」と呼んでいるそんなテーマは、流行とまではいかないにしても根強い人気を保っているようだ。ただ、その大部分は被写体の撮りやすさに甘え切っていて、どれも似たようななまぬるい感触になってしまっている。蔵真墨の『氷見』を見ると、同じ「里帰り写真」でも、そのアプローチの仕方によっては、まったく違ったものになりうることがよくわかるだろう。
富山県氷見市は、蔵にいわせれば「海と山、漁港と田んぼ、長いシャッター商店街と国道沿いに店舗群があるような田舎町」だ。たしかに、そこに写っているのは、日本中どこにでもあるような風景、家族や親戚の姿である。だが、それらが、まさに2000~2013年という撮影の時期に見合った、身も蓋もないほどのリアリティを持って迫ってくるのは、ひとえに蔵が「近しい人や見慣れた風景を客観的にとらえることが可能か」という課題に、まっすぐに取り組んでいるからだろう。路上スナップの凄みを味わわせてくれた快作『蔵のお伊勢参り』(蒼穹舍、2011)とはむろん違った撮り方だが、この写真集でも「見慣れた」被写体を見つめる彼女の視線には一点の曇りもない。とはいえ、写真が冷ややかで暴露的に見えるかというと決してそうではなく、故郷の「独自の奥深い魅力」への愛着もしっかりと伝わってくる。
2013/07/30(火)(飯沢耕太郎)
あいち建築ガイド
発行所:美術出版社
発行日:2013年7月27日
あいちトリエンナーレ2013の公式ガイドブックには、ぽむ企画によるイラスト付き名古屋建築のエッセイを収録したが、これとは別に155件を紹介する『あいち建築ガイド』が刊行された。芸術祭に併せて、建築マップもつくるのは相当大変だったが、あいちならではの試みになった。トリエンナーレで155の作品が増えたと思って、街歩きを楽しんでもらうことが、制作の狙いである。以下に「あいち建築ガイド」の特徴を挙げよう。
第一に、愛知県全域からまんべんなくというよりは、名古屋の中心部と岡崎など、あいちトリエンナーレの会場周辺やオープンアーキテクチャーの物件絡みが詳しくなっていること。したがって、前回と今回の会場になっているまちなかのビル、アート関係の建築などを小まめに拾っている。まちなか展開の作品を巡るとき、この本も持っていると、まわりの一見普通に見えるビルも楽しむことができるだろう。とはいえ、もちろん豊田市美術館などの重要な建築は入っている。第二に、トリエンナーレが記憶をテーマにしていることから、すでに消えた建築も入っていること。例えば、先日見たらもう解体されていた大名古屋ビルヂング、旧国鉄名古屋駅などである。第三に、通常こうした建築ガイドにないインテリア物件も、MESHの会の協力で、多数紹介していること。第四に、東海テレビの街歩きで有名な高井一と五十嵐で建築散歩する対談を巻頭に収録しつつ、また渋ビル、地下街、劇場、結婚式教会、都市計画、ランドスケープなどのコラムを収録したこと。許可がもらえず、泣く泣く掲載できなかった物件も、こちらの文章で触れることになった。最後に本書の序文を引用しよう。トリエンナーレが終わっても、「建築は存在し続けている。まちなかはミュージアムなのだから。そう、建築を楽しめるスキルを身につけると、まちなかは終わらない展覧会として、いつも目の前に広がっている」。
2013/07/26(金)(五十嵐太郎)
東松照明『Make』
発行所:SUPER LABO
発行日:2013年5月
写真の本質は「Take」(撮ること)なのか、それとも「Make」(作ること)なのか。そんな議論が話題を集めたのは1980年代、「コンストラクテッド・フォト」とか「ステージド・フォト」とか称される、あらかじめセットを組んだり、場面を演出したりして撮影するスタイルがいっせいに登場してきた時期だった。「Take か、Makeか?」という二者選択として論じられることが多いが、必ずしもそうとは言えないことが、この写真集を見ているとよくわかる。というより東松照明は、そのスタートの時期から「Take」と「Make」を混在させたり、行き来したりする操作をごく自然体でおこなうことができる写真家だった。何しろ、彼のデビュー作である愛知大学写真部の展覧会に出品された「皮肉な誕生」(1950)や「残酷な花嫁」(同)が、すでに「Make」の要素をたっぷりと含んだ作品だったのだ。
それから2000年代に至るまで、東松は倦むことなく「Make」作品を制作し続けた。「ニュー・ワールド・マップ」(1992~93)、「ゴールデン・マッシュルーム」(1988~89)、「キャラクターP」(1994~)など、見るからに「Make」的な作品もあるが、「プラスチックス」(1988~89)などは、見た目は「Take」の写真に思える。ただこうしてみると、彼の写真家としての体質の根源的な部分に「Make」への衝動があり、それが何か大きな転機をもたらすきっかけになっていたことは間違いないと思う。
本書は東松が生前から企画し、作品の選択や構成も自分で決めていたのだという。用意周到というしかない。むしろ若い世代の写真家たちにとって、東松照明を新たな角度から見直す、いい機会になるのではないだろうか。
2013/07/24(水)(飯沢耕太郎)
カタログ&ブックス│2013年7月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
「内臓感覚─遠クテ近イ生ノ声」展カタログ
人間の諸感覚の中でもより原始的・根源的な「内臓感覚」を手がかりに、その内なる感覚に響き、語りかけ、新たな知覚の目覚めにつながる現代の表現を巡っていく展覧会「内臓感覚─遠クテ近イ生ノ声」。
その13組の出品作家の作品とテキスト、豊永政史によるアートディレクションで、内臓感覚を揺さぶる渾身の1冊が刊行されました。
[金沢21世紀美術館サイトより]
前橋市における美術館構想 プレイベントの記録 2012・4-13・3
2013年10月にオープンする群馬県前橋市の美術館「アーツ前橋」の準備のためにおこなった、約一年間の事業をまとめた一冊。ZINEをつくるアートスクールをはじめ、韓国人アーティストのペ・ヨンファンを招聘したアーティストインレジデンス、off-Nibrollを講師としたダンスワークショップ、数多くの地域アートプロジェクトなど、地域と芸術文化を結びつける実践が数多く紹介されている。
現代建築家コンセプ・トシリーズ15 菊地宏 バッソコンティヌオ 空間を支配する旋律
1972年生まれの菊地宏が建築を志した90年代から「白い建築」が注目を集めていた。建築が白ければ模型も白く、平面図では色を表現する余地がない。菊地には、建築をめぐるこの状況は、モードのうえにモードを重ね、より視野を狭めて進んでいるように思えた。なぜこれほどまでに建築は自由を奪われてしまったのか、白の呪縛から逃れ、豊かな空間をつくることができるのだろうか──。
菊地の設計活動は、こうした問いと向き合い、歴史や自然のなかに範を探していくものとなった。
空間の豊かさは、自然のリズムと協調することから生まれてくる。菊地は、環境、方角、季節、時間、光、色といった要素と人間をどのように結びつけられるかを丁寧に探り当てる。建築の最新モードから離れ、豊かな空間についてあらためてじっくりと考えるための一冊。
[LIXIL出版サイトより]
リアル・アノニマスデザイン──ネットワーク時代の建築・デザイン・メディア
物と情報は溢れ、誰もがネットで自由に表現できる現在、建築家やデザイナーが「つくるべき」物とは何か。個性際立つ芸術作品?日常に馴染んだ実用品?その両方を同時に成し遂げたとされる20世紀の作家・柳宗理の言葉“アノニマスデザイン”を出発点に、32人のクリエイターが解釈を重ね、デザインの今日的役割を炙り出す。
[学芸出版社サイトより]
Project ‘Mirrors’ 稲垣智子個展
2013年2月5日〜26日に京都芸術センターで行われた「Project ‘Mirrors’ 稲垣智子個展」のカタログ。展覧会では、作家の稲垣自身がキュレーションした「beautiful sʌn」と批評家・高嶋慈がキュレーションした「はざまをひらく」という2つの個展が同時開催された。本カタログは、この2つの個展をもとに編集者・多田智美が制作したもので、それぞれの個展をまとめた2冊のビジュアルブックと、稲垣のインタビューと高嶋の批評テクストをまとめたテクストブック、計3冊をひとつの本に収めている。
2013/07/16(火)(artscape編集部)