artscapeレビュー

デザインに関するレビュー/プレビュー

手塚治虫×石ノ森章太郎──マンガのちから

会期:2014/01/15~2014/03/10

大阪歴史博物館[大阪府]

二人の偉大なマンガ家、手塚治虫(1928-1989)と石ノ森章太郎(1938-1998)の歩みに焦点を当て日本のマンガとアニメの源流を探る展覧会。二人による未使用原稿や生原稿、関連映像などが展示されている。また手塚治虫と石ノ森章太郎に影響を受けた各界のクリエーターたちやその作品も紹介されている。マンガの展覧会となると生原稿や資料をガラスケースに並べる場合が多く、時折退屈するものもあるが、同展はトキワ荘の再現やめくって読めるマンガ本、多様な記録映像など、さまざまな工夫が凝らされており、いっそう楽しむことができる。[金相美]


展示風景(トキワ荘の再現)

2014/01/18(土)(SYNK)

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パテック フィリップ展──歴史の中のタイムピース

会期:2014/01/17~2014/01/19

明治神宮外苑 聖徳記念絵画館[東京都]

スイス・ジュネーヴの最高級時計ブランド、パテック・フィリップ社の創立175周年および日本・スイス国交樹立150周年を記念し聖徳記念絵画館で展覧会が開催された。ロシア圧制下にあったポーランドからスイスに亡命したアントワーヌ・ノルベール・ド・パテックと時計師フランソワ・チャペックによって創業されたパテック・チャペック社がその起源で、後にフランスの天才的な時計師ジャン=アドリアン・フィリップと出会い、1851年にパテック・フィリップ社と改称された。英国のヴィクトリア女王や夫であるアルバート公、作曲家のチャイコフスキーやワーグナー、作家のトルストイなど、多くの偉人たちが顧客となってきた時計メーカーである。今回の展覧会は、聖徳記念絵画館を舞台に、ジュネーヴのパテック・フィリップ・ミュージアムが所蔵する19世紀半ばから20世紀初めまでの懐中時計の名品80点が、それぞれの絵画に合わせて展示された。絵画館が会場に選ばれた理由は、主に3つ。パテック・フィリップ社が名声を確立した時代が日本の明治時代にあたること。明治天皇が時計好きであったということ。岩倉具視らの使節団が1873(明治6)年にヨーロッパを訪問した際にパテック・フィリップ社を見学した★1という歴史的な縁があるということ、である。
 絵画館の重厚な空間、明治天皇の事績が描かれた日本画と洋画80点を背景に、ほぼ同時代の懐中時計がケースに入って並んでいる。通常、歴史的な製品を紹介するのであればその製品の説明ばかりではなく、時代背景の紹介も必要となろう。しかしここにはすでに絵画と解説パネルが設置されており、それ以上の説明はいらない。空間それ自体が「伝統と革新」というパテック・フィリップ社のイメージと見事に一致している。とてもシンプルな会場構成であったが、それがなによりも効果的であった。
 スイスの時計産業は1970年代のクオーツ・ショックで大きな打撃を受けた。しかしながら、その後の日本の時計産業が低価格競争によって疲弊していく一方で、スイスの時計産業は高級路線によって再編され、売上を拡大してきた。そうしたスイス高級時計ブランドのなかでも、とくにパテック・フィリップ社は他のブランドに呑み込まれることなく、独自の路線を貫いてきた存在である。170年余という歴史や、著名人に愛されてきたことがブランドのイメージに資してきたことはもちろんであるが、そのものづくりの背後には、技術や素材における絶え間ない革新が見て取れる。それでいながら、100年前の時計でも修理できるという技術を保持し続けている。デザインにおいて流行を追うことはなく、外部のデザイナーと共同することもないというが、つねに新しい製品を出し続け、それでありながら不思議と過去の製品が古びては見えない。消費されるデザインではないのである。時計以外の製品を手がけることはなく、ブランドのイメージは拡散しない。需要が拡大してもやみくもに生産を拡大することはなく、独自の基準を設けて品質の保証を優先する。きらびやかな宝石によって付加価値を付けるのではなく、手作業による超絶的な加工・組み立てがそのまま製品の価値、価格として認められている。それらを実現しているのは自社の歴史と強みに対する正しい認識ではないだろうかと今回のコレクションを見て感じた。アジアとの価格競争に窮している日本の製造業を見るに、パテック・フィリップを初めとするスイス時計産業の歴史的展開には学ぶところがたくさんあると思う。[新川徳彦]

★1──久米邦武編著『米欧回覧実記』(86巻89~90頁)に記述されている。



展示風景

2014/01/17(金)(SYNK)

「みんなのサザエさん」展

会期:2014/01/15~2014/01/26

大丸ミュージアム神戸[兵庫県]

1969年の放送開始から今年で45年目を迎えるアニメ『サザエさん』の世界を再現した展覧会。「サザエさん」は第一回から現在まで変わらず日曜の夕方に放送されるスタイル、ギネス記録をもつ世界一の長寿アニメ。本展では、磯野家やあさひが丘商店街をセットでつくり、家の間取りを模型で示したりと、工夫をしてアニメの世界を具体化している。長谷川町子の漫画「サザエさん」は、1946年に連載が始まり74年まで続いた。戦後復興から高度成長期を経る、戦後30年の生活変化の大きな振れ幅を示しているわけだ。以後、映画化やアニメ化がされたので、社会風刺精神の効いた原作漫画とアニメは別物と言える。とはいえ、核家族ではなく三世代が一緒に暮らす家庭の平和な情景、平等な家族観、近所とのオープンな関係という昭和時代の社会文化や、サザエさんという戦後の新しい女性像/キャラクター設定が生み出す魅力について、考えさせられる展覧会であった。[竹内有子]

2014/01/17(金)(SYNK)

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大阪新美術館建設準備室デザインコレクション 熱情と冷静のアヴァンギャルド

会期:2014/01/17~2014/03/05

dddギャラリー[大阪府]

大阪新美術館建設準備室が所蔵するグラフィック・デザインのうち、ロシア・アヴァンギャルド、デ・ステイル、バウハウス、戦後オランダとスイスのデザインなど、1920~30年代と1950~60年代の優品約50点が展示された。同館のデザイン・コレクションは、2012年にサントリー・ポスター・コレクション約2万点の寄託を受けており、質・量ともに国内屈指の規模を誇る。その貴重な財産を積極的に活用するのは結構なことだ。実際、アレクサンドル・ロトチェンコ、エル・リシツキー、テオ・ファン・ドゥースブルフ、ヘルベルト・バイヤー、マックス・ビルといった巨匠の作品が並ぶ展示は素晴らしかった。その一方で、計画立案から30年を経て、未だに開館の目途が立たない美術館の現状には嘆息せざるをえない。初日のトークによれば、今年度中に基本計画案を提出し、議会の信任を得て、早ければ2020年頃に開館とのこと。しかし、同様の話を過去に何度聞いたことだろう。今度駄目だったら、いっそ永遠に準備室のまま漂流する方が革新的かもしれない(もちろん冗談だが)。

2014/01/17(金)(小吹隆文)

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アートが絵本と出会うとき──美術のパイオニアたちの試み

会期:2013/11/16~2014/01/19

うらわ美術館[埼玉県]

この展覧会はもともとは「前衛と絵本」というタイトルで企画されたと聞く(たしかに英文タイトルは「Avant-garde and Children」である)。すなわち、ロシア・アヴァンギャルドから現代アートまで、表現の先端にあり、かつ子どものための絵本においても実験精神を発揮した美術家たちの仕事を辿る展覧会である。展示はおおむね美術運動の時代別に7章に分けられ、美術家たちの多彩な作品を紹介するとともに、その制作活動のなかに絵本を位置づけている。第1章と第2章は海外の前衛美術運動と絵本の関係。単純な色と形、廉価な造本。革命直後のロシアにおいて絵本は子どもたちの教育と啓蒙の媒体であると同時に、ロシア・アヴァンギャルドの芸術家たちの実験の場であったことが示される。また、ダダや未来派などのタイポグラフィによる絵本の試みも面白い。第3章からは日本の前衛と絵本。村山知義、柳瀬正夢らの仕事には、同時代の海外の動向を取り入れつつ、それを独自の表現へと昇華させていった様が見て取れる。第4章は絵本における抽象表現の先駆けとして恩地孝四郎、第5章では絵本雑誌『コドモノクニ』(東京社)を舞台とした古賀春江らの幻想的な世界が紹介されている。第6章は、童詩雑誌『きりん』を中心とした吉原治良ら具体美術協会と絵本の関係。さらに元永定正の抽象絵本が多数紹介されている。第7章は池田龍雄、山下菊二、高松次郎、大竹伸朗ら、現代美術家が手がけた絵本である。
 なぜ美術家が絵本を手がけるのか。その理由はさまざまであるように見える。革命直後のソビエトにおいては、絵本には子どもたちの教育という目的があった。印刷技術や出版業の発展、絵雑誌など、絵本を取りまく環境の変化も挙げられる。しかしそれは童画家なども含む絵本画家全般に言えることである。もうひとつ、この展示で示唆されているのは、美術家と子どもたちとの直接的な関わりである。シュヴィッタースのおとぎ話や絵本は、彼とその子どもたちとの日常から生み出されたものだ。柳瀬正夢は無類の子ども好きであったという。恩地孝四郎は、絵本雑誌『子供之友』(婦人之友社)から村山知義や武井武雄の童画を抜粋し、自分の子どものために装幀し直したりもしている。子どもを持つことが、美術家たちに新たな表現の対象を見出させるのだ。そして何よりも、それはけっして大人から子どもに与えるという一方的な関係ではない点が興味深い。
 絵本と子どもたちの関係を見ると、美術に対する反応が大人たちのそれとはずいぶんと異なっているようだ。元永定正の抽象絵本には、いったい誰を読者に想定しているのだろうという印象を抱いたのだが、これが子どもたちに人気で、なかでも『もこ もこもこ』(文研出版、1977)は最近100万部を超えたということを聞いて驚いた。アマゾンのカスタマー・レビューには、大人にはさっぱりわからないが、子どもにがとても気に入っているという記述がいくつもある。なるほど、子どもには見えていても大人になるにつれて見えなくなるものがあるのだということを改めて思い知らされる。
 本展は下関市立美術館に巡回する(2014/7/17~8/31)。[新川徳彦]


展示風景

2014/01/16(木)(SYNK)

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