artscapeレビュー
デザインに関するレビュー/プレビュー
せんだいスクール・オブ・デザイン 2012年度秋学期成果発表会|記念講演 (講師:照明デザイナー面出薫)
会期:2013/02/24
東北大学工学研究科中央棟大講義室(青葉山キャンパスセンタースクエア)[宮城県]
SSD成果発表会にて、照明デザイナーの面出薫のレクチャーが開催された。本領発揮は日没後だけに、これだけ夜景が続くスライドは珍しい(逆に言うと、建築のスライドは陰影がくっきりする昼の写真が多いことに改めて気づく)。こうして通してみると、せんだいメディアテーク、京都駅、茅野市民館、東京国際フォーラム、東京駅、京都迎賓館、長崎平和祈念館など、あれもこれも面出の仕事である。まさに名建築の夜の顔をつくったデザイナーだ。いまやシンガポールや香港にも拠点を置き、海外でも活躍している。
2013/02/24(日)(五十嵐太郎)
昔のくらし 今のくらし
会期:2012/12/04~2013/03/31
川崎市市民ミュージアム[神奈川県]
小学校3年生が学ぶ「昔の道具とくらし」カリキュラムのための企画として毎年この時期に開催されている展覧会★1。人々のくらしのための道具の変遷を市民からの寄贈資料でたどるほか、石臼挽きや足踏みミシンを体験できるコーナーもある。民具、家電製品ばかりではなく、初期のコンピュータ、ワープロなどの電子機器もコレクションされているところは工業都市川崎ならではだろうか。
今年の特集展示は旅。伊勢参宮日記帳などから江戸時代の旅行者がたどったルートを示す。また、徒歩の旅から鉄道の旅への変化にともなう携行品の変遷、駅弁とともに購入された汽車土瓶、集印帖からスタンプノート、カメラや、車中での娯楽として現代の携帯ゲームまでも展示されている。身の回りのものの変化が、技術の進歩や生活スタイルの変化、人々の時間の使い方の変化を反映していることがよくわかる構成である。[新川徳彦]
2013/02/23(土)(SYNK)
シリーズ日本のグラフィックデザイナー──中村誠のポスター展
会期:2012/12/04~2013/03/31
川崎市市民ミュージアム[神奈川県]
資生堂のアート・ディレクター、デザイナーとして、ブランド・イメージの確立に大きな役割を果たした中村誠(1926-)のポスターの仕事を紹介する収蔵品展。1960年ごろまで、資生堂の広告はアール・ヌーボーを基調とした山名文夫のイラストを中心としていたが、中村誠は写真表現を用いた仕事でそのイメージを大きく変えた。一般家庭へのテレビの普及によって、それまでの新聞や雑誌に加えた新たな媒体の登場が背景にあるという。なかでも鮮烈なのは、フォトグラファー横須賀功光(1937-2003)とモデル山口小夜子(1949-2007)との仕事であろう。1970年代の仕事でありながら、写真も、モデルも、デザインも、タイポグラフィーもいささかも古びることがない。こうした仕事には印刷技術に対する中村誠の深い知識と経験が反映している。本展では福田繁雄とともにモナリザを題材に50点ずつ制作したポスター(1970年にパリ装飾美術館で「Japon-Joconde モナリザ100微笑展」として展示されたもの)が出品されている。中村は製版や印刷処理のヴァリエーションのみで50種類のモナリザ像を作り上げている。現在ならばコンピュータで事前にかなりのシミュレーションが可能であろうが、当時は刷ってみなければ結果がわからなかった。丁寧な試行錯誤の積み重ねが、ポスターの高いクオリティに結実している。[新川徳彦]
2013/02/23(土)(SYNK)
震災2年目を迎える日本─建築、アートの可能性 ~復興再生にどうかかわり、何ができるか~
会期:2013/02/21
日比谷にて、FPCJ特別企画プレス・ブリーフィング「震災2年目を迎える日本─建築、アートの可能性」を開催した。五十嵐は、被災した気仙沼のリアスアーク美術館、3.11により青森県立美術館で中止になった青木淳と杉戸洋のコラボレーションの実現、仙台在住の志賀理江子や青野文昭、被災地をリサーチした海外作家ブラスト・セオリーやアルフレッド・ジャーによるプロジェクトなど、あいちトリエンナーレにおける東北との関係を紹介した。一方、伊東豊雄はみんなの家と釜石のプロジェクトの現状を語る。後半は、仙台のみんなの家の現場と中継を結ぶ。当日は多くの外国人記者が集まり、いまだにさめない復興への関心の高さがうかがえる。
2013/02/22(金)(五十嵐太郎)
型絵染──三代澤本寿展
会期:2013/01/24~2013/04/02
神戸ファッション美術館[兵庫県]
染色工芸家・三代澤本寿(みよさわもとじゅ 1909-2002)の回顧展。三代澤は長野県松本市に生まれ、芹沢銈介との出会いにより「型絵染(かたえぞめ。図案を彫った型紙を用いる染色技法)」による染色を開始する。三代澤の型絵染は、柳宗悦との出会いを機に民藝運動の精神を反映するものとなり、柳の依頼により手がけられた雑誌『工藝』の表紙はその最たる例だろう。しかし、1955年作の《染紙六曲屏風》における大胆な幾何学的形象の組合せは、柳の民藝運動に傾倒した時期にあって三代澤独自の感性の存在を垣間見せるものではないか。鮮やかな色に染め上げられた挽物脚のようなモティーフは、アンリ・マティスの切り紙絵や英国のヴォーティシズムの絵画を想起させずにはいられない。ファイン・アート的ともいえる独特の感性は、1961年の柳の死を境に民藝運動を離れ、世界各地を旅行し、そこで出会ったものに触発されることで見事に花開いたと思われる。とくにイスラム教の支配下にあった中世スペインで迫害されたキリスト教徒である「モサラベ」を主題とする屏風のシリーズは、聖句を表わす文字をモティーフとしており、型絵染のさまざまな技法がそれらの文字に迫害された信者の魂を宿らせる。「モサラベ」の連作は三代澤が民藝運動から離れて久しい1980年に手がけられたが、生命力あふれる文字は、ともすれば素朴美や形式美を愛でるものととらえられがちな「民藝」が、本当はなんであるのかを伝えてやまない。[橋本啓子]
2013/02/22(金)(SYNK)