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デザインに関するレビュー/プレビュー

デザインとしての椅子 アートとしての椅子

会期:2012.09.08~2012.11.04

富山県立近代美術館[富山県]

日本の公立美術館におけるデザイン展の開催は、ファインアートの展覧会に比べて圧倒的に少ない。そこにはさまざまな事情が絡んでいるのだが、いずれにせよ、デザインがアートではないために美術館の収集・展示対象になりにくいと考えられていることがその大きな理由だろう。しかし、ニューヨーク近代美術館にはデザイン部門があるし、今回、紹介する富山県立近代美術館も日本では老舗の近代美術館でありながら、1981年の開館以降、グラフィックからプロダクトに至るデザイン作例を積極的に収集・展示してきた。また、同館は日本画、近現代美術の収集・展覧会企画においても高い評価を得てきている。「デザインとしての椅子 アートとしての椅子」は、アートとデザインの関連の観点から20世紀の椅子の歴史を振り返ろうとする展覧会だが、そうした、ありそうでない企画が実現されるのも、同館の歴史ゆえのことだろう。
 本展では、オットー・ワーグナーやアントニオ・ガウディなどのアール・ヌーヴォーの時代に始まり、エットーレ・ソットサスや磯崎新などのポスト・モダンの時代に至る20世紀の椅子の歴史が100点を超える所蔵品により概観される。この点だけでも日本では稀な機会だが、さらに面白いのはそれらの椅子と同時代のアートが併せて展示されることだ。カンディンスキーやクレーといった、バウハウスの美術家の絵画を、同じくバウハウスのブロイアーやミースの椅子とともに展示することはけっして珍しくないが、横尾忠則の絵画と倉俣史朗の椅子という組み合わせには驚く人もいるのではないだろうか。実はこのふたりは1960年代にコラボレーションを行なったことさえある仲である。そうした事実を知らなくても、椅子のデザインが同時代のアートの影響を、造形面でもコンセプトの面でも受けていたことは展示品自身が語ってくれる。椅子は「アート」ではなくとも、「造形」ではあるのだ。本展ではさらに、剣持勇や渡辺力など、戦後日本の名作椅子も体系的に展示される。彼らの格闘の成果ともいうべきそれらの椅子は、あらためて「椅子」が西洋由来のものであることをわれわれに気づかせてくれるだろう。[橋本啓子]

2012/09/30(日)(SYNK)

オールドノリタケのなかの女性たち

会期:2012.09.14~2012.11.11

八王子市夢美術館[東京都]

1876(明治9)年に森村市左衛門によって創業された森村組、および1904(明治37)年に森村組が設立した日本陶器合名会社(1917年に日本陶器株式会社、1981年に株式会社ノリタケカンパニーリミテドに改称)において、明治から昭和初期にかけ製作された陶磁器を「オールドノリタケ」という。製品は欧米、とくに北米への輸出向けに生産されたために、国内ではほとんど知られておらず、1970年代にアメリカで「再発見」された。日本では「里帰り」を実現させた一部の蒐集家たちによって1990年代になってようやくその名前が知られるようになり、近年はずいぶんと蒐集家の数も増えてきたようだ。本展で初公開されるオールドノリタケも蒐集家田端義雄氏のコレクションの一部である。オールドノリタケというと、西洋風の風景画や女性像の周囲に金盛で豪華な装飾を施した壺などが知られるが、今回はおもに1920年代に製造されたアールデコ様式の製品、なかでも女性をモチーフにした作品約100点が出品されている。
 アールデコ様式のノリタケ製品には、絵皿のように絵画的にモチーフを表現したもの(チラシ画像参照)と、フィギュアを模ったランプ[図1]や小物入れ[図2]、シガレットジャーやキャンディー入れ、香水瓶などの立体的な作品とがある。この時代の製品にはラスター彩と呼ばれるパールのような輝きの釉薬が用いられているのも特徴のひとつである。絵付けにはエルテ(Erte、1892-1990)やホーマー・コナント(Homer Conant、1887-1927)の作品や雑誌などからモチーフがとられ、立体作品にはロブジェ(Robj)など同時代のフランス陶磁器からの影響も見られる。
 輸出商であった森村組は1878(明治11)年にはニューヨークに支社を設立。1895(明治28)年には現地に図案部を設置し、アメリカ人の嗜好に迅速に対応して製品をつくるシステムを整えていたという。現地デザイナーによる図案や流行に関する情報は日本に伝えられ、日本の工場でつくられた製品が欧米に輸出されていたのである。1929年10月に始まる大恐慌によりアメリカでの陶磁器需要が収縮し、これを境にノリタケ製品はアールデコなどファンシーウェアから、より実用的なディナーウェアへと切り替えられた。市場の変化を読み、顧客の満足に応えることを信条とした経営を行なった森村組と日本陶器。美しくモダンな装いの女性像は、様式という点で時代を反映しているばかりではなく、第一次世界大戦の終結から大恐慌までの短い期間、その時代背景の下で輝きを放つ存在だったのである。[新川徳彦]


1──レディーのナイトランプ(田端コレクション)
2──椅子に座る女(田端コレクション)

2012/09/27(木)(SYNK)

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寄藤文平の夏の一研究

会期:2012.09.03~2012.09.29

ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]

JTのマナー広告「大人たばこ養成講座」、リクルートのフリーペーパー『R25』、東京メトロのマナーポスター「○○でやろう。」シリーズなど、ポスターや装丁の仕事で知られるグラフィックデザイナー寄藤文平氏の、 夏休みの研究発表になぞらえた展覧会。ギンザ・グラフィック・ギャラリーの展覧会は、デザイナーの過去の作品や実験的な試みが展示されることが多い。しかし、今回のタイトルは「夏の一研究」である。主題は結果としての作品ではなく、アプローチの方法にある。1階会場は、さまざまな規模のスケールを伝達する方法を試みる「ミクロ←→マクロを表す一研究」や、「幸福の黄色いハンカチ」や「タイタニック」といった映画タイトルを素材とした「ピクトで絵を描く一研究」など。地下会場は「装丁の一研究」。赤瀬川原平『千利休──無言の前衛』(岩波新書、1990)を題材に、装丁デザイン発想のプロセスと試作とを見せる。と、書いてしまうとあまりにも簡単なのだが、展示空間が見事。会場壁面には縦長の特製黒板37枚が並び、33点の試作が置かれている。黒板にはチョークによる手描きの文字とイラストでデザインの理由が解説されている。中央のテーブルは来場者による人気投票のコーナー。JTや東京メトロのマナーポスターと同様、シニカルな視点が貫かれているにもかかわらず嫌味を感じさせないイラストやテキストの処理。ストレートに言っては角が立つことに斜めから切り込む表現を見ると、大人とはかくありたいと思うのである。[新川徳彦]


展示風景

2012/09/26(水)(SYNK)

銀座目利き百貨街2

会期:2012.09.26~2012.10.01

松屋銀座8階イベントスクエア[東京都]

49人の「目利き」がセレクトしたさまざまな「もの」の展示即売会である。49人の参加者のうち、約半数が日本デザインコミッティーの会員で、そして残りは建築家やキュレーター等々、デザインと隣り合わせに仕事をしている人たち。それぞれが「店主」となり、コンセプトに合わせて自分の「店」に洒落た屋号を付ける。ひとりひとつ、正方形の小さな台に並べられた「商品」は、その人の作品であったり、古道具であったり、蔵書であったり、外国で買い求めた怪しげな小物であったり。量産品もあれば、手作りの作品もある。なかには義眼や、海水といった、およそ商品とは呼べないようなものまで並んでいるが、気に入ったならば基本的にすべてその場で購入できる。蚤の市のような、あるいは文化祭のような趣である。「目利き」という共通テーマはとても漠然としているが、付けられた「屋号」や並べられた「商品」からは、それぞれの「店主」の仕事、思想、アプローチの方法が浮かび上がり、ほかの「店主」のセレクションと対比されることで、それがより明確になっている。「本棚を見ればその人がわかる」ともいわれるが、書物に限らず、人がなにを選ぶのかということは、言葉や作品以上にその人について雄弁に語るものなのだ。[新川徳彦]

2012/09/26(水)(SYNK)

フィンランドのくらしとデザイン──ムーミンが住む森の生活

会期:2012.09.01~2012.10.08

静岡市美術館[静岡県]

スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド、アイスランドのいわゆる北欧諸国のデザインは、戦後共同して戦略的に売り出されたこともあり、各国の独自性よりも共通性をもって語られることが多い。『世界デザイン史』(美術出版社、1994)ではその共通性を「ヨーロッパ中央部の早くから高度に工業化した大量生産の国々と違って、伝統的な民族の手工芸を重んじ、あたたかい人間味のある、豊かな自然の恩恵によるクラフト的な製品を生産してきている」と解説する(149頁)。こうした共通項を生み出しているのは、気候や地理的条件と、バルト海を中心とする商業的な繋がりであろう。他方で当然のことながら各国には独自の歴史がある。北欧諸国のデザインのなかに違いを見出そうとするならば、それぞれの歴史を振り返る必要がある。
 「森と湖の国」と呼ばれるフィンランドは、1155年から1809年まではスウェーデンの、1809年から1917年まではロシアの支配下にあり、独立国家としての歴史はまだ100年に満たない。スウェーデンから分離したあと、19世紀のフィンランドでは国家のアイデンティティを求める動きが盛んになり、そうしたなかで見出されたのが民族叙事詩といわれる『カレワラ』である。医師エリアス・リョンロート(1802-1884)がフィンランド各地を巡って蒐集した神話や詩歌、民話で構成される『カレワラ』が19世紀半ばに出版されると、画家や建築家、作曲家たちがこれを題材に多くの作品を生み出した。フィンランドのデザインを主題とするこの展覧会が19世紀にまで遡り、デザインばかりではなくアートや建築まで紹介しているのは、フィンランドの芸術やデザインの背景には地理的条件によって生み出された生活スタイルと同時に、民族的アイデンティティが存在することを示そうという試みゆえである。ただ戦後のフィンランドデザインが世界に受け入れられた理由は、国家のアイデンティティからは理解しづらく、外側から見たフィンランドデザインという視点も欲しいところである。
 展示は国民的画家といわれるガレン=カレラ(1865-1931)らが描いたフィンランドの風景からはじまり、『カレワラ』の世界とそれに着想を得た芸術作品が紹介される。会場中央にはトーベ・ヤンソンとムーミンのコーナーがあり、カレワラとフィンランドの生活との関係を示す。戦後のデザインとしては、アルヴァ・アアルト、カイ・フランク、マリメッコ社が生み出した食器や家具、照明器具、テキスタイルデザインが展示される。フィンランドの戦後デザインに特徴的なことは、半世紀も前のデザインが改良されながらもつくられ続けている点にあろう。もともとの企業は合併吸収されて現存しなくても、ブランドやデザインがそのまま継承されている例が多い。こうしたブランドのあり方には私たちも学ぶ点が多くあると思う。オリジナルデザインと現行品とを対比した展示も興味深く、また会場にはアアルトがデザインした照明器具が実際に用いられ、座り心地を試すことができる椅子も置かれている。展覧会の案内役も務めるムーミンの集客効果もあろうが、デザインをタイトルに冠した展覧会にもかかわらず、年配の方から若い家族連れまで、世代を超えた多くの人々が訪れていた点はフィンランドデザインの普遍的な人気を物語っているようで、とても印象的であった。
本展は長崎県美術館(2012/10/19~12/24)、兵庫県立美術館(2013/1/10~3/10)に巡回する。[新川徳彦]

2012/09/16(金)(SYNK)

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