artscapeレビュー
デザインに関するレビュー/プレビュー
ヴェリブとフレンチデザインのエスプリ
2007年7月15日にパリで始まった自転車貸出サービスであるヴェリブについては、昨年の6月、虎ノ門にある自転車文化センターに実車が寄贈され展示されるなど、環境問題への意識の高まりとともに、合理的でエコな移動手段として日本でも関心を持つ人も少なくない。遅ればせながら、筆者は、昨年の秋に現地でヴェリブに乗る機会があった。ヴェリブのシステムについてはWebでも詳しく紹介されているので、ここでは自転車そのものについてレポートしよう。
デザイナーは、フィリップ・スタルク門下のパトリック・ジュアンが手がけている。ご覧のとおり、公共の場でレンタルされる自転車であるので、デザイン的な格好良さが追求されているわけではない。基本は、不特定多数のユーザーが安全に利用できる自転車ということで、フレームも太く総重量で22kgと決して軽くない。実用性を優先したデザインである。フロントの荷物カゴとリアの存在感ある泥よけが特徴的だ。少しごつい「ママチャリ」という風体である。微妙な色合いのグレーのカラリングはパリの街並にとけ込んで見える。実用性を追求しながらも大らかでユーモアのあるスタイリングは、写真で筆者の後方に見えるシトロエン社による大衆車の傑作2CV(1948年発表)にも通じる。
運転してみると、三段変速機を駆使すれば、坂道でもペースを落とさずに走らせることができる。駿馬ではなく優美さには無縁だが、仕事や遊びの相棒となる乗り物で、愛嬌のある農馬のような感覚が湧いてきた。そういえば、シトロエンの2CVは、フランスの「農民車」として開発されたという歴史を持つ。ヴェリブとシトロエン2CVには、乗り物のデザインに関する、時代を超えたフランス人のエスプリが息づいているように思われた。
写真:ヴェリブに乗る筆者。後方にシトロエン2CVが見える[撮影=Kimiko Yoshida]
2009/01/21
グラフィックデザイナー、福田繁雄氏、逝去(享年76歳)
1932年生まれの戦後日本を代表するグラフィックデザイナーのひとり、福田繁雄氏が、去る1月11日に他界した。享年76歳。戦後日本のグラフィックデザイン界を牽引したデザイナーが多数参加した伝説的なグラフィックデザイン展「ペルソナ展」に参加し、毎日産業デザイン賞を受賞。1967年には70年の大阪万博の公式ポスターを制作。70年代から90年代にかけて、つねに第一線で活躍してきた。
また、グラフィックのみでなくパブリックアートの立体造型作品も手がけた。1960年に東京で開催された世界デザイン会議で、イタリアのアーティスト、ブルーノ・ムナーリと出会い大きな影響を受けた。福田のグラフィックに見られるだまし絵的な効果などユーモア感覚溢れる造型は、ムナーリ作品にしばしば見られる遊び心に通じている。2000年から、日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)の会長を務めてきた。ご冥福をお祈りしたい。
画像:最後の出版となった『福田繁雄DESIGN才遊記』(ggg Books別冊6、DNP文化振興財団、2008)[筆者撮影]
2009/01/20
iQのトヨタマジック
1997年にトヨタが発売した世界初のハイブリッドカー・プリウスは、その発想と技術力そしてデザインから未来を先取りするクルマとして輝いて見えた。2008年秋に発表されたトヨタのiQは、クルマの未来に向けたトヨタからの新たな挑戦と見ることができるかもしれない。そのユニークなコンセプトとデザインは、昨年のグッドデザイン大賞受賞に見られるように高く評価されている。
最近、街のディーラーに実車が置かれ、試乗もできるようになったので乗ってみた。一番驚かされたのは、全長2,985mmしかない超ミニカーでありながら、実際に運転してみるとそのサイズを感じさせないことである。車幅1,680mmのサイズが効いている。運転席のスペースは小型車並みであり(後部座席のスペースは限られるが)、エンジン、ステアリング、サスペンションなどの感覚はすべての面で小ささを感じさせない。
メルセデスのsmartや日本の軽自動車は、近年、走りと居住性の質感が驚異的に上がっているが、やはり運動性能にしても居住性にしてもミニカーであることのエクスキューズがどこかに残っている。iQは、ミニカーでありながらその運転感覚はミニカーでない。ここにトヨタマジックがある。特殊で斬新なクルマを普通のクルマとしてマーケットに送り込める高度な技術とクルマづくりの哲学が強く感じられた。もちろん、燃費とCO2排出量など環境面での性能はトップクラスであり申し分ない。一見したところ、smartのトヨタ版のようにも受け止められる向きがあるが、実車を見て、触れて運転してみると独自のポリシーを持っていること、独自の造型感覚でつくられていることを強く感じた。
発売後、2カ月間で約8,000台という予想を上回る受注を得たという。室内空間的にはより大きく余裕があるヴィッツよりも数十万円高いという価格設定は、iQの普及に影響を及ぼすかもしれないが、クルマ社会の未来を考えたときにいまチャレンジすべきであるとのトヨタの英断がこの小さなクルマに凝縮されているように思われた。路上にiQが増殖し始めたら、日本の道路に新たな風景が生まれるだろう。
画像:パリ・モーターショー2008でも話題のiQ[筆者撮影]
2009/01/20
「クオーター・パウンダー」(マクドナルド)のデザイン戦略
基本はチーズバーガーで牛肉パテが通常の2.5倍、重量にして約113gとなったマクドナルドのスペシャル・メニュー「クォーター・パウンダー」が現在、地域限定販売されている。クォーター・パウンダー」というメニュー名は、過去にもまた日本以外の国でも使われたことがある。今回の日本での展開で特筆すべき点は、入念に仕組まれたイベントの実施とともにデザイン性の高いグラフィックデザインを駆使した大胆で緻密な告知戦略である。まず11月に「マクドナルド」名を出さずに「クォーターパウンダー」というショップを東京・青山に出店し、既存のマクドナルド・ハンバーガーとの差別化を図った。メニューのロゴや店舗のデザインは、たとえば、HMVやTOWER RECORDSなどのお洒落なレコード販売店のグラフィックに通じる黒と赤を基調にした大胆なデザインを採用しており、従来のファミリー路線とは一線を画している。グラフィック媒体に用いられるコピーには挑発的な言葉が並ぶ。たとえば「ハンバーガーをナメているすべての人たちへ」など(その色使いや挑発的なメッセージは、現代美術のバーバラ・クルーガーなどのメッセージ性の高い作品を彷彿とさせる)。現在では、地域限定で普通のマクドナルドの店舗でも売られているが、そのクルーのユニフォームの背にはその言葉がプリントされている。この現象をどう見るべきか? 昨年、マクドナルドは100円の「プレミアム・ロースト・コーヒー」を出して、その価格と味の良さで業界を震撼させた。同様に、「ジャンク」なイメージを払拭し、実質的な「食事」のアイテムとして定着させようというプレミアム路線が垣間見える。「ハンバーガーをナメている……」という挑発的なメッセージは本音のメッセージであろう。もちろん味とサービス、そして価格が伴わなければ、消費者は納得しない。その挑戦的な姿勢こそが、熾烈な外食戦争のなかで、マクドナルドに勝利をもたらしている理由なのである。それは企業のデザイン力の問題でもあるのだ。
・クォーターパウンダー公式サイト
・クォーターパウンダー メニュー情報
2009/01/14
公衆無線LAN普及の鍵は? ハンバーガーとiPhoneと…
インターネットが浸透し始めた21世紀初頭、公衆無線LANは近いうちに爆発的に広まるかと思いきや、現実はこれまで遅々として進んでこなかった。とはいえ、公衆無線LANを望むユーザーは潜在的に増えており、またそのために必要な通信環境は整ってきたといえよう。ネットブックやスマートフォンは、公衆無線LANの利用によりさらに本領を発揮するだろう。ソフトバンクモバイルは、こうした利用者のニーズを先取りするかのように、iPhone 3Gユーザーに「公衆無線LANし放題」(BBモバイルポイント)を無償提供することを昨年11月に発表。これにより、iPhoneで、マクドナルドの店舗、JR駅構内、空港、カフェなど、全国約3,500カ所のアクセスポイントで無線LANを利用したインターネット接続が可能になる。2008年の携帯電話契約数で、Softbankは、純増数の面で、docomoとauを抑え一位に輝いた(累計契約数、2,000万件を突破)。iPhoneは、Softbankの端末のなかでも常に上位に位置しており、iPhone投入はSoftbankの業績好調に少なからぬ影響を与えている模様である。公衆無線LANのサービスの充実度は、まだまだ地域によって格差が激しい。しかし、着実に増えてきているのは確かである。それにより、私たちのネットライフスタイルは少なからず変わっていくはずである。また、それに応じた新たな製品とデザインが登場するだろう。
・ソフトバンク BBmobileネットワーク
・47News
・ソフトバンク 累計契約数2,000万件
2009/01/14