artscapeレビュー

デザインに関するレビュー/プレビュー

アアルト

会期:2023/10/13~未定

ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺、東京都写真美術館ホール(10/28〜) ほか[全国順次公開]

日本にその建築は存在しないが、アルテックの家具やイッタラのグラスを通して、アアルトのデザインは日本人の間でも人気が高い。シンプルかつモダンでありながら、温かみを感じられるため、生活空間に設えた際に気負った感じを受けないのが魅力なのかもしれない。

アアルトの人物像に迫ったドキュメンタリー映画が間もなく公開される。ここでいうアアルトとは、ご存知のようにアルヴァ&アイノ・アアルト夫妻を指すのだが、本作のなかではもうひとり登場する。アイノの没後、アルヴァの後妻となったエリッサ・アアルトだ。正直、本作を観るまで、エリッサの存在について私は知らなかった。アイノの名前があまりに知られているため、てっきりアルヴァの妻はアイノひとりだと思い込んでいたのだ。


映画『アアルト』より
原題:AALTO
監督:ヴィルピ・スータリ(Virpi Suutari)
制作:2020年 配給:ドマ 宣伝:VALERIA
後援:フィンランド大使館、フィンランドセンター、公益社団法人日本建築家協会、協力:アルテック、イッタラ
2020年/フィンランド/103分/©Aalto Family ©Fl2020 – Euphoria Film


本作の前半では当然のことながら、アルヴァとアイノの出会いや結婚生活が描かれる。モダニズムの潮流のなかで世界的な建築家として注目を浴びたアルヴァ、豊かな芸術的才能にあふれたアイノというように、理想的な夫妻として世間から称賛された一方で、その実、二人の間には濃密な愛や情熱、嫉妬もあった。そうしたむき出しの喜怒哀楽が、二人の交わした書簡や家族写真、過去のインタビューなどからつまびらかにされる。それは展覧会では見えてこない、ドキュメンタリー映画ならではの面白さだった。夫妻で活躍した世界的なデザイナーといえば、時代は少し下がるが、ほかに米国のチャールズ&レイ・イームズを思い出す。かつて上映された彼らのドキュメンタリー映画でも、やはり知られざる二人の間の愛や嫉妬がちらほらと明かされた。


映画『アアルト』より ©Aalto Family ©Fl2020 – Euphoria Film


本作では、仕事のために遠く離れたアルヴァとアイノの間で交わされた書簡がいくつも紹介された後、アイノが若くして病死したという事実を知らされるため、観る側としても受けるショックが大きい。その後、アルヴァは事務所に入所してきたエリッサと結婚。24歳も年下の後妻だったが、エリッサはアイノがかつてそうだったように、自らもアルヴァの公私にわたるパートナーとして生きようとするのだった。そうしたエリッサの懸命さにも心がえぐられる。どんなに偉業を成し遂げたデザイナーであろうと、誰しも人間臭い側面を持ち合わせているもので、それが存分に垣間見られる作品となっていた。


映画『アアルト』より ©Aalto Family ©Fl2020 – Euphoria Film



公式サイト:https://aaltofilm.com


関連レビュー

アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド─建築・デザインの神話|杉江あこ:artscapeレビュー(2021年04月15日号)
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2023/08/22(火)(杉江あこ)

私たちは何者? ボーダーレス・ドールズ

会期:2023/07/01~2023/08/27(※)

渋谷区立松濤美術館[東京都]

なかなかユニークな展覧会だった。人形を題材に、ここまで風呂敷を広げられるのかと感心した。民俗学的な側面もありながら、工芸や彫刻、玩具、そして現代美術まで、さまざまな分野をボーダーレスに飛び越える媒介として人形を扱っている点が興味深い。ヒトガタと書く人形は、まさに人の写しなのだ。だからこそ人に付いてまわり、人が関わる分野すべてに関係する。古くは呪詛や信仰の対象となり、雛人形や五月人形のように子どもの健康を願い、社会の規範を教える存在となり、また生人形のように市井の人々の生活や風習を描く展示物となった。本展はそんな日本の人形の歴史を順に追っていき、観る者に人形とは何かを考えさせた。


【後期展示】《立雛(次郎左衛門頭)》(江戸時代・18〜19世紀)東京国立博物館蔵[Image: TNM Image Archives]


私自身、人形との関わりを振り返れば、雛人形もそうだが、もっとも思い出深いのは子どもの頃に遊んだリカちゃんだろう。赤いドレスを着たリカちゃん1体と、確かスーパーマーケットのような模型のセットが家にあり、それらで友達と何度もごっこ遊びをした。子どもが大人の真似事をするごっこ遊びも、いわば、社会の規範を学ぶ一過程である。あの頃、私も含めた少女たちは、少しお姉さんになった自分の理想の姿をリカちゃんに投影して遊んでいたような気がする。そういう点で、リカちゃんは現代っ子の写しなのだ。

人の写しであるからには、人形はさまざまな面を負ってきた。戦争が色濃くなった昭和初期から中期にかけては、騎馬戦に興じる軍国少年たちを象った彫刻や、出兵する青年たちに少女たちがつくって渡したという「慰問人形」があった。慰問人形は粗末な布で手づくりされた人形とも言えないほどの出来なのだが、これは少女たちの写しであり、青年たちは出兵先でこれを見て、自らを鼓舞する力を得たのだという。また昭和初期から百貨店を彩り始めたのがマネキンだ。人々の消費の媒介として、マネキンはもはや当たり前ものになった。さらに人形は性の相手にもなる。本展の最後にはなんとラブドールの展示まであった。あまり見る機会のない、等身大の女性と男装した女性の姿をした2体のラブドールを間近にし、意外にも洋服を着た外観が普通であることに拍子抜けした。しかしどこか虚ろな眼差しがラブドールらしさを物語っている。何らかの理由でこうしたラブドールを必要とする人がおり、彼らはラブドールに家族や恋人のような愛情を注ぐのだという。人の代わりとなってさまざまな場面で人を演じる人形は、いまも昔も、人にとって欠かせないものであり続けるのだろう。


川路農美生産組合《伊那踊人形》(1920〜30年代)上田市立美術館蔵[撮影:齋梧伸一郎]


高浜かの子《騎馬戦》(1940)国立工芸館蔵[撮影:アローアートワークス]




公式サイト:https://shoto-museum.jp/exhibitions/200dolls/

※会期中、一部展示替えあり。
前期:2023年7月1日(土)~30日(日)
後期:2023年8月1日(火)~27日(日)
※18歳以下(高校生含む)の方は一部鑑賞不可。

2023/07/15(土)(杉江あこ)

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フィンランド・グラスアート 輝きと彩りのモダンデザイン

会期:2023/06/24~2023/09/03

東京都庭園美術館[東京都]

フィンランド・グラスアートの展覧会と聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、やはりアルヴァ&アイノ・アアルトと彼らが牽引したイッタラ社である。イッタラのグラスはインテリアショップなどでよく見かけるほか、昨秋にもイッタラ展が開かれたばかりで、正直、もう見飽きたという思いがあったのだが、本展を観ると、それは思い違いだったことを知らされる。もちろん、アアルトのグラスアートも展示されていたのだが、それだけではなかった。1930〜50年代、フィンランドがいかに国策としてグラスアートの振興に力を注いだのかを主題としたうえで、それを支えたデザイナーたちの作品を追った内容となっていた。いわば、アアルトが活躍した時代背景を見るような展覧会だったのだ。

契機は、1917年にフィンランドがロシアから独立を果たしたことだった。当時の潮流からモダニズムが推奨され、ミラノ・トリエンナーレや万国博覧会への参加が積極的に行なわれたという。第二次世界大戦後には困窮をきわめるが、国際社会において、高品質かつデザイン性の高い製品が自国を建て直す原動力になるということで、フィンランドでは唯一無二の「アートグラス」や「ユニークピース」を国際展示会へ出品する機会が増えていく。その結果、フィンランドはデザイン大国としての名声と外貨の獲得に成功するのだ。つまりグラスアートを自国のブランディングに生かし、輸出産業として根気よく育てたがゆえに、いまのイッタラはある。そこに日本も学ぶべき点が大いにあると感じた。


展示風景 東京都庭園美術館


そんな1950年代の黄金期を支えたデザイナーの作品が会場にずらりと並んでいて、とても見応えがあった。フィンランドの自然豊かな森や湖から触発された大らかな造形性や、モダニズムを意識した洗練性、グラスならではの透明感あふれるカラーリングなどをいずれも併せ持ち、完成度の高さを見せていた。生産システムが多少変化しつつも、いまなおフィンランドではグラスアート産業や文化が続いているという。本展を通して、アートが産業をいかに促進させるのかという好例を見たような気がした。


展示風景 東京都庭園美術館


展示風景 東京都庭園美術館



公式サイト:https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/230624-0903_FinnishGlassArt.html


関連レビュー

イッタラ展 フィンランドガラスのきらめき|杉江あこ:artscapeレビュー(2022年10月15日号)

2023/07/15(土)(杉江あこ)

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Material, or

会期:2023/07/14~2023/11/05

21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2[東京都]

わずか数百年の急激な人間活動によって地球環境が危機にさらされた現在、それでも我々人間は快適な人工環境を手放せず、なお人工的な方法で地球環境をどうにか救えないかと必死にあがいている。本展はそんな愚かさに示唆を与える内容に映った。そもそも人間は地球資源と対話を積み重ね、マテリアルから人工物としての何かをつくり出してきた。その対話そのものがデザインだったかもしれないと、本展でディレクターを務めたTAKT PROJECT代表・デザイナーの吉泉聡はメッセージで述べる。しかし産業革命により、人間はその対話をやめる選択をした。そして自分たちの都合だけで地球環境や資源を支配する一方で、多くの人々はマテリアルから遠ざかり、人工物に囲まれた生活を送るようになった。このように対話を失った不健全な関係が、地球環境問題を引き起こす要因になったのではないかと思えてくる。

本展では「マテリアル」と「素材」の二つがキーワードとなって登場する。マテリアルとは、この地球上に存在する特定の意味を持たないありとあらゆるもの。素材とは、人間や生物との関わりのなかで何らかの意味を持った創造のためのものとする。つまり前者は人工物の材料になる前の状態、後者は人工物の材料になった状態という使い分けだ。しかし素材を英語に訳せばマテリアルであり、両者はほぼ同義でもある。そこで気になって本展の英語解説を確認すると、マテリアルはraw material、素材はmediumと訳されていた。raw materialという表現であればしっくりくる。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー2[撮影:木奥恵三]


会場自体もマテリアルへの回帰を意識して設計されたようで、什器ではなく、床に直接、設置する作品が多く目立った。例えば、日本各地の山や川から掘り上げた砂(珪砂)と、それらからつくった色鮮やかなガラス片を日本列島の形に沿って置いた、村山耕二+UNOU JUKU by AGC株式会社の「素材のテロワール」。またあるいは、地球上のありとあらゆるものが集まる場所として海に注目し、浜辺で採集した貝や流木、石などを波打ち際に見立てて並べた、三澤遥+三澤デザイン研究室の「ものうちぎわ」など。足元に作品があることで、地球上のマテリアルを眺めるようであり、鑑賞者に対話を促すようもであり、またそれらが素材になる過程を擬似体験するようでもあった。さらにユニークなのは、カラスやキツツキなど人間以外の生物による営巣まで作品の一部として取り上げられていたことだ。そう、マテリアルとの対話は人間だけの特権ではない。地球上の生物すべてが対話を行ないながら活動し、命をつないでいる。むしろ、いま、人間はその対話力を人間以外の生物から学び直さなければならないのかもしれない。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1 村山耕二+UNOU JUKU by AGC株式会社「素材のテロワール」[撮影:木奥恵三]


展示風景 21_21 DESIGN SIGHTロビー[撮影:木奥恵三]



公式サイト:https://www.2121designsight.jp/program/material/


関連レビュー

第25回亀倉雄策賞受賞記念 三澤遥 個展「Just by | だけ しか たった」|杉江あこ:artscapeレビュー(2023年07月15日号)
THE FLOW OF TIME|杉江あこ:artscapeレビュー(2018年11月01日号)

2023/07/13(木)(杉江あこ)

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鈴木マサルの展覧会2023 テキスタイルの表と裏 Looking through the overlays

会期:2023/07/01~2023/07/22

Karimoku Commons Tokyo[東京都]

テキスタイルデザイナーの鈴木マサルは、テキスタイルの新たな可能性をつねに探究し続けている人なのだろう。これまでにも自身のファブリックブランドを中心に、傘をはじめ、タオルやバッグ、ソックスなど、衣服以外の分野でテキスタイルそのものの魅力を発信し、多くのファンを獲得してきた。例えば傘の形や機能が優れているからというより、テキスタイルの色や柄が素敵だからという購買動機をファンに抱かせるのだ。本展で鈴木がさらに挑戦したのは、空間へのアプローチである。これまでにも広い面積のテキスタイルを大胆に使った展覧会を催してきたように思うのだが、「純粋にテキスタイル自体を主役にした展覧会を行っていなかった」とのことで、今回、彼が着目したのが「テキスタイルの表と裏」である。


展示風景 Karimoku Commons Tokyo[Photo: Masaaki Inoue, Bouillon]
会場構成:芦沢啓治 展覧会コーディネート:藤本美沙子


テキスタイルには表側と裏側があるという特性ゆえに、空間に設置する際には壁や窓を背にして裏側を隠すようにしてきたことを指摘。衣服も裏側を内にして仕立てて着る。もちろん両面使いが可能な凝った織物や、仕立て方次第ではリバーシブルの衣服もあるが、通常、平坦な織物や染物には表と裏が存在する。鈴木が挑んだのは、空間の中でテキスタイルを自立したプロダクトとして存在させるため、その表と裏の概念をなくすことだった。そこでシャトル織機で織り上げたオリジナル生地の両面に、4版で構成した抽象模様を表2版、裏2版に分けて手捺染で染めるというユニークな手法を採用。つまりどちらの面にも表と裏が存在するプリントテキスタイルを制作したのだ。表の方は鮮やかな色ベタだが、裏の方はかすれた色合いに映る、独特の対比と重なりを生かしたデザインとした。そんな実験的なプリントテキスタイルが展示空間に大胆かつ優雅に波打ちながら垂れ下がり、テキスタイルそのものの魅力をまた突き付けられてしまった。


展示風景 Karimoku Commons Tokyo[Photo: Masaaki Inoue, Bouillon]
会場構成:芦沢啓治 展覧会コーディネート:藤本美沙子


さらにこのプリントテキスタイルをパーテーションや建具に使うなど、具体的なプロダクトへの展開も見せていた。確かにパーテーションであれば、表と裏の区別なく使えることが求められる。面をテキスタイル1枚で構成できれば、非常に軽やかなものになるだろう。これまでプロダクトや家具におけるテキスタイルは、張地やカバーでしかなかった。そうではない主役級プロダクトを見据えた挑戦を今後も続けていくのだとしたら、楽しみである。


公式サイト:https://commons.karimoku.com/news/detail/230626/


関連レビュー

鈴木マサルのテキスタイル展 色と柄を、すべての人に。 |杉江あこ:artscapeレビュー(2021年05月15日号)

2023/07/05(水)(杉江あこ)