artscapeレビュー

デザインに関するレビュー/プレビュー

マルセル・ブロイヤーの家具:Improvement for good

会期:2017/03/03~2017/05/07

東京国立近代美術館[東京都]

戦後、パリの《ユネスコ本部》やニューヨークの《旧ホイットニー美術館(現メトロポリタン美術館分館)》を設計したデザイナー、建築家・マルセル・ブロイヤー(1902-1981)の家具デザインを紹介する展覧会。ブロイヤーの家具といえばイメージされるのはスティールパイプを使った《クラブチェアB3》(ワシリーチェア)。1925年、23歳のときに考案したこの椅子をブロイヤーは自転車のハンドルから着想したといわれている。それ以前から鋼管を用いた家具は存在した。ジークフリート・ギーディオンによれば、1830年頃にはベッドに鉄パイプを用いる試みがなされ、1844年には鉄パイプを曲げてつくった椅子が現れている。しかしながらその椅子は木製の椅子を模倣し、パイプは木や象嵌に見えるように塗装され、座面にはクッションがはめ込まれていた(榮久庵祥二訳『機械化の文化史』鹿島出版会、2008、456-457頁)。これに対してブロイヤーの椅子は継ぎ目がないようにみえるパイプで構造をつくり、座面と背もたれはテンションをかけた布あるいは革によって構成され、非常に軽く見える。鋼管パイプを用いたとはいえ、木製のデザインを踏襲した椅子とはまったく異なる思想によるものだ。その思想は、バウハウスのウォルター・グロピウスが1921年頃から取り組んでいたユニット住宅案に呼応している。すなわち、部材の規格化、共通化によるコストダウンである。これらは素材や技術の問題であるが、他方で当時現れてきたモダンな建築にふさわしい新しい家具への需要があった。会場に掲出されているインテリア写真にロココ調猫脚の椅子、ソファがあったらと考えてみれば、その要求が切実なものであったことが理解できよう。建築家たちはしばしば自ら家具をデザインしたが、ブロイヤーの場合は家具からスタートして建築へと向かった。そこにもまたグロピウスの思想が大きく影響している。
本展では、主として時系列順に、ブロイヤーがヴァイマール時代のバウハウスで手がけた木製家具から始まり、デッサウ時代のスティールパイプの椅子やネストテーブル、スイス・イギリス在住時代のアルミニウムの椅子や、同様の構造を持ったプライウッドの椅子、1937年にアメリカに渡り建築へと仕事の比重を移す中で手がけた家具と住宅建築を見せ、最後にブロイヤーと日本──芦原義信──との関わりが紹介されている。見所はスティールパイプ以前の木製の家具と、バージョンが異なる4つの《クラブチェアB3》だろう。特に後者の微妙な差異(たとえば溶接がビス留めに変更されている)からは、量産に向けて行われたデザインの調整と合理性追求のプロセスが垣間見えて興味深い。
さらに本展では展示デザインに力が入っていることを付記しておきたい。モノトーンでシンプルに見える展示台は、よく見ると色や素材感にこだわっていることが分かる。ガラスケースを用いて資料、写真、テキストをレイヤーに重ねた年表のデザインも面白い。会場構成はLandscape Products。サンセリフ書体で統一されたモダンなデザインの図録は、資料集としても充実した内容だ。[新川徳彦]


展示風景


展示風景

2017/03/15(水)(SYNK)

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「ロックウッド・キプリング: パンジャブとロンドンにおけるアーツ&クラフツ」展

会期:2017/01/14~2017/04/02

ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館[ロンドン(英国)]

ジョン・ロックウッド・キプリング(1837─1911)は、英国生まれのデザイナー/彫刻家。『ジャングル・ブック』で知られる小説家のラドヤード・キプリングの父でもある。英領インドに移住し、美術学校長・イラストレーター・博物館長などとして活躍したほか、インドの伝統的な美術・工芸・建築の振興と保全に力を尽くした。これがインドの「ウィリアム・モリス」にたとえられ、さらにラファエル前派第二世代の画家エドワード・バーン・ジョーンズと親戚の関係にあったことなども「アーツ&クラフツ運動」との関わりを示すいわれである。彼はまたサウス・ケンジントン博物館(現:ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館)とも重要な関係がある。今でも見ることができるように、陶製の建築装飾を担当したほか、インドの工芸品のコレクションの充実にも寄与した。本展は、約300点に及ぶ展示品から、ロックウッド・キプリングの業績を回顧する初めての展覧会。1851年のロンドン万博の資料から、当時のデザイン教育者たちから称賛を受けていたインドの工芸品、彼がインドの工人を描いたドローイング、帰国後における英国王室別邸のデザインの仕事などまでが展示され、大変充実した内容。現在においては忘却されることの多かった彼が、英国・インド両国における美術・デザイン界で大変重要な人物だったことを教えてくれる。[竹内有子]


会場風景(筆者撮影)

2017/03/12(日)(SYNK)

マルセル・ブロイヤーの家具 Improvement for good

会期:2017/03/03~2017/05/07

東京国立近代美術館[東京都]

歴史的に有名になった家具を取りあげた、渋い展覧会だ。ワシリーチェアをハイライトとしつつ、ほかの家具や建築デザイン、そして、ブロイヤーの事務所で働いた芦原義信との交流や、彼の日本滞在などを紹介する。それにしても、このスチールパイプを生かしたクラブチェアを23歳で考案していたとは驚きだ。時代のめぐりあわせかもしれないが、いまの大学院生くらいの年齢である。

2017/03/11(土)(五十嵐太郎)

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パロディ、二重の声 日本の1970年代前後左右

会期:2017/02/18~2017/04/16

東京ステーションギャラリー[東京都]

テーマがパロディだけに、一部の作品を除き、撮影自由だった。1960年以降の現代美術と1970年代のサブカルチャー(ビックリハウスや漫画など)の交差を示しつつ、最後のパートはマッド・アマノの著作権侵害をめぐる裁判の顛末を紹介する。個人的には、名古屋で刊行されていた全ページが白紙の雑誌が印象に残った。かつての自由なパロディ表現を見ながら、現在がいかに著作権でがんじがらめになり、また、すぐにネットでパクリと炎上することで、不自由な社会になったのかを思い知る。

2017/03/11(土)(五十嵐太郎)

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ウィリアム・モリス 原風景でたどるデザインの軌跡

会期:2017/02/25~2017/03/26

福井市美術館(アートラボふくい)[福井県]

「近代デザインの父」と言われるウィリアム・モリス。彼のデザインは日本でも親しまれ、150年以上を経た今でも人々の生活のなかで生き続けている。本展はそのモリスのデザインとともに彼を育み彼が愛した英国の風景を、写真家 織作峰子が撮影した写真を通して味わう展覧会。写真や映像のほか、テキスタイル、壁紙、椅子、刊本などおよそ100点が出品されている。
モリスが学生時代を過ごしたオックスフォード、結婚して構えた「レッド・ハウス」、画家ロセッティと共同で借りた「ケルムスコット・マナー」、工房を開設したマートン・アビー、モリスのデザインを生み出した場所は何処もまるで楽園のようで、木々や花々、小鳥や小動物に囲まれた静かで美しい場所ばかりである。確かに、この世界には荘厳で古典的な装飾よりも素朴でシンプルなデザインが似付かわしく、化学染料による機械捺染よりも天然染料を使ったブロックプリントが相応しい。本展での収穫は、あたかも英国の現地に足を踏み入れたかのような臨場感を味わえたこと、そしてモリスのデザインにおける信条を素直に理解できたことであった。[平光睦子]

2017/03/02(木)(SYNK)

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