artscapeレビュー
映像に関するレビュー/プレビュー
名和晃平 展 Transcode
会期:2009/09/19~2009/10/17
ギャラリーノマル[大阪府]
動物のはく製などにガラスビーズをまとわせた「BEADS」シリーズの新展開が見られた。それらは、ガラスビーズで覆われたPCモニターに、インターネットから検索した名和自身の画像を写し出したものだ。今までの同シリーズは物質が分子レベルに還元されたかのごとき趣があったが、新作ではデジタルデータが対象になったということか。手法自体は従来通りなのだが、発想の豊かさと仕上がりの美しさは圧倒的だ。別室では、揺れ動く無数のドットが床一面に投影される《Dot-Movie》も発表。三半規管を直撃する刺激的な映像にやられてしまった。
2009/09/24(木)(小吹隆文)
動物園にエイゾウがやってきた!
会期:2009/08/29~2009/11/29
横浜市立野毛山動物園[神奈川県]
10月末日から催される「ヨコハマ国際映像祭2009」のサテライト企画。動物園の園内で、泉太郎、野村誠+野村幸弘、SHIRABROSの3組のアーティストがそれぞれ作品を発表した。鍵盤ハーモニカ奏者の野村誠は、檻のなかの動物たちに向けて演奏してまわり、その様子を撮影した野村幸弘による映像を、園内に設置された古いバスのなかで発表した。動物という人類にとって完全な他者を相手にしたコミュニケーションのほとんどは当然成就することはないが、楽器に興味を示した動物と協演しているように見える瞬間がないわけではない。けれども、そのような期待を込めて動物の一挙一動を見守るということじたいが、動物の「生」をいつも以上に丁寧に観察することになっていることに気づかされる。音楽という手段が動物園という目的にかなうことを実証した作品だといってもいい。一方、動物園という目的とはまったく無関係に作品を発表したのが、泉太郎。「シロクマの家」を全面的に使った映像インスタレーションで、ふだん観客がシロクマを鑑賞するための舞台はもちろん、その外周に掘られたプールの底からバックステージや檻の中まで、ふんだんに空間を使い込んだ展示で、じつにおもしろい。先ごろ群馬県立近代美術館で発表された《貝コロ》と同じ発想でつくられた新作は、サイコロを振って出た目の指示に従いながら、さまざまなコマを進めていく遊びだが、撮影されたシロクマのステージと同じ場所で見せられ、かつコマの残骸が現場にそのまま残されているため、映像の中と外がリンクしているのがわかる。ただ、コマとして使ったプラスティック製のキャラクターをガムテープでぐるぐる巻きにしたり、絵の具をぶっかけたり、動物園に期待されている子どもの情操教育にとってはあまり歓迎されないような作品も多い。その意味では動物園という場にはまったくそぐわないが、しかし、そうした破壊的な行為が子どものリアルな心情に訴えかけることもまた事実である。野村と泉の作品は、それぞれ異なるアプローチで、動物園という場にアートを持ち込むことに成功した。
2009/09/23(水)(福住廉)
神戸ビエンナーレ2009
会期:2009/10/03~2009/11/23
メリケンパーク、神戸港会場、兵庫県立美術館、三宮・元町商店街[兵庫県]
2007年に第1回が開催された神戸ビエンナーレ。その売りは、貨物コンテナを大量に持ち込んで展示会場に流用するという、港町・神戸を意識したプランだった。しかし、引きが取れず照明設備が劣るコンテナでは、インスタレーションや映像ならともかく、絵画や立体をまともに見ることは難しい。そうした設備面での悪条件と、さまざまなレベルの作品が混在した配置もあって、多くの課題を残す結果となった。今秋の第2回では、招待作家を兵庫県立美術館に集中させ、主会場のメリケンパークと連絡船で結ぶ方式を採用。さらに海上でも作品展示を行ない、スケールとグレードの向上を図っている。メリケンパーク会場で昨年同様コンテナが用いられるのは、筆者としては残念。しかし、兵庫県立美術館と海上で質の高い展示が行なわれるなら、前回以上の成果が期待できる。また、街中の三宮・元町商店街と美大生・専門学生による共同企画も予定されており、地元との密着が強く意識されている点にも好感が持てる。主催者の構想が額面通りに機能して、見応えのある催しになることを期待する。
2009/09/20(日)(小吹隆文)
犬と猫と人間と
会期:2009/09/10
映画美学校第1試写室[東京都]
飯田基晴監督によるドキュメンタリー映画。日本で一日に3,000匹、年間では30万頭の犬と猫が処分されているという現実を知らずにいた監督自身が、さまざまなアプローチから「犬と猫と人間」の実態に肉薄することで、その現実を身をもって学んでいく構成だ。行政の収容施設や民間の保護施設を訪ね、多摩川の河川敷で自発的に捨て猫の世話をしている人や、山梨県の「犬捨て山」、徳島県の「崖っぷち犬」を取材し、ついには動物愛護の先進国であるイギリスまで足を伸ばしていく行動力と、避妊手術や犬の訓練方法をめぐって行き違う見解をそのまま観客に見せる実直な態度のおかげで、厚みのあるドキュメンタリーになっている。私たち人間にとって言葉すら通じない「他者」とどのように共存していくのか、どうすれば両者にとっての「幸福」が可能なのか、ペットを飼っていようがいまいが、すべての人たちがそうした根源的な問いを考えることができる映画である(10月よりユーロスペースにてロードショー、その後全国で順次公開される予定)。
2009/09/10(木)(福住廉)
ウィリアム・ケントリッジ──歩きながら歴史を考える:そして歴史は動き始めた……
会期:2009/09/04~2009/10/18
京都国立近代美術館[京都府]
展覧会資料を読むと、「脱西欧中心主義」とか「ポスト・コロニアル批評」などの文言が見受けられたが、それらについては不勉強なので、予断を排して作品と対峙することにした。初期の代表作「プロジェクションのための9つのドローイング(ソーホー・エクスタインの連作)」は、ゴリゴリした質感の重厚なドローイングを、描いてはコマ撮りする作業を繰り返したアニメ作品。アニメといっても記号性の強い日本のアニメとは質感が異なり、文字通り絵が動いている感覚だ。本展では全9作品を5つのスクリーンで順次上映し、観客は専用のレシーバーとヘッドフォンで自由に音声を選んで見られる方式が採られた。この優れた方法が映像展で採られたことは特記しておきたい。その後の《ジョルジュ・メリエスに捧げる7つの断片》や最新作《俺は俺ではない、あの馬も俺のではない》では、ドローイングと実写、影絵などが自由自在に用いられ、イマジネーションとファンタジーの飛躍が一層拡張されている。彼の作品をまとめてみたのは初めてだが、これほど見応えがあるとは正直思っていなかった。まさに、一年に数度あるかないかの嬉しい驚きだ。
2009/09/03(木)(小吹隆文)