2022年08月01日号
次回9月1日更新予定

artscapeレビュー

映像に関するレビュー/プレビュー

生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展

会期:2022/03/19~2022/06/19

東京都現代美術館[東京都]

子どものころ、ご多分にもれず怪獣映画が好きだった。初めて見たのは『モスラ』(1961)。まだ現実と虚構の区別がつかない年ごろだったので、モスラにへし折られたはずの東京タワーが建っているのを見て、「いつ建て直したんだろう」と不思議に思ったのを覚えている。それほどうまくミニチュアがつくられていたということだ。その後『キングコング対ゴジラ』(1962)、『マタンゴ』(1963)(これは怪獣映画とは少し違うが、死ぬほど怖かった)、『モスラ対ゴジラ』(1964)、『三大怪獣 地球最大の決戦』(1964)など次々に見た。だからテレビで『ウルトラQ』(1966)が始まると狂喜したもんだ(が、4人家族のチャンネル争いは熾烈で、2週に1回しか見せてもらえなかった)。

しかしその後、「ウルトラマン」(1966-)のシリーズになってから次第に興味が失せ、『ウルトラセブン』(1967)のころにはまったく見なくなってしまった。少し大人になったからでもあるが、どうもそれだけではない。実はそのとき、ひとつ気づいたことがある。ぼくは怪獣そのものが好きだったのではなく、またドラマに熱中していたわけでもなく、怪獣が建物を破壊するシーンが見たかったのだと。極端な話、怪獣なんかどうでもいいし、物語なんかあってもなくてもいい。ただ怪獣が街を壊してくれればよかったのだ。だからテレビよりミニチュアがリアルにつくり込まれている映画のほうに惹かれたし、建物のない山野でウルトラマンと怪獣が戦うシーンを見せられた日には心底がっかりしたもんだ。これはおそらく、自分が巨大化して世界をメチャクチャにしてみたいという破壊衝動の擬似体験だったんじゃないかと、あとになって思うようになった(ひょっとしたら小柄なプーチンも同じ願望を抱いているのかもしれない)。


長々と前置きを書いてしまったが、そうした怪獣映画で破壊されるミニチュアセットをつくっていたのが、特撮美術監督の井上泰幸だった。当時、怪獣ファンの子どもたちがそうであったように、ぼくも円谷英二の名前は知っていたけど、井上の名前など知るよしもなかった。だが、少なくともぼくにとって井上は円谷監督よりはるかに重要な存在であったことが、半世紀以上も経たいまになってようやく判明した次第。

展示は、井上が学生時代に描いた絵画や玲子夫人の彫刻などを集めた「特撮美術への道 ─芸術家であり、技術屋 1922-1953 」をプロローグに、『ゴジラ』(1954)に始まる怪獣映画や戦争映画のスケッチ、絵コンテ、記録写真、映像、マケットなど約500点を並べた「円谷英二との仕事 ─特撮の地位を上げるための献身 1953-1965」「特撮美術監督・井上泰幸 ─ミニチュアではなく、本物を作る 1966-1971」「アルファ企画から未来へ ─世の中にないものを作れ 1971-2000」、そして最後に、「空の大怪獣ラドン」で破壊される西鉄福岡駅周辺のミニチュアセットを吹き抜けのアトリウムに再現した「井上作品を体感する ─岩田屋ミニチュアセットと戦艦三笠 3D データ 2021-2022」の5部構成。若き日の宝田明も映像に出てきて感慨深い。

この展覧会、子どものころに見ていたらどれほど感激したかわからないが、ひねくれじいさんのいまとなっては、『連合艦隊司令長官 山本五十六』(1968)や『日本海大海戦』(1969)のスケッチはまるで戦争画を参照したんじゃないかとか、『首都消滅』(1987)の渦巻くような雲のデッサンはレオナルドの洪水の素描を思わせるとか、『竹取物語』(1987)の船と龍のスケッチは《華厳宗祖師絵伝》にそっくりだとか、ひとりツッコミを入れてペダンチックに楽しむしかなかった。

2022/03/18(金)(村田真)

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スティーブン・スピルバーグ『ウエスト・サイド・ストーリー』

一度のみならず、劇場で見ておくべき傑作だったので、映画『ウエスト・サイド・ストーリー』の二度目の鑑賞を行なった。そもそも全曲を覚えていたくらいの傑作ミュージカルの映画を、改めてスティーブン・スピルバーグが映画化したわけだが、期待以上の完成度に到達した作品である。当初はなぜ、今さらこの映画なのか、という疑問をもっていたが、トランプ前大統領によって加速した分断の時代だからこそ、いまこのリメイクが意味をもつ。またあらゆることが、VFXによって表現できてしまい、かえって驚きが消えてしまった映画界において、生身の人間の歌と、抜群の切れ味のある踊りによって驚異的な力を発揮している。

実際、本作ではいわゆる有名な俳優はキャスティングされていない。だが、その身体能力の凄さによって、観客を魅せることに成功している。ミュージカルという映画ジャンルは、登場人物が歌いだすと、しばしば物語の進行が止まってしまう。下手をすると、映画としては退屈しかねないのだが、バーンスタインによる原曲の良さ、歌の上手さ、そして都市空間におけるダイナミックな動きがノンストップで続くことによって、むしろ鑑賞者の目と耳を釘付けにさせる。ちなみに、バーンスタインの名曲群は、「トゥナイト(クインテット)」の5重唱や「ア・ボーイ・ライク・ザット/アイ・ハブ・ア・ラヴ」、「アメリカ」など、相反する台詞がぶつかる掛合いの部分が多く、実はけっこうオペラ的であることにも気付かされた。

さて、都市という視点では、鉄球による解体作業中の建設現場と、モダニズム的な再開発を促進したロバート・モーゼスに対する反対運動のプラカードが映っていたように、破壊されていくスラム街とされた地域が舞台だった。そしてオペラ、クラシック音楽、バレエなどのパフォーミング・アーツの拠点となるリンカーン・センターや高層マンションの完成予想図などが示される。すなわち、モーゼス的な都市計画に叛旗をひるがえし、路上の地域コミュニティを重視したジェイン・ジェイコブズの『アメリカ大都市の死と生』(1961)が執筆された時期と重なるだろう(映画の設定は、1957年)。



リンカーン・センター


この映画は臨場感を出すべく、さまざまな場所で野外ロケをしているが、印象的だったのは、マリアとトニーがデートに出かけ、愛を誓うシーンである。これはマンハッタン北端にたつ、ヨーロッパの中世の建築を移築して合体させたクロイスターズ美術館で撮影された。それゆえ、二人の会話の流れだったとはいえ、空間をステンドグラスのある教会に見立てることができたのである。



クロイスターズ美術館


2022/03/08(火)(五十嵐太郎)

ホームビデオ・プロジェクト「テールズアウト」

会期:2022/02/02~2022/03/21

大阪中之島美術館[大阪府]

建設構想から約40年を経て、2022年2月に開館した大阪中之島美術館。開館プレイベント「みなさんの『ホームビデオ』を募集します!」で家庭に眠るホームビデオを一般市民から募集し、集まった300本超のビデオテープや映像データを用いて、現代美術作家3名が新たな作品を制作した。参加作家は、荒木悠、林勇気、柳瀬安里。展覧会タイトルの「テールズアウト」とはテープの巻き方を指す言葉に由来する。収録済みテープの最終部がテープの巻き終わりになっている状態を「テールアウト」と呼び、その続きから現代作家たちが新たな物語を紡ぎ出すことが企図されている。また、美術館建設構想が始まった1983年は、一般家庭向けのカムコーダ(ビデオカメラ)が登場した年でもあり、以降、小型化と長時間録音が可能となったビデオカメラの普及が進んでいく時代が、開館までの美術館の歩みと重ね合わされている。

主に家庭内で撮影され、子どもの成長や行事を記録し、家庭内でプライベートに鑑賞されるホームビデオ。8ミリビデオからデジタルデータに及ぶ記録媒体の変遷と、社会や家族のあり方の変化。普遍性や交換可能性と、個人性の強い刻印とのせめぎ合い。他人の私的な映像を見る行為の倫理性。記憶や時間についての省察。「ホームビデオ」から派生する問題に対し、荒木、林、柳瀬は三者三様のアプローチを見せた。

荒木悠の《HOME / AWAY》は、空港の出発ロビーをイメージした空間に、天井から3台のモニターが吊られている。モニターには、モノクロ、カラー、鮮明なデジタル映像と異なる時代のホームビデオが流れるが、映された光景は、旅行、動物園、運動会と共通し、「ホームビデオのお約束の主題」を指し示す。同様の試みとして想起されるのが、フィオナ・タンのファウンドフォト・インスタレーション「Vox Populi(人々の声)」だ。展覧会開催地の住民から収集した写真を、構図やポーズ、主題などでグルーピングし、「アマチュア写真の無意識的なコード」のマッピングを提示する。荒木も集合体から類型化を抽出し、3つの異なる時代や記憶媒体を並列化することで、普遍性と差異を浮かび上がらせる。


荒木悠《HOME / AWAY》[撮影:小牧寿里]


一方、ホームビデオが撮影・鑑賞される「家庭」という空間や、他人の私的な映像を見る行為の倫理性を問うのが柳瀬安里だ。《ホーム_01》《ホーム_02》では、黒い箱の中にミニチュアの家具を配置した「リビングルーム」が設えられ、被写体の顔にライトを当てて消した映像が投影されている。映像は(遠足や旅行、運動会や発表会、海やプールなど「家庭の外」を除外した)「家庭内の親密な光景」に限定され、画質の荒さから時代感がうかがえる。この「黒い箱」は、かつてホームビデオが鑑賞されたブラウン管モニターを指すと同時に、家庭という閉域の「のぞき箱」でもある。また、被写体の子どもの顔を匿名化する操作は、「それは私自身だったかもしれない」という交換可能性や既視感と同時に、SNS上でシェアされたプライベートな画像・動画を思わせる。時代感のあるホームビデオがSNS上にアップされているかのような奇妙なアナクロニズムは、逆説的に、時代を超えた普遍的な欲望を浮かび上がらせる。


柳瀬安里《ホーム_02》[撮影:小牧寿里]


上記の2作品はサイレントだが、「フィクショナルな語り」の上書きによって、記録媒体や時間の複数性、記憶のあり方についての多様なメタファーを示唆するのが、林勇気の《瞬きの間》である。真っ黒な画面中央には、円形の映像が映り、不安定に揺らぐ映像をよく見ると、さまざまなプラスチックのコップに満たされた水を通して映し出されていることがわかる。日常的なプラスチック製コップと、DVDやフィルム、磁気テープなどの記録媒体の原材料が同じ化石燃料であることに着目した仕掛けである。

また、のぞき穴、カメラのレンズ、トンネルの先に見える光景を思わせる「円形の窓」によって、私たちは、かつてレンズ越しに被写体に親密な眼差しを向けた撮影者、窃視者、時空のトンネルを超えた目撃者という複数の多重的な立場に立たされる。そしてコップは、形を持たず、儚くこぼれ落ちてしまう記憶を物質的にとどめたいという欲望や記録媒体の謂いでもある。キャラクターの絵柄付き、取っ手の有無、コップ自体の形の多様性は、それらが使用される家庭の個別性と同時に、記録媒体の多様性のメタファーでもある。


林勇気《瞬きの間》[撮影:小牧寿里]



林勇気《瞬きの間》[撮影:小牧寿里]


さまざまなホームビデオを断片的に繋ぎ合わせた映像にオーバーラップされるのは、20年前、実家の庭に兄とともに埋めたタイムカプセルを掘り出すため、車で故郷へ帰る男性のモノローグだ。タイムカプセルには、兄が撮ったHi8(ハイエイト)のビデオテープがあると語られる。かつて子ども時代に撮影され、家庭内のどこかに眠るホームビデオはまさに「タイムカプセル」であり、男性の車と平行に走る列車の線路は「異なる複数の時間の流れ」を示唆する。洞窟内で野宿し、焚き火の明かりで洞窟の壁に投影した影絵=映像の原理。回転する車輪=フィルムやビデオテープのリール。焚き火の火が燃え移り、溶けて燃えてしまうプラスチックのコップ=記録媒体の物質的な可燃性や損傷性。「画像や映像にオーバーラップさせたフィクショナルな語りのなかに、記憶や時間についての自己言及的なメタファーを散りばめる」という近年の林の手法が凝縮されていた。

関連レビュー

林勇気「15グラムの記憶」|高嶋慈:artscapeレビュー(2021年10月15日号)

2022/02/27(日)(高嶋慈)

濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』

約3時間という長尺ゆえに、なかなかまとまった時間がとれず、映画館にいけなかったが、やっと鑑賞することができた。なるほど、傑作である。やはり、映像(ロードームービー的な風景の描写や手話の表現など)と声(車中で聞くカセットテープの音声や多言語による会話など)でしかできないことを実験的に挑戦しつつ、ストーリーテリングの強度も維持しており、まったく飽きることなく、最後まで作品に引き込まれた。また既存のジャンルにあてはめにくい、類例がほとんどない独自の映画なのに、アントン・チェーホフの戯曲、愛車と運転、擬似的な親子関係、贖罪など、驚くほど多様な切り口をもつ。特に演劇をつくる設定になっていることから、まさに演じること、会話すること、物語ること自体をテーマにした点が興味深い。そして広島の現代建築も印象的に登場していた。ドライバーの渡利みさきがお気に入りの場所として案内する、谷口吉生が設計した《広島市環境局中工場》(2004)である。都市軸を意識し、ヴォイドが貫くデザインになっていることも劇中で語られていた。


《広島市環境局中工場》



《広島市環境局中工場》



《広島市環境局中工場》



《広島市環境局中工場》



《広島市環境局中工場》における都市軸


気になって、濱口竜介が監督・脚本を担当した映画は、どれくらい原作と違うのかを確認した。村上春樹の短編集『女のいない男たち』(2014、文春文庫)に収録された「ドライブ・マイ・カー」は、文庫だと50ページ程度の長さである。もちろん、若い女性がドライバーとなるジェンダー的にも意表をついた設定は同じだ。しかし、前述したように映画でしかできない作品に仕上がっており、とくにいくつかのテーマが加えられている。主人公の家福悠介が特殊な作風をもつ演出家であること、子どもを失ったあと、妻の音が物語を語りはじめたこと、舞台が広島になったこと、多国籍・多言語・多世代の俳優たち、みさきの出自、そして身近な人を死なせてしまったという罪の意識などである。これらの要素によって決定的に違う作品になっていた。そもそも原作は基本的に「男たち」の語りになっており、亡くなった音が共通の話題となる男性の俳優同士による奇妙な友情が後半の中心的なエピソードとなるが、映画では女性たちの語りも重要である。そして、広島から北海道まで自動車を走らせ、慟哭を経て、新しい道を歩みはじめるシーンが示されていた。これは原作にはまったくない希望である。


公式サイト:https://dmc.bitters.co.jp

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谷口吉生《広島市環境局中工場》|松田達:artscapeレビュー(2010年03月15日号)

2022/02/18(金)(五十嵐太郎)

ハリナ・ディルシュカ『見えるもの、その先に ヒルマ・アフ・クリントの世界』

つい10年前まではまったくといっていいほど無名だったスウェーデンの画家、ヒルマ・アフ・クリント(1862-1944)。2013年にストックホルム近代美術館を皮切りにヨーロッパで巡回展が開かれて一躍注目を浴び、2018-19年にはグッゲンハイム美術館で回顧展が開催され、同館最多の約60万人の動員を記録したという。なぜそんなに話題になったのか? それはクリントが、抽象絵画の先駆者とされるカンディンスキーやモンドリアンより早くから抽象画を描いていたからであり、そして女性だったからだ。この2点は密接に結びついて、ある疑念を生じさせる。つまり、クリントは女性ゆえに「最初の抽象画家」の名誉に与れなかったのではないかと。この映画は、クリントの生涯をざっくり振り返りつつ、そうした疑惑についての論争を紹介するもの。

クリントは、似たような名前の画家クリムト(1862-1918)と同じ年にスウェーデンに生まれ、同じ北欧の画家ムンク(1863-1944)と同時代を生きた。ついでにいうと、カンディンスキー(1866-1944)やモンドリアン(1872-1944)も同じ年に亡くなっている。ストックホルムの王立芸術アカデミーで学び、そこで知り合った4人の女性と「ザ・ファイブ(De Fem)」を結成。彼女たちはスピリチュアリズムに関心を抱き、神智学に傾倒し、しばしば降霊術も行なっていたという。こうした神秘的思考を絵画に反映させ、1906年から植物の枝葉や記号を思わせる抽象的な図像を描き始めた。カンディンスキーが初めて抽象絵画を描いたのは1910年頃とされるから、それより数年早いことになる。

こうしたことから、抽象絵画を始めたのはカンディンスキーでもモンドリアンでもなく、ヒルマ・アフ・クリントであり、美術史は書き換えなければならないといった意見や、そうしないのは彼女が女性だからだといった主張が展開されていることを映画では紹介している。確かにそのとおりだが、しかし一方で、映画を見る限り、植物的な形態の残る彼女の絵画が果たして純粋抽象といえるのか、あるいは、降霊術を用いて描いたとされる絵画がモダンアートとしての抽象と認められるのか、といった疑問も湧いてくる(カンディンスキーもモンドリアンも神智学の影響を受けたことは知られているが、降霊術を用いて描いたとは聞いたことがない)。もしそうだとしたら、例えばアウトサイダーアートの代表的存在であるアドルフ・ヴェルフリが、1904年から始めたドローイングが史上初の抽象絵画になるかもしれない。いや、そもそも抽象図像ならそれこそ古今東西どこでも見られるものだ。

そう考えていくと、抽象絵画を創始したのはいつ、だれかといった問題は些末なものに思えてくる。確かに、クリントはカンディンスキーより早くから抽象化を進めていただろうし、にもかかわらずそれが美術史に記載されないのは彼女が女性だったからかもしれない。そのことが重要ではないとはいわないが、でもこの映画はそんな論争を超えて、「抽象」とはなにか、「絵画」とはなにか、人はなにに突き動かされて絵を描くのか、といった根源的な問題にまで思いを馳せさせてくれるのだ。そこがすばらしい。


公式サイト:https://trenova.jp/hilma/(2022年4月公開予定)

2022/02/08(火)(村田真)

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