2024年02月15日号
次回3月1日更新予定

artscapeレビュー

映像に関するレビュー/プレビュー

高田冬彦「Cut Pieces」

会期:2023/09/09~2023/10/08

WAITINGROOM[東京都]

ホモエロティックな夢想とステレオタイプな男性性の解体。この二つは果たして両立し得るだろうか。これは欲望と倫理が両立し得るのかという問いでもある。三つの映像作品のインスタレーション的展示を中心に構成された高田冬彦の2年ぶりの新作個展「Cut Pieces」を見ながら、私はそんなことを考えていた。

会場に入ってまず目に入るのは《The Butterfly Dream》(2022)。タイトルが示唆するように「胡蝶の夢」をモチーフとする映像作品だ。木陰で昼寝をしている青年の夢に現われるのはしかし、ただの蝶ではなくハサミと一体化した蝶である。羽ばたきに合わせてチョキチョキと鳴るハサミが微睡む青年の周囲を舞い、衣服を切り刻んでいく。暴力的であるはずのその出来事は蝶のイメージによってか優雅にさえ見え、裂け目から覗く素肌と青年の寝息はエロティックだ。これが「胡蝶の夢」であるならば蝶は青年自身であり、そこではサディズムとマゾヒズムが自足し完璧な調和を描いていることになる。


《The Butterfly Dream》(2022)[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)]


だが、本当にそうだろうか。画面には時折、ハサミを持つ第三者の手が映り込み、ハサミの先端はたった一度だけだが青年の肌に触れて微かな跡を残す。その瞬間の不穏は、この映像を安全な夢想として眺めることを躊躇わせるに十分なものだ。画面から視線を外してふと横を見れば、そこには夢から抜け出てきたかのような蝶=ハサミの姿がある。《Butterfly Dream》で使われていた小道具が《Butterfly Scissors》(2022)というタイトルを付され展示されているのだ。しかし、夢の中では蝶として見られたその姿も、現実においてはハサミとしての存在感の方が優っている。不穏は夢から現実へと滲む。現実へと持ち出してはいけない妄想もあるのだ。その蝶=ハサミがアクリルケースで保護されていることに少しだけホッとする。


《Butterfly Scissors》(2022)[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)]


《Dangling Training》(2021)は白いウェアを着てテニスをしている男性の股間(しかし顔は映らない)にピンク色の照明が当たり、そこに男性器らしきシルエットが浮かび上がっているという映像作品。danglingは「ぶらぶらさせる」という意味の英単語で、その「ぶらぶら」と股間に広がるピンクの光とが合わさると、まるでピンクの蝶が羽ばたいているように見えなくもない。鑑賞者からするとどうしても股間に目が行ってしまうつくりになっているわけで、真面目に見ようとすればするほど馬鹿馬鹿しさが際立つ作品だ。美術作品としての映像に向けられる「真面目な」視線は、テニスプレイヤーの清潔かつストイックなイメージと股間の蝶の馬鹿馬鹿しさ、そして隠された男性器に向けられる(作家によって強制された)「性的な」視線の間で撹乱されることになる。


《Dangling Training》(2021)[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)]


ところで、今回の展示では《Dangling Training》を映し出す3台のモニターの周囲に、いくつかのテニスボールが転がされていた。すでに《Butterfly Dream》と《Butterfly Scissors》によって蝶=ハサミのイメージを植え付けられていた私は、床に転がる玉を見て、股間に羽ばたく蝶=ハサミによる去勢のイメージを思い浮かべずにはいられなかった。


[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)]


そんな妄想を裏づけるかのように、続く部屋に展示された《Cut Suits》(2023)のなかでは、ハサミを手にした6人の男たちが互いに互いのスーツを切り裂き合っている。しかもにこやかに。男たち自身による有害な、画一化された男らしさからの脱却。漂う親密さからは解放への悦びさえ感じられるようだ。股間の蝶から引き継がれたピンクを背景に戯れる男たち。その色彩はステレオタイプな男性性からの逸脱を表わしているようでも、性的欲望の発露を表わしているようでもある。


《Cut Suits》(2023)より


だが、男たちの営みが性的欲望に基づくものならば、画一化された男らしさからの脱却はおそらく成就することはない。脱却が完遂されてしまえば、お互いが性的欲望の対象となることはなくなってしまうからだ。あるいは、女を立ち入らせず、男たちが決して傷つくことのないその営みを、依然ホモソーシャルな戯れに過ぎないと批判することもできるだろう。欲望の対象として映像に映る男たちを見直してみれば、6人が6人とも細身で似たような体型をしていることにも気づかされる。その画一性からは、スーツを着た細身な男性へのフェティッシュな欲望の匂いを嗅ぎ取ることができるはずだ。実際、映像の最後に至ってもスーツは完全には剥ぎ取られないままである。しかも、展示空間において映像は延々と繰り返され、戯れが終わりを迎えることはない。映像が映し出されている支持体の周囲には、6人分にしてはあまりに多いスーツの残骸が山をつくっていた。スーツの残骸に囲まれた支持体は、終わりなきホモソーシャルを丸ごと葬る墓石であると同時に、フェティッシュな欲望を閉じ込めた永遠のユートピアでもあるのだ。


《Cut Suits》(2023)より


《Cut Suits》(2023)展示風景[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)]



高田冬彦:https://fuyuhikotakata.com/
WAITINGROOM:https://waitingroom.jp/exhibitions/cut-pieces/


関連レビュー

高田冬彦「STORYTELLING」|木村覚:artscapeレビュー(2016年05月15日号)

2023/10/05(木)(山﨑健太)

アニメーション美術の創造者 新・山本二三展 ~天空の城ラピュタ、火垂るの墓、もののけ姫、時をかける少女~

会期:2023/07/08~2023/09/10

浜松市美術館[静岡県]

浜松市美術館を訪れ、今年の8月に亡くなったアニメ背景美術の巨匠の展覧会、「新・山本二三」展の最終日に駆け込みで入った。1969年以降、彼は『サザエさん』(1969-)、『一休さん』(1975-82)、『未来少年コナン』(1978)から、『天空の城ラピュタ』(1986)、『火垂るの墓』(1988)、『天気の子』(2019)まで、数多くの作品を手がけ、ゲームの美術や絵本の挿絵も描いている。ジブリの宮崎駿のような有名性はないが、おそらく、ほとんどの日本人は知らない間に山本の絵に慣れ親しんでいるはずだ。また実際、会場では親子連れが目立ったが、親も子も楽しめる内容だろう。今回のタイトルに「新」と付いているのは、2011年に神戸市立博物館で始まった「日本のアニメーション美術の創造者 山本二三」展がその後も全国で巡回していたからだ。2014年に筆者は静岡市美術館で鑑賞し、映画館で大きく伸ばしても耐えられるよう、小さな絵に細部を緻密に描く手技に感心させられた。新旧両方の展示のカタログを比較すると、131ページから231ページに増えており、単純にボリュームからも内容が充実したことが確認できる。なお、前回の展示では、最初の会場であった神戸を舞台とすることから『火垂るの墓』を詳しく取り上げており、担当学芸員の岡泰正の論考は今回のカタログに再録された。



山本はもともとカメラマンに憧れ、絵を描くことが好きだったが、それでは食っていけないということで、夜学の大垣工業高校定時制建築科を卒業後、働きながら、アニメーションの専門学校に入ったという。彼が図面やパースの技術を学んだ経験は、キャラではなく空間を表現する背景美術の仕事に生かされており、今回の展示では高校時代の設計課題も紹介されていた。なるほど、しっかりと建築の室内外を描いている理由として納得が行く。展示全体を通していくつかのテーマが設定されており、第1章「冒険の舞台」(『ルパン三世 PART2』[1977-80]など)、第2章「そこにある暮らし」(『じゃりん子チエ』[1981-83]など)と続く。第3章「雲の記憶」(『時をかける少女』[2006]など)と第4章「森の生命」(『もののけ姫』[1997]など)では、「二三雲」と呼ばれる独特な雲の表情や、作品の世界観を決定する森や自然に注目する。そして第5章「忘れがたき故郷」では、2010年から2021年にかけて全100点を完成させたライフワークである、生まれ育った五島列島の風景画シリーズを取り上げる。なお、浜松市美術館では、特別に浜松城を描いたドローイングも出品されていた。





アニメーション美術の創造者 新・山本二三展 ~天空の城ラピュタ、火垂るの墓、もののけ姫、時をかける少女~:https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/artmuse/tenrankai/nizou.html



関連レビュー

「架空の都市の創りかた」(「アニメ背景美術に描かれた都市」展オープニングフォーラム)|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2023年07月01日号)
山本二三展|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2014年09月15日号)

2023/09/08(金)(五十嵐太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00065604.json s 10187785

SeMA NANJI RESIDENCY Open Studio 2023

会期:2023/09/05

SeMA NANJI RESIDENCY[韓国、ソウル]

韓国のソウルにある巨大複合施設「Coex」で同時開催されたアートフェア「Frieze Seoul」と「키아프 서울(Kiaf SEOUL)」に合わせて、ソウルの中心部と金浦空港の間に位置するナンジでオープンスタジオが開催された。その会場である「SeMA NANJI RESIDENCY」はソウル市立北ソウル美術館(SeMA)が運営するレジデンス施設であり、そこに韓国出身の作家たちは数カ月にわたり滞在している。当日は約20組のアーティストが自身の制作スペースで展示を行なっていた。

日本やベトナム、そして韓国国内で戦争にまつわる土地をランニングし続ける映像作品《Invisible Factories》(2021)のキム・ジェミニ(Gemini Kim)。自身のパフォーマンスの記録映像を編集し作品化するオム・ジウン(Jieun Uhm)。自然科学における動植物の標本や朝鮮戦争開戦日(6.25)のための彫像といった事物の保存にまつわる行為を映像とインスタレーションで展開するシン・ジュンキュン(Jungkyun Shin)といった、映像を技法の中心に据えた作家の多さが印象的だった。


イエスル・キムのオープンスタジオの様子(一部)


とりわけ今回紹介したいのはイエスル・キム(Yesul Kim)だ。イエスルは幼少期からにナム・ジュン・パイクに憧れヴィデオ・アートを志し、映像インスタレーションを精力的に発表してきた作家である。スタジオで主に展示されていたのは、親同士の憎しみの連鎖を子供が引き受けつつそれをロボコン対戦(プログラミング教育)で決着をつけるという《鉄甲神斬 Fragger/Ironclad Fragger》(2023)と、彼女の幼少期の美術の授業時間や両親に「アートって何?」と尋ねた実体験をもとに歌詞がつくられた合唱曲《Art Class》(2021)だ。


イエスル・キム《鉄甲神斬 Fragger/Ironclad Fragger》(2023)


彼女は「子供は親や教育の影響を純粋に受け止めるがゆえに、きわめてイデオロギー的な存在だ」という。幼い頃から、親に「アートって何?」と尋ねたときに返ってくる「絵画のこと?」「お父さんに聞いて」「お母さんに聞いて」といった返答の要領の得なさに疑問を持っていた。初等教育で「美術」とされていることとイエスルが興味をもった「美術」には大きな乖離があったのだ。《Art Class》は終始コミカルで、視聴しながら思わず体が揺れてしまう。そこでは誰もが体験しえた図画工作のドローイングや美術館への遠足といった時間から「現代美術」へとブリッジし、最後には「アーティストになる!」と言ったイエスルに親が「なんてことだ!」と将来への不安を胸に絶叫する、という歌詞で幕を閉じる。彼女は幼いながらに自身の「美術」の道と作品像を両親よりも具体的に見定めていたわけだが、両親の「美術への不安」はきわめて現実に即したものであったことが別の作品で強く浮かび上がってくることになる。


イエスル・キム《Art Class》(2021)
Verse 1 edited version, Single channel video, 4K


イエスル・キム《Art Class》(2021)。英語字幕版ではないがYoutubeで一部視聴が可能だ


それは2015年の《Artist survival》という冊子での配布型の作品だ(PDFはここからDL可能)。冊子は美術従事者(主には作家だろう)に向けたYES/NOの積み重ねでタイプを分類するブックになっている。「あなたの作品はレディメイド?」「ベルリンで教育を受けたことがある?」「助成金を獲得してる?」「あなたは韓国現代美術作家としてのどのような立ち位置を占めているのか?」と現代美術における「新規性」やキャリアパスが「王道かどうか」を皮肉めきながら、しかし冷笑とは違って、官僚的な側面を多分にもつ現代美術の在り方をどうしたものかと肩を落としながらも笑い飛ばすように、状況を突きつけてくる作品になっている。そしてそれは、イエスルの両親が絶叫したように、アーティストとして生きる困難がこれでもかと具体的に書かれた自伝的な作品ともいえるだろう。

イエスルには配布型で観賞者によるプレイを前提とした冊子状の作品がいくつかあり、その冊子と映像(インスタレーション)を複合的に使うことで、いつでもどこでも自身の表現を観賞者に伝えることが可能だ。目下、アーティスト・イン・レジデンス(AIR)という、旅を前提とした奨学制度は現代美術と深く結びついている。AIRが土台のひとつである現代美術の在り方があとどれくらい続くかは未知数だが、その世界的な回遊性が同時代を担保する要因なのだとしたら、彼女の作品とそのポータビリティは、社会にとって美術とは何か、いまの社会とはどのような仕組みをもつかを照射する、現代美術性だといえると思った。

2023/09/05(火)(きりとりめでる)

ファッション・リイマジン

会期:2023/09/22~未定

ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館 ほか[全国順次公開]

ファッション産業が地球環境に多大な負荷を与えているという問題が、最近よく取り沙汰されるようになった。地球環境だけでなく、先進国が発展途上国を搾取する構造もそこには透けて見える。華やかで、文化的で、経済を大きく動かしてきた産業ゆえに、これまで私たちは見て見ぬふりを続けてきたが、そろそろ現実を見つめ直す時が来たのかもしれない。本作は英国のファッションブランド「Mother of Pearl(MOP)」のクリエイティブディレクター、エイミー・パウニーの活動を追いかけたドキュメンタリー映画だ。おそらく日本には正規代理店が存在しないため、MOPの服を入手するには海外通販サイトなどを通じてとなり、日本人にとってはあまり馴染みのないブランドかもしれない。私自身もそうだった。が、本作を観て、俄然、MOPへの興味が湧いた。ハイファッションでありながら、サステナブルなコレクションを立ち上げた稀有なブランドであるからだ。


映画『ファッション・リイマジン』より
出演:エイミー・パウニー(Mother of Pearlデザイナー)、クロエ・マークス、ペドロ・オテギ
監督:ベッキー・ハトナー
2022年/イギリス/英語/カラー/ビスタ/100分/日本語字幕:古田由紀子/原題:Fashion Reimagined
©2022 Fashion Reimagined Ltd
配給:フラッグ 宣伝:フラニー&Co. 映倫区分:G


契機は、2017年4月に英国ファッション協議会とファッション誌『VOGUE』により、その年の英国最優秀新人デザイナーにエイミーが選ばれ、10万ポンドの賞金を授与されたことだった。当時の為替で1500万円ほどである。この大金を元手に、彼女はMOPをサステナブルブランドに変えることを決意。その決心は彼女にとって決して唐突なことではなく、実は環境活動家だった両親の下、片田舎のトレーラーハウスで育ったことが根っ子にあることが徐々に明かされる。また、当時はファストファッションが台頭した時代でもあり、「1980年代に比較して、人々は3倍以上の服を購入」「毎年、一千億もの服が作られ、その5分の3が購入した年に捨てられる」といったショッキングな事実が述べられていく。こうした不健全きわまりない状況に、彼女はNOを突きつけたのだ。


映画『ファッション・リイマジン』より ©2022 Fashion Reimagined Ltd


オーガニックで、追跡可能な原材料。動物福祉に努める。最小限の地域で、最小限の化学物質で生産。低炭素排出量……と、彼女が掲げたのはいかにも理想的な目標だ。口で言うのは簡単だが、本当に実現可能なのか。しかも18カ月後にはコレクションを発表しなければならない。彼女はそのコレクション名を「No Frills(飾りは要らない)」に決め、スタッフとともにインターネットや展示会、人づてなどで情報を必死に集め、ウルグアイの羊毛業者やトルコのオーガニックコットン製造者らを訪ねていく。全編を通してストーリーとして見応えがあり、ファッション業界の仕組みを知る機会にもなるため、最後まで目が離せなかった。英国ではMOPの影響で、サステナブルブランドへ方向転換するファッションブランドが少しずつ増えてきたとのことだが、いまだに大量の服がつくられ、捨てられる状況は続いている。本作が、まずは消費者の意識変革のきっかけになればと思う。


映画『ファッション・リイマジン』より ©2022 Fashion Reimagined Ltd



公式サイト:https://Fashion-Reimagine.jp

2023/09/03(日)(杉江あこ)

春の画 SHUNGA

日本美術史には長いあいだ触れてはいけないタブーの領域があった。その代表が「戦争画」と「春画」だろう。両者は絵の目的こそ真逆に思えるが、どちらも見る人の気分を高揚させる点、それゆえお上が統制した点では似ていなくもない。その結果、両者は一時期ながら狂い咲きのように豊穣な成果を生み出した。しかし戦争画が敗戦とともにわずか数年で終息し隠蔽されたのに対し、春画は繰り返し何度も取り締まられたにもかかわらず密かに流通し、いまだ根強い人気を保っている。そして偶然の一致だが、両者とも2015年から再評価の気運が高まっているのだ。戦後70年にあたるこの年、戦争画を含む展覧会が各地の美術館で開かれ、また永青文庫で大々的な「春画展」が開催されたのだ。

戦争画はさておき、春画については、2013年にロンドンの大英博物館で大規模な「春画展」が開かれたので、それを日本にも巡回させようとしたら国公立美術館・博物館が開催を拒否。結局、細川護煕が理事長を務める永青文庫が受け入れることになったという経緯がある。そんなドタバタ劇が前宣伝になったのか、21万人を動員し話題になった。お上が見せまいとするほど大衆は見たがるものなのだ。

この映画は、鳥居清長の「袖の巻」の復刻プロジェクト、数人が寄り集まって密かに春画を鑑賞する「春画ナイト」、大英博物館での「春画展」発案者や春画コレクターら外国人へのインタビュー、北斎の春画「蛸と海女」のアニメ化など、盛りだくさんのエピソードを折り重ねたドキュメンタリー。もちろん百点を超える春画も無修正で登場する。

春画は西洋にもあるが、違うのは、日本では名だたる浮世絵師のほぼ全員が春画を手がけていることだという。描いていないのは正体がはっきりしない写楽くらい。それほどポピュラーなジャンルだったのだ。いや春画は浮世絵の単なる1ジャンルではなく、たとえ禁止されようが需要は確実にあったことから、役者絵や風景画などに比べてはるかにカネもテマもヒマもかけてつくられていた。それゆえ現在の技術では復刻するのが難しいのだ。その意味では春画こそ浮世絵のなかでも最高峰の芸術だといっていい。

また、春画というと男性が密かに楽しむものというイメージが強いが、実は嫁入り道具のひとつとして嫁にもたせ、夫婦で楽しむこともあったという。政府も少子化対策を進めるなら春画の振興に力を入れたらどうだろう。映画にも意外なほどたくさんの女性が登場する。春画ナイトの出席者は朝吹真理子、橋本麻里、春画ールら大半が女性だし(ヴィヴィアン佐藤も出ていた)、そもそも監督がアートドキュメンタリーを得意とする平田潤子だ。ちなみに、大英博物館での「春画展」の入場者も約半数が女性だったという。と書いてるうちに、女性の描く春画も見たくなってきた。


公式サイト:https://www.culture-pub.jp/harunoe/

関連レビュー

春画展|村田真:artscapeレビュー(2015年10月15日号)

2023/08/23(水)(村田真)

文字の大きさ