artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
ときたま「ヱビス日記」
会期:2023/05/17~2023/05/25
COCO PHOTO SALON[東京都]
ときたまは、携帯電話をスマートフォンに変えたのをきっかけにして、2016年からスナップ写真を撮り始めた。撮りためた写真をまとめて、2020年に391ページの写真集『たね』(トキヲ)を出版する。今回刊行した『ヱビス日記』(トキヲ)は2冊目の写真集で、生まれ育って、現在も住んでいる東京・恵比寿界隈を中心に撮影した写真がおさめられている。その刊行記念展として開催された本展には、写真集からピックアップした19点を展示していた。
写真は4月から始まって3月まで、ひと月ごとに季節を追って並んでおり、その下には日々の出来事を「ツラツラ」と綴った日記の一部が付されている。写真の内容と日記の記述には直接のかかわりはないが、両者を照合していくと、彼女を取り巻く時代の空気感がまざまざと浮かび上がってくる。特定の被写体に限定せず、「全方位的に」カメラを向けていく態度を徹底することで、こんなものが、こんな風に見えてきたという、驚きや歓びがいきいきと伝わってきた。『たね』の写真と比較して、個々の写真のクオリティも確実に上がってきている。
ときたまの写真を見ていると、スマートフォンの登場によって、「認識のツール」としてのスナップ写真の可能性が、より大きく広がっていったことがよくわかる。身辺のモノやコトとの思いがけない出会い、そこから導き出される視覚的な経験を定着するのに、スマートフォンほど有効な手段はあまりないのではないだろうか。ただし、InstagramなどのSNSにアップするだけだと、大量の写真群に埋もれて拡散していくことになってしまう。それらを、写真集や写真展などの表現メディアとリンクしていく回路のあり方が、『たね』と『ヱビス日記』で明確に見えてきた。
公式サイト:https://coco-ps.jp/exhibition/2023/03/1086/
関連レビュー
ときたま写真展「たね」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2020年12月15日号)
2023/05/20(土)(飯沢耕太郎)
笠間悠貴企画展 小山貢弘「風景の再来 vol.2 芽吹きの方法」
会期:2023/05/14~2023/06/03
本展は笠間悠貴の企画による連続展「風景の再来」の第二弾として企画された。小山貢弘は日本大学文理学部ドイツ文学科卒業後に、東京綜合写真専門学校で学び、2008年以来グループ展などで作品を発表してきた。2021年には川崎市市民ミュージアムの企画で、池田葉子との共著の写真集『Trail』を刊行している。
小山はこれまで一貫して、あきるの市から川崎市に至る多摩川中流域の河川敷に4×5インチ判の大判カメラを向けてきた。そこでは、草や樹木が生い茂り、石ころや廃棄されたゴミなどと相まって、輪郭も構造も判然としない混沌とした眺めを見ることができる。小山はその光景の細部を緻密に辿りながら、写真のフレームの中におさめていく。微妙な光と影の移ろい、手前から奥にかけてのパースペクティブにも目を凝らして、とりとめのない、だが見飽きることのない画面を織り上げる。そうやってできあがった、さまざまな植物、モノ、土壌などの配置・構成は、とてもよく練り上げられており、そのフレームワークの達成度は比類ないものがある。
だが問題は、そのようにして得られた緻密かつ膨らみのある画像が、どこに向かおうとしているかだろう。写真作品としての美学的な完璧さを探求するのか、それとも現代社会の一側面を指し示す指標を提示するのか、あるいは多摩川の河川敷という地理的な条件にこだわっていくのか、そのあたりの道筋はまだはっきりとは見えない。「画面」としての完成度を梃子にして、次のステップに進むべき時期に来ているのではないだろうか。
公式サイト:https://pg-web.net/exhibition/fukeinosairai-vol-2/
2023/05/19(金)(飯沢耕太郎)
楊哲一「山水─あるいはフロンティアの消滅」
会期:2023/05/16~2023/05/28
楊哲一は1981年、台湾宣蘭県出身の写真家。中国・河北省出身で、東京在住の田凱の企画で開催された本展は、彼の日本での初個展となる。
楊は台湾、中国、東南アジアの石灰岩採掘現場を、4×5インチの大判カメラを使って、モノクロームで撮影する仕事を続けてきた。今回は同シリーズから8点、さらに、中国奥地のオルドスの廃棄されたコンクリートの住宅群をカラー写真で撮影した1点、およびその映像作品も展示していた。
楊の関心が、現代社会における産業化(工業化)の最前線の状況を浮かび上がらせることにあるのは明らかだろう。興味深いのは、その画面構成に中国・宋時代の山水画の様式を取り入れようとしていることである。そのもくろみはかなり成功していて、どちらかといえば即物的で、殺風景とさえいえる鉱山の眺めが、ピトレスクな山水画として再構築され、奇妙な味わいの「風景画」が成立していた。同じような試みは、1980年代以降に畠山直哉によっても試みられているのだが、畠山が微妙に変化していく大気や光の描写に向かったのに対して、楊はハードエッジな輪郭線を強調している。力のある作家なので、彼のほかのシリーズもぜひ見てみたい。
公式サイト:https://tppg.jp/trans-regional-landscape/
2023/05/19(金)(飯沢耕太郎)
菅野純『Planet Fukushima』
発行所:赤々舎
発行日:2023/03/21
福島県伊達市出身の菅野純は、2011年3月11日の東日本大震災によって姿を変えていった、故郷の人と風景を撮影し続けてきた。ニコンサロンでの個展(2017年12月)などを経て、それらの写真群を2部構成でまとめたのが、本書『Planet Fukushima』である。
第1部の「Fat Fish」には魚の鱗のように山肌に増殖していくフレコンバッグ(汚染土を詰めた袋)の眺めを、俯瞰して撮影した写真群と、身近な人物を含む福島県各地の日常の光景が、対比的に提示されている。第2部の「Little Fish」には、放射線量を測る線量計(小さい魚を思わせる)を、手を伸ばして被写体に向けている様を自ら撮影した写真が並ぶ。菅野は撮影を続けるうちに、福島の光景が遠景(「遠くの山」)、中景(「放射能という異物」)、近景(「手前の人」)の3層に分離しているように見えてきたのだという。本書はその3層だけではなく、さらにその間に介在するさまざまなレイヤーを丁寧に検証していった、厚みのある視覚的経験の集積といえるだろう。
尾仲俊介による、「Fat Fish」と「Little Fish」のパートをそれぞれ分離させてから、くるみ込んだ造本・デザインに説得力がある。糸綴の背中をそのまま見せて製本した、コデックス装の強みがうまく活かされていた。
2023/05/19(金)(飯沢耕太郎)
中井奈央「雪の刻(とき)」
会期:2023/04/20~2023/06/18
砂丘館[新潟県]
中井奈央は2006年に日本写真芸術専門学校卒業後、写真作家としての活動を積み上げてきた。2018年に写真集『繍』(赤々舎)を出版するなど、既に注目を集めていたが、昨年刊行した写真集『雪の刻』(赤々舎)を目にしたとき、ひとつ抜け出したという印象を強く抱いた。そこにさし示された写真の世界が、揺るぎなく、しかもみずみずしく、見る者に語りかけてくる力を備えていたからだ。同年度の日本写真協会賞新人賞、さがみはら写真新人奨励賞を受賞したのも、当然というべきだろう。
『雪の刻』は、豪雪地帯である新潟県津南町を中心に、2015~2021年に長期にわたって通い詰めて撮影した写真群をまとめた連作である。中井のカメラワークは、柔らかく伸び縮みしながら、津南町の人々、風景を絡めとっていく。特に強い印象を残すのは、画面の中心に被写体となる人物を置いた正面向きのポートレートで、説明的な要素を削ぎ落として、その人の全存在(過去・現在・未来)と向き合おうという意思が明確にあらわされている。それだけではなく、多くの写真に、この人、ここにあるものとの出会いが、置き換えのできない1回限りの経験であることが示されており、見ていて静かな感動の波紋が広がっていくように感じた。
新潟の砂丘館の古い建物の蔵、2階での展示も素晴らしいものだった(キュレーションは同館館長の大倉宏)。天然木の台座に、和紙のプリントを1枚ずつ置いた2階の展示など、37点の作品が展覧会場と溶け合って、得がたい視覚的な経験を与えてくれる。展示空間の力によって、写真が新たな生命力を獲得しているようにも見えた。
公式サイト:https://www.sakyukan.jp/2023/04/9773
2023/05/13(土)(飯沢耕太郎)