artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

「磯崎新 ─水戸芸術館を創る─」展

会期:2023/03/01~2023/06/25

水戸芸術館[茨城県]

2022年末に磯崎新が亡くなったことを受けて、彼が設計した水戸芸術館で「磯崎新 ─水戸芸術館を創る─」展が企画された。これは彼がプリツカー賞を受賞した2019年の「磯崎新 ─水戸芸術館 縁起─」展を再現しつつ、設計当時の資料などを紹介するものである。なお、筆者の訪問時の現代美術ギャラリーでは、地元の美術展や写真コンテスト入賞作品展を開催しており(こうしたタイミングで訪れたのは初めてで、かえって新鮮だった)、磯崎展は第9室(クリテリオムの会場)とエントランスホールの2階回廊が使われていた。まず資料の展示としては、当初の設計スタディ(施設の配置とアプローチ、広場、塔の造形と位置について、それぞれA、B、Cの3案を検討)、プロポーザル案、タワーのディテール、実施設計図、竣工図など、各種の図面ほか、設計の基本理念を記した文章、開館記念式典の写真、プロジェクト展(水戸市立博物館、1987)の記録、シルクスクリーンの版画、「磯崎新1960/1990 建築展」(1991)のプレスキットとして配布されたモンロー定規、関連書籍(手に取れるようカフェ・ラウンジにも著作・作品集コーナーが設けられた)などである。小規模だが、濃密な内容だった。


書の展示が開催されていた現代美術ギャラリー



回廊の資料展示(「磯崎新 ─水戸芸術館を創る─」展より)




カフェ・ラウンジの書籍コーナー


当時の「磯崎新 ─水戸芸術館 縁起─」展は実見していないが、写真で確認する限り、今回はほぼ同じ状態で再現されたと思われる。すなわち、第9室の壁の各面に「構」「震」「移」「響」の作品を配置し、「聲」と「間」の映像を加えていた。興味深いのは、構造家の木村敏彦と設計したタワーのジョイント部の原寸大断面図や、永田音響設計が入ったコンサートホールの音の方向を示したダイアグラムなど、エンジニアリング的なデザインをアート化していること。また水戸芸術館は歴史建築の参照を散りばめており、「構」のパネルは、『磯崎新+篠山紀信 建築行脚』(全12巻/六耀社、1980-92)で訪問した世界の古建築と館の各パーツの関連性を示す。ちなみに、書籍展示のコーナーに置かれていた『水戸芸術館』(六耀社 、1999)の8~38ページの建築の各部分の写真に対する説明文は、歴史の参照を強調しながら、筆者が執筆したものである。ともあれ、磯崎にとって、水戸芸術館はつくばセンタービルとともに、ポストモダンの時代の代表作である。


「構」(「磯崎新 ─水戸芸術館を創る─」展より)



「震」(「磯崎新 ─水戸芸術館を創る─」展より)



実は隣の敷地には、7月にオープンする伊東豊雄による《水戸市民会館》が完成していた。プロ向けの芸術館に対し、市民に開くみんなの建築であること。また積極的に木を使い、しかも構造材としていることに、公共建築の変化が反映されている。この屋上庭園からは、シンボルタワーがよく見え、芸術館の屋根や広場も眼下に広がり、新しい視点が獲得できる。


《水戸市民会館》(2023)


水戸市民会館の屋上庭園から水戸芸術館とタワーを見る



磯崎新 ─水戸芸術館を創る─:https://www.arttowermito.or.jp/gallery/lineup/article_5235.html

2023/06/14(水)(五十嵐太郎)

横木安良夫「追い越すことのできない時間 Catch it if you can」

会期:2023/05/30~2023/06/11

Jam Photo Gallery[東京都]

横木安良夫は1949年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、篠山紀信のアシスタントを務め、1975年からフリーの写真家として活動し始めた。以後、ファッション・広告写真からドキュメンタリーまで幅広いジャンルで活動してきた。近年は文筆活動も精力的に展開している。

今回のJam Photo Galleryでの展示は、その彼がこれまで撮影してきた膨大な量の写真群のなかから、さまざまな「時間」のあり方を感じさせる写真をピックアップしたものである。被写体の幅はかなり大きく、撮影期間も1972年から2015年ごろまでに及ぶ。いわば、一人の写真家の眼差しの年代記とでもいうべき構成だが、あえてアトランダムに、キャプションも一切入れずに大小の写真を壁に配置した展示がとてもうまくいっていた。一点一点の写真が、自分自身でそれぞれの物語を語りかけてくるようで、楽しく、充実した時間を過ごすことができた。

なかに1点だけ、ジョギング中の少女を車で追い越しながらシャッターを切った3枚の写真を、あとでつなぎ合わせた合成写真があった。ストレートな写真が並ぶなかでは、かなり異質に見えるのだが、逆にこのような遊び心の発揮の仕方に、横木の写真家としての可能性が現われているようにも感じる。彼の写真の世界には、まだ奥行きがありそうだ。切り口を少しずつ変えながら、あるいはテーマをもっと絞り込んで、連続展を開催することも考えていいのではないだろうか。


公式サイト:https://www.jamphotogallery.com/exhibitions#comp-lh18gi8a

2023/06/09(金)(飯沢耕太郎)

残間奈津子「infinity」

会期:2023/06/03~2023/07/16

POETIC SCAPE[東京都]

残間奈津子は1982年、茨城県出身の写真家。2005年に日本大学芸術学部写真学科卒業後、作品の発表を重ねてきたが、今回の展示が商業ギャラリーでの初個展になる。

被写体になっているのは主に植物であり、さまざまな草や樹木を、分け隔てすることなく、その背景となる土壌や空なども含めて写しとっている。光や影を含めて、植物を取り巻く「空気感」をどのように取り込んでいくのかに関心があるようだ。主に自宅の庭や近所の植物公園など、身近な場所で撮影することで、自らの視覚的経験を丁寧に跡づけていこうとしており、ボケの効果を活かした画面の構成力も高度かつ完成度が高い。地道に積み上げてきた作品世界が、ほぼ形を取りつつあるように見える。

ただ、ソフトフォーカスの植物というテーマは、アメリカのテリ・ワイフェンバックのような前例もあり、それだけにこだわる必要はないのではないかとも思う。もっと多様な被写体にカメラを向けていくことで、どちらかといえば小さくまとまりがちな彼女の視覚的世界を、大きく拡張・更新していくことができるはずだ。植物のようなどちらかといえばコントロールしやすいものだけでなく、新たな何かが次々に湧き出てくるような被写体にも向き合ってほしい。可能性を感じさせる作家なので、次の展開に期待したい。


公式サイト:http://www.poetic-scape.com/#exhibition

2023/06/09(金)(飯沢耕太郎)

薛穎琦(セツ・ヒンキ)「光の彼岸」

会期:2023/06/06~2023/06/24

IG Photo Gallery[東京都]

薛穎琦(セツ・ヒンキ)は台湾・台中市生まれの写真家。2020年に東京綜合写真専門学校を卒業し、台湾に戻って写真家として活動するようになった。今回の展示は2021年に刊行した写真集『熠燿宵行』(東京綜合写真専門学校出版局)の続編というべきもので、台湾、および日本各地の「火まつり」を題材としている。

前作では、台南市で元宵節(旧暦1月14、15日)に行なわれる「塩水蜂(爆竹祭り)」に絞って撮影していたのだが、本シリーズでは被写体の幅が大きく広がったことで、「その光の向こう、三途の川の彼岸に、一体どんな光景があるのだろう」と問いかける彼の狙いが、よりくっきりと浮かび上がってきた。たしかに、光と音と熱を発して眩く輝き、やがては消えていく「火」は、此岸と彼岸とを結びつける象徴的な存在といえるだろう。薛は、祭礼の場における「火」のあり方を追い続けることで、日常から非日常の世界へと移行しつつある状況を丁寧に写しとろうとしている。プリントのクオリティに、まだ物足りないところはあるが、その意図は少しずつ形になりかけているように思える。

会場には、展覧会に合わせて刊行したという、同名の手作り写真集も置かれていた。そのなかに含まれていた人の群れを撮影した写真の数が、展示では少なくなっているのが少し気になった。いい作品なので、ぜひ、もう一回りスケールの大きなシリーズとして完成させていってほしい。


公式サイト:https://www.igpg.jp/exhibition/YingChiHsueh23.html

2023/06/07(水)(飯沢耕太郎)

立川清志楼「第一次三カ年計画(2020-2023)最終上映会」

会期:2023/06/04(日)

BUoY[東京都]

立川清志楼は、2020年度の写真新世紀で優秀賞(オノデラユキ選)を受賞した。それをひとつの契機として、「第一次三カ年計画」という破天荒なプロジェクトを思いつく。ひと月に5本、つまり年間60本×3=180本の映像作品を制作するというものだ。実際にはそれ以上の200本の作品ができあがり、Part183~ Part200の作品、及び200本の作品をダイジェストして繋いだfilm collection remix(上映時間:33分)を一挙に見せる「最終上映会」が開催された。

立川の制作活動の背景には、デジタル化によって映像作品を大量に生産できる環境が整ったことがある。だがその状況を利用するかどうかは、作家の資質と関わることであり、一概に作品本数が増えるとは限らない。立川は、それぞれの作品に実験的要素を無作為的に取り込んでいくことで、量を質に転化するシステムを構築しようとした。そのことはかなり成功したのではないだろうか。

撮影されているのは、動物園や街頭の群衆など、日常的な場面であり、定点観測、画面の分割、焦点の変化、画像の加工などの手法を用いることはあっても、基本的にはストレートな撮影・編集を貫いている。主観的な世界観を表出するよりは、現実世界を丹念に観察し、客観的に描写することがめざされており、作品制作の姿勢としてはスナップ写真に非常に近い。固定カメラが多用されていることも含めて、「動く写真作品」としての側面が強いように感じた。

2020~2023年、つまり「コロナ時代」の様相がありありと浮かび上がるいい仕事だが、これだけの量を一挙に見せるのはなかなかむずかしそうだ。単純な「remix」ではなく、映像作家としての編集能力を発揮した「長編」の制作も考えていいのではないだろうか。



展示風景



会場 公式サイト:https://buoy.or.jp/program/20230604/
立川清志楼 公式サイト:https://tatekawa-kiyoshiro.com/

2023/06/04(日)(飯沢耕太郎)