artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
試写『Don't Blink ロバート・フランクの写した時代』
ロバート・フランクって写真史のなかの人だと思ったら、まだ生きていたんですね。娘と息子を若くして亡くしたが、本人は90歳を過ぎても健在だという。1924年スイスに生まれ、第二次大戦後に渡米。1959年に出した写真集『The Americans』で注目を集めたが、映画にも手を染める。この映画ではさまざまな時代のロバートが入れ替わり登場するが、そんなフィルムが残っていたのは彼自身が映画を撮っていたからだろう。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやローリング・ストーンズらの音楽も懐かしい。
2017/03/03(金)(村田真)
田口芳正「反復3」
会期:2017/02/27~2017/03/05
トキ・アートスペース[東京都]
昨年、写真集『MICHI』(東京綜合写真専門学校出版局)を刊行した田口芳正が、東京・神宮前のトキ・アートスペースで新作展を開催した。『MICHI』は、写真を「撮る」ことの意味を徹底して検証する「コンセプチュアル・フォト」の極致というべき1977~79年の作品を集成した写真集だったが、今回展示された作品もその延長上にある。撮影機材はアナログカメラからデジタルカメラに変わり、プリントもモノクロームではなくカラー出力になっているが、制作の姿勢、方法論がまったく同じであることに、逆に感動を覚えた。
今回の「反復20161206」、「反復20170108」、「反復20170110」の3作品は、すべて同一のコンセプトで制作されている。被写体になっているのは、イチョウなどの枯葉が散乱している地面で、それらを1秒ごとにシャッターを切るように設定したインターバル・カメラで、ひたすら歩きながら撮影し続けていく。さらに、それらの画像をA3判にプリントアウトした用紙を、壁にグリッド状につなぎ合わせて貼り付ける。その数は各63枚で、縦横2.3m×4.8mほどの大きな作品に仕上がっていた。この作品にも、いつ、どこでシャッターを切るかを主観的に選択することを潔癖なまでに拒否し、機械的な「反復」のシステムに依拠していくという彼の方法論が明確に貫かれていた。だが、カメラやプリンターのちょっとした誤作動によって、被写体がブレたり、画像の色味が違ったりしているパートもある。そういうズレや揺らぎすらも、「意図通り」と言い切ってしまうところに、田口がこの「反復」のシリーズを制作・発表し続けている理由がありそうだ。写真という視覚媒体の存在条件を、ミニマルな表現として問いつめていく、いい仕事だと思う。
トキ・アートスペースでの新作の発表は、これから先も1年に1回のペースで続けていくという。次作がどんな風に展開していくのかが楽しみだ。同時に、『MICHI』の続編にあたる1980年代以降の作品も、写真集のかたちでまとめていってほしいものだ。
2017/03/03(金)(飯沢耕太郎)
ワンダーシード2017
会期:2017/02/25~2017/03/26
トーキョーワンダーサイト渋谷[東京都]
若手作家による10号以内の小品を5万円以下で販売する展覧会。小池都政になってからいつまで続くかわからないけれど、こういう芸術支援策は続けていってもらいたいものだ。とはいえ、石から玉を探す(磨く)のは至難の業だけどね。今回も玉はわずかながらもあったけど、例えば池上怜子、津川奈菜、濱口綾乃、浜口麻里奈はすでに卒展かどこかで見たことがある。新しい才能なんて毎年そんなに大量発生するわけじゃない。だからおもしろい。
2017/03/02(木)(村田真)
佐伯慎亮『リバーサイド』
発行所:赤々舎
発行日:2016/12/08
佐伯慎亮(しんりょう)は1979年、広島県生まれ。2001年に第23回キヤノン写真新世紀優秀賞を受賞した。最初の写真集『挨拶』(赤々舎)を刊行したのは2009年だから、本作はほぼ7年ぶりの新作写真集ということになる。
切れ味の鋭い日常スナップという点においては前作と変わりがないのだが、そのあいだに結婚して3人の子供ができ、奈良に移り住み、近親者の死などの経験を重ねたことで、写真に深さと凄みが増してきた。もともと、彼の写真は「呼び込む」力が強いのだが、この写真集を見ると、まさにありえないような場面が写り込んでいる写真が異様に多い。例えばラストの写真、子供が崖の上の岩場のような場所に立っていて、その横に奇妙な顔のような形の白い石がある。石の頭の部分に手の影が映っているのだが、その手が誰のものなのか、なぜそこに写っているのか、どうも釈然としないのだ。そのような、奇跡としか思えない瞬間が写真集のあちこちに散在している。このような写真は、単純に神経を研ぎ澄まし技術を磨いたところで、そう簡単に撮ることができるものではない。佐伯は、たしか若い頃に真言宗の僧侶の修行をしていたはずだが、その時に身につけた感知力、認識力が、写真家の営みとして開花しつつある。
とはいえ、写真集を全体として見れば、オカルト的な歪みや捻れなど微塵も感じさせない、気持ちのいい、穏やかな雰囲気の写真が並んでいる。大竹昭子が写真集の帯に寄せた文章で「恩寵」という言葉を使っているが、たしかにそんな宗教的な気分もないわけではない。佐伯は確実に、現実世界を独特の視点から切りとる業を身につけつつある。
2017/03/02(木)(飯沢耕太郎)
草野庸子「EVERYTHING IS TEMPORARY」
会期:2017/03/01~2017/03/13
QUIET NOISE arts and break[東京都]
草野庸子は1993年、福島県生まれ。桑沢デザイン研究所卒業後、2015年に第37回キヤノン写真新世紀で優秀賞(佐内正史選)を受賞している。今回の個展は写真集『EVERYTHING IS TEMPORARY(すべてが一時的なものです)』(Pull the Wool)の刊行に合わせてのもので、カフェ・ギャラリーの壁面に大小の写真を撒き散らすように展示していた。
このところ、若い写真家たちが、フィルム使用のアナログカメラの写真を発表することが多くなってきている。デジタルカメラとともに育った彼らにとって、アナログのノイズの多いプリントが逆に新鮮に見えるのだろう。くっきりと、シャープに事物を捉えるよりも、コンパクトカメラや「写ルンです」の、ややふらつき気味のフレーミングのほうが、「せつなさ」や「はかなさ」を定着するのに向いているように思えるのかもしれない。草野の写真にも、まさに「EVERYTHING IS TEMPORARY」という感情が、過不足なく写り込んでいる。白木の枠で壁面を囲って、その中に写真を並べたり、モノクロームとカラーの写真を併置したりするなど、作品のインスタレーションにも工夫が凝らされていた。
ただ、このままだと、「日々の泡」をすくい取っただけのありがちな写真で終わりそうだ。展示作品には花の写真が目につく。ジョエル・マイヤーウィッツの『ワイルド・フラワーズ』(1983)のように、日常の場面で花の姿を目にすると、かなり意識的にシャッターを切っているように見える。そのあたりに焦点を絞って作品化することも考えられるだろう。何を伝えたいのかをより明確に研ぎ澄ますとともに、意欲的に表現の領域を拡張していってほしい。
2017/03/02(木)(飯沢耕太郎)